恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで

夏目萌

文字の大きさ
21 / 27
気づいた心

5

しおりを挟む
 来海がカフェを出ると、既に店を出た充輝の姿があった。

「お待たせ、どこで話そっか」
「少し離れたところに、小さな公園があるから、そこにしよう」
「うん」

 短い言葉を交わし、二人は自然と肩を並べて歩き出した。

 繁華街の喧騒から外れた小さな公園は夜の静けさに包まれていて、街灯の下に置かれたベンチに腰を下ろすと、二人の間に沈黙が落ちる。

 来海は膝の上で指を絡め、ただ隣に座る充輝の横顔を盗み見ることしか出来ないでいると、先に口を開いたのは充輝だった。

「……エマのことなんだけど」

 その一言で、来海の胸がきゅっと締め付けられる。

「ちゃんと話してきた。俺の気持ちは、エマには向いてないって」

 来海は視線を落とし、ベンチの木目を見つめたまま静かに頷いた。

「……そっか」

 安堵と同時に別の感情も溢れていく。

「エマさん……きっと、すごく傷ついたよね」
「……うん、傷つけた。申し訳ないって思ってる。でも、今の俺に出来ることはないから……」

 その言葉に来海は唇を噛む。

「……こんなこと、思っちゃいけないって分かってるんだけど……私、安心してる自分がいるの」
「え?」
「羽柴くんがエマさんにはっきり伝えてくれたこと……嬉しいって思っちゃった……こんな風に思うのって、最低だよね」

 震える声でそう告げると充輝はすぐに首を横に振った。

「そんなことない。向坂さんは何も悪くないし、最低でもない。エマのことは……全部、俺の責任だ。曖昧な態度を取ってきた俺が悪かった。むしろ、向坂さんにそんな思いをさせて……ごめん」

 後悔と謝罪が滲んだ声に来海の胸は再び締め付けられる。

「……それと、こんな状況で言うべきじゃないかもしれないけど」

 充輝は一度言葉を切り、真っ直ぐ前を見据えた。

「向坂さんを想う俺の気持ちは……これからも変わらない」
「……羽柴くん」

 その一言で、来海の胸の奥に張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。

 充輝は自分の曖昧さがエマを傷つけたことを悔やみ、悲しんでいる。

 店を飛び出していったエマの、あの悲痛な表情が脳裏をよぎり来海の胸も痛んだ。

 それでも――充輝の気持ちが確かに自分に向いていること、その想いが変わらないと告げられたことがどうしようもなく嬉しかった来海は、胸の中で固まりつつある感情を口にしていいのか迷う。

 再び沈黙が訪れる中、迷い、悩んだ来海は小さく息を吸うと、

「……好き」

 消え入りそうなくらいに小さな声で、今の自分の気持ちを呟いた。

「え……?」

 来海の小さな呟きが耳に届いた瞬間、充輝の思考はピタリと止まった。

 来海は一度視線を落とし、そのまま言葉を続けていく。

「待ってる間……ずっと不安だったの。羽柴くんの気持ちが、エマさんの方へ向いちゃうんじゃないかって……」

 その言葉に充輝は息を呑む。

 来海はこれまで充輝に想いを伝えられても自分の中にある想いが恋愛感情なのかどうか分からず、友達という立場を選んで今日まできた。

 けれど、エマが現れ、彼女の充輝への想いを知ってしまってから、胸の奥に芽生えたその感情が嫉妬心であることに気付いていた。

「エマさんが羽柴くんとの思い出を語るたびに胸の奥が痛くなって、二人が笑い合っている光景を見るのは辛くて、嫌だなって思った時、私、羽柴くんを誰かに取られるのが嫌なんだって思ったの」

 そう口にしながら顔を上げた来海は真っ直ぐに充輝を見つめた。

「……だから、ちゃんと伝えなきゃって思ったの、自分の、素直な気持ちを」

 充輝は胸の奥から一気に溢れ上がる感情に言葉を失っていた。

 来海を好きだと気づいたあの日から、ずっと一途に想い続けてきた気持ちが、今、確かに報われてた。

(夢じゃ、ないんだよな……)

 ほんの一瞬、そんな不安がよぎった次の瞬間、充輝の身体は自然と動いていた。

 これが夢で無いことを確かめたくて、そっと腕を伸ばすと、来海の身体を自身の胸元へ引き寄せ抱き締めた。

「…………っ」

 突然のことに来海は小さく息を呑んだものの、拒むことはなかった。

 充輝の胸に頬が触れて伝わってくるその鼓動に、強張っていた心がゆっくりと解けていく。

 そして二人は言葉を交わさず、ただ互いの温もりを確かめ合っていた。

 暫くして、充輝は腕の力を緩めると、そっと来海の顔を覗き込む。

 その瞬間視線が絡み、来海は恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。

 そんな来海の仕草を愛おしく思った充輝は微かに微笑むと、そっと彼女の頬に手を添える。

 充輝の指先がなぞるように滑ると、その感触に来海は小さく身体を震わせた。

 距離が縮まるたびに来海の胸は高鳴り、耐えきれずにそっと瞳を閉じたその刹那、充輝は躊躇うことなく来海の唇に自分の唇を重ね合わせていった。

 唇が離れたのは、ほんの一瞬だった。

 来海が小さく息を吸ったその隙を逃さぬよう、充輝は再び彼女との距離を詰めた。

 まるで逃げ道を塞ぐように腕を回され、背中越しに伝わる体温に来海の思考はゆっくりと溶けていく。

「そんな顔されたら……我慢出来なくなる」
「……羽柴、くん……」

 外だという意識はあったものの、それでも、目の前にいる愛おしい存在を前に充輝の理性は簡単に揺らいでしまう。

 もう一度だけ——そう自分に言い聞かせるように今度は先程よりも深く、確かめ合うように唇を重ねていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました

あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。 それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。 動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。 失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。 「君、採用」 え、なんで!? そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。 気づけば私は、推しの秘書に。 時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。 正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!

黄色い花

中谷ととこ
恋愛
酔って記憶を失くした日の翌朝、目が覚めると腕の中に女性がいた。 相手は見知らぬ女性ではなく、同じ課で二年以上一緒に働いてきた松島汐里(30)、直属の部下だった。 社内では、切れ者で有能な男として知られる営業二課課長、木藤雅人(36) 仕事に厳しく圧が強く独特なオーラがあり、鬼課長と恐れられる厳格な上司。その場にいるだけでピリッとする。でも実際のところ、中身はただのいい人。心根は優しく誠実で、責任感が強い。仕事を離れれば穏やかな面が多い。 仕事以外で関わることの一切なかった二人の関係性が、その日を境に変化していく。 「一人では行きにくい場所、何か所かあるんですよ。そういう場所につき合っていただく、とかどうでしょう?」 「それは、全然構わないけど」 「いいんですか!? 本当に? 休日とかにですよ?」 「……一体何をさせるつもりなんだ」 罪悪感から、松島からの「十回だけ、自分の我儘につき合って欲しい」という提案を、思わず承諾する雅人。素知らぬ顔をして複雑な思いを抱えている松島。どうなるんでしょうこの二人────というお話。 表紙画像は リタ様 https://www.pixiv.net/users/20868979 よりお借りしています。

半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?

とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。 高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。 明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!! そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。 「なぁ、俺と結婚しないか?」 直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。 便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。 利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ

玖羽 望月
恋愛
老舗医療機器メーカーのマーケティング・企画部で働く石田琴葉【いしだことは】(28)は、仕事一筋で生きてきた。 学生時代に恋愛で痛手を負った琴葉は、それから勉強と仕事を最優先に生きてきた。 ある日琴葉は、祖母にお見合いを勧められ、「会うだけなら」と渋々お見合いに臨んだ。 そこに現れたのは眉目秀麗という言葉が似合う榛名智臣【はるなともおみ】(33)だった。 智臣は琴葉の仕事や業界に精通していて、思いの外話しは弾む。ただ自身のことは多くを語らず、会話の端々に謎を残してお見合いは終わった。 その後何も連絡はなく、気になりながらも目の前の仕事に全力を尽くす琴葉。 やがて迎えた、上層部の集う重要会議。 緊張感の中、突如発表されたのはマーケティング・企画部長の異動と、新たな部長の着任だった。 そこに現れた新部長は―― ※7時台と20時台の、一日2回更新の予定です。こちらのサイトのみ投稿しています。

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

思わせぶりには騙されない。

ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」 恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。 そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。 加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。 自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…

処理中です...