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3・未来のために
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白い貴婦人に触れられて、私は死んでしまったのだと思う。
遠く深く暗い場所へ落ちていったのを覚えている。
それがなぜ過去へ、魔術学院に通っていた時代に戻ってしまったのだろう。ここでなにかすべきことがあるとでもいうのかしら?
「おおドリアーヌ。今朝は元気が良いのだな。最近いつも暗く沈んでいるから、病気ではないかと心配していたのだぞ」
ポール殿下の言葉に苦笑が浮かびそうになる。
婚約者のあなたが別の女性と仲良くしている姿を見て、明るく元気でいるのは難しいでしょう。
そういえば初夜を拒んでから、公務以外ではお会いしていない。記憶に残る心臓を締めつけるような痛みを今は感じていなかった。私を映すエメラルドの瞳を見つめても、不思議と心は凪いでいる。
……いいえ、心のどこかが呟いている。
違う、この人ではない、と。
私が愛していたのは風に飛ばされたリボンを取ってくれた少年で、今目の前にいる、男爵令嬢のセリア様を愛している青年とは別人だったのかもしれない。
「あ」
「ドリアーヌ?」
「ポール殿下、私、とても良いことを思いつきました!」
「なんだ?」
「今すぐ私との婚約を破棄してセリア様と婚約してくださいませ。いえ、破棄では醜聞になります。内密に解消したほうがよろしいでしょう。魔術学院の卒業後では王妃教育が間に合わないかもしれませんが、今からならきっと大丈夫です」
私の言葉を聞いて、男爵令嬢のセリア様は怪訝そうなお顔になった。
子爵子息のバティスト様は驚愕に目を見開いてらっしゃるけれど、愛妾という不安定な立場で浮気して互いに処刑されるよりも、正式な王妃になられる彼女のために身を引いたほうがよろしいのではないかしら。
ポール殿下が楽しげな笑顔をお見せになる。
「面白いことを言うな、ドリアーヌは」
「喜んでいただけて光栄です」
婚約解消なんてことになったら、父はさぞかしうるさいことだろう。
だけど、婚約を続けていてもうるさいのだ。
最初から父、サジテール侯爵は私を愛していない。母のことだって持参金目当てに娶ったのだ。どうせだれにも愛されていないのなら、せめて一度は愛した人の幸せのために自ら身を引いて誇りを見せたい。
「俺は喜んでなどいない」
「え?」
ポール殿下の眉間に皺が寄る。
セリア嬢から離れ、彼が私にいつもの不機嫌そうな顔を近づけてきた。
エメラルドの瞳……やっぱり違う、この人ではない、と心が呟く。
「よくもまあ、そんな侮辱が口に出せたものだ。俺とセリア嬢が不貞をしているとでも言うつもりか? 俺の婚約者はそなた、セリア嬢の婚約者はそこにいるバティストだぞ」
自分の名前を出されたバティスト様は、唇を噛んで殿下から視線を外した。
セリア様は薔薇色の頬を膨らませている。
わたしは殿下を見つめた。彼の言っていることがわからない。
「殿下はセリア様を愛しているのではないのですか?」
「それは邪推というものだ。俺はバティストの親友として、田舎の男爵領から出て来たばかりのセリア嬢を気遣っていただけだ。わかったぞ、ドリアーヌ。そんなくだらない嫉妬をしていたから、俺達のことを恨めしそうな顔で見ていたのだな?」
「……」
でも、だって、ポール殿下は卒業パーティで私に婚約破棄を告げたではないですか。
それまでもずっと、セリア様と仲睦まじく過ごされていたではないですか。
おふたりの関係についてセリア様に注意した私を心の狭い女と罵ったではないですか。
それともすべて夢だった?
勝手に嫉妬を募らせた私が、歪んだ未来を夢に見ただけ?
だけど覚えているのだ。白い貴婦人の指先に生命を吸い取られて、どこか遠く深く暗い場所へ落ちていった感覚を。私は死んだ。死んだのだ。死んでここへ戻ってきたのだ。
それは、あの未来を変えるためではないというの?
遠く深く暗い場所へ落ちていったのを覚えている。
それがなぜ過去へ、魔術学院に通っていた時代に戻ってしまったのだろう。ここでなにかすべきことがあるとでもいうのかしら?
「おおドリアーヌ。今朝は元気が良いのだな。最近いつも暗く沈んでいるから、病気ではないかと心配していたのだぞ」
ポール殿下の言葉に苦笑が浮かびそうになる。
婚約者のあなたが別の女性と仲良くしている姿を見て、明るく元気でいるのは難しいでしょう。
そういえば初夜を拒んでから、公務以外ではお会いしていない。記憶に残る心臓を締めつけるような痛みを今は感じていなかった。私を映すエメラルドの瞳を見つめても、不思議と心は凪いでいる。
……いいえ、心のどこかが呟いている。
違う、この人ではない、と。
私が愛していたのは風に飛ばされたリボンを取ってくれた少年で、今目の前にいる、男爵令嬢のセリア様を愛している青年とは別人だったのかもしれない。
「あ」
「ドリアーヌ?」
「ポール殿下、私、とても良いことを思いつきました!」
「なんだ?」
「今すぐ私との婚約を破棄してセリア様と婚約してくださいませ。いえ、破棄では醜聞になります。内密に解消したほうがよろしいでしょう。魔術学院の卒業後では王妃教育が間に合わないかもしれませんが、今からならきっと大丈夫です」
私の言葉を聞いて、男爵令嬢のセリア様は怪訝そうなお顔になった。
子爵子息のバティスト様は驚愕に目を見開いてらっしゃるけれど、愛妾という不安定な立場で浮気して互いに処刑されるよりも、正式な王妃になられる彼女のために身を引いたほうがよろしいのではないかしら。
ポール殿下が楽しげな笑顔をお見せになる。
「面白いことを言うな、ドリアーヌは」
「喜んでいただけて光栄です」
婚約解消なんてことになったら、父はさぞかしうるさいことだろう。
だけど、婚約を続けていてもうるさいのだ。
最初から父、サジテール侯爵は私を愛していない。母のことだって持参金目当てに娶ったのだ。どうせだれにも愛されていないのなら、せめて一度は愛した人の幸せのために自ら身を引いて誇りを見せたい。
「俺は喜んでなどいない」
「え?」
ポール殿下の眉間に皺が寄る。
セリア嬢から離れ、彼が私にいつもの不機嫌そうな顔を近づけてきた。
エメラルドの瞳……やっぱり違う、この人ではない、と心が呟く。
「よくもまあ、そんな侮辱が口に出せたものだ。俺とセリア嬢が不貞をしているとでも言うつもりか? 俺の婚約者はそなた、セリア嬢の婚約者はそこにいるバティストだぞ」
自分の名前を出されたバティスト様は、唇を噛んで殿下から視線を外した。
セリア様は薔薇色の頬を膨らませている。
わたしは殿下を見つめた。彼の言っていることがわからない。
「殿下はセリア様を愛しているのではないのですか?」
「それは邪推というものだ。俺はバティストの親友として、田舎の男爵領から出て来たばかりのセリア嬢を気遣っていただけだ。わかったぞ、ドリアーヌ。そんなくだらない嫉妬をしていたから、俺達のことを恨めしそうな顔で見ていたのだな?」
「……」
でも、だって、ポール殿下は卒業パーティで私に婚約破棄を告げたではないですか。
それまでもずっと、セリア様と仲睦まじく過ごされていたではないですか。
おふたりの関係についてセリア様に注意した私を心の狭い女と罵ったではないですか。
それともすべて夢だった?
勝手に嫉妬を募らせた私が、歪んだ未来を夢に見ただけ?
だけど覚えているのだ。白い貴婦人の指先に生命を吸い取られて、どこか遠く深く暗い場所へ落ちていった感覚を。私は死んだ。死んだのだ。死んでここへ戻ってきたのだ。
それは、あの未来を変えるためではないというの?
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