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第一話 婚約破棄
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私は婚約者を愛していました。
この国の王太子であるバスコ殿下を。
ずっと彼の幸せだけを望んで生きてきました。
もちろんわかっています。
私が勝手に考えた彼の幸せが、彼の望む幸せと同じでないことは。
それでも私は殿下の笑顔を守りたかったのです。
どんなに私が愛しても微笑みさえ向けてくれない殿下が、あの子──私の異母妹デスグラーサの隣にいるときだけは浮かべている笑顔を。
愚かと言われても、そのためならなんでもしようと思っていました。
私が殿下の正妃となり、あの子を愛妾にすることで、彼の笑顔を守ることが出来ると思っていました。
ですので、この国の貴族子女や国外からの留学生、優秀な平民の特待生が通う学園で努力をしていたのですけれど、殿下はそれではお気に召さなかったようなのです。
「ロバト侯爵令嬢コンスタンサ! 私はお前との婚約を破棄する!」
学園の卒業パーティで、バスコ殿下は私に言いました。
彼の隣にはあの子、私の異母妹とされているデスグラーサの姿があります。
ふたりを取り囲むようにして、この国の高位貴族の令息達も立っています。令息達はデスグラーサと仲が良いのです。
「そして私、王太子バスコはここにいるデスグラーサとの婚約を宣言する!」
婚約ということは、殿下はデスグラーサを正妃にするおつもりなのでしょうか?
本来なら子どもに王位継承権が与えられない代わりに審査の緩い愛妾ならともかく、庶子に過ぎないデスグラーサが審査の厳しい王太子殿下の正妃になれるのでしょうか?
私は不安を感じましたが、愛し気にデスグラーサを見つめる周囲の貴族令息に気づいて安堵しました。王太子殿下の側近としての初仕事というわけですね。彼らが審査するのなら、デスグラーサにとって都合の悪いことは王家へ報告しないでしょう。
だったら……大丈夫かもしれません。
バスコ殿下の笑顔は曇らないかもしれません。
ずっと側で殿下の笑顔を拝見出来ないのは残念に思います。でも彼がずっと笑顔でいてくださるのなら、私は嬉しいのです。私には殿下を笑顔にすることは出来ませんでした。どんなに私が愛しても彼は微笑んでくれませんでした。
バスコ殿下がデスグラーサと一緒にいることでしか笑顔になれなくて、そのために私でなく彼女を正妃にするというのなら、それは……悲しいですけれど、それはどうしようもないことなのです。
私が望むのは、愛する彼の幸せです。
彼が望むご自身の幸せがなんなのかは、私にはわかりません。それでも笑顔でいらっしゃるのなら、不幸ではないはずです。
「……かしこまりました」
私はドレスの裾を摘まみ、殿下に向けてお辞儀をしました。
異母妹を選んだ殿下の代わりに今夜のエスコートを務めてくれていた母方の叔父が、殿下方から離れた私のところへ心配そうな顔で駆け寄って来ます。
「コンスタンサ、大丈夫かい?」
「コンスタンサ!」
叔父の言葉を遮って、父ロバト侯爵が私の名前を叫びました。
「貴様はロバト侯爵家から勘当だ! 仕事が忙しくて俺が王都の侯爵邸へ帰れなかった間、デスグラーサとタガレアラを苛めていたというではないか! そんな人間だから王太子殿下に捨てられるのだ、まったく恥ずかしい!」
政略結婚だった母やその子どもの私といるとき、ロバト侯爵はいつも顰め面でした。
けれど分家出身の母が亡くなって、下町で囲っていたというタガレアラと異母妹のデスグラーサを家に連れ込んでからは、彼女達の前でだけは笑顔のようです。伝聞なのは、侯爵邸で離れに押し込められていた私は、父の笑顔を直接見たことはないからです。
今夜も私はバスコ殿下ばかり見つめていたので、同伴しているタガレアラといるときの父の表情など見ていませんでした。
いいえ、勘当されたのですから、もう父ではありませんね。
「かしこまりました」
私はロバト侯爵の言葉を受け入れて、お辞儀をしました。
侯爵に愛されることも娘として愛することも、とうの昔に諦めています。
亡くなった母も新婚三日で下町の愛人宅へ入り浸るようになった侯爵との関係は諦めて、侯爵領を守るための政略結婚と割り切って仕事に励んでいました。ほかに仕方がなかったのだとわかっていますが、私は母に愛されることも娘として愛することも諦めずにはいられませんでした。
「コンスタンサ、帰ろう」
叔父の言葉に頷きます。
母方の実家の親族は私に優しいのです。母を本家のロバト侯爵との政略結婚の犠牲にしたことで、私に罪悪感を持っているのかもしれません。
いいえ、そうだとしても、私が生きてこられたのは叔父様達の優しさのおかげです。感謝していますし、親愛の情を持っているのも確かです。
なのに、どうして今も私の心はバスコ殿下に囚われているのでしょうか。
彼の未来ばかりを案じてしまっているのでしょうか。
どんなに私が愛しても殿下は愛してくださらなかったのに。叔父様達の優しさの百分の一の思いやりですら与えてくださらなかったのに──ああ、どうかこれからも殿下の笑顔が曇ることがありませんように!
この国の王太子であるバスコ殿下を。
ずっと彼の幸せだけを望んで生きてきました。
もちろんわかっています。
私が勝手に考えた彼の幸せが、彼の望む幸せと同じでないことは。
それでも私は殿下の笑顔を守りたかったのです。
どんなに私が愛しても微笑みさえ向けてくれない殿下が、あの子──私の異母妹デスグラーサの隣にいるときだけは浮かべている笑顔を。
愚かと言われても、そのためならなんでもしようと思っていました。
私が殿下の正妃となり、あの子を愛妾にすることで、彼の笑顔を守ることが出来ると思っていました。
ですので、この国の貴族子女や国外からの留学生、優秀な平民の特待生が通う学園で努力をしていたのですけれど、殿下はそれではお気に召さなかったようなのです。
「ロバト侯爵令嬢コンスタンサ! 私はお前との婚約を破棄する!」
学園の卒業パーティで、バスコ殿下は私に言いました。
彼の隣にはあの子、私の異母妹とされているデスグラーサの姿があります。
ふたりを取り囲むようにして、この国の高位貴族の令息達も立っています。令息達はデスグラーサと仲が良いのです。
「そして私、王太子バスコはここにいるデスグラーサとの婚約を宣言する!」
婚約ということは、殿下はデスグラーサを正妃にするおつもりなのでしょうか?
本来なら子どもに王位継承権が与えられない代わりに審査の緩い愛妾ならともかく、庶子に過ぎないデスグラーサが審査の厳しい王太子殿下の正妃になれるのでしょうか?
私は不安を感じましたが、愛し気にデスグラーサを見つめる周囲の貴族令息に気づいて安堵しました。王太子殿下の側近としての初仕事というわけですね。彼らが審査するのなら、デスグラーサにとって都合の悪いことは王家へ報告しないでしょう。
だったら……大丈夫かもしれません。
バスコ殿下の笑顔は曇らないかもしれません。
ずっと側で殿下の笑顔を拝見出来ないのは残念に思います。でも彼がずっと笑顔でいてくださるのなら、私は嬉しいのです。私には殿下を笑顔にすることは出来ませんでした。どんなに私が愛しても彼は微笑んでくれませんでした。
バスコ殿下がデスグラーサと一緒にいることでしか笑顔になれなくて、そのために私でなく彼女を正妃にするというのなら、それは……悲しいですけれど、それはどうしようもないことなのです。
私が望むのは、愛する彼の幸せです。
彼が望むご自身の幸せがなんなのかは、私にはわかりません。それでも笑顔でいらっしゃるのなら、不幸ではないはずです。
「……かしこまりました」
私はドレスの裾を摘まみ、殿下に向けてお辞儀をしました。
異母妹を選んだ殿下の代わりに今夜のエスコートを務めてくれていた母方の叔父が、殿下方から離れた私のところへ心配そうな顔で駆け寄って来ます。
「コンスタンサ、大丈夫かい?」
「コンスタンサ!」
叔父の言葉を遮って、父ロバト侯爵が私の名前を叫びました。
「貴様はロバト侯爵家から勘当だ! 仕事が忙しくて俺が王都の侯爵邸へ帰れなかった間、デスグラーサとタガレアラを苛めていたというではないか! そんな人間だから王太子殿下に捨てられるのだ、まったく恥ずかしい!」
政略結婚だった母やその子どもの私といるとき、ロバト侯爵はいつも顰め面でした。
けれど分家出身の母が亡くなって、下町で囲っていたというタガレアラと異母妹のデスグラーサを家に連れ込んでからは、彼女達の前でだけは笑顔のようです。伝聞なのは、侯爵邸で離れに押し込められていた私は、父の笑顔を直接見たことはないからです。
今夜も私はバスコ殿下ばかり見つめていたので、同伴しているタガレアラといるときの父の表情など見ていませんでした。
いいえ、勘当されたのですから、もう父ではありませんね。
「かしこまりました」
私はロバト侯爵の言葉を受け入れて、お辞儀をしました。
侯爵に愛されることも娘として愛することも、とうの昔に諦めています。
亡くなった母も新婚三日で下町の愛人宅へ入り浸るようになった侯爵との関係は諦めて、侯爵領を守るための政略結婚と割り切って仕事に励んでいました。ほかに仕方がなかったのだとわかっていますが、私は母に愛されることも娘として愛することも諦めずにはいられませんでした。
「コンスタンサ、帰ろう」
叔父の言葉に頷きます。
母方の実家の親族は私に優しいのです。母を本家のロバト侯爵との政略結婚の犠牲にしたことで、私に罪悪感を持っているのかもしれません。
いいえ、そうだとしても、私が生きてこられたのは叔父様達の優しさのおかげです。感謝していますし、親愛の情を持っているのも確かです。
なのに、どうして今も私の心はバスコ殿下に囚われているのでしょうか。
彼の未来ばかりを案じてしまっているのでしょうか。
どんなに私が愛しても殿下は愛してくださらなかったのに。叔父様達の優しさの百分の一の思いやりですら与えてくださらなかったのに──ああ、どうかこれからも殿下の笑顔が曇ることがありませんように!
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