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最終話 蛇の騎士
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今日、私は王宮から辺境伯領へ旅立ちます。
ときどきふっと、死に引き込まれそうになりますが、ご多忙な中王都まで迎えに来てくださったお爺様や解毒してくださった薬師、異母妹殺害の容疑をかけることで私を助けてくれた近衛騎士隊長のヘンリー様への感謝の気持ちを奮い起こして留まっています。
鏡を見たとき、髪にあの子がいないことが少し寂しい以外は幸せを感じています。
「わざわざお見送りに来てくださって、ありがとうございます」
辺境伯家の馬車の前で、集まってくださった近衛騎士隊の方々にお礼を申し上げました。
「私が毒を摂取させられていたと気づいてくださったことも、解毒してくださったことも、父による自害の強要から救ってくださったことにも感謝しております。あまりにもご恩が大きくて、言葉が足りなくて申し訳ありません」
「いえ」
隊長のヘンリー様が首を横に振っておっしゃいます。
「薬師もお伝えしたと思いますが、王宮の近衛騎士隊は王族の方々を守護するためにいます。貴女をお助けするのが遅くなって、本当に申し訳ありませんでした」
「……仕方がありませんわ」
元婚約者のユージーン殿下は私に関心がおありではなかったし、王妃様も義母の情夫に惑わされていたのですもの。
ヘンリー様がなにを言っても私の状況が改善されることはなかったでしょう。
私もあの子に依存していたのかもしれません。でも、あの子から毒を摂取していたのだとわかっても、おそらく殿下の意思で贈られたものではなかったのだと察しても、私はあの子と会えて良かったと思っています。ふふ、無くなった銀色のリボンに今もこんなに入れ込んでいるなんて、私は毒を摂取していなくてもおかしな娘ですね。
「フローレンス、そろそろ出立しよう」
「はい、お爺様。皆様、本当にありがとうございました。遠い辺境伯領でも、皆様のご多幸をお祈り申し上げていますわ」
お爺様の手を取って馬車へ乗り込もうとしたときでした。
「フローレンス嬢っ!」
ヘンリー様が私の名前をお呼びになりました。
「はい?」
「あのっ! あの……我が家、ガーディナー公爵家には蛇がいます! 毒蛇です! 解毒剤を作るために飼っているのです。よ、良かったらいつか蛇を見にいらっしゃいませんか? 毒牙を抜いたものならお譲りすることも出来ます」
……ヘンリー様はいきなりどうなさったのでしょう。
背後にいる近衛騎士隊の皆様が、彼を見つめて呆れたような顔をなさっています。
ですが……私を見つめるヘンリー様の瞳はまっすぐで、彼の銀の髪は風に揺れて陽光を反射していて、私はなんだかあの子のことを思い出しました。蛇の話をされたからかもしれません。自然に口元が緩むのを感じました。
「ヘンリー様さえよろしければ、喜んで。いつか蛇を見に行かせてくださいませ」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこちらのほうですわ」
「いいえ。あの……ガーディナー公爵家は薬師の家系なので、俺は毒の恐ろしさも薬の尊さもよく知っています。貴女が摂取させられていた毒はかなりタチの悪いものでした。それでも貴女はユージーン殿下の婚約者として努力なさっていた。俺は、学園でご一緒していたころから、貴女を素晴らしい女性だと思っていました」
「ありがとうございます」
なんだか一生分のお礼を口にしているような気がします。
ヘンリー様の背後の近衛騎士隊の皆様は、少し安堵しているような苦笑いを浮かべていました。
私は改めて別れの言葉を告げて、お爺様と馬車へ乗り込みました。馬車の窓に銀の光が差したので外を見ると、王宮のユージーン殿下の執務室だった部屋の窓が煌めいていたような気がしました。殿下も私を見送ってくださっていたのでしょうか。
「フローレンス、ガーディナー公爵家へ行くときはわしも同行するからな」
「はい、お爺様」
「お前がもっと落ち着いてからの話になるが、まあ、あの近衛騎士隊長は悪い男ではないな」
「そうですね。ヘンリー様は素敵な方です。……蛇を見るのが楽しみですわ」
やっぱりあの子とは違うのでしょうか。
本物の蛇を可愛がっていたら、あの子がヤキモチを焼くかしら。
そんな莫迦げたことを考えながら、私は馬車の揺れに身を任せました。私の恋の形見は燃やされてしまいましたけれど、姿を変えて今も私を守っていてくれるような、そんな気がしました。
ときどきふっと、死に引き込まれそうになりますが、ご多忙な中王都まで迎えに来てくださったお爺様や解毒してくださった薬師、異母妹殺害の容疑をかけることで私を助けてくれた近衛騎士隊長のヘンリー様への感謝の気持ちを奮い起こして留まっています。
鏡を見たとき、髪にあの子がいないことが少し寂しい以外は幸せを感じています。
「わざわざお見送りに来てくださって、ありがとうございます」
辺境伯家の馬車の前で、集まってくださった近衛騎士隊の方々にお礼を申し上げました。
「私が毒を摂取させられていたと気づいてくださったことも、解毒してくださったことも、父による自害の強要から救ってくださったことにも感謝しております。あまりにもご恩が大きくて、言葉が足りなくて申し訳ありません」
「いえ」
隊長のヘンリー様が首を横に振っておっしゃいます。
「薬師もお伝えしたと思いますが、王宮の近衛騎士隊は王族の方々を守護するためにいます。貴女をお助けするのが遅くなって、本当に申し訳ありませんでした」
「……仕方がありませんわ」
元婚約者のユージーン殿下は私に関心がおありではなかったし、王妃様も義母の情夫に惑わされていたのですもの。
ヘンリー様がなにを言っても私の状況が改善されることはなかったでしょう。
私もあの子に依存していたのかもしれません。でも、あの子から毒を摂取していたのだとわかっても、おそらく殿下の意思で贈られたものではなかったのだと察しても、私はあの子と会えて良かったと思っています。ふふ、無くなった銀色のリボンに今もこんなに入れ込んでいるなんて、私は毒を摂取していなくてもおかしな娘ですね。
「フローレンス、そろそろ出立しよう」
「はい、お爺様。皆様、本当にありがとうございました。遠い辺境伯領でも、皆様のご多幸をお祈り申し上げていますわ」
お爺様の手を取って馬車へ乗り込もうとしたときでした。
「フローレンス嬢っ!」
ヘンリー様が私の名前をお呼びになりました。
「はい?」
「あのっ! あの……我が家、ガーディナー公爵家には蛇がいます! 毒蛇です! 解毒剤を作るために飼っているのです。よ、良かったらいつか蛇を見にいらっしゃいませんか? 毒牙を抜いたものならお譲りすることも出来ます」
……ヘンリー様はいきなりどうなさったのでしょう。
背後にいる近衛騎士隊の皆様が、彼を見つめて呆れたような顔をなさっています。
ですが……私を見つめるヘンリー様の瞳はまっすぐで、彼の銀の髪は風に揺れて陽光を反射していて、私はなんだかあの子のことを思い出しました。蛇の話をされたからかもしれません。自然に口元が緩むのを感じました。
「ヘンリー様さえよろしければ、喜んで。いつか蛇を見に行かせてくださいませ」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこちらのほうですわ」
「いいえ。あの……ガーディナー公爵家は薬師の家系なので、俺は毒の恐ろしさも薬の尊さもよく知っています。貴女が摂取させられていた毒はかなりタチの悪いものでした。それでも貴女はユージーン殿下の婚約者として努力なさっていた。俺は、学園でご一緒していたころから、貴女を素晴らしい女性だと思っていました」
「ありがとうございます」
なんだか一生分のお礼を口にしているような気がします。
ヘンリー様の背後の近衛騎士隊の皆様は、少し安堵しているような苦笑いを浮かべていました。
私は改めて別れの言葉を告げて、お爺様と馬車へ乗り込みました。馬車の窓に銀の光が差したので外を見ると、王宮のユージーン殿下の執務室だった部屋の窓が煌めいていたような気がしました。殿下も私を見送ってくださっていたのでしょうか。
「フローレンス、ガーディナー公爵家へ行くときはわしも同行するからな」
「はい、お爺様」
「お前がもっと落ち着いてからの話になるが、まあ、あの近衛騎士隊長は悪い男ではないな」
「そうですね。ヘンリー様は素敵な方です。……蛇を見るのが楽しみですわ」
やっぱりあの子とは違うのでしょうか。
本物の蛇を可愛がっていたら、あの子がヤキモチを焼くかしら。
そんな莫迦げたことを考えながら、私は馬車の揺れに身を任せました。私の恋の形見は燃やされてしまいましたけれど、姿を変えて今も私を守っていてくれるような、そんな気がしました。
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