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11・ひとりの夜
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ボーン、ボーン……
壁の柱時計が時を告げた。ベリエ大公が立ち上がる。
優しく見つめられて、心臓が早鐘を打ち始めた。
「そろそろ眠らないと明日に差し支えますね」
「……」
「ニナがベッドをふかふかにしてくれていると思うので、ゆっくりお休みくださいね」
言いながら、彼は上着を羽織り出て行こうとする。
「ベリエ大公殿下?」
「王宮で仕事の続きをしてきます。本来の予定までは済ませていますが、白い貴婦人への対抗策を練るためには今片付けられるものはすべて片付けて、余裕を作らなくてはいけませんからね」
「ご無理はなさらないでください。……あの、私にもなにかお手伝いできることはありませんか?」
一応王妃教育を受けてきた身だ。
大まかな公務の流れはわかっているし書類も捌ける。
実際の業務は文官に任せてしまったが、以前王妃教育の一環で王都の貧民街を改革する計画を立てたこともある。彼の補助くらいはできるはずだ。
「ありがとうございます。でも君と夜を過ごしてしまったのでは、私が王宮へ行く意味が無くなってしまいます。死に戻りのことを教えていただく前から王宮の仮眠室で眠る予定だったのですよ」
婚約者といえど、独身の男女が同じ家に暮らしていたのでは醜聞は免れない。そう予想して、ベリエ大公は最初から私を守る方法を考えていてくださったのだ。
ちらりと時計に目をやって大公は話し始める。
王宮の裏口が閉まるまでの時間を確認したのだろう。
「生け贄になる前に頑張るという話になったので先ほどは口にしませんでしたが、私が君と婚約したのは贖罪のためです」
「贖罪……」
「私がポールと入れ替わっていたせいで君は人生を誤ってしまいました。あの思い出がなければ、君は本当のポールを愛していたかもしれない。でも……あの思い出は私に生きる希望をくれました。母が死んで大公になり真相を知ってから、ずっと思っていたんです。思わずにはいられなかった。父も母もまだ若く、これからいくらでも子どもを作れた。だから……」
あのとき生け贄になるのは自分のほうが良かったのでは、と彼は言う。
「ベリエ大公殿下!」
「だけど、君に預かったリボンが私に生きる意味をくれました。君が幸せになるまであのリボンを守り続けることで、生きるのを許されているのだと思えたのです。つまり……贖罪というよりもお礼ですね」
微笑むエメラルドの瞳の青年は、間違いなく私の初恋の人だ。
「私は生きる意味をくれた君にお礼をしたい。君がポールを愛しているのなら、祝福し大公として陰から彼を支える。君がポールを愛していないのなら、形だけの婚約や冷たい家庭から救い出す。昨日君の心の色がポールへの愛を示していなかったときは驚きましたよ。……私の死後、私の財産はすべて君に遺していきます。君の純潔についても神殿に保証を頼んでいますが、社交界の噂まではどうにもならないので、本当に好きな方ができたときはご自分で頑張ってくださいね」
「し、白い貴婦人の復活を遅らせるか、永遠に眠りに就かせる方法を探すとおっしゃったではないですか!」
「ええ。これはあくまで私が生け贄になった際の話です。でも白い貴婦人の脅威が去ったとしても、私は君を縛りつけるつもりはありません。君の望むまま、いつでも婚約を解消しますからね」
「……私が、ベリエ大公殿下を好きだと言ったらどうなさいますか?」
「初恋の相手だから好き、それは恋に恋しているだけです。それとも……今夜私と過ごしても良いとおっしゃいますか?」
「それは……」
「ふふ、冗談ですよ」
焦げ茶色の髪が揺れる。光の加減でポール殿下と同じ黒髪に見える髪だ。
幼いころのふたりは、ふたつの年の差があってもそっくりだったのだろう。
けれど今は違う。ポール殿下の髪は硬く真っ直ぐで、ベリエ大公の髪は柔らかく波打っている。エメラルドの瞳の輝きも違う。
そして、ふたりとも私の初恋の少年とは違う。
ポール殿下だけではなく、ベリエ大公だってあの少年と同じではない。
成長して変わってしまった。別の人間になってしまったのだ。
「ああ、そうだ」
執事が開けた扉から出て行こうとしていた大公が、ふと立ち止まり振り返る。
「今度時間があったら庭師に声をかけてやってください。君の顔を見たら、きっと喜びます」
「え、それはもしかして……」
──大公を見送って、私はひとりの夜を過ごした。
ひとりなのはいつものことだ。だけど今夜は胸の中にあの方がいる。
私は恋に恋しているだけなのかしら。彼を思う気持ちは幻想、あるいはただの感謝と好意に過ぎないの? 今はまだ、わからない。……残された時間は少ないかもしれないのに。
壁の柱時計が時を告げた。ベリエ大公が立ち上がる。
優しく見つめられて、心臓が早鐘を打ち始めた。
「そろそろ眠らないと明日に差し支えますね」
「……」
「ニナがベッドをふかふかにしてくれていると思うので、ゆっくりお休みくださいね」
言いながら、彼は上着を羽織り出て行こうとする。
「ベリエ大公殿下?」
「王宮で仕事の続きをしてきます。本来の予定までは済ませていますが、白い貴婦人への対抗策を練るためには今片付けられるものはすべて片付けて、余裕を作らなくてはいけませんからね」
「ご無理はなさらないでください。……あの、私にもなにかお手伝いできることはありませんか?」
一応王妃教育を受けてきた身だ。
大まかな公務の流れはわかっているし書類も捌ける。
実際の業務は文官に任せてしまったが、以前王妃教育の一環で王都の貧民街を改革する計画を立てたこともある。彼の補助くらいはできるはずだ。
「ありがとうございます。でも君と夜を過ごしてしまったのでは、私が王宮へ行く意味が無くなってしまいます。死に戻りのことを教えていただく前から王宮の仮眠室で眠る予定だったのですよ」
婚約者といえど、独身の男女が同じ家に暮らしていたのでは醜聞は免れない。そう予想して、ベリエ大公は最初から私を守る方法を考えていてくださったのだ。
ちらりと時計に目をやって大公は話し始める。
王宮の裏口が閉まるまでの時間を確認したのだろう。
「生け贄になる前に頑張るという話になったので先ほどは口にしませんでしたが、私が君と婚約したのは贖罪のためです」
「贖罪……」
「私がポールと入れ替わっていたせいで君は人生を誤ってしまいました。あの思い出がなければ、君は本当のポールを愛していたかもしれない。でも……あの思い出は私に生きる希望をくれました。母が死んで大公になり真相を知ってから、ずっと思っていたんです。思わずにはいられなかった。父も母もまだ若く、これからいくらでも子どもを作れた。だから……」
あのとき生け贄になるのは自分のほうが良かったのでは、と彼は言う。
「ベリエ大公殿下!」
「だけど、君に預かったリボンが私に生きる意味をくれました。君が幸せになるまであのリボンを守り続けることで、生きるのを許されているのだと思えたのです。つまり……贖罪というよりもお礼ですね」
微笑むエメラルドの瞳の青年は、間違いなく私の初恋の人だ。
「私は生きる意味をくれた君にお礼をしたい。君がポールを愛しているのなら、祝福し大公として陰から彼を支える。君がポールを愛していないのなら、形だけの婚約や冷たい家庭から救い出す。昨日君の心の色がポールへの愛を示していなかったときは驚きましたよ。……私の死後、私の財産はすべて君に遺していきます。君の純潔についても神殿に保証を頼んでいますが、社交界の噂まではどうにもならないので、本当に好きな方ができたときはご自分で頑張ってくださいね」
「し、白い貴婦人の復活を遅らせるか、永遠に眠りに就かせる方法を探すとおっしゃったではないですか!」
「ええ。これはあくまで私が生け贄になった際の話です。でも白い貴婦人の脅威が去ったとしても、私は君を縛りつけるつもりはありません。君の望むまま、いつでも婚約を解消しますからね」
「……私が、ベリエ大公殿下を好きだと言ったらどうなさいますか?」
「初恋の相手だから好き、それは恋に恋しているだけです。それとも……今夜私と過ごしても良いとおっしゃいますか?」
「それは……」
「ふふ、冗談ですよ」
焦げ茶色の髪が揺れる。光の加減でポール殿下と同じ黒髪に見える髪だ。
幼いころのふたりは、ふたつの年の差があってもそっくりだったのだろう。
けれど今は違う。ポール殿下の髪は硬く真っ直ぐで、ベリエ大公の髪は柔らかく波打っている。エメラルドの瞳の輝きも違う。
そして、ふたりとも私の初恋の少年とは違う。
ポール殿下だけではなく、ベリエ大公だってあの少年と同じではない。
成長して変わってしまった。別の人間になってしまったのだ。
「ああ、そうだ」
執事が開けた扉から出て行こうとしていた大公が、ふと立ち止まり振り返る。
「今度時間があったら庭師に声をかけてやってください。君の顔を見たら、きっと喜びます」
「え、それはもしかして……」
──大公を見送って、私はひとりの夜を過ごした。
ひとりなのはいつものことだ。だけど今夜は胸の中にあの方がいる。
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