8 / 22
8話「緑の瞳の天使様」
しおりを挟む――ミハエル・オーベルト視点――
ふわふわとした感覚に包まれている。
甘く優しい香りが鼻孔をくすぐる。
この香りを昔嗅いだことがある。
いつ嗅いだだろう?
確かあれは……三年前の食堂。
レーア様と言葉を交わしたとき……。
目を開けると、真っ白な空間にいた。
目の前に赤い髪に緑の瞳の見目麗しい天使がいた。
天使様はレーア様に似ていた。
「気が付かれましたか?」
天使様の、気品のある高い声はレーア様によく似ていた。
でもレーア様が僕の目の前にいるはずがない。
こんな風に優しく話しかけ、ほほ笑んでくださるはずがない。
きっとこれは夢だ。
いい夢だな……。
夢なら覚めなければいいのに……。
どうして僕は寝ているんだっけ?
そうだ食堂に行ったらレーア様が第一王子に罵倒されていて。
第一王子がレーア様に冤罪をかけ国外追放すると言うから、レーア様の無実を証明するために、レーア様の前に飛び出して……。
えっとそれから……。
第一王子はさり際に「覚えていろ」と言っていた。
きっと僕は報復され、第一王子に殺されたんだ……。
ということは、ここはあの世?
この世界をお作りになられた神様は優しい方のようだ。
だって、レーア様にそっくりの見目麗しい天使を僕につかわして下さったのだから。
そうか僕は死んだのか……。
死んだのならなんだって言える。
「天使様。
天使様はレーア様にそっくりですね」
「えっ?」
天使様が驚いた顔をしている。
天使様のほほ笑みは大人っぽいけど、驚いた顔はあどけなくて可愛らしいのだな。
レーア様も驚いたときはこんな顔をするのかな?
レーア様の驚いた顔を見てみたかったな。
「天使様。
僕の独り言だと思って聞いてください」
天使様はほほ笑みを浮かべうなずいた。
「僕、生前好きな人がいたんです」
「それは……」
「レーア・カイテル様。
男爵の身分の僕にとって、公爵家の令嬢である彼女は雲の上の存在でした」
相手が天使様だからかな?
話しやすい。
「レーア様はお優しい方でした。
学園に入学仕立ての僕が、食堂で上級生に絡まれていたとき、颯爽と現れて僕を助けてくれたのです」
「そう……あなたあのときの」
「レーア様は僕の事なんか覚えていないでしょうけど、僕はそのときとても嬉しかった。
レーア様にもう一度会いたくて、食堂や廊下を意味もなくウロウロしました。
三年生になったとき、二時間目と三時間目の休み時間に、教室の窓から裏庭にレーア様のお姿を見かけたときは嬉しかった。
あの時間が僕の憩いの時間でした。
レーア様がいて下さったから僕は父の死を乗り越えられた。
慣れない男爵の仕事もこなせなさたのです」
レーア様が聞いたらドン引きするだろうな。
一度助けただけの相手がずっと自分を目で追っていたなんて。
しかも自分の知らないところで、勝手に心の支えにされていたなんて。
レーア様にとっては、カエルにキスされるぐらい気持ち悪いかもしれない。
「僕はずっとレーア様に恩返しがしたかったんです」
「…………」
「今日その恩がやっと返せました。良かった。本当に良かった……」
知らない間に目から涙が溢れていた。
「でも……母さんや領民には迷惑をかけてしまった」
死んでも涙って流れるんだな。
「ぐずっくすっ……死にたくない……!
ああ、もう死んでるんだった……!」
涙で視界が歪む。
天使様が僕の手を握ってくれた。
天使様のては温かかった。
死んでも温度って感じるんだな。
「ぐずっひっく……。
天使様、お願いがあります。
僕は地獄に落ちても構いません
でも母さんと領民が、僕の愚かな行動のせいで、報いを受けるのは嫌なんです……!
天使様お願いします!
どうか彼らを助けて下さい!」
自分でも都合のいいお願いだと思う。
今日の一件が国王陛下の耳に入り、城に連行されたらしい。
地べたに頭を擦りつけ国王陛下に母と領民の命を助けてくださるように、お願いするつもりだった。
でも食堂で倒れて、そのまま死んでしまったのでは、国王陛下に申し開きも、嘆願もできない。
僕が死んだことで、こたびのことが不問に付されているといいが。
もしそうじゃなかったら?
第一王子が母さんや領民に嫌がらせをしたら?
もしそんなことになったら、僕は成仏できない。
「どうか、どうか……! 後生ですから……!」
「分かりました。
私があなたの願いを必ず叶えます」
天使様はそう言って穏やかにほほ笑んだ。
女神のように慈愛に満ちた、美しい笑顔だった。
「よかった……。
僕を迎えに来てくれたのが、あなたのような優しい天使様で……」
そうして僕はまた、意識を手放した。
最後に嗅いだのは、優しく甘い薔薇の香りだった。
☆☆☆☆☆☆
134
あなたにおすすめの小説
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?
パリパリかぷちーの
恋愛
「失礼いたしますわ」――断罪の広場で令嬢が告げたのは、たった一言の沈黙だった。
侯爵令嬢レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトは、“涙の聖女”によって悪役とされ、王太子に婚約を破棄され、すべてを失った。だが彼女は泣かない。反論しない。赦しも求めない。ただ静かに、矛盾なき言葉と香りの力で、歪められた真実と制度の綻びに向き合っていく。
「誰にも属さず、誰も裁かず、それでもわたくしは、生きてまいりますわ」
これは、断罪劇という筋書きを拒んだ“悪役令嬢”が、沈黙と香りで“未来”という舞台を歩んだ、静かなる反抗と再生の物語。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
【完結】婚約破棄された悪役令嬢ですが、魔法薬の勉強をはじめたら留学先の皇子に求婚されました
楠結衣
恋愛
公爵令嬢のアイリーンは、婚約者である第一王子から婚約破棄を言い渡される。
王子の腕にすがる男爵令嬢への嫌がらせを謝罪するように求められるも、身に覚えのない謝罪はできないと断る。その態度に腹を立てた王子から国外追放を命じられてしまった。
アイリーンは、王子と婚約がなくなったことで諦めていた魔法薬師になる夢を叶えることを決意。
薬草の聖地と呼ばれる薬草大国へ、魔法薬の勉強をするために向う。
魔法薬の勉強をする日々は、とても充実していた。そこで出会ったレオナード王太子の優しくて甘い態度に心惹かれていくアイリーン。
ところが、アイリーンの前に再び第一王子が現れ、アイリーンの心は激しく動揺するのだった。
婚約破棄され、諦めていた魔法薬師の夢に向かって頑張るアイリーンが、彼女を心から愛する優しいドラゴン獣人である王太子と愛を育むハッピーエンドストーリーです。
婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~
ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された
「理由はどういったことなのでしょうか?」
「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」
悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる
それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。
腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。
もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?
当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。
ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。
対して領民の娘イルアは、本気だった。
もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。
けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。
誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。
弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる