【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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5章

63話「最初で最後の恋」

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 春の日差しが村と砦にやわらかく降り注いでいた。
 奇跡の花の苗は、まだつぼみのまま静かに葉を揺らしている。
 村の子どもたちやエイミーたちは「そろそろ咲くんじゃないか」と期待に胸を膨らませていたが、
 肝心のノクティアの心は、朝から不思議な緊張に包まれていた。

 (私の命の残り時間は、もう多くないかもしれない。
 でも、この気持ちだけは――ちゃんと、伝えておきたい)

 余命のことをみんなに打ち明け、優しさに包まれた夜が明けて。
 ノクティアは、胸の奥に宿る想いを静かに、しかし決意をもって見つめていた。

    * * *

 その日の午後、砦の石壁の上で、ノクティアはゆっくりとカイラスを待っていた。
 春祭りや歌の余韻、奇跡の花を巡る小さな騒動――
 そのどれもが心に温かい火を灯していたが、今だけは静かな時間がほしかった。

 しばらくして、カイラスが足音も静かに現れる。

 「ノクティア。こんなところで、どうした?」

 カイラスの声はいつもより少しだけ優しい。
 ノクティアはその表情を見つめながら、意を決したように口を開いた。

 「カイラス、私……伝えたいことがあるの」

 カイラスは一瞬きょとんとしたが、すぐに真剣な眼差しを向けてうなずく。

 「うん。何でも聞く」

    * * *

 春の風がふたりの間をやさしく通り抜けていく。

 ノクティアは拳を握りしめ、目を逸らさずにカイラスに向き直る。

 「私……あなたのことが、ずっと好きでした。
 最初にこの砦で出会った時から、あなたに惹かれていた。
 誰よりも不器用で、でも誰よりも優しくて――
 あなたがいたから、私はずっと生きてこられたの」

 言葉が震え、涙がこぼれそうになる。

 「余命のことも、本当はずっと隠していたけど……
 最後に、どうしてもあなたにだけは伝えておきたかった。
 これが、私の――最初で最後の恋です」

 声がかすれるほどの勇気を振り絞り、ノクティアはすべてを差し出すように言った。

    * * *

 カイラスは、しばし絶句してノクティアを見つめる。

 「……バカだな、お前は」

 静かな声だった。
 だがその目は、今にも泣き出しそうなほど深い色で潤んでいた。

 「俺も……ずっと、お前が好きだった。
 昔から、誰よりも。
 お前が笑うと、俺までうれしくなったし、
 お前がつらそうだと、どうしていいかわからなかった」

 カイラスは不器用に、だが一歩一歩ノクティアに近づいていく。

 「俺は、最初から最後まで、お前と一緒にいたいんだ」

 その手がそっとノクティアの手に触れる。

 「どんな奇跡よりも、お前がここにいてくれることが――
 俺にとっての一番の幸せだ」

 ノクティアはその言葉に、堪えてきた涙をとうとうこぼしてしまった。

    * * *

 二人は、誰にも邪魔されず、春の空の下で静かに手を握り合う。

 どちらからともなく、ふと笑いがこぼれる。
 (こんなにも、素直になれたのは初めて――)

 ノクティアは泣きながら笑い、カイラスも静かに笑みを浮かべた。

 「ありがとう、カイラス……。
 本当に、ありがとう」

 「礼なんかいらない。俺は、これからもずっとお前のそばにいる」

 まるで子どものように、二人は互いの名前を呼び合い、ただそばにいることを確かめ合った。

    * * *

 けれど、その手のひらの温もりが、すぐに“奇跡の花”を咲かせることはなかった。

 日が傾き、砦の花壇の苗は、まだ蕾のまま風に揺れている。

 ――なぜ、花は咲かないのだろう。

 ノクティアはふと、そんな不安を胸の奥に抱きかけたが、
 それ以上に今は「想いが通じ合えた」という事実が、心を満たしていた。

 (この気持ちを、ずっと大切にしていこう。
 奇跡の花が咲く日まで、私は精一杯、生きる)

    * * *

 その夜、ノクティアとカイラスは肩を寄せて砦の廊下を歩いた。
 灯りがゆらめく中、言葉はなくとも、心の中に温かな火が灯っているのを感じる。

 窓の外の花壇では、奇跡の花の蕾が、まだ静かに春の闇の中で眠っていた。
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