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10・ベリエ大公の決意
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「実は今、夜になると中庭の霊廟から白い霧が漂ってくると、王宮内で噂になっているのです。白い貴婦人の次の目覚めが近いのでしょう」
ベリエ大公の言葉に息を呑む。
では、この方が生け贄になるのだろうか。
死ぬ前の記憶の中でこの方がいらっしゃらなかったのは、あのときすでに亡くなっていたからだ。たぶん、今から近いうちに生け贄になって。
亡くなった理由について知らされていなかったのは、王族へ嫁いだ女性に白い貴婦人のことを教えるのが本来は第二子が生まれた後だったからに違いない。私は子どもを産むどころか、初夜すら済ませていなかった。
大切な我が子を生け贄にするため産む女性はいない。
今回、嫁いでさえいない私に教えられたのは特例中の特例だ。
「父が犠牲になって、まだ十年しか経っていないのですけれどね」
大公の父君は、今の国王陛下の兄君だ。
彼は身分の低い女性と結婚するため、弟に王位を譲って大公になったのだという。
「私には弟も妹もいませんでしたから、母が生け贄の話を聞いたのはそのときが初めてだったのでしょう。王家に生まれた責任を果たすという父に家族で逃げようと迫り、毎晩喧嘩を繰り返していたのを覚えています。当時の私は喧嘩の理由まではわかっていませんでしたが、仲が良かった両親の争う姿に心を痛めていました」
大公の母君は夫である先代大公の死後、後を追うようにして亡くなったそうだ。
聞きたくはなかったが、聞かずにはいられない質問を口にする。
「ベリエ大公殿下も生け贄になられるのですか?」
「生け贄になるのを受け入れているから、我儘を聞いてもらえるんです。でも……君の話によると、私が犠牲になって十年もしないうちに白い貴婦人が目覚めてしまう。そもそも父のときも前回から十数年しか経っていませんでした。白い貴婦人が目覚めるまでの間隔が短くなっています」
先代大公の前は、大公とポール殿下のお爺様に当たる先代国王が御身を投じていた。
白い貴婦人のことは王家と神殿、一部の高位貴族にしか知られていない。
「神殿が祭っているのは不死者を倒した英雄王ですからね。不死者は倒したけれど、お妃様が呪いを受けて不死者になっただなんて言い触らせませんよ。それに昔、生け贄の役割から逃げた王子がいて、そのとき一度王都と周辺の町が滅んだことがあるんです」
不死者は死人を下僕にする。下僕にできるのは自ら生命を奪った死人だけではない。
下僕は生者の血肉を食らい、新しい死人を作っていく。
不死者が動きを止めれば下僕も崩れ落ちるが、不死者が動いている限り下僕はバラバラにされるまで生者を襲い続ける。死人は無限に増えていく。
「忠臣によって避難させられていた当時の国王が周囲の反対を押し切って王都へ戻り、白い貴婦人に血を捧げなければ世界が滅んでいたかもしれません」
「逃げた王子様が次の王様になったのですか?」
「いいえ。逃げた王子は早い時期に死人の下僕に殺されていました。次の王は、犠牲になった方の王妃がお産みになった王子様です。そのとき貴族も平民も多くが死に、死人との戦いで壊された町は骸ごと焼かれて保管されていた資料もなくなり、白い貴婦人の話を知るものが減りました。それからは教える人間を絞っているのです」
それでも王宮の霊廟と二本の木だけは焼け残った。
お妃様自身が望んで、ではなく呪われて変化したためか、二本の木の周囲にいると不死者には襲われなかったらしい。
ただ死人の下僕には関係なかったので、絶対の安全地帯ではなかったようだ。
「……私、は、ベリエ大公殿下に生け贄になって欲しくはありません」
言ってはいけない言葉だったのだろうけれど、気がつけば口からこぼれ落ちていた。
「私が君の初恋の相手だったからですか?」
「……」
死ぬ前でもこの時代の過去でも、あれだけポール殿下を慕っておいて、それがわかったくらいでベリエ大公を好きだというのは恥ずかしいことだと、自分でもわかっている。
いいえ、まだ好きだと言い切ることはできない。
エメラルドの瞳の初恋の彼が、ベリエ大公だと確信しただけだ。でも、それでも死んでほしくない気持ちは本当だった。
「ポール王太子殿下や国王陛下が犠牲になられるのも嫌です」
国王陛下ご夫妻は病弱だ。
それは、先代の大公や国王が犠牲になるときに付き添って、霊廟で白い貴婦人の霧を浴びたせいだという。
白い霧は生者を眠らせるだけでなく弱らせもするのだ。確かにそのほうが不死者にも死者の下僕達にも都合がいい。
「私も嫌です」
私の発言に首肯した後、ベリエ大公が言葉を続ける。
「……犠牲になった挙句、数年で白い貴婦人が目覚めて君の生命が奪われてしまうのも真っ平です」
「ベリエ大公殿下」
「女の子と会うよりも騎士団の練習に紛れ込みたいポールに頼まれて、私は従弟の振りをして君と過ごしていました。ふたつも上でありながら体格でも腕力でもポールに敵わない私は、彼に頼みごとをされたのが嬉しかったのです」
会って間もなかったとはいえ、私は少しも入れ替わりに気づいていなかった。
幼いころのふたりはそっくりだったらしい。
ベリエ大公は、優しく微笑んで言葉を続けた。
「……君に会うのも楽しみだった。君に会っている時間は、毎晩喧嘩をしている両親のことを思い出さずに済みましたからね」
だから、生け贄になる前に頑張ってみる。
白い貴婦人の目覚めを遅らせるか、永遠の眠りに就かせる方法を探すと、ベリエ大公は約束してくれた。
……私がこの時代に死に戻ったのは、彼に未来のことを告げて、生きるという選択肢を選んでもらうためだったのかしら。だとしたら、とても嬉しい。
ベリエ大公の言葉に息を呑む。
では、この方が生け贄になるのだろうか。
死ぬ前の記憶の中でこの方がいらっしゃらなかったのは、あのときすでに亡くなっていたからだ。たぶん、今から近いうちに生け贄になって。
亡くなった理由について知らされていなかったのは、王族へ嫁いだ女性に白い貴婦人のことを教えるのが本来は第二子が生まれた後だったからに違いない。私は子どもを産むどころか、初夜すら済ませていなかった。
大切な我が子を生け贄にするため産む女性はいない。
今回、嫁いでさえいない私に教えられたのは特例中の特例だ。
「父が犠牲になって、まだ十年しか経っていないのですけれどね」
大公の父君は、今の国王陛下の兄君だ。
彼は身分の低い女性と結婚するため、弟に王位を譲って大公になったのだという。
「私には弟も妹もいませんでしたから、母が生け贄の話を聞いたのはそのときが初めてだったのでしょう。王家に生まれた責任を果たすという父に家族で逃げようと迫り、毎晩喧嘩を繰り返していたのを覚えています。当時の私は喧嘩の理由まではわかっていませんでしたが、仲が良かった両親の争う姿に心を痛めていました」
大公の母君は夫である先代大公の死後、後を追うようにして亡くなったそうだ。
聞きたくはなかったが、聞かずにはいられない質問を口にする。
「ベリエ大公殿下も生け贄になられるのですか?」
「生け贄になるのを受け入れているから、我儘を聞いてもらえるんです。でも……君の話によると、私が犠牲になって十年もしないうちに白い貴婦人が目覚めてしまう。そもそも父のときも前回から十数年しか経っていませんでした。白い貴婦人が目覚めるまでの間隔が短くなっています」
先代大公の前は、大公とポール殿下のお爺様に当たる先代国王が御身を投じていた。
白い貴婦人のことは王家と神殿、一部の高位貴族にしか知られていない。
「神殿が祭っているのは不死者を倒した英雄王ですからね。不死者は倒したけれど、お妃様が呪いを受けて不死者になっただなんて言い触らせませんよ。それに昔、生け贄の役割から逃げた王子がいて、そのとき一度王都と周辺の町が滅んだことがあるんです」
不死者は死人を下僕にする。下僕にできるのは自ら生命を奪った死人だけではない。
下僕は生者の血肉を食らい、新しい死人を作っていく。
不死者が動きを止めれば下僕も崩れ落ちるが、不死者が動いている限り下僕はバラバラにされるまで生者を襲い続ける。死人は無限に増えていく。
「忠臣によって避難させられていた当時の国王が周囲の反対を押し切って王都へ戻り、白い貴婦人に血を捧げなければ世界が滅んでいたかもしれません」
「逃げた王子様が次の王様になったのですか?」
「いいえ。逃げた王子は早い時期に死人の下僕に殺されていました。次の王は、犠牲になった方の王妃がお産みになった王子様です。そのとき貴族も平民も多くが死に、死人との戦いで壊された町は骸ごと焼かれて保管されていた資料もなくなり、白い貴婦人の話を知るものが減りました。それからは教える人間を絞っているのです」
それでも王宮の霊廟と二本の木だけは焼け残った。
お妃様自身が望んで、ではなく呪われて変化したためか、二本の木の周囲にいると不死者には襲われなかったらしい。
ただ死人の下僕には関係なかったので、絶対の安全地帯ではなかったようだ。
「……私、は、ベリエ大公殿下に生け贄になって欲しくはありません」
言ってはいけない言葉だったのだろうけれど、気がつけば口からこぼれ落ちていた。
「私が君の初恋の相手だったからですか?」
「……」
死ぬ前でもこの時代の過去でも、あれだけポール殿下を慕っておいて、それがわかったくらいでベリエ大公を好きだというのは恥ずかしいことだと、自分でもわかっている。
いいえ、まだ好きだと言い切ることはできない。
エメラルドの瞳の初恋の彼が、ベリエ大公だと確信しただけだ。でも、それでも死んでほしくない気持ちは本当だった。
「ポール王太子殿下や国王陛下が犠牲になられるのも嫌です」
国王陛下ご夫妻は病弱だ。
それは、先代の大公や国王が犠牲になるときに付き添って、霊廟で白い貴婦人の霧を浴びたせいだという。
白い霧は生者を眠らせるだけでなく弱らせもするのだ。確かにそのほうが不死者にも死者の下僕達にも都合がいい。
「私も嫌です」
私の発言に首肯した後、ベリエ大公が言葉を続ける。
「……犠牲になった挙句、数年で白い貴婦人が目覚めて君の生命が奪われてしまうのも真っ平です」
「ベリエ大公殿下」
「女の子と会うよりも騎士団の練習に紛れ込みたいポールに頼まれて、私は従弟の振りをして君と過ごしていました。ふたつも上でありながら体格でも腕力でもポールに敵わない私は、彼に頼みごとをされたのが嬉しかったのです」
会って間もなかったとはいえ、私は少しも入れ替わりに気づいていなかった。
幼いころのふたりはそっくりだったらしい。
ベリエ大公は、優しく微笑んで言葉を続けた。
「……君に会うのも楽しみだった。君に会っている時間は、毎晩喧嘩をしている両親のことを思い出さずに済みましたからね」
だから、生け贄になる前に頑張ってみる。
白い貴婦人の目覚めを遅らせるか、永遠の眠りに就かせる方法を探すと、ベリエ大公は約束してくれた。
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