最後のカードは、

豆狸

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第四話 勝負(ゲーム)の始まり

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 先代デュフール女伯爵の夫で、跡取り娘ジョゼフィンの父親、ジョワ子爵家次男のクレマンは、三年ほど前に亡くなった妻と違ってカードゲームが嫌いだった。
 人生は堅実なのが一番だ。伯爵家の運営においても、早過ぎる父の死によって背負い込んだ負債を博打じみた派手な事業で一気に返そうとする先代女伯爵を補佐として止めて来た。
 燃え上がるような赤毛で、カードゲームが大好きな先代女伯爵のもとへ婿入りしたことが、クレマンの人生最大の勝負ゲームだったのかもしれない。

 そして今日、クレマンはさらなる大勝負ゲームに出ようとしていた。

「今日は私の十八歳の誕生パーティへ来てくださってありがとうございます。本日をもって私は成人し、正式にデュフール伯爵家の当主となります」

 王都にあるデュフール伯爵邸の中庭。
 鮮やかな青空に座した太陽からの眩しい光が、華やかなパーティ会場に降り注いでいた。集まった人々の見つめる中、クレマン譲りの茶色い髪と地味な外見の娘が花やリボンを飾られた東屋の前に立ち、母親を思わせる堂々とした態度で感謝の言葉を述べる。
 東屋を囲む低木の茂みは、幸運を呼び込むという兎や小鳥の形に刈られていた。

 クレマンは彼女を、実子のジョゼフィンを殺そうと考えていた。
 彼は入り婿だ。本当なら娘のジョゼフィンがいなくなった時点でデュフール伯爵家を追い出される。

 にもかかわらずクレマンは、代行に過ぎない自分がジョゼフィン亡き後の伯爵家に留められ、そのまま正式な当主になれると確信していた。
 今、見覚えの無い黒髪の執事がジョゼフィンに渡した酒杯には、隠語で『最後のカード』と呼ばれている毒薬が入っている。
 扱いが難しい薬なので、直前まではダンビエ侯爵が保管してくれていた。たぶん予備もいくつか持っているはずだ。

 中立派ということになっているが、ダンビエ侯爵は密かにペラン公爵と通じていた。
 医学界に顔が利くのと本人の知識と能力を利用して、敵対しているマルシャン公爵の派閥の力を削いで来たのだ。鎮痛剤として正式に入手した『最後のカード』を麻薬や毒薬として流通させることで、資金にも不自由していない。
 三年ほど前にジョゼフィンの母親が亡くなったときも彼の力を借りた。

「……っ」
「どうなさったの、あなた?」
「いや、なんでもない」

 クレマンはこの王国の貴族子女が十二歳からニ十歳までの間で任意の二年間を通う学園に在学していたときから愛している、真実の愛の相手であるフォリーに微笑んで見せた。
 真実の愛の相手と結ばれて幸せなはずなのに、亡くなった妻のことを思うとなぜか胸の奥が痛む。理由はわからない。
 先代女伯爵の死が病死として片づけられたのも、入り婿に過ぎない自分が愛人を後妻として家に入れることが出来たのも、ペラン公爵からの圧力と付き合いの長いダンビエ侯爵の口添えのおかげだ。ここでジョゼフィンが不審死を遂げても、だれも疑惑の声など上げないだろう。招待客はペラン公爵の派閥の人間と、ダンビエ侯爵のように中立派と称した仲間だけなのだ。

 ──その予定だった。

 思いながら、クレマンは庭の隅に立っている兄を見た。
 視線に気づかれた途端睨みつけられて、慌てて顔を逸らす。
 マルシャン公爵の派閥に属するジョワ子爵家の当主である兄が、どうしてここにいるのだろうか。ジョゼフィンの実の伯父なので、来ていてもおかしくはないのだが。

(あの子が招いたのか? 余計な真似を……)

 フォリーと再婚してから、クレマンは彼女やピヤージュとばかり過ごしていて、デュフール伯爵家の運営からは離れていた。
 ジョゼフィンが勝手に伯父へ招待状を出したに違いない。
 誕生パーティの会場にいる使用人の半分近くに見覚えがないのもジョゼフィンのせいだろう。先ほどの執事は執事にしては長い髪の毛の隙間から、整った顔が窺えた。ジョゼフィンのお気に入りなのかもしれない。

 ずっと日陰の身に追いやっていたフォリー達と一緒にいられるのが嬉しくて、亡くなった妻の思い出が残る執務室へ入る気になれなかったのだ。
 あの部屋にいると、どうしても彼女のことを思い出してしまう。
 地味で面白みのない男だと高位貴族の令息達に莫迦にされながらも、押し付けられた生徒会の仕事を実直にこなしていたクレマンを認めてくれた先代女伯爵のことを。

(あのころのフォリーは……)

 役員でもないクレマンに生徒会の仕事を押し付けて遊んでいた高位貴族の令息達と一緒にいた。彼女がクレマンに目をやることはなかった。
 それでも愛していた。初恋だったのだ。
 高位貴族の令息達に取り囲まれたフォリーは、いつもキラキラと輝いて見えた。

 先代女伯爵との話が出る前に、クレマンとフォリーの縁談が持ち上がったこともあったのだ。
 男爵家のひとり娘だった彼女の実家への婿入りである。
 今は引退してジョワ子爵家の領地で暮らしている両親と跡取りだった兄がそれを断った。もしかしたら、あのときはもう先代女伯爵からの話が来ていたのかもしれない。

(フォリーを弄んだ高位貴族の令息達が責任を取るのが嫌で、生徒会の仕事のように私に押し付けようとしていただなんて莫迦なことを……)

 先代女伯爵との結婚後、第一子の妊娠がわかって浮かれたクレマンが繰り出した下町の酒場で、再会したフォリーが清い体でなかったのは、彼女の身持ちが悪いからではない。
 クレマンがフォリーを愛していることに気づいた先代女伯爵が、嫉妬で彼女にならず者を差し向けたからだ。なのに、可哀相なフォリーはふしだらな娘と決めつけられて男爵家を勘当されてしまった。
 フォリーの実家の男爵家はマルシャン公爵の派閥で、ひとり娘のフォリーを勘当した後は分家から養子を取って跡を継がせることにしたのだと聞く。

(妻がそんなことをしただなんて、最初は信じられなかった。だが子どもが出来たとフォリーに言われて、彼女といると気分が高揚して、頭の中が……)

「乾杯!」

 頭の中が朦朧となり意識が混濁していきかけていたクレマンは、ジョゼフィンの声に顔を上げた。
 ジョゼフィンの後ろには婚約者でダンビエ侯爵家の息子であるマティスと、彼に寄り添うフォリーの娘ピヤージュがいる。
 ピヤージュは美しい金の巻き毛の娘で、クレマンにもフォリーにも似ていない。クレマンはジョゼフィンと同じ茶色の髪だし、フォリーは金髪だが巻き毛ではない。

 この王国では十八歳を成人とし、飲酒も許されるようになる。
 家の相続もだ。
 先代女伯爵は後見人はいたものの、伯爵家代表としての業務を代行出来る人間ではなかったので、正式な当主となる前から伯爵として扱われていた。

 正式な当主としてペラン公爵の派閥に認められたジョゼフィンは次の当主、自分の跡取りを選択する権利を持つ。
 彼女が『最後のカード』で即死したら、まだ息があるとダンビエ侯爵に言ってもらい、別室に運んだ後で準備済みの──自分になにかあったときは父であるクレマンもしくは異母妹のピヤージュにデュフール伯爵家を譲る、と記された書類を持ってくる。
 署名の筆跡の違いは、死を前にして手から力が抜けていたせいだと言えば良い。ペラン公爵の派閥は、それを認めてくれるはずだ。もちろん最終的に認可するのは王家だが、王家の傍系であるペラン公爵の口添えがあれば問題はない。

 ペラン公爵はこの誕生パーティには来ていない。
 来る予定だったのだが、ついさっき急用で行けなくなったと連絡が来た。
 しかし、いなくても計画は伝えてあるのだから便宜を図ってくれるだろう。連絡を伝えに来たのは見知らぬ従者だったけれど、公爵家ともなれば寄子貴族程度では把握出来ない数の使用人がいるのは当たり前のことだ。

 ジョゼフィンが酒杯を飲み干す。
 彼女の死を思うと、なぜかクレマンの胸の奥がまた少し痛んだ。
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