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第二話 一年半後
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ロバト侯爵家の本家に勘当された私は、分家の叔父様に引き取られました。
分家といっても叔父様のお爺様がロバト侯爵家の有していた子爵位と南方の領地を与えられて独立しているので、厳密にいえば別の家です。
しかし、完全に別の家としてしまうと本家が立ち行かなくなるので、今も分家という名分でロバト侯爵領を支え続けているのです。
本来なら母方の曾祖父(母や叔父様のお爺様)がロバト侯爵家の正統な跡取りでした。
けれど老いらくの恋に狂った先々代の侯爵が、孫と変わらない年ごろの愛人に産ませた庶子に家を継がせてしまったのです。
それが先代のロバト侯爵、私にとっては母方の曾祖叔父で父方の祖父に当たる方です。
先代ロバト侯爵は父親が用意してくれた高い身分の妻を厭い、平民の女性を愛人にして彼女の子どもに跡を継がせました。
それが当代のロバト侯爵、私の父親だった男です。
そんな事情ですので、領民の支持は分家にあります。そもそも当代や先代が本当に侯爵家の血筋なのかどうかも疑われています。
だから、当代は分家から妻を娶らないわけにはいかなかったのです。
もしそうしていなかったら、ロバト侯爵領とロバト子爵領で後継の正当性を巡る争いが起こっていたでしょう。
叔父様達が狼煙を挙げようとしていたのではありません。領民がそれを望んでいたのです。領民とは賢いものです。たとえ反乱によって自分達の命を喪おうとも、子どもや孫の未来を曇らせる愚かな領主を認める気はなかったのです。
争いで多くの犠牲が出ることを恐れ、分家から母が当代侯爵へと嫁ぎました。
それからはロバト侯爵夫人となった母が侯爵家の文官の長として、叔父様の率いる子爵家の騎士団が侯爵家騎士団の友軍として、ともに侯爵家を支えてきたのです。
母の死後は微力ながら私も侯爵家の運営に携わっていたのですけれど、もとより王太子殿下の婚約者として多忙だった上に、当代侯爵が連れ込んだタガレアラとデスグラーサ、そして彼女達を支持する人間達が私を嫌って侯爵に悪評を吹き込んだため、いつの間にか権限は奪われていました。
そこまで姉と姪を冷遇するのならば、と叔父様も侯爵家騎士団への支援をやめました。
当代侯爵の親友である侯爵家の騎士団長は媚び売りこそ上手いものの、武人としては無能な男です。
今、ロバト侯爵領へ向かう街道は盗賊や山賊の格好の狩場となっています。侯爵家の騎士団だけでは、悪党を排除する力も知恵もないからです。
行商人達は侯爵領を迂回して子爵領へ入るので、生活必需品は子爵領から侯爵領へ高値で売られています。行商人や子爵領の商人も生きていかなくてはいけないので仕方がありません。
私がロバト侯爵令嬢だったころは叔父様達が便宜を図って、侯爵領へ入る物品の価格を調整してくださっていましたが──
侯爵領の領民達の多くは先祖伝来の土地を捨て、子爵領へと移住しています。国の端で未開の森に接している子爵領は、年々森を開拓して国土の拡張に貢献しているのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「コンスタンサ、手紙が届いているよ」
学園の卒業パーティでの婚約破棄から一年と半年が過ぎました。
私が子爵領の屋敷で叔母様とお茶を嗜んでいると、叔父様がいらっしゃいました。
子爵家の当主である叔父様に王都から届いた手紙の中に、私宛てのものがあったのでしょう。
「あらあら、お待ちかねの吉報かしら?」
叔母様のおっしゃる通り一通は待ち望んでいたものでした。
従兄弟が男ばかりのせいか、叔母様は昔から私を可愛がってくださっています。
仕方がなかったとはいえ、仕事に打ち込んで私を振り向いてくださらなかった母を恨まずにいられるのは、叔母様の愛情があったからだと思います。
「はい。……私の出国許可が出ましたわ」
私は一年半前まで王太子殿下の婚約者でした。
王家へ嫁いではいなかったので本当の機密は教えられていませんでしたが、未来の王太子妃として携わっていた事業などで、まだ他国には知られたくない新技術を知ることはありました。
それらの事業がきちんと履行され、新技術はこの国のものだと知らしめることが出来たので、私が出国することも認められたようです。
「あら……」
叔父様が渡してくださった手紙は二通ありました。
一通は先ほどの出国許可、もう一通は当代のロバト侯爵からのものです。
私は首を傾げました。
「なんのご用でしょうか?」
バスコ王太子殿下とデスグラーサ王太子妃殿下は半年前、本来なら殿下と私のために開催されるはずだった婚礼の準備をそのまま使ってご成婚なさいました。殿下の側近の皆様は、妃殿下が認められるよう上手くやったようです。
それを機に、私はロバト侯爵へとある大切な手紙と資料を送っていました。
その件に関する返事は、すでに見せてもらったと思っていたのですけれど──
この国を出たら、もう二度と戻るつもりはありません。
正妃としてお側にいられないのなら、どこにいても同じことです。
どんなに遠く離れていても、バスコ王太子殿下の幸せを祈り続けることは出来ます。
少し考えて、私は当代のロバト侯爵と会うことを決めました。
最後に父親の顔を見たかったから?
いいえ、彼が王太子殿下の幸せを壊したりしないよう釘を刺すためです。
分家といっても叔父様のお爺様がロバト侯爵家の有していた子爵位と南方の領地を与えられて独立しているので、厳密にいえば別の家です。
しかし、完全に別の家としてしまうと本家が立ち行かなくなるので、今も分家という名分でロバト侯爵領を支え続けているのです。
本来なら母方の曾祖父(母や叔父様のお爺様)がロバト侯爵家の正統な跡取りでした。
けれど老いらくの恋に狂った先々代の侯爵が、孫と変わらない年ごろの愛人に産ませた庶子に家を継がせてしまったのです。
それが先代のロバト侯爵、私にとっては母方の曾祖叔父で父方の祖父に当たる方です。
先代ロバト侯爵は父親が用意してくれた高い身分の妻を厭い、平民の女性を愛人にして彼女の子どもに跡を継がせました。
それが当代のロバト侯爵、私の父親だった男です。
そんな事情ですので、領民の支持は分家にあります。そもそも当代や先代が本当に侯爵家の血筋なのかどうかも疑われています。
だから、当代は分家から妻を娶らないわけにはいかなかったのです。
もしそうしていなかったら、ロバト侯爵領とロバト子爵領で後継の正当性を巡る争いが起こっていたでしょう。
叔父様達が狼煙を挙げようとしていたのではありません。領民がそれを望んでいたのです。領民とは賢いものです。たとえ反乱によって自分達の命を喪おうとも、子どもや孫の未来を曇らせる愚かな領主を認める気はなかったのです。
争いで多くの犠牲が出ることを恐れ、分家から母が当代侯爵へと嫁ぎました。
それからはロバト侯爵夫人となった母が侯爵家の文官の長として、叔父様の率いる子爵家の騎士団が侯爵家騎士団の友軍として、ともに侯爵家を支えてきたのです。
母の死後は微力ながら私も侯爵家の運営に携わっていたのですけれど、もとより王太子殿下の婚約者として多忙だった上に、当代侯爵が連れ込んだタガレアラとデスグラーサ、そして彼女達を支持する人間達が私を嫌って侯爵に悪評を吹き込んだため、いつの間にか権限は奪われていました。
そこまで姉と姪を冷遇するのならば、と叔父様も侯爵家騎士団への支援をやめました。
当代侯爵の親友である侯爵家の騎士団長は媚び売りこそ上手いものの、武人としては無能な男です。
今、ロバト侯爵領へ向かう街道は盗賊や山賊の格好の狩場となっています。侯爵家の騎士団だけでは、悪党を排除する力も知恵もないからです。
行商人達は侯爵領を迂回して子爵領へ入るので、生活必需品は子爵領から侯爵領へ高値で売られています。行商人や子爵領の商人も生きていかなくてはいけないので仕方がありません。
私がロバト侯爵令嬢だったころは叔父様達が便宜を図って、侯爵領へ入る物品の価格を調整してくださっていましたが──
侯爵領の領民達の多くは先祖伝来の土地を捨て、子爵領へと移住しています。国の端で未開の森に接している子爵領は、年々森を開拓して国土の拡張に貢献しているのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「コンスタンサ、手紙が届いているよ」
学園の卒業パーティでの婚約破棄から一年と半年が過ぎました。
私が子爵領の屋敷で叔母様とお茶を嗜んでいると、叔父様がいらっしゃいました。
子爵家の当主である叔父様に王都から届いた手紙の中に、私宛てのものがあったのでしょう。
「あらあら、お待ちかねの吉報かしら?」
叔母様のおっしゃる通り一通は待ち望んでいたものでした。
従兄弟が男ばかりのせいか、叔母様は昔から私を可愛がってくださっています。
仕方がなかったとはいえ、仕事に打ち込んで私を振り向いてくださらなかった母を恨まずにいられるのは、叔母様の愛情があったからだと思います。
「はい。……私の出国許可が出ましたわ」
私は一年半前まで王太子殿下の婚約者でした。
王家へ嫁いではいなかったので本当の機密は教えられていませんでしたが、未来の王太子妃として携わっていた事業などで、まだ他国には知られたくない新技術を知ることはありました。
それらの事業がきちんと履行され、新技術はこの国のものだと知らしめることが出来たので、私が出国することも認められたようです。
「あら……」
叔父様が渡してくださった手紙は二通ありました。
一通は先ほどの出国許可、もう一通は当代のロバト侯爵からのものです。
私は首を傾げました。
「なんのご用でしょうか?」
バスコ王太子殿下とデスグラーサ王太子妃殿下は半年前、本来なら殿下と私のために開催されるはずだった婚礼の準備をそのまま使ってご成婚なさいました。殿下の側近の皆様は、妃殿下が認められるよう上手くやったようです。
それを機に、私はロバト侯爵へとある大切な手紙と資料を送っていました。
その件に関する返事は、すでに見せてもらったと思っていたのですけれど──
この国を出たら、もう二度と戻るつもりはありません。
正妃としてお側にいられないのなら、どこにいても同じことです。
どんなに遠く離れていても、バスコ王太子殿下の幸せを祈り続けることは出来ます。
少し考えて、私は当代のロバト侯爵と会うことを決めました。
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