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4・不貞を疑われて
「……ドリアーヌ?」
ポール殿下の指が私の頬に触れた。
いつの間にか涙がこぼれていたらしい。
殿下の声が怒りを帯びた。
「泣くほど俺と婚約を解消したいのか? 俺とセリア嬢のせいにしたかったようだが、本当はそなたが不貞をしているのではないか?」
「そ、そんなことはありません。私は、私はポール殿下だけを……」
違う。
心が叫ぶ。
この人ではない!
ずっと想ってきた。
ほかの女性、セリア様と仲睦まじく過ごす彼の姿に心臓を引き裂かれながらも、ずっと彼だけを見つめ続けてきた。
愛しているのだと思っていた。初夜を拒んだ後も、形だけの王妃として役目は果たしてきたはずだ。少しでも彼の役に立ちたかったから。
「お慕いしております。ずっとずっとあなただけを……王宮の中庭で枝に絡まったリボンを取ろうとして、木から落ちてしまったあなたに駆け寄り、そのエメラルドの瞳を見つめたときから、ずっと……」
ただ、それはあまりに幼い日の記憶だった。
婚約したばかりで、互いのこともロクに知らなかった。
私は勝手に婚約者の王子様に夢を見て、恋に恋しただけだったのかもしれない。そもそも人は成長によって変わっていく。あのときの彼と今の彼は違う。私だって変ってしまっている。
「知らぬ」
ポール殿下は憎々しげに言った。
「そなたが言っているのはだれのことだ? 俺はそなたのリボンなど知らぬ。そなたごときのために木に登ったりはしない。登った木から落ちるなどと、無様な真似はしたことがない」
「……遠い昔のことですから、もうお忘れになっていらっしゃるのでしょう」
この様子では、あのリボンはもう処分されているに違いない。
確かに彼は木から落ちたけれど無様ではなかった。心配する私に笑顔で大丈夫だと言ってくれた。
エメラルドの瞳をした私の王子様は、最初から私の心の中にしかいなかったのだろう。
「俺が忘れたというのか? 莫迦にするな。そなたがほかの男の話をしているだけだ!」
「あ」
激昂したポール殿下の視線を受けて、私はその場に崩れ落ちた。
かつての英雄王を神殿で祭るこの国では、武勇の誉れが貴ばれる。
武人として知られた殿下の視線に込められた威圧は、なんの鍛錬もしていない私には実体のある攻撃のように感じられた。
「ド、ドリアーヌ様?」
「ポール殿下、女性に怒号を浴びせるなど王太子殿下のなさることではありませんよ!」
「うるさいっ!」
怯えた声を上げるセリア様も非難するバティスト様も怒鳴りつけ、殿下は去っていった。
……どうしてあんなに激怒なさったのかしら。
チラチラと私を窺いながらも、セリア様とバティスト様は殿下の背中を追いかける。
「お怪我はありませんか、ドリアーヌ嬢」
廊下に座り込んでいた私に、背後からだれかが声をかけてくれた。
そうね、このままでいたらほかの方々の邪魔になってしまう。
大丈夫ですと答えて、私は壁に手を付けて立ち上がった。体に力が入らない。
「ポール以外の男の手は触れる気にもなりませんか?」
「そういうわけではありません。ご厚意を無駄にして申し訳ありませんでした」
私に手を差し伸べてくださっていたのは、ポール殿下の従兄に当たるベリエ大公。
現国王陛下の兄君のご子息で、ご両親が早くに亡くなられたことでお若くして爵位を継いだのだと聞いている。ご婚約もご結婚もまだなさっていない。
お年は私達よりふたつ上。魔術学院は三年制だ。私達の卒業パーティでおこなわれた婚約破棄のときは、もういらっしゃらなかった。
……いえ、王妃になった後の王宮でもお会いしたことはない。
大公領に引き籠られていたわけではなかったはずだ。
亡くなられた? そう、確か亡くなられたのだ。だけど、それはいつだっただろう。
王妃になった私が、親族である大公の死因も知らないなんておかしい。
じゃああれは、やっぱりただの夢だったのかしら。
ポール殿下の指が私の頬に触れた。
いつの間にか涙がこぼれていたらしい。
殿下の声が怒りを帯びた。
「泣くほど俺と婚約を解消したいのか? 俺とセリア嬢のせいにしたかったようだが、本当はそなたが不貞をしているのではないか?」
「そ、そんなことはありません。私は、私はポール殿下だけを……」
違う。
心が叫ぶ。
この人ではない!
ずっと想ってきた。
ほかの女性、セリア様と仲睦まじく過ごす彼の姿に心臓を引き裂かれながらも、ずっと彼だけを見つめ続けてきた。
愛しているのだと思っていた。初夜を拒んだ後も、形だけの王妃として役目は果たしてきたはずだ。少しでも彼の役に立ちたかったから。
「お慕いしております。ずっとずっとあなただけを……王宮の中庭で枝に絡まったリボンを取ろうとして、木から落ちてしまったあなたに駆け寄り、そのエメラルドの瞳を見つめたときから、ずっと……」
ただ、それはあまりに幼い日の記憶だった。
婚約したばかりで、互いのこともロクに知らなかった。
私は勝手に婚約者の王子様に夢を見て、恋に恋しただけだったのかもしれない。そもそも人は成長によって変わっていく。あのときの彼と今の彼は違う。私だって変ってしまっている。
「知らぬ」
ポール殿下は憎々しげに言った。
「そなたが言っているのはだれのことだ? 俺はそなたのリボンなど知らぬ。そなたごときのために木に登ったりはしない。登った木から落ちるなどと、無様な真似はしたことがない」
「……遠い昔のことですから、もうお忘れになっていらっしゃるのでしょう」
この様子では、あのリボンはもう処分されているに違いない。
確かに彼は木から落ちたけれど無様ではなかった。心配する私に笑顔で大丈夫だと言ってくれた。
エメラルドの瞳をした私の王子様は、最初から私の心の中にしかいなかったのだろう。
「俺が忘れたというのか? 莫迦にするな。そなたがほかの男の話をしているだけだ!」
「あ」
激昂したポール殿下の視線を受けて、私はその場に崩れ落ちた。
かつての英雄王を神殿で祭るこの国では、武勇の誉れが貴ばれる。
武人として知られた殿下の視線に込められた威圧は、なんの鍛錬もしていない私には実体のある攻撃のように感じられた。
「ド、ドリアーヌ様?」
「ポール殿下、女性に怒号を浴びせるなど王太子殿下のなさることではありませんよ!」
「うるさいっ!」
怯えた声を上げるセリア様も非難するバティスト様も怒鳴りつけ、殿下は去っていった。
……どうしてあんなに激怒なさったのかしら。
チラチラと私を窺いながらも、セリア様とバティスト様は殿下の背中を追いかける。
「お怪我はありませんか、ドリアーヌ嬢」
廊下に座り込んでいた私に、背後からだれかが声をかけてくれた。
そうね、このままでいたらほかの方々の邪魔になってしまう。
大丈夫ですと答えて、私は壁に手を付けて立ち上がった。体に力が入らない。
「ポール以外の男の手は触れる気にもなりませんか?」
「そういうわけではありません。ご厚意を無駄にして申し訳ありませんでした」
私に手を差し伸べてくださっていたのは、ポール殿下の従兄に当たるベリエ大公。
現国王陛下の兄君のご子息で、ご両親が早くに亡くなられたことでお若くして爵位を継いだのだと聞いている。ご婚約もご結婚もまだなさっていない。
お年は私達よりふたつ上。魔術学院は三年制だ。私達の卒業パーティでおこなわれた婚約破棄のときは、もういらっしゃらなかった。
……いえ、王妃になった後の王宮でもお会いしたことはない。
大公領に引き籠られていたわけではなかったはずだ。
亡くなられた? そう、確か亡くなられたのだ。だけど、それはいつだっただろう。
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じゃああれは、やっぱりただの夢だったのかしら。
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