【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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5章

69話「それぞれの一歩」

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 春の宴が明け、砦と村にまた新しい朝がやってきた。
 祝祭の余韻は、窓辺のカーテンや花壇の花びら、朝の空気のあちこちに柔らかく残っている。
 奇跡の花は、昨日よりさらに色濃く光り、その周りには子どもたちが輪を作っていた。

    * * *

 「ねえ、ノクティア様見て!」
 サーシャが小さな芽を手に誇らしげに立っている。
 「この花、私が植えたの。大きくなったら、いつか砦じゅうをお花でいっぱいにするんだ!」

 「すてきな夢ね、サーシャ。きっとこの春みたいに、毎日が楽しくなるわ」

 ノクティアは優しく微笑み、サーシャの頭をなでる。
 子どもたちの夢と、未来へのまっすぐな眼差し――そのまぶしさが胸に沁みる。

    * * *

 一方、医務室ではエイミーが新しい薬草の調合に挑戦していた。
 「レオナートさん、ちょっと味見をお願いできますか?」

 レオナートは苦笑いしつつ、エイミーの作った苦いお茶を飲み干す。

 「……うん、これは……効きそうだな」

 「ほんとうですか? もっと飲みやすくできるよう、また勉強します!」

 エイミーの目はすっかり前を向き、
 砦一番の看護師になるという夢に、毎日まっすぐ進んでいる。

    * * *

 鍛錬場では、レオナートが若い兵士たちに剣の型を教えていた。

 「まずは姿勢からです。強くなることだけが大事じゃない。
 仲間を守るというのは、こういうことです」

 彼の指導は厳しいけれど、若者たちは楽しそうだ。
 「将来はレオナートさんみたいな頼れる騎士になる!」
 「村を守る団長になる!」

 レオナートも、それを聞いてこっそりうれしそうに微笑む。

    * * *

 アリシアは村の女の子たちに剣の構えを教えていた。
 「自分の夢は、自分で切り開くものだよ」
 少女たちの目はキラキラと輝いていた。

 「わたしも旅をして、世界中のお姫様に会ってみたい!」
 「アリシア様みたいな強い女の人になる!」

 アリシアは大きくうなずき、
 「大丈夫、あなたたちならきっとどこまでも行ける」と太鼓判を押した。

    * * *

 砦の一角では、年配の住民たちが集まり、新しい畑づくりの相談をしていた。

 「今年は小麦と豆、それに……あの“奇跡の花”の種も分けてみようか」
 「子どもたちが育ててくれた花が、これからもずっとこの村を明るくしてくれるね」

 村の誰もが、昨日より少しだけ自信をもって、
 新しい生活を始めていた。

    * * *

 ノクティアはそんな一人ひとりの様子を、ゆっくりと見て回る。
 どこへ行っても誰かの笑顔や希望の種が芽吹いていて、
 その景色が自分の心をあたためていくのを感じる。

    * * *

 昼下がり、ノクティアは奇跡の花の前に静かに腰を下ろした。
 目を閉じ、深呼吸をする。

 (私は……なぜ生きているのだろう。
 たくさんの困難を越えて、ここにいる意味は……)

 昨日までなら、きっと“誰かのため”と答えたかもしれない。
 けれど今は、それだけじゃない気がする。

 ――自分自身のためにも、生きてみたい。

 「これからも、みんなと一緒に、笑ったり泣いたりしながら……
 自分の人生を大事にしていきたいな」

 花壇のそばで、エイミーやレオナート、アリシア、子どもたちが声をかけてくれる。

 「ノクティア様、何をお願いしてるの?」
 「ううん、ちょっとだけ、自分の未来について考えてたの」

 そう答えると、みんながうれしそうにうなずく。

 「ノクティアさんも、きっと何でもできるよ!」
 「これからは、もっと一緒に楽しいことしよう!」

    * * *

 その夜、砦では小さな焚き火を囲んで皆が集まり、
 「これからの夢」や「明日の目標」について語り合った。

 エイミーは「もっと新しい治療法を覚える!」
 レオナートは「村の防衛隊を鍛え直す!」
 サーシャや子どもたちは「お花の歌を作る!」
 アリシアは「もう一度、世界一周の旅に出たい」と笑った。

 ノクティアも、そっと自分の胸に手を当てる。

 (私は、まだまだこの世界で“生きたい”)

 春の風が、焚き火の炎をやさしくなでる。

    * * *

 夜の終わり。
 ノクティアは砦の高台にのぼり、遠くの山並みを眺める。
 カイラスがそっと隣に並び、静かに手を握る。

 「お前がここにいるだけで、みんなが強くなれる。
 でも、お前自身が自分を大事にしてくれたら、俺はそれだけでうれしい」

 「ありがとう、カイラス。私、これからは“自分のため”にも、
 この場所で生きていくわ」

 夜空には無数の星がまたたき、
 それぞれの願いと小さな一歩が、静かに明日に向かっていくのだった。
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