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第五話 アレッシアの朝
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燃えています。すべてが燃えているのです。
亡くなった両親の思い出が残る王都のマンチーニ子爵邸も、私自身の体も。
……熱い、熱い、熱い!
「ひぃっ!」
恐ろしい悪夢を見て、私は目を覚ましました。
すべてが炎に包まれていたのです。大好きなお母様の思い出が……夢の中ではお父様もすでにいらっしゃらなかったような気がします。
そして私自身の体も。私のお腹は炎に包まれる前から赤く染まっていていました。
「アレッシア様?」
「……ファータ」
メイドのファータに呼びかけられて、私はベッドの中で体を起こした状態で彼女を見ました。
彼女は一年ほど前に私とジョルダーノ辺境伯家次男のイザッコ様の婚約が決まったとき、我が家と同じように辺境伯家の寄子貴族のネーリ男爵家に紹介されたメイドです。
平民の出だと聞いていますが、淡い薄紅色の髪の毛も紫の瞳も美しく立ち居振る舞いも完ぺきな優秀なメイドです。それに彼女は──
「どうなさったのですか、アレッシア様」
「え、あ、ごめんなさい。なんでもないわ。怖い夢を見ただけなの」
なぜか私の体はファータから逃げるように後ろへ下がっていました。彼女が我が家にいることがおかしいような気がするのは、先ほどの悪夢のせいなのでしょうか。
真っ赤な悪夢を頭の中から振り払って、私はベッドを出ました。
今日はとある伯爵家で夜会があるのです。ファータに着替えを手伝ってもらいながら尋ねます。
「……今夜はイザッコ様と踊ることが出来るかしら?」
「ええ、もちろんですわ。イザッコ様はアレッシア様の婚約者なのですもの。いつも夜会の前はドレスを贈ってくださっているし、迎えにも来てくださっているではないですか。浮気をしている男性は、そんなことなさいませんわ」
「そうね、そうよね……」
お互いに子どもだったころから仕えてくれているヨランダよりも、我が家へ来て日の浅いファータに私の専属メイドを任せるようになったのは、彼女がこう言ってくれるからでした。
姉妹のように育った気安さでヨランダは言うのです。
イザッコ様はネーリ男爵夫人と浮気しているのではないか、と。そうでなくても夜会で私を放置しているのは、ほかに好きな女性がいるからではないかと。
婚約してからの日々は少ないものの、私はイザッコ様をお慕いしています。
寄子貴族としてお父様と一緒にジョルダーノ辺境伯領へ向かっていたとき、襲ってきた盗賊から私達を助けてくださったのがイザッコ様だったのです。
盗賊は敵対しているとは言えないけれど、間違っても友好的ではない隣国から来ていたようです。イザッコ様は辺境伯家や寄子貴族家の騎士団の巡回予定が漏れているのではないかと心配なさっていました。
イザッコ様の燃えるような赤毛を思い出したとき、悪夢の中の炎も甦って息が詰まりました。
そういえばファータの淡い薄紅色の髪もジョルダーノ辺境伯領を中心とする国境近くの地域で良く見るものです。
彼女は昔からイザッコ様の評判を聞いていたに違いありません。その彼女が保証してくれているのですから、イザッコ様が浮気などなさっているはずがないのです。
「私の前のご主人だったネーリ男爵は立派な方です。爵位こそ低いものの、ジョルダーノ辺境伯家の寄子貴族の中でも重要な役割を担っていらっしゃいます。イザッコ様はきっと、あの奥方様が妙な真似をなさらないよう見張っていらっしゃるのですわ。学園時代にもいろいろおありだったようですから……」
「……そうね」
離しているうちに着替えが終わったので、今度は椅子に座って髪を整えてもらいます。
鏡の中に映るのは、この国ではありふれた茶色い髪に緑色の瞳、地味な顔立ちの令嬢です。夜会ではいつも婚約者に放置されている壁の花の……
髪が整い終わるころにヨランダが、お父様が王国騎士団に呼び出しを受けたと報告に来て、私はそれだったら食堂へ行くために着替えたりしないでベッドへ朝食を運んでもらえば良かったわ、と思ったのでした。
亡くなった両親の思い出が残る王都のマンチーニ子爵邸も、私自身の体も。
……熱い、熱い、熱い!
「ひぃっ!」
恐ろしい悪夢を見て、私は目を覚ましました。
すべてが炎に包まれていたのです。大好きなお母様の思い出が……夢の中ではお父様もすでにいらっしゃらなかったような気がします。
そして私自身の体も。私のお腹は炎に包まれる前から赤く染まっていていました。
「アレッシア様?」
「……ファータ」
メイドのファータに呼びかけられて、私はベッドの中で体を起こした状態で彼女を見ました。
彼女は一年ほど前に私とジョルダーノ辺境伯家次男のイザッコ様の婚約が決まったとき、我が家と同じように辺境伯家の寄子貴族のネーリ男爵家に紹介されたメイドです。
平民の出だと聞いていますが、淡い薄紅色の髪の毛も紫の瞳も美しく立ち居振る舞いも完ぺきな優秀なメイドです。それに彼女は──
「どうなさったのですか、アレッシア様」
「え、あ、ごめんなさい。なんでもないわ。怖い夢を見ただけなの」
なぜか私の体はファータから逃げるように後ろへ下がっていました。彼女が我が家にいることがおかしいような気がするのは、先ほどの悪夢のせいなのでしょうか。
真っ赤な悪夢を頭の中から振り払って、私はベッドを出ました。
今日はとある伯爵家で夜会があるのです。ファータに着替えを手伝ってもらいながら尋ねます。
「……今夜はイザッコ様と踊ることが出来るかしら?」
「ええ、もちろんですわ。イザッコ様はアレッシア様の婚約者なのですもの。いつも夜会の前はドレスを贈ってくださっているし、迎えにも来てくださっているではないですか。浮気をしている男性は、そんなことなさいませんわ」
「そうね、そうよね……」
お互いに子どもだったころから仕えてくれているヨランダよりも、我が家へ来て日の浅いファータに私の専属メイドを任せるようになったのは、彼女がこう言ってくれるからでした。
姉妹のように育った気安さでヨランダは言うのです。
イザッコ様はネーリ男爵夫人と浮気しているのではないか、と。そうでなくても夜会で私を放置しているのは、ほかに好きな女性がいるからではないかと。
婚約してからの日々は少ないものの、私はイザッコ様をお慕いしています。
寄子貴族としてお父様と一緒にジョルダーノ辺境伯領へ向かっていたとき、襲ってきた盗賊から私達を助けてくださったのがイザッコ様だったのです。
盗賊は敵対しているとは言えないけれど、間違っても友好的ではない隣国から来ていたようです。イザッコ様は辺境伯家や寄子貴族家の騎士団の巡回予定が漏れているのではないかと心配なさっていました。
イザッコ様の燃えるような赤毛を思い出したとき、悪夢の中の炎も甦って息が詰まりました。
そういえばファータの淡い薄紅色の髪もジョルダーノ辺境伯領を中心とする国境近くの地域で良く見るものです。
彼女は昔からイザッコ様の評判を聞いていたに違いありません。その彼女が保証してくれているのですから、イザッコ様が浮気などなさっているはずがないのです。
「私の前のご主人だったネーリ男爵は立派な方です。爵位こそ低いものの、ジョルダーノ辺境伯家の寄子貴族の中でも重要な役割を担っていらっしゃいます。イザッコ様はきっと、あの奥方様が妙な真似をなさらないよう見張っていらっしゃるのですわ。学園時代にもいろいろおありだったようですから……」
「……そうね」
離しているうちに着替えが終わったので、今度は椅子に座って髪を整えてもらいます。
鏡の中に映るのは、この国ではありふれた茶色い髪に緑色の瞳、地味な顔立ちの令嬢です。夜会ではいつも婚約者に放置されている壁の花の……
髪が整い終わるころにヨランダが、お父様が王国騎士団に呼び出しを受けたと報告に来て、私はそれだったら食堂へ行くために着替えたりしないでベッドへ朝食を運んでもらえば良かったわ、と思ったのでした。
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