12 / 22
12・彼を見た。
しおりを挟む
翌日、朝食の前に庭へ出た私は、懐かしい人間に出会った。
お母様が生きていたころ、王都にあるサジテール侯爵家の庭を整えてくれていた庭師だ。
義母に追い出されてすぐベリエ大公に声をかけられて、こちらに雇われたのだという。お元気だったときのお母様の話をいろいろと教えてくれた。
それからニナが作ってくれた温かい料理を食べた。
朝食を終えても大公は戻られなかったのでニナと魔術学院へ向かい、馬車の中で昼食用のサンドイッチを渡された。ポール殿下とセリア様のことで同情や嘲笑の視線を向けられるのが嫌で学食へ行けなかった私が、ずっとお昼を抜いていたことを知っていたらしい。
知っていたのはニナではなくベリエ大公なのでしょうね。
私が教室へ入ると、ざわめきが消えた。
今日は登校なさっていたポール殿下が私を見る。
彼も昨日白い貴婦人の話を聞いたのだろうか。
「おはようございます、ポール殿下」
「……おはよう」
殿下は席を立って、私の前までやって来た。
ベリエ大公よりも背が高く筋肉質な体を曲げて、エメラルドの瞳で私の顔を覗き込む。
な、なんなのでしょう? 声を出せないでいる私をマジマジと見つめて、彼は無邪気な少年のような笑みを浮かべて言う。
「やっと俺を見たな」
「……」
すぐに教師が来て、授業が始まって良かったと思う。
心臓の動悸が激しい。初めて見るポール殿下の笑みに私は少しときめいてしまったのだ。
ベリエ大公の婚約者になったのに、なにをしているのかしら。
でも彼の言う通りだ。初恋の少年とはまるで違う笑みだった。
本当に彼のことを見ていれば、違う、ともっと早くに気づいたはずだ。
これまではずっと自分の勝手な思い込みを重ねていた。幼いころからの婚約者だったというのに、私は今日、初めてポール殿下ご本人を見たのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昼休みが来た。
「……うふふ」
ニナのサンドイッチが楽しみだ。私の好きな海老と卵を入れてくれたのだという。
どこで食べようかしら。あまり人目のないところがいいわね。
中庭? 裏庭? 図書室の横の木の下?
「ドリアーヌ」
「ポール殿下」
「話がある、生徒会室へ来い。昼食はバティストに学食から運ばせる」
殿下は一年生だが生徒会長だ。
ご入学前はベリエ大公がなさっていた。基本的には選挙で選ばれる生徒会長だが、王族が在学しているときは王族がする決まりになっている。
実務はバティスト様をはじめとする未来の側近達がしている。私の異母弟もそのひとりだ。彼らとセリア様は、いつも生徒会室で昼食を摂っていた。
「生徒会室は……」
「ああ、そなたは異母弟と不仲であったな。安心しろ。ほかのものは下がらせる。バティストも料理を運ぶだけだ。内密の話がしたい」
白い貴婦人の話だろうか。
「……密室でふたりきりは問題です。私はベリエ大公殿下の婚約者なのですから」
「そうだったな。ならば図書室横の木の下にしよう。人の耳はないが、図書室から見えるから誤解を生まない」
「それでしたら。あ、でも私はお昼を持って来ておりますので、学食の料理は必要ありません。メイドがサンドイッチを作ってくれたのです」
「クレマンがそなたのために王宮からメイドを引き抜いたのだったな。ニナ、だったか?」
クレマンはベリエ大公のお名前だ。
私は頷いた。
「とても良くしてくれます。……どうしてこんなに良くしてくれるのかしら?」
ベリエ大公が私に良くしてくださるのは贖罪でお礼だとおっしゃっていたけれど、ニナの献身の理由はわからない。
それほどサジテール侯爵家にいたときの私は哀れに見えたのかしら。
つい漏らしてしまった独り言に、私を先導して歩き始めていた殿下が反応する。
「そんなの当たり前だろう?」
「殿下はご存じなのですか?」
「あの娘は、そなたが立案してクレマンが実行した貧民街改革で救われた人間のひとりだ。ほんの数年で王宮に雇えるほどのメイドを育てられる計画を立てたそなたも実行したクレマンも文官達の称賛の的だ。それに比べて魔術ひとつ使えない武芸莫迦の王太子殿下は、と余計なことまでほざいているがな」
王宮の文官と殿下の確執は、もう始まっていたようだ。
私は首を傾げた。ポール殿下も魔術を使っているはずだ。
「殿下は魔術実習の授業で魔獣を倒していらっしゃいますよね?」
「剣圧とともに魔力を放って屠っているだけだ。属性もわからず制御もできぬものは魔術とは言わぬそうだ」
「一昨日、殿下の視線を受けたとき私はとてつもない衝撃を受けました。ベリエ大公殿下が瞳に魔力を集めて人の心の色を見るように、殿下も瞳に魔力を集めて威圧する魔術をお使いなのではないでしょうか?」
「む……一昨日か。あのときは悪かった」
恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にする彼の顔も、初めて見るものだった。
お母様が生きていたころ、王都にあるサジテール侯爵家の庭を整えてくれていた庭師だ。
義母に追い出されてすぐベリエ大公に声をかけられて、こちらに雇われたのだという。お元気だったときのお母様の話をいろいろと教えてくれた。
それからニナが作ってくれた温かい料理を食べた。
朝食を終えても大公は戻られなかったのでニナと魔術学院へ向かい、馬車の中で昼食用のサンドイッチを渡された。ポール殿下とセリア様のことで同情や嘲笑の視線を向けられるのが嫌で学食へ行けなかった私が、ずっとお昼を抜いていたことを知っていたらしい。
知っていたのはニナではなくベリエ大公なのでしょうね。
私が教室へ入ると、ざわめきが消えた。
今日は登校なさっていたポール殿下が私を見る。
彼も昨日白い貴婦人の話を聞いたのだろうか。
「おはようございます、ポール殿下」
「……おはよう」
殿下は席を立って、私の前までやって来た。
ベリエ大公よりも背が高く筋肉質な体を曲げて、エメラルドの瞳で私の顔を覗き込む。
な、なんなのでしょう? 声を出せないでいる私をマジマジと見つめて、彼は無邪気な少年のような笑みを浮かべて言う。
「やっと俺を見たな」
「……」
すぐに教師が来て、授業が始まって良かったと思う。
心臓の動悸が激しい。初めて見るポール殿下の笑みに私は少しときめいてしまったのだ。
ベリエ大公の婚約者になったのに、なにをしているのかしら。
でも彼の言う通りだ。初恋の少年とはまるで違う笑みだった。
本当に彼のことを見ていれば、違う、ともっと早くに気づいたはずだ。
これまではずっと自分の勝手な思い込みを重ねていた。幼いころからの婚約者だったというのに、私は今日、初めてポール殿下ご本人を見たのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昼休みが来た。
「……うふふ」
ニナのサンドイッチが楽しみだ。私の好きな海老と卵を入れてくれたのだという。
どこで食べようかしら。あまり人目のないところがいいわね。
中庭? 裏庭? 図書室の横の木の下?
「ドリアーヌ」
「ポール殿下」
「話がある、生徒会室へ来い。昼食はバティストに学食から運ばせる」
殿下は一年生だが生徒会長だ。
ご入学前はベリエ大公がなさっていた。基本的には選挙で選ばれる生徒会長だが、王族が在学しているときは王族がする決まりになっている。
実務はバティスト様をはじめとする未来の側近達がしている。私の異母弟もそのひとりだ。彼らとセリア様は、いつも生徒会室で昼食を摂っていた。
「生徒会室は……」
「ああ、そなたは異母弟と不仲であったな。安心しろ。ほかのものは下がらせる。バティストも料理を運ぶだけだ。内密の話がしたい」
白い貴婦人の話だろうか。
「……密室でふたりきりは問題です。私はベリエ大公殿下の婚約者なのですから」
「そうだったな。ならば図書室横の木の下にしよう。人の耳はないが、図書室から見えるから誤解を生まない」
「それでしたら。あ、でも私はお昼を持って来ておりますので、学食の料理は必要ありません。メイドがサンドイッチを作ってくれたのです」
「クレマンがそなたのために王宮からメイドを引き抜いたのだったな。ニナ、だったか?」
クレマンはベリエ大公のお名前だ。
私は頷いた。
「とても良くしてくれます。……どうしてこんなに良くしてくれるのかしら?」
ベリエ大公が私に良くしてくださるのは贖罪でお礼だとおっしゃっていたけれど、ニナの献身の理由はわからない。
それほどサジテール侯爵家にいたときの私は哀れに見えたのかしら。
つい漏らしてしまった独り言に、私を先導して歩き始めていた殿下が反応する。
「そんなの当たり前だろう?」
「殿下はご存じなのですか?」
「あの娘は、そなたが立案してクレマンが実行した貧民街改革で救われた人間のひとりだ。ほんの数年で王宮に雇えるほどのメイドを育てられる計画を立てたそなたも実行したクレマンも文官達の称賛の的だ。それに比べて魔術ひとつ使えない武芸莫迦の王太子殿下は、と余計なことまでほざいているがな」
王宮の文官と殿下の確執は、もう始まっていたようだ。
私は首を傾げた。ポール殿下も魔術を使っているはずだ。
「殿下は魔術実習の授業で魔獣を倒していらっしゃいますよね?」
「剣圧とともに魔力を放って屠っているだけだ。属性もわからず制御もできぬものは魔術とは言わぬそうだ」
「一昨日、殿下の視線を受けたとき私はとてつもない衝撃を受けました。ベリエ大公殿下が瞳に魔力を集めて人の心の色を見るように、殿下も瞳に魔力を集めて威圧する魔術をお使いなのではないでしょうか?」
「む……一昨日か。あのときは悪かった」
恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にする彼の顔も、初めて見るものだった。
149
あなたにおすすめの小説
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~
山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。
この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。
父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。
顔が良いから、女性にモテる。
わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!?
自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。
*沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m
【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから
よどら文鳥
恋愛
私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。
五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。
私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。
だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。
「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」
この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。
あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。
婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。
両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。
だが、それでも私の心の中には……。
※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。
※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。
彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。
さて、どうなりますでしょうか……
別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。
突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか?
自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。
私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。
それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。
7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた
せいめ
恋愛
伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。
大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。
三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?
深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。
ご都合主義です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる