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9・生け贄
「手に取って確かめてください」
ベリエ大公に言われて、私と彼の婚約証明書を手に取る。
「国王陛下の捺印も神殿の大神官様の署名もあるのですね。昨日の今日で……」
「ね? 私は我儘を許される立場だと言った通りでしょう?」
どうしてここまでして私との婚約を結んだのかしら。
逆にここまでするのに、これまでは近寄ろうともしていなかったのはなぜだろう。
「陛下達にはもうひとつの我儘も聞いていただきました。どうして私が我儘を許される立場なのかということを君に明かす許可をもらったのです」
大公の視線を受けて、ニナと古参のメイドが部屋を出る。
戸口に立った執事は先代から仕えているというから、大公の秘密も知っているのかもしれない。
声を潜めて大公は言う。
「私はね……生け贄なんです」
「生け贄?」
「はい。白い貴婦人への生け贄です」
白い貴婦人という言葉に、悪夢だと思いかけていた記憶が蘇る。
霧が満ち人々が眠りに落ちた王宮、霊廟から出てきた女性、細く滑らかな指先が触れたところから吸い取られていく私の命、体から力が抜けて立っていられなくなった。
「ドリアーヌ嬢?」
「……」
どこか遠く深く暗い場所へ落ちていった感覚が蘇り、私は両腕で自分の肩を抱いた。
やっぱり私はあのとき死んだのだ。一度死んで、この時代に戻ってきた。
どうして戻ってきたのだろう。最後の瞬間、私はなにを考えていたかしら。覚えてる。エメラルドの瞳の少年の笑顔だ。私の愛しい、たったひとりの──
「大丈夫ですか? お顔が真っ青です。体調がお悪かったのでしょうか?……まさか、白い貴婦人のことをご存じなのですか? ポールにさえ今日伝えたところなのに?」
私を見つめるベリエ大公の瞳はエメラルド。
死の瞬間を思い出して冷え切っていた体に温もりが戻る。
そうだ、この人だ。心が叫ぶ。私がずっと愛していた、木の枝に絡まったリボンを取ってくれた少年は、ほかのだれでもないこの人!
「……ベリエ大公殿下、先に私の話をしてもよろしいでしょうか」
「ええ、そのほうが良さそうです」
こちらに戻った最初の夜、侯爵家のメイドを死人かと思って怯えてしまったが、だからといって父達に事情を説明したわけではない。
言っても信じてもらえないと思ったし、自分でも心の整理がついていなかったのだ。
正直に言えば、今も整理はできていない。自分に起こっている現象は謎のままだ。あの記憶ではなく、今の状態のほうが夢なのではないかと思うときもある。
それでも。この人なら私の話を聞いてくれる。聞いてくれる方だ。
私はこれまでのことを語り始めた。
上手く話せないときもあったけれど、大公は急かさず、私が言葉を見つけるまで待ってくれた。──そのエメラルドの瞳に私を映して。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……なるほど」
私が話し終わると、ベリエ大公は表情を曇らせた。
「かなり悪い状況のようですね」
あの白い貴婦人は王宮の霊廟に眠る英雄王のお妃様なのだと、彼は教えてくれた。
英雄王が倒した不死者の呪いか、跡取りの王子殿下を産んで亡くなったお妃様は不死者になってしまったのだ。
それがわかったのは英雄王が亡くなられて何年も経ってからだけど、いつでも王の部屋から見ることのできる王宮の中庭に霊廟を作ったのは、彼女が不死者にならないよう見守るためだったのではないかと言われているそうだ。
不死者と化したお妃様は数十年に一度目覚めて王家の血を求める。
求めるというより、ご自分と英雄王の血によって鎮まり封印されるのだろう。
そして、ベリエ大公は次に白い貴婦人が目覚めたときに血を捧げて眠らせる役目を持った生け贄なのだ。神殿の大神官様でさえ不死者は倒せない。不死者を倒せるのは、今は失われてしまった光り輝く聖剣だけだ。
ベリエ大公に言われて、私と彼の婚約証明書を手に取る。
「国王陛下の捺印も神殿の大神官様の署名もあるのですね。昨日の今日で……」
「ね? 私は我儘を許される立場だと言った通りでしょう?」
どうしてここまでして私との婚約を結んだのかしら。
逆にここまでするのに、これまでは近寄ろうともしていなかったのはなぜだろう。
「陛下達にはもうひとつの我儘も聞いていただきました。どうして私が我儘を許される立場なのかということを君に明かす許可をもらったのです」
大公の視線を受けて、ニナと古参のメイドが部屋を出る。
戸口に立った執事は先代から仕えているというから、大公の秘密も知っているのかもしれない。
声を潜めて大公は言う。
「私はね……生け贄なんです」
「生け贄?」
「はい。白い貴婦人への生け贄です」
白い貴婦人という言葉に、悪夢だと思いかけていた記憶が蘇る。
霧が満ち人々が眠りに落ちた王宮、霊廟から出てきた女性、細く滑らかな指先が触れたところから吸い取られていく私の命、体から力が抜けて立っていられなくなった。
「ドリアーヌ嬢?」
「……」
どこか遠く深く暗い場所へ落ちていった感覚が蘇り、私は両腕で自分の肩を抱いた。
やっぱり私はあのとき死んだのだ。一度死んで、この時代に戻ってきた。
どうして戻ってきたのだろう。最後の瞬間、私はなにを考えていたかしら。覚えてる。エメラルドの瞳の少年の笑顔だ。私の愛しい、たったひとりの──
「大丈夫ですか? お顔が真っ青です。体調がお悪かったのでしょうか?……まさか、白い貴婦人のことをご存じなのですか? ポールにさえ今日伝えたところなのに?」
私を見つめるベリエ大公の瞳はエメラルド。
死の瞬間を思い出して冷え切っていた体に温もりが戻る。
そうだ、この人だ。心が叫ぶ。私がずっと愛していた、木の枝に絡まったリボンを取ってくれた少年は、ほかのだれでもないこの人!
「……ベリエ大公殿下、先に私の話をしてもよろしいでしょうか」
「ええ、そのほうが良さそうです」
こちらに戻った最初の夜、侯爵家のメイドを死人かと思って怯えてしまったが、だからといって父達に事情を説明したわけではない。
言っても信じてもらえないと思ったし、自分でも心の整理がついていなかったのだ。
正直に言えば、今も整理はできていない。自分に起こっている現象は謎のままだ。あの記憶ではなく、今の状態のほうが夢なのではないかと思うときもある。
それでも。この人なら私の話を聞いてくれる。聞いてくれる方だ。
私はこれまでのことを語り始めた。
上手く話せないときもあったけれど、大公は急かさず、私が言葉を見つけるまで待ってくれた。──そのエメラルドの瞳に私を映して。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……なるほど」
私が話し終わると、ベリエ大公は表情を曇らせた。
「かなり悪い状況のようですね」
あの白い貴婦人は王宮の霊廟に眠る英雄王のお妃様なのだと、彼は教えてくれた。
英雄王が倒した不死者の呪いか、跡取りの王子殿下を産んで亡くなったお妃様は不死者になってしまったのだ。
それがわかったのは英雄王が亡くなられて何年も経ってからだけど、いつでも王の部屋から見ることのできる王宮の中庭に霊廟を作ったのは、彼女が不死者にならないよう見守るためだったのではないかと言われているそうだ。
不死者と化したお妃様は数十年に一度目覚めて王家の血を求める。
求めるというより、ご自分と英雄王の血によって鎮まり封印されるのだろう。
そして、ベリエ大公は次に白い貴婦人が目覚めたときに血を捧げて眠らせる役目を持った生け贄なのだ。神殿の大神官様でさえ不死者は倒せない。不死者を倒せるのは、今は失われてしまった光り輝く聖剣だけだ。
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