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第六話 壁の花令嬢は大輪の花に
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「申し訳ございません、アレッシア様」
「……ファータのせいではないわ」
伯爵家の夜会で、イザッコ様はいつものように私を放置なさいました。
おまけに今夜は最初のダンスをネーリ男爵夫人と踊っていらっしゃったのです。
ダンスを終えても彼は戻ることなく、どこかへ消えてしまいました。
「私がイザッコ様を探して参ります」
「ありがとう。いつもごめんなさいね」
「いえ……」
ファータは申し訳なさそうに頭を下げました。
たぶん今夜もイザッコ様は見つからないのでしょう。
夜会が終わるころに戻ってきて、私を家まで送ってくださるだけでも感謝するべきなのかもしれません。
燃え上がる赤毛そのままに情熱的で、私とお父様を盗賊から助けてくださった通りにお強いイザッコ様は、私との婚約前はいろいろな女性に慕われていたと聞きます。
地味な壁の花令嬢である私ではご満足いただけないのかもしれません。
……私を壁の花にしているのはイザッコ様なのですけれどね。
私と同じように夜会の喧騒に加わらず、壁にもたれていらした隣の人物が動くのを感じました。
きっと用意されている飲み物を取りに行かれるのでしょう。
彼がだれかとダンスを踊るとは思えません。それともこの方もネーリ男爵夫人に誘われたらダンスを踊るのでしょうか。
私の隣に立っていらっしゃるのはベッリーニ侯爵家のご令息オルランド様です。
直接の知り合いではありませんが、有名な方なので前から存じていました。
白銀の髪に青灰色の瞳のオルランド様は、幼いころから彫刻のように整った美貌で知られていました。当然多くのご令嬢がオルランド様の愛を求めたのですけれど、彼はどなたにも心を寄せませんでした。
それどころかダンスの申し込みすらぴしゃりとお断りされます。
整い過ぎて冷たく見えるほどの美貌と相まって、陰では『氷の騎士』と呼ばれています。
彼は王国騎士団の騎士でもあるのです。
お年は私よりふたつ年上のニ十歳です。三年制の学園で遠くからお見かけしたときに、友達がこれらのことを教えてくれたのです。
オルランド様が遠くへ行かれたら、イザッコ様を見つけられなかったファータが戻ってくる前に我慢していた涙を流しきってしまいましょう。
そんなことを思っていたら、彼は私の前で立ち止まりました。
「初めまして、俺はベッリーニ侯爵家のオルランドと申します。王国騎士団の騎士でもあります。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「……」
「アレッシア嬢?……っ! いや、あなたの名前を知ってはいます、知ってはいるのですが、ここはきちんと互いに自己紹介を……」
「は、はい? 私はマンチーニ子爵家のアレッシアです。なにかご用でしょうか?」
オルランド様はとても仕事熱心な騎士でらっしゃるとも聞いています。
もしかしたら私はどこかで、なにかを目撃したとでも思われているのでしょうか。
……お父様が今朝王国騎士団に呼び出されていたことを思い出して、少し嫌な予感がしました。お父様が法に外れたことをなさっているはずないのですが。
「アレッシア嬢とお呼びしてもよろしいですか? 先ほどもう呼んでしまったけれど」
「はい。どうぞお呼びください」
「それでは……」
氷が解けたかのような笑みを浮かべて、オルランド様は私の前に跪きました。
その大きくてしなやかな手を私に差し出してきます。
低いのにどこか甘い声が言います。
「私と踊ってくださいませんか、アレッシア嬢」
「……わ、私には婚約者がいます。最初のダンスは婚約者と踊らなくては……」
「あなたの婚約者のイザッコ殿は、先ほどネーリ男爵夫人と最初のダンスを踊っていたようですよ?」
「それは……」
イザッコ様が浮気と疑われても仕方がないことをなさっているからといって、自分も同じことをするのは愚の骨頂です。
オルランド様の真意はわからないものの、ここはお断りしたほうが良いでしょう。
お断りしたほうが良いとわかっているのに……
「一曲だけでしたら」
なぜだかとても必死な、縋るような瞳で見つめられていたので、私はつい頷いてしまったのです。
流れる曲に合わせて踊り出すと、会場中の視線が集まります。
だって氷の騎士が地味な壁の花令嬢と踊っているのですもの!
オルランド様は見た目の優美さに反して騎士らしく逞しいお体をされています。
でも私を抱く手はとても優しくて、私は壊れやすい玻璃の細工物になったような気分になりました。
嫌なわけではありません。むしろ大切に扱われているのだと感じて、なんだか泣きたくなるほど嬉しかったのです。
壁の花令嬢が大輪の花でもあるかのように注目を集めてダンスを終えたとき、なぜか会場にお父様が現れました。
お母様がお亡くなりになってから、私のエスコート以外では夜会に出席することのなかったお父様がどうなさったのでしょうか。
お父様に呼ばれて、私とオルランド様は伯爵邸の休憩室へと向かったのでした。……どうしてオルランド様まで?
「……ファータのせいではないわ」
伯爵家の夜会で、イザッコ様はいつものように私を放置なさいました。
おまけに今夜は最初のダンスをネーリ男爵夫人と踊っていらっしゃったのです。
ダンスを終えても彼は戻ることなく、どこかへ消えてしまいました。
「私がイザッコ様を探して参ります」
「ありがとう。いつもごめんなさいね」
「いえ……」
ファータは申し訳なさそうに頭を下げました。
たぶん今夜もイザッコ様は見つからないのでしょう。
夜会が終わるころに戻ってきて、私を家まで送ってくださるだけでも感謝するべきなのかもしれません。
燃え上がる赤毛そのままに情熱的で、私とお父様を盗賊から助けてくださった通りにお強いイザッコ様は、私との婚約前はいろいろな女性に慕われていたと聞きます。
地味な壁の花令嬢である私ではご満足いただけないのかもしれません。
……私を壁の花にしているのはイザッコ様なのですけれどね。
私と同じように夜会の喧騒に加わらず、壁にもたれていらした隣の人物が動くのを感じました。
きっと用意されている飲み物を取りに行かれるのでしょう。
彼がだれかとダンスを踊るとは思えません。それともこの方もネーリ男爵夫人に誘われたらダンスを踊るのでしょうか。
私の隣に立っていらっしゃるのはベッリーニ侯爵家のご令息オルランド様です。
直接の知り合いではありませんが、有名な方なので前から存じていました。
白銀の髪に青灰色の瞳のオルランド様は、幼いころから彫刻のように整った美貌で知られていました。当然多くのご令嬢がオルランド様の愛を求めたのですけれど、彼はどなたにも心を寄せませんでした。
それどころかダンスの申し込みすらぴしゃりとお断りされます。
整い過ぎて冷たく見えるほどの美貌と相まって、陰では『氷の騎士』と呼ばれています。
彼は王国騎士団の騎士でもあるのです。
お年は私よりふたつ年上のニ十歳です。三年制の学園で遠くからお見かけしたときに、友達がこれらのことを教えてくれたのです。
オルランド様が遠くへ行かれたら、イザッコ様を見つけられなかったファータが戻ってくる前に我慢していた涙を流しきってしまいましょう。
そんなことを思っていたら、彼は私の前で立ち止まりました。
「初めまして、俺はベッリーニ侯爵家のオルランドと申します。王国騎士団の騎士でもあります。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「……」
「アレッシア嬢?……っ! いや、あなたの名前を知ってはいます、知ってはいるのですが、ここはきちんと互いに自己紹介を……」
「は、はい? 私はマンチーニ子爵家のアレッシアです。なにかご用でしょうか?」
オルランド様はとても仕事熱心な騎士でらっしゃるとも聞いています。
もしかしたら私はどこかで、なにかを目撃したとでも思われているのでしょうか。
……お父様が今朝王国騎士団に呼び出されていたことを思い出して、少し嫌な予感がしました。お父様が法に外れたことをなさっているはずないのですが。
「アレッシア嬢とお呼びしてもよろしいですか? 先ほどもう呼んでしまったけれど」
「はい。どうぞお呼びください」
「それでは……」
氷が解けたかのような笑みを浮かべて、オルランド様は私の前に跪きました。
その大きくてしなやかな手を私に差し出してきます。
低いのにどこか甘い声が言います。
「私と踊ってくださいませんか、アレッシア嬢」
「……わ、私には婚約者がいます。最初のダンスは婚約者と踊らなくては……」
「あなたの婚約者のイザッコ殿は、先ほどネーリ男爵夫人と最初のダンスを踊っていたようですよ?」
「それは……」
イザッコ様が浮気と疑われても仕方がないことをなさっているからといって、自分も同じことをするのは愚の骨頂です。
オルランド様の真意はわからないものの、ここはお断りしたほうが良いでしょう。
お断りしたほうが良いとわかっているのに……
「一曲だけでしたら」
なぜだかとても必死な、縋るような瞳で見つめられていたので、私はつい頷いてしまったのです。
流れる曲に合わせて踊り出すと、会場中の視線が集まります。
だって氷の騎士が地味な壁の花令嬢と踊っているのですもの!
オルランド様は見た目の優美さに反して騎士らしく逞しいお体をされています。
でも私を抱く手はとても優しくて、私は壊れやすい玻璃の細工物になったような気分になりました。
嫌なわけではありません。むしろ大切に扱われているのだと感じて、なんだか泣きたくなるほど嬉しかったのです。
壁の花令嬢が大輪の花でもあるかのように注目を集めてダンスを終えたとき、なぜか会場にお父様が現れました。
お母様がお亡くなりになってから、私のエスコート以外では夜会に出席することのなかったお父様がどうなさったのでしょうか。
お父様に呼ばれて、私とオルランド様は伯爵邸の休憩室へと向かったのでした。……どうしてオルランド様まで?
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