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5章
65話「願いの夜」
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夜が明けきる直前の砦には、静かな悲しみが広がっていた。
激しい戦いの果て、砦はかろうじて守られた。
だが、ノクティアは倒れ、カイラスの腕の中で目を閉じたまま動かない。
広場には、あちらこちらでうずくまる兵士や村人たち。
エイミーが泣きじゃくりながらノクティアに治癒魔法を送り続け、
レオナートも何度も肩を震わせて、医療班に指示を出す。
アリシアが静かに頭を垂れ、子どもたちは声もなく寄り添い合っていた。
* * *
「……ノクティア、頼む。目を開けてくれ」
カイラスは、砦の片隅でノクティアの手を離さずにいた。
その手の温もりが、今にも消えてしまいそうで、カイラスは必死に祈る。
「これだけ守ってきたのに、俺は――
お前を守りきれないのか」
ふと顔を上げると、広場の端に置かれた“奇跡の花”の苗が、夜明けの青白い光に浮かび上がっている。
そのつぼみはまだ閉じたままだった。
カイラスは立ち上がり、泥にまみれたまま花の前にひざまずいた。
「頼む……どうか、ノクティアを――」
声は震え、堪えてきた涙が頬を伝う。
「俺は、あいつを愛している。
あいつがいないと、砦も、村も、俺も、何も意味がない。
どうか、どうか……あいつの命を、連れて行かないでくれ……!」
その願いは、夜明けの静寂に吸い込まれていく。
* * *
一方で、ノクティアの意識は深い闇の中を漂っていた。
(……ここは、どこ?)
やわらかな光に包まれ、足元には見覚えのある道。
ふいに、懐かしい声が響く。
「ノクティア、遅いぞ。お母さんが呼んでるよ」
振り返ると、幼いころの家族が笑っている。
母の優しい微笑み、父の大きな手、
弟や妹、友人たちのあどけない笑顔。
(ああ、私……こんなにもたくさんの人に愛されてきたんだ)
思い出の中の家族と手を取り合い、懐かしい町を歩く。
幸せな記憶の一つひとつが、心の中で明るくよみがえる。
* * *
やがて光がゆっくりと色を変え、
今度は砦での暮らしの思い出がよみがえる。
「ノクティア様、お花に水をあげて!」
子どもたちの元気な声。
エイミーが包帯を巻きながら笑い、レオナートが真剣な顔で訓練を指導する。
砦の広場で皆と囲んだ食卓、春の歌祭り、奇跡の花を探した日々――
どれもが愛おしく、胸を締め付けるような温かさで満ちている。
(私、たくさんの人と出会い、支えられ、生きてきた)
その幸せに包まれながら、ノクティアは静かに涙をこぼす。
* * *
現実の砦では、カイラスが花の前で祈り続けていた。
「どうか、あいつだけは――
俺の命をやるから、ノクティアを連れていかないでくれ……」
カイラスの声は、かすかに震えている。
「お前がいなきゃ、俺は……!」
どこまでも真っすぐな愛と、絶望の祈りが夜に溶けていく。
* * *
ノクティアの意識の中で、
今度はカイラスの声がやさしく響く。
「ノクティア、お前と過ごした日々が……俺の宝物だった」
(カイラス……私は、あなたに会えて、
本当に幸せだったよ――)
ノクティアは、遠ざかる光の中で、
最後の力を振り絞り、家族や友人、砦の仲間たち、そしてカイラスの名を胸に呼びかける。
(もう一度だけ、みんなのところに帰りたい)
* * *
夜明け。
奇跡の花の蕾が、かすかに震えながら、ほんのわずかに――
その花びらの先端に、光を宿した。
カイラスは、涙に濡れた手で花をそっと包み込む。
「頼む……どうか、願いを叶えてくれ――」
砦の人々の祈り、ノクティアの記憶、そして“本当の願い”が、
静かに、しかし確かに、この夜を越えて結び合おうとしていた。
激しい戦いの果て、砦はかろうじて守られた。
だが、ノクティアは倒れ、カイラスの腕の中で目を閉じたまま動かない。
広場には、あちらこちらでうずくまる兵士や村人たち。
エイミーが泣きじゃくりながらノクティアに治癒魔法を送り続け、
レオナートも何度も肩を震わせて、医療班に指示を出す。
アリシアが静かに頭を垂れ、子どもたちは声もなく寄り添い合っていた。
* * *
「……ノクティア、頼む。目を開けてくれ」
カイラスは、砦の片隅でノクティアの手を離さずにいた。
その手の温もりが、今にも消えてしまいそうで、カイラスは必死に祈る。
「これだけ守ってきたのに、俺は――
お前を守りきれないのか」
ふと顔を上げると、広場の端に置かれた“奇跡の花”の苗が、夜明けの青白い光に浮かび上がっている。
そのつぼみはまだ閉じたままだった。
カイラスは立ち上がり、泥にまみれたまま花の前にひざまずいた。
「頼む……どうか、ノクティアを――」
声は震え、堪えてきた涙が頬を伝う。
「俺は、あいつを愛している。
あいつがいないと、砦も、村も、俺も、何も意味がない。
どうか、どうか……あいつの命を、連れて行かないでくれ……!」
その願いは、夜明けの静寂に吸い込まれていく。
* * *
一方で、ノクティアの意識は深い闇の中を漂っていた。
(……ここは、どこ?)
やわらかな光に包まれ、足元には見覚えのある道。
ふいに、懐かしい声が響く。
「ノクティア、遅いぞ。お母さんが呼んでるよ」
振り返ると、幼いころの家族が笑っている。
母の優しい微笑み、父の大きな手、
弟や妹、友人たちのあどけない笑顔。
(ああ、私……こんなにもたくさんの人に愛されてきたんだ)
思い出の中の家族と手を取り合い、懐かしい町を歩く。
幸せな記憶の一つひとつが、心の中で明るくよみがえる。
* * *
やがて光がゆっくりと色を変え、
今度は砦での暮らしの思い出がよみがえる。
「ノクティア様、お花に水をあげて!」
子どもたちの元気な声。
エイミーが包帯を巻きながら笑い、レオナートが真剣な顔で訓練を指導する。
砦の広場で皆と囲んだ食卓、春の歌祭り、奇跡の花を探した日々――
どれもが愛おしく、胸を締め付けるような温かさで満ちている。
(私、たくさんの人と出会い、支えられ、生きてきた)
その幸せに包まれながら、ノクティアは静かに涙をこぼす。
* * *
現実の砦では、カイラスが花の前で祈り続けていた。
「どうか、あいつだけは――
俺の命をやるから、ノクティアを連れていかないでくれ……」
カイラスの声は、かすかに震えている。
「お前がいなきゃ、俺は……!」
どこまでも真っすぐな愛と、絶望の祈りが夜に溶けていく。
* * *
ノクティアの意識の中で、
今度はカイラスの声がやさしく響く。
「ノクティア、お前と過ごした日々が……俺の宝物だった」
(カイラス……私は、あなたに会えて、
本当に幸せだったよ――)
ノクティアは、遠ざかる光の中で、
最後の力を振り絞り、家族や友人、砦の仲間たち、そしてカイラスの名を胸に呼びかける。
(もう一度だけ、みんなのところに帰りたい)
* * *
夜明け。
奇跡の花の蕾が、かすかに震えながら、ほんのわずかに――
その花びらの先端に、光を宿した。
カイラスは、涙に濡れた手で花をそっと包み込む。
「頼む……どうか、願いを叶えてくれ――」
砦の人々の祈り、ノクティアの記憶、そして“本当の願い”が、
静かに、しかし確かに、この夜を越えて結び合おうとしていた。
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