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6話「胸がキューンと音を立てる」
しおりを挟む――レーア・カイテル視点――
「まままままままま……まっ、待ってくだぢゃいっっ!」
いえ…………少しだけ訂正をします。
その方の登場の仕方はとても「颯爽」とは言い難いものでした。
私の目の前に立つその方は、殿方にしては余り背の高くない方でした。
制服は既製品、三年間買い換えなかったのか、制服はだいぶ傷んでおりましたし。
黒い髪はボサボサで、手はカサカサ。
頬にはたくさんのそばかすがあり、瓶の底のような眼鏡をかけていました。
身なりからして下位の貴族の方でしょう。
下位貴族が第一王子に意見するなんてすごいわ。
英雄ね。
私を救いに来てくださった英雄の足はガクガクと震え、歯をガチガチと鳴らし、額からは大量の汗を流し、今にも口から泡を吹いて倒れてしまいそうな真っ青な顔をしておりました。
こんな怯えているのに、私を助けるために飛び出してきてくださった。
なんて素敵なお方なの!
私の胸がキューーンと音を立てる。
「誰だ貴様?
クラスと名前と身分を言え」
「み、みみみ……ミハエル・オーベルト。
身分は男爵、く、くりゃすは……クラスは普通クラスれすっ」
英雄は裏返った声で何度も噛みながら、自己紹介をした。
身分を聞いて驚きましたわ。
下位の貴族だとは思っていましたが、まさか男爵だったなんて。
男爵の彼が、第一王子の前に飛び出すには、相当の勇気がいったはず。
友達でもない私を助けるために、飛び出してくるなんて、なんて勇敢な方なのかしら!
私の胸が再びキューーンと音を立てた。
「普通クラスの、しかも男爵風情が、俺の話を遮るな。
消えろ。
今すぐ消えるなら許してやる。
出なければ不敬罪で捉えるぞ」
殿下がエメラルドグリーンの瞳を細め、オーベルト男爵を睨む。
オーベルト男爵の顔の色が、青から白に変わる。
もう見ていられないわ!
私を助けに来てくれた英雄を、飢えた狼のような殿下の前に立たせておけませんわ!
「おおおおお、おっ言葉でしゅが、おおおおおっ……王子殿下。
ここは学園、学園に通っている間は王子も男爵も関係なくいち生徒に過ぎません。
男爵の身分の僕でも貴方様に話しかけることは可能です。
レーア様を擁護することも」
そう思ったとき、彼は急に勇ましい態度で話しだした。
もしかしたら、彼の中で覚悟が決まったのかもしれません。
この方は意外と大物になるかもしれませんわ。
さすが私を助けに来てくださった英雄!
「なんだと?」
殿下がイラッとした表情で私の英雄を睨む。
しかし、英雄は殿下に睨まれても臆さない。
いつの間にか英雄の足の震えは止まっていた。
私の胸がトクントクンと音を立てる。
私は今まで、強くなるように、婚約者を守るように言われて育てられた。
幼い頃から、地獄のような訓練に耐えてきた。
殿下が崖から落ちたとき殿下を背負って崖を登れるように、重い荷物を背負ってロッククライミングの訓練もした。
剣が折れても、素手でドラゴンを倒せるように体術を教え込まれた。
城を敵兵に囲まれても、殿下を逃がせるように、剣術と魔法の修行に励み、一人で一万の兵士を倒せるようになった。
正直それは王子妃の仕事ではなく、衛兵や側近や近衛隊や護衛の仕事なのではないかしら? と疑問に思ったこともあります。
ですが勇者の末裔である私は、大恩あり王家に使え、いずれ王太子になる殿下を、学問、政治、武力、全てにおいてサポートし、守ることが仕事だと教え込まれた。
私は強いから一人でも平気、誰の助けもいらない。
そう思っていましたが……。
誰かに守られるのって、こんなにも心地よいものなのですね。
私の英雄は、ボサボサの黒い髪、瓶の底のような眼鏡、ソバカスだらけの顔、背も低く、身分は男爵。
ですが、身分も容姿も関係ありません!
彼には命を顧みず、私を守るために、第一王子の前に飛び出した勇気がありますもの!
私は彼に恋してしまったようです。
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