あなたの幸せを願うから

豆狸

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第四話 オルランドの恋

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 従者が戸惑っているのにも気づかず、オルランドは心のままに言葉を紡いだ。

「十年前の夜会で、令嬢だったころのマンチーニ子爵令嬢が泣いていたんだ。俺は彼女にハンカチも渡せなかった。子爵邸の火災事件の調査に徹夜で打ち込んでいたのは、そのときの償いだ」
「はあ……?」
「マンチーニ子爵令嬢の涙は水晶のように光り輝いていて……とても美しかった」
「え? オルランド様ってば、もしかしてマンチーニ子爵令嬢が好きだったんですか?」
「好き?」

 首を傾げたウーゴに問われて、オルランド自身も首を傾げた。

「えっとですね、その方を抱き締めたいとか口付けしたいとか、幸せになって欲しいと思ったことは?」
「……そう、だな。抱き締めたいとか口付けしたいとかはわからないが、幸せになって欲しかったとは今も思っている。あのとき俺がハンカチを差し出していたら、あの涙を止められたのではないかと、今も悔やみ続けているんだ」

 ウーゴが溜息をついて、ご自分の欲求を口にしなくてもご家族が先回りしてくださっていたから、ご自分がなにかを望んでいることにも気づかないように……などと呟き始めたので、オルランドはなんだか申し訳ないような気持ちになってきた。

(俺はマンチーニ子爵令嬢を好きだったのだろうか……)

 この世に生まれて三十年、一度会っただけなのに、いつまでも心の中で煌めく彼女の涙が消えない。
 オルランドはひとつの押収品を手に取った。
 それは小さな箱だった。願いながら蓋を開けると過去に戻れて、後悔していたことをやり直すことが出来るというのだ。もちろんここにあるということは、過去に戻れなくて購入者を怒らせた代物だった。

(ウーゴが言っていたな。どんなに後悔していても、長い年月で積み上げた今の人生を捨ててまで過去に戻ろうとする人間はそうそういない。これが本物だったとしても効果があるはずがない、と。俺は……)

 オルランドは今も、マンチーニ子爵令嬢の幸せを願い続けていた。
 あの美しい涙が忘れられないのだ。
 彼女がもうこの世にいないと、知っているのに。

「……オルランド様?」

 オルランドがマンチーニ子爵令嬢の幸せを願いながら箱の蓋を開けると、世界が歪んだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 歪んだ世界が戻ったとき、オルランドはベッドの中にいた。
 王国騎士団の宿舎、平団員だったときに与えられていた部屋だ。
 起こしに来ていた従者のウーゴが、ベッドから出ないオルランドに戸惑った顔をする。

「オルランド様? 体調でもお悪いのですか?」
「いや、違う。……今日の俺は、ネーリ男爵夫人を監視する役目だったな」
「さようでございます。私はジョルダーノ辺境伯家次男イザッコ様の監視担当でございますよ」

 頷いて答えるウーゴに、オルランドは自分が十年前に戻ったのだと確信した。
 今日はとある伯爵家で夜会が開催される日。
 婚約者とメイドに去られたマンチーニ子爵令嬢アレッシアが、監視任務中のオルランドの隣で壁の花となる日だ。午前中はいつも通りの訓練と座学、夜の任務のため午後は非番の予定だった。

「ウーゴ。俺が着替えている間に隊長のところへ報告に行ってくれ。ネーリ男爵夫人は麻薬の密売人などではない。だが違う罪を犯している。そもそもネーリ男爵は違法奴隷売買の黒幕で、近年我が国の国境近くが隣国から来たと思しき盗賊に荒らされているのは……」
「オルランド様……」

 未来で上司が調べ上げた情報を語っていると、ウーゴがどこか寂しげな笑顔でオルランドを見つめてきた。
 まだ確たる証拠はないが、これまでの調査書で見えていなかった繋がりを指摘すれば隊長はわかってくれる、とオルランドがウーゴを説得する言葉を考えていると、

「そういう夢をご覧になられたのですね? きっとお疲れなのですよ。おっしゃる通り隊長様にはご報告しておきますので、今日はお休みになっていてください」
「いや、違う。そうじゃない。俺は絶対に夜会に行く。夜会に行って……」

 オルランドの脳裏に、水晶のように美しい涙が煌めいていた。
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