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第六話 王太子と先代辺境伯
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王宮にいくつかある応接室のひとつ。
王太子ユージーンは、今のところまだ王太子のユージーンは、領地からやって来た先代辺境伯と対峙していた。
老いてなお矍鑠としたこの老人は、ユージーンの元婚約者フローレンスを引き取りに来たのだった。
「……わしと息子は、フローレンスの母親が亡くなったときにあの子をフォレスター公爵家と絶縁させて辺境伯家で引き取るつもりでした。娘が亡くなって有耶無耶になってしまいましたが、本当なら娘もフォレスター公爵とは離縁する予定だったのですよ」
前の公爵夫人が亡くなったのは、公爵が愛人チャーミィとの関係を続けていることがわかり、先代国王が公爵令嬢フローレンスと立太子前のユージーンの婚約を強行してから一年ほど過ぎたころだった。
その一年の間に、辺境伯家の面々はフローレンスとその母親をフォレスター公爵家から解放する手続きを進めていたのだろう。
ユージーンはそのころの自分の行動を思い返してみたが、婚約者だったフローレンスと過ごした記憶は浮かび上がってこなかった。
「もちろんフローレンスは貴方との婚約を解消するつもりでした。もとから貴方は孫娘のことを気に入っていらっしゃらなかったようですしね。……娘の葬儀からしばらくして、いろいろな話を詰めるためにフローレンスと会ったときのあの子の笑顔を今も覚えています」
孫娘の髪には銀色のリボンが結ばれていたのだと、老人は言う。
「貴方にいただいたものでした。貴方の髪と同じ色なのだと、王国の守護神様のようでしょうと、それは幸せそうにフローレンスは微笑んでいました。あの子は貴方との婚約を継続すると、王都の公爵邸で暮らし続けると言ったのです」
もっと連絡を取り合えば良かった、と彼は続ける。
「遠い辺境伯領には、貴方が足繁くフォレスター公爵家へ通っていることと、学園では公爵令嬢といつも一緒だという噂しか聞こえてきませんでした。敵国の息がかかっていると思われる山賊達が国境付近できな臭い動きを見せておりましたから、わしも息子も気軽に領地を離れて王都へ来ることが出来ませんでしたので、フローレンスから便りが無いのは良い便りなのだと自分達に言い聞かせて過ごしていました」
フローレンスは祖父と伯父に季節の便りを書いていたが、フォレスター公爵家の使用人がそれを握り潰していた。
彼女の母親が亡くなってから、公爵家の使用人達は後妻のチャーミィに都合の良い人間へと入れ替えられていたのだ。フォレスター公爵は愛人チャーミィの望むまま辺境伯令嬢と結婚し、彼女の望むまま公爵邸をも変えた。
そして、すべてを失った。
辺境伯家からの便りもまた、フローレンスのもとへ届く前に握り潰されていた。
「近衛騎士隊長のヘンリー殿が貴方の新しい婚約者殺害の容疑をフローレンスにかけてくださらなければ、あの子はきっと実の父親に殺されていた。自害させられていたのでしょうなあ」
ヘンリーは本気でフローレンスを疑っていたわけではないと、ユージーンは本人から聞いていた。
プランダが正式にユージーンの婚約者となったことで、フローレンスがチャーミィに操られた公爵に始末される可能性を考え、彼女を救うために容疑をかけて公爵邸へ押しかけたのだった。
自害させても辺境伯家との関係は悪化するが、フローレンスが辺境伯家に引き取られて、チャーミィにずっと毒を摂取させられていたことを知られるよりはマシだと誘導されたのだろう、とヘンリーは語った。
彼女は嫉妬で我を忘れていたのかもしれないが、とも。
「近衛騎士隊の薬師のおかげで解毒も進み、先日再会したわしをフローレンスは笑顔で迎えてくれました。……ですが、怖いのです。貴方もお聞きになったでしょう? あの毒は心だけでなく肉体も重く感じさせていた。解毒で肉体は軽くなったでしょう。心も表面上は明るくなっています。でも心の奥底にはまだ暗く重い死への渇望が潜んでいるかもしれない。むしろ体が軽く感じるようになったことで、ふとした拍子に……」
ユージーンは言葉を返せなかった。
新婚約者プランダと宮廷医師の死亡事件については、ヘンリーに率いられた近衛騎士隊の精鋭による捜査がある程度進むまで秘密にされていた。
フローレンスの状態がわかって彼女の安全が確保され、フォレスター公爵夫婦への尋問と宮廷医師の日記によって真相がわかってから公表されたのだ。
宮廷医師の死を知って、ユージーンの母王妃は半狂乱に陥った。
嘆き恋しがる彼女の叫びから、彼の日記で確認するまでもなく、ふたりの不倫関係がわかった。
母王妃は病気療養中ということになり、今は王宮奥の離宮に軟禁されている。いずれ父王から毒杯を賜ることになるのだろう。
父王はユージーンに、そなたのせいではない、と言ってくれた。
しかしユージーンには、そなたのせいだ、と言われているようにしか聞こえなかった。
たとえフローレンスを愛せなかったとしても、政略的な婚約が受け入れられなかったとしても、ほかにやりようがあったのではないかと、今のユージーンは思う。少なくともプランダとの不貞に溺れる前に、フローレンスに対して誠実に向き合うべきだった。そうしていたら、あの宮廷医師が王宮で魔の手を伸ばす前に止められていたかもしれない。
今のユージーンは、フローレンスに贈ったリボンを自分がだれから手に入れたかすら思い出せないでいる。わかっているのは、自分の意思で用意したのではなかったことだけだ。
母王妃が亡くなったら、父王は玉座を退くつもりだ。
新しい国王になるのはユージーンではない。無くなったフォレスター公爵家以外のいくつかの公爵家の人間から、だれかが選ばれる。
銀色のリボンがこの王国の守護神に姿を変えて、愚かなユージーンを廃したのかもしれない。
王太子ユージーンは、今のところまだ王太子のユージーンは、領地からやって来た先代辺境伯と対峙していた。
老いてなお矍鑠としたこの老人は、ユージーンの元婚約者フローレンスを引き取りに来たのだった。
「……わしと息子は、フローレンスの母親が亡くなったときにあの子をフォレスター公爵家と絶縁させて辺境伯家で引き取るつもりでした。娘が亡くなって有耶無耶になってしまいましたが、本当なら娘もフォレスター公爵とは離縁する予定だったのですよ」
前の公爵夫人が亡くなったのは、公爵が愛人チャーミィとの関係を続けていることがわかり、先代国王が公爵令嬢フローレンスと立太子前のユージーンの婚約を強行してから一年ほど過ぎたころだった。
その一年の間に、辺境伯家の面々はフローレンスとその母親をフォレスター公爵家から解放する手続きを進めていたのだろう。
ユージーンはそのころの自分の行動を思い返してみたが、婚約者だったフローレンスと過ごした記憶は浮かび上がってこなかった。
「もちろんフローレンスは貴方との婚約を解消するつもりでした。もとから貴方は孫娘のことを気に入っていらっしゃらなかったようですしね。……娘の葬儀からしばらくして、いろいろな話を詰めるためにフローレンスと会ったときのあの子の笑顔を今も覚えています」
孫娘の髪には銀色のリボンが結ばれていたのだと、老人は言う。
「貴方にいただいたものでした。貴方の髪と同じ色なのだと、王国の守護神様のようでしょうと、それは幸せそうにフローレンスは微笑んでいました。あの子は貴方との婚約を継続すると、王都の公爵邸で暮らし続けると言ったのです」
もっと連絡を取り合えば良かった、と彼は続ける。
「遠い辺境伯領には、貴方が足繁くフォレスター公爵家へ通っていることと、学園では公爵令嬢といつも一緒だという噂しか聞こえてきませんでした。敵国の息がかかっていると思われる山賊達が国境付近できな臭い動きを見せておりましたから、わしも息子も気軽に領地を離れて王都へ来ることが出来ませんでしたので、フローレンスから便りが無いのは良い便りなのだと自分達に言い聞かせて過ごしていました」
フローレンスは祖父と伯父に季節の便りを書いていたが、フォレスター公爵家の使用人がそれを握り潰していた。
彼女の母親が亡くなってから、公爵家の使用人達は後妻のチャーミィに都合の良い人間へと入れ替えられていたのだ。フォレスター公爵は愛人チャーミィの望むまま辺境伯令嬢と結婚し、彼女の望むまま公爵邸をも変えた。
そして、すべてを失った。
辺境伯家からの便りもまた、フローレンスのもとへ届く前に握り潰されていた。
「近衛騎士隊長のヘンリー殿が貴方の新しい婚約者殺害の容疑をフローレンスにかけてくださらなければ、あの子はきっと実の父親に殺されていた。自害させられていたのでしょうなあ」
ヘンリーは本気でフローレンスを疑っていたわけではないと、ユージーンは本人から聞いていた。
プランダが正式にユージーンの婚約者となったことで、フローレンスがチャーミィに操られた公爵に始末される可能性を考え、彼女を救うために容疑をかけて公爵邸へ押しかけたのだった。
自害させても辺境伯家との関係は悪化するが、フローレンスが辺境伯家に引き取られて、チャーミィにずっと毒を摂取させられていたことを知られるよりはマシだと誘導されたのだろう、とヘンリーは語った。
彼女は嫉妬で我を忘れていたのかもしれないが、とも。
「近衛騎士隊の薬師のおかげで解毒も進み、先日再会したわしをフローレンスは笑顔で迎えてくれました。……ですが、怖いのです。貴方もお聞きになったでしょう? あの毒は心だけでなく肉体も重く感じさせていた。解毒で肉体は軽くなったでしょう。心も表面上は明るくなっています。でも心の奥底にはまだ暗く重い死への渇望が潜んでいるかもしれない。むしろ体が軽く感じるようになったことで、ふとした拍子に……」
ユージーンは言葉を返せなかった。
新婚約者プランダと宮廷医師の死亡事件については、ヘンリーに率いられた近衛騎士隊の精鋭による捜査がある程度進むまで秘密にされていた。
フローレンスの状態がわかって彼女の安全が確保され、フォレスター公爵夫婦への尋問と宮廷医師の日記によって真相がわかってから公表されたのだ。
宮廷医師の死を知って、ユージーンの母王妃は半狂乱に陥った。
嘆き恋しがる彼女の叫びから、彼の日記で確認するまでもなく、ふたりの不倫関係がわかった。
母王妃は病気療養中ということになり、今は王宮奥の離宮に軟禁されている。いずれ父王から毒杯を賜ることになるのだろう。
父王はユージーンに、そなたのせいではない、と言ってくれた。
しかしユージーンには、そなたのせいだ、と言われているようにしか聞こえなかった。
たとえフローレンスを愛せなかったとしても、政略的な婚約が受け入れられなかったとしても、ほかにやりようがあったのではないかと、今のユージーンは思う。少なくともプランダとの不貞に溺れる前に、フローレンスに対して誠実に向き合うべきだった。そうしていたら、あの宮廷医師が王宮で魔の手を伸ばす前に止められていたかもしれない。
今のユージーンは、フローレンスに贈ったリボンを自分がだれから手に入れたかすら思い出せないでいる。わかっているのは、自分の意思で用意したのではなかったことだけだ。
母王妃が亡くなったら、父王は玉座を退くつもりだ。
新しい国王になるのはユージーンではない。無くなったフォレスター公爵家以外のいくつかの公爵家の人間から、だれかが選ばれる。
銀色のリボンがこの王国の守護神に姿を変えて、愚かなユージーンを廃したのかもしれない。
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