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5章
64話「再びの危機」
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春の夕暮れ。砦の花壇では、奇跡の花の蕾がほんの少しだけ大きく膨らんでいた。
子どもたちが「もうすぐ咲くよ!」と無邪気にささやき合い、
エイミーやレオナートも束の間の平穏に微笑んでいた。
その穏やかな空気が、突如として切り裂かれる。
* * *
「北の森から煙だ!」
見張り台の兵士が叫ぶ。
村外れの空が、不気味な黒い煙とともにざわめき始めていた。
続けざまに「魔物の群れが来るぞ!」という怒号が広がる。
大人も子どもも、恐怖に駆られ、砦の門へと走る。
「皆、落ち着いて! 城壁の内側へ!」
レオナートが兵士と住民を指揮し、カイラスはすでに剣を抜いて前線に立つ。
ノクティアもふらつく足で砦の広場へ駆けつけた。
* * *
北の森の影から、黒い毛並みと爪を光らせた巨大な魔物が次々と現れる。
その背後にも、体毛も鱗もさまざまな怪物が無数にうごめき、地を揺らす。
「門を閉めろ!」
「矢の準備だ!」
兵士たちが必死に防衛陣形をとる中、
エイミーは医務室から薬箱と包帯を持ち出し、負傷兵や逃げ遅れた子どもたちの救護に奔走していた。
「こっちへ! 大丈夫、すぐに治すから!」
その手のひらから淡い光が漏れ、初めて見せる本格的な治癒魔法で仲間を癒していく。
* * *
ノクティアは、自分の命が燃え尽きる寸前だとわかっていた。
けれど今だけは、もう一度――みんなを守る力が欲しかった。
(お願い、私の体……最後の一滴まで使い切ってもいい。
ここにいる全員を、どうか守らせて――)
ノクティアは高台から全体を見下ろし、
両手に集められるだけの魔力を集中させる。
「砦に入れさせない……! “光よ、壁となりて、ここを護れ!”」
強大な光の障壁が砦の城壁を包む。
魔物たちは牙と爪でそれを打ち破ろうとするが、
ノクティアの魔力が守りの力を幾重にも重ねてゆく。
「ノクティア、もうやめろ! 無理をするな!」
アリシアが叫び、駆け寄ろうとする。
「まだ……まだ、みんなを守れる!」
ノクティアの声はかすれていたが、その目だけは決して諦めていなかった。
* * *
カイラスは魔物の群れに単身で飛び込み、
剣と盾で前線を支えていた。
「ノクティアは、俺が守る!」
「誰も――誰一人通させるな!」
兵士たちも、村の若者たちも、カイラスの叫びに続く。
「団長についていけ!」
「ここで止めろ!」
魔物たちの咆哮と鋼鉄の音が夜空に響きわたり、
砦と村の全員が必死で一致団結していた。
* * *
エイミーは治療班を指揮しながら、隙を縫ってノクティアの元にたどりつく。
「ノクティアさん、無理です! これ以上は――」
「お願い、エイミー……私を支えて。
今だけは、もう一度だけ……砦を、みんなを守らせて」
エイミーは涙をこらえ、ノクティアの背にそっと手を当てる。
「――わかりました。一緒に、最後まで戦いましょう」
ふたりの魔法の光が重なり、守りの壁はさらに強さを増した。
* * *
夜の底で、戦いは続く。
魔物たちの凶暴な力に、城壁が一度は揺らぐ。
その度にノクティアは命を削り、
カイラスは剣を振るい、レオナートやアリシア、砦の全員が歯を食いしばった。
ノクティアの意識は遠のきそうになる。
けれど、カイラスが必死に彼女の名を呼び続ける声が届く。
「ノクティア! 絶対に死ぬな! お前がいなきゃ、俺は――!」
ノクティアの手を、カイラスが強く握る。
そのぬくもりが、最後の一線で彼女を現実へ引き戻した。
* * *
砦の夜明けが近づくころ、
魔物の群れは徐々に劣勢となり、やがて砦を取り囲む森の影へと退いていった。
勝利の実感はなかった。
砦の広場には疲れ果てて座り込む人々と、
ボロボロの鎧、血と汗と涙――
ノクティアはカイラスに抱き起こされ、そのまま意識を失いそうになる。
「ノクティア、しっかりしろ! まだ終わってないぞ!」
その叫びに、エイミーもレオナートも駆け寄る。
「大丈夫、私が治す! ノクティアさん、戻ってきて!」
皆の声が、闇の底から小さな光となって彼女を包む。
(まだ、私は――終わっていない)
砦の夜が、再び明けていく。
奇跡の花の蕾はまだ開かないが、その葉先には、はっきりと新しい朝の光が宿っていた。
子どもたちが「もうすぐ咲くよ!」と無邪気にささやき合い、
エイミーやレオナートも束の間の平穏に微笑んでいた。
その穏やかな空気が、突如として切り裂かれる。
* * *
「北の森から煙だ!」
見張り台の兵士が叫ぶ。
村外れの空が、不気味な黒い煙とともにざわめき始めていた。
続けざまに「魔物の群れが来るぞ!」という怒号が広がる。
大人も子どもも、恐怖に駆られ、砦の門へと走る。
「皆、落ち着いて! 城壁の内側へ!」
レオナートが兵士と住民を指揮し、カイラスはすでに剣を抜いて前線に立つ。
ノクティアもふらつく足で砦の広場へ駆けつけた。
* * *
北の森の影から、黒い毛並みと爪を光らせた巨大な魔物が次々と現れる。
その背後にも、体毛も鱗もさまざまな怪物が無数にうごめき、地を揺らす。
「門を閉めろ!」
「矢の準備だ!」
兵士たちが必死に防衛陣形をとる中、
エイミーは医務室から薬箱と包帯を持ち出し、負傷兵や逃げ遅れた子どもたちの救護に奔走していた。
「こっちへ! 大丈夫、すぐに治すから!」
その手のひらから淡い光が漏れ、初めて見せる本格的な治癒魔法で仲間を癒していく。
* * *
ノクティアは、自分の命が燃え尽きる寸前だとわかっていた。
けれど今だけは、もう一度――みんなを守る力が欲しかった。
(お願い、私の体……最後の一滴まで使い切ってもいい。
ここにいる全員を、どうか守らせて――)
ノクティアは高台から全体を見下ろし、
両手に集められるだけの魔力を集中させる。
「砦に入れさせない……! “光よ、壁となりて、ここを護れ!”」
強大な光の障壁が砦の城壁を包む。
魔物たちは牙と爪でそれを打ち破ろうとするが、
ノクティアの魔力が守りの力を幾重にも重ねてゆく。
「ノクティア、もうやめろ! 無理をするな!」
アリシアが叫び、駆け寄ろうとする。
「まだ……まだ、みんなを守れる!」
ノクティアの声はかすれていたが、その目だけは決して諦めていなかった。
* * *
カイラスは魔物の群れに単身で飛び込み、
剣と盾で前線を支えていた。
「ノクティアは、俺が守る!」
「誰も――誰一人通させるな!」
兵士たちも、村の若者たちも、カイラスの叫びに続く。
「団長についていけ!」
「ここで止めろ!」
魔物たちの咆哮と鋼鉄の音が夜空に響きわたり、
砦と村の全員が必死で一致団結していた。
* * *
エイミーは治療班を指揮しながら、隙を縫ってノクティアの元にたどりつく。
「ノクティアさん、無理です! これ以上は――」
「お願い、エイミー……私を支えて。
今だけは、もう一度だけ……砦を、みんなを守らせて」
エイミーは涙をこらえ、ノクティアの背にそっと手を当てる。
「――わかりました。一緒に、最後まで戦いましょう」
ふたりの魔法の光が重なり、守りの壁はさらに強さを増した。
* * *
夜の底で、戦いは続く。
魔物たちの凶暴な力に、城壁が一度は揺らぐ。
その度にノクティアは命を削り、
カイラスは剣を振るい、レオナートやアリシア、砦の全員が歯を食いしばった。
ノクティアの意識は遠のきそうになる。
けれど、カイラスが必死に彼女の名を呼び続ける声が届く。
「ノクティア! 絶対に死ぬな! お前がいなきゃ、俺は――!」
ノクティアの手を、カイラスが強く握る。
そのぬくもりが、最後の一線で彼女を現実へ引き戻した。
* * *
砦の夜明けが近づくころ、
魔物の群れは徐々に劣勢となり、やがて砦を取り囲む森の影へと退いていった。
勝利の実感はなかった。
砦の広場には疲れ果てて座り込む人々と、
ボロボロの鎧、血と汗と涙――
ノクティアはカイラスに抱き起こされ、そのまま意識を失いそうになる。
「ノクティア、しっかりしろ! まだ終わってないぞ!」
その叫びに、エイミーもレオナートも駆け寄る。
「大丈夫、私が治す! ノクティアさん、戻ってきて!」
皆の声が、闇の底から小さな光となって彼女を包む。
(まだ、私は――終わっていない)
砦の夜が、再び明けていく。
奇跡の花の蕾はまだ開かないが、その葉先には、はっきりと新しい朝の光が宿っていた。
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