恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで

夏目萌

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気づいた心

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 落ち着いた照明に包まれた半個室の店内。

 今日は初めから二人きりとあって、エマは終始嬉しそうな表情を向けていく。

   お酒を飲みながら料理をつまみ、会話は弾んでエマの笑顔も増えていく一方で、充輝の表情は時間が経つにつれて少しずつ硬さを帯びていった。

 そんな充輝に気づいていないのか、暫くしてエマが身を乗り出す。

「ねえ、今日はまだ時間もあるし、この後……どこか行かない?」

 すると、それを聞いた充輝はエマのその質問には答えずにそっとグラスを置くと、真剣な眼差しでエマを見つめた。

   その瞬間、場の空気が一変する。

「悪いけどーー」

 そして静かに切り出した充輝は言葉を選ぶことなく続けた。

「エマと、こうして二人きりで食事に行くのは、これで最後にする」
「……え?」

 エマは目を見開き言葉を失い、重たい沈黙のあと焦ったように声を上げた。

「え?  どういうこと? 私、何かした?」
「違う。エマが何かしたからとか、そういうことじゃない」
「じゃあ、何でなの?  急にそんなこと言われても……意味が分からないよ」

 充輝は一度だけ息を吸うと覚悟を決めて口を開いた。

「――俺、向坂さんのことが好きなんだ。だから、これ以上彼女に誤解されるような行動は取りたくない」

 その瞬間、エマの表情が凍りついた。

「どうして……? なんで彼女なの!?」

 感情をぶつけるように問い詰められ、充輝は少し言葉を探しながらも正直な気持ちを語った。

「初めはただ、気になる存在だったけど……気づいたら惹かれてた」
「何それ?  あの人にそこまでの魅力があるの?」
「あるよ」

 充輝の言葉にエマは更に声を震わせる。

「私は? 私には、魅力がなかった?」
「そうじゃない。エマは魅力的だと思う」
「だったら――」

 充輝は視線を逸らさず、静かに続けた。

「でも、向坂さんは、そういうのじゃないんだ。きちんと説明出来たら良いんだけど、何ていうか……気づいたらもう――他の選択肢が消えるくらいに、彼女しか見えなかったんだ」
「意味が分からない……」

 納得できないとでも言うように、エマは感情を吐き出した。

「私、ずっとミツキのこと好きだったよ? 仕事も出来て、格好良くて、頼りになって、優しくて……。ずっと好きって言いたかった。けど、ミツキが誰にも本気にならない人だって分かってたから、だから、友達でいる道を選んできたのに……っ」

 初めて知るエマの想いに充輝の胸には強い後悔が広がる。

 これは曖昧な優しさを選び続けてきた自分が全て悪いのだと。

「ごめん」

 充輝は逃げずに、はっきりと告げる。

「どんなに想ってもらっても……エマのことは同僚としてしか見れない。本当に、ごめん」

 充輝のその言葉に、自分が決して“特別”にはなれない現実を突き付けられエマは唇を噛みしめ、涙を堪えるように立ち上がると何も言わずに店を飛び出して行った。

 残された充輝はその背中を追いかけることが出来ず、ただ静かに見送ることしか出来なかった。

 充輝がエマと食事に向かってから、来海の心はずっと落ち着かないままだった。

「はっきり言う」

 そう言っていた充輝の言葉を信じたいけれど、ただ待つだけの時間は不安ばかりを膨らませていく。

 どうしても気持ちを抑えきれなくなった来海は二人が会っている店のすぐ側にあるカフェに入った。

 窓際の席に座り、何度も視線を店の出入口へ向けていた、その時だった。

 勢いよく扉が開き、エマが一人で店を出て行く姿が目に入った瞬間、胸が強く跳ねる。

 来海は無意識にテーブルの上のスマートフォンを握りしめた時、タイミング良くスマートフォンが震え出し、画面に表示された名前を見て来海は小さく息を呑んだ。

「――もしもし」
『……今から、会えないかな?』

 少し躊躇ってから来海は正直に答える。

「……実は今、羽柴くんたちが居たお店のすぐ側にあるカフェにいるの」
『え?』
「……その……どうしても……気になって……」

 一瞬の沈黙のあと、充輝の声が柔らかく返ってくる。

『そっか。それじゃあ、今そっちに行くよ』
「ううん、いいの。お店の中だと落ち着かないし……外で話そう?  私もすぐ出るから」
『……分かった』

 短い通話を終えた来海は席を立つと伝票を手にレジへ向かい会計を済ませ、深呼吸を一つしてから店の外へ出た。

 その頃、店を飛び出したエマは人の波に紛れるようにして歩き続けていた。

 エマは分かっていた。

 充輝の視線が自分には向いていないことも、恋愛対象として見られていないことも、来海に気があることも。

 それでも、これまで過ごしてきた時間は自分の方が長い訳で、想いを伝えれば何かが変わるかもしれない――そう信じて勇気を振り絞った。

 けれど、充輝の心が動くことはなかった。

 人混みを抜け、人気のない通りに差し掛かったところでエマは立ち止まる。

 そして唇を強く噛みしめ、震える声で呟いた。

「……どうして、私を選んでくれないの……」

 頭では分かっている、どうにもならないことだと。

 それでも感情は簡単には追いつかず、視界が滲み涙がこぼれ落ちていく。

「……こんなに、好きなのに……っ」

 どれほど想いを募らせても、どれほど悲しんでも、充輝の気持ちが自分に向くことはない。

 その事実だけが、冷たくエマの胸に突き刺さっていた。
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