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永禄3年(1560年) 落城泥棒
1、藤吉郎は不参加
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永禄3年5月。
清州の城下は普段とは違った。
今川義元が2万5000人の兵を率いて駿府を出発。尾張を統治する織田信長の居城に進軍して既に尾張に入っていた。
その報告を聞いた信長が夜明けを待たずに熱田神社に向かって出陣し、その朝が今日なのである。
がらんとしていると同時に妙にピリ付いているのが今日の城下なのだが。
その城下を堂々と我が物顔で歩いている小柄な男がいた。
貧相な顔立ちで、名は木下藤吉郎。
後の羽柴秀吉である。
秀吉は桶狭間の戦いで何をしたかは不明である。
それもそのはず、藤吉郎は今川との戦いに参加していなかったのだから。
どうして参加しなかったのか?
それは当然「織田が負ける」と思っていたからである。
今川は駿河15万国、遠江25万石、三河29万石で69万石。
対する織田は尾張57万石。その上、伊勢湾の貿易の税があるのでそれほど大差はないという専門家もいるが。
それは「桶狭間の戦いで信長が勝利した」のを受けての論評である。
当時としたら「三国を領する今川が織田よりも優勢」と見るのが当然で藤吉郎もそう見ていた。
では何故「負ける」と思っているのにさっさと逃げ出さずに織田家に仕えているのか?
それはもちろん「行きがけの駄賃」を貰う為である。
火事場泥棒という言葉がある。
火事になって家の住民が逃げてる隙に泥棒をするという手口である。そのまま家は燃えてなくなるので結局は紛失するのだから、泥棒の主張は「どうせなくなるんなら、こちらでありがたく使ってやろう」というタワケた事なのだろう。
その言葉が転じて落城泥棒というのも戦国時代には存在した。
落城するドサクサに泥棒するという方法だ。
何せ、落城して城の持ち主達は逃げ出し、城の金目の物はどうせ総て敵に取られるのだ。「それなら貰っても文句はないよな」というのが落城泥棒の主張である。
それをする為に藤吉郎は「今川が攻める」と噂になっていた織田に仕えていたのだ。
普段は胡散臭い藤吉郎を監視してる連中も今日ばかりは熱田神社に出陣していていない。
おおっぴらに藤吉郎は歩けた訳だ。
藤吉郎は清州の茶店に入った。
馴染みの茶店だ。
藤吉郎が店に入ると、織田の殿様が出陣した事を知っていた店主の五郎が怪訝そうな顔で、
「これはサル殿。戦場に出向かれませんでしたので?」
「五郎殿はワシに槍働きが出来るとお思いか。出向いても味方の邪魔なだけなので『ワシが出向かん事で味方が利する』という訳よ、ギャハハハ」
そう大笑いする藤吉郎だったが店を見渡した。
目当ての若い牢人が居たので、目配せして、
「いつもの団子とお茶を頼む、熱いのをな」
「お支払いの銭子はお持ちでしょうね、サル殿」
「実は手持ちがなくてな。またツケで頼む、五郎殿」
藤吉郎は茶目っ気たっぷりに頼み込んだ。
元百姓なので偉そうにしない。それが藤吉郎の強みである。
茶店の店主の五郎の名前も殿を付けて呼ぶのだから。
五郎は呆れながら、
「殿様が負けたらどうやって支払われるおつもりですか?」
「これ、五郎殿。戦前に縁起でもない事を言わんでくれ」
「・・・ですが、もう、必ず払って下さいね」
「無論じゃ。ワシはちゃんといつもツケを払っておるであろうが」
「調子の良いサル殿だわい」
そんな事を言って店の店主が消えたと同時に、店の客のその若者に、
「伊右衛門殿、お頭殿は来てるんでしょうな?」
「ええ、もちろんですよ、サル殿」
馬鹿にしたように若武者は答えた。
「何人で?」
「全員ですよ」
この若者は勿体付けて物事を喋るきらいがある。
藤吉郎はイラッとしながらも表情に出さすに、
「つまり?」
「80人」
その答えを聞いて、藤吉郎はニヤリとした。
この藤吉郎と喋っている若武者、伊右衛門の本名は山内一豊である。
生まれ年は1545年か、1546年。
血筋ははっきりしており、父親は岩倉織田氏(織田伊勢守)の家老、山内成豊で間違いない。
そして織田伊勢守の居城、岩倉城は昨年の永禄2年に信長に滅ぼされて落城していた。
主家を潰されて、家老の父親も落城の折に武士らしく自刃している。
自刃だが岩倉城を攻めた信長に殺されたようなものだ。
その直後に、信長に仕えれる訳もなく、この若武者は岩倉城の残党の1つ、前野党に属して野盗まがいな事をして食いつないでいた。
つまりは、藤吉郎はその前野党と一緒に落城泥棒をするつもりだったのである。
「どこにいるので?」
「もう周囲の宿に。それで『いつ』やられるのか前野様が聞かれてますが?」
「無論、『うつけ』の討ち死にの報が入り、清洲の城内が騒然となって逃げ出す者が出始めてからじゃな」
「『金蔵の鍵を預かってこい』と言われてきたのですが」
「・・・それがまだ奪えておらず」
藤吉郎が困った顔を作った。
ムカつく顔で。
それには若い一豊が、
「ちょっと」
「嘘ですよ」
「では、どこに?」
「持ってきてません」
「・・・前野党を裏切るので?」
「裏切ってるのはそちらがでしょ」
「何?」
「顔に『金蔵の鍵を受け取ったらサルを殺せって言われた』って書いてありますぞ」
「そ、そんな事は」
否定したが一豊の眼は泳いでいた。
まあ、当然であろう。
百姓あがりの侍もどきなんぞ信用出来ない。
というか、使い捨てだ。
それが武士階級の常識なのだから。
そもそも岩倉城(伊勢守)を落城させた清洲(弾正忠)方だ。
前野党からすれば清洲に仕えてる連中も敵なのだ。使い捨てるに限る。
そう考えている事は藤吉郎もとっくにお見通しで、
「お頭殿にお伝えされよ。『トンチ勝負にサルに勝てると思うな』と」
「・・・」
そこに奥に引っ込んでいた五郎が茶を持ってきた。
「ちょっと、お客さんに絡まないで下さいよ、サル殿」
「今川との戦の最中なんじゃから、怪しい奴を見かけたら素性を聞くのは当然じゃろうが。おお、これこれ、美味いんじゃよな、ここの団子は格別に」
藤吉郎は団子をそれはもう美味そうに食べた。
茶店としては悪い気のしない五郎が(今日は手伝いが通勤しておらずやる事が多いので)奥に引っ込む中、一豊が、
「鍵は手に入れているんですね?」
「とっくにの。仕事は夕方頃だとお頭殿にお伝え下され。では夕刻にまたこの茶店で」
藤吉郎がそう茶を飲むと、一豊はつなぎの仕事を終えて、
「店主、銭はここに置くからな」
「今、手が離せないのでサル殿、受けとっておいて下さい」
「へいよ、伊右衛門殿、6文ちょうだいします」
「6文? 高くないか?」
「清洲の一等地の茶店ですからな~」
その言葉に納得して一豊は財布から6文を出して帰っていった。
その内に2文を懐に入れた藤吉郎は、奥から出てきた北五郎に、
「五郎殿、4文、確かに渡したぞ」
そうなのだ。
2文ピンハネしていた。
そういうケチな小悪党だった。藤吉郎という男は。
「この調子で、サル殿も代金の銭子を渡して下さればありがたいのですが」
「ない袖は振れぬと申すであろうが、ワシもお城に戻るとするかのう、ギャハハハ」
そう笑いながら藤吉郎は茶店を出ていったのだった。
清州の城下は普段とは違った。
今川義元が2万5000人の兵を率いて駿府を出発。尾張を統治する織田信長の居城に進軍して既に尾張に入っていた。
その報告を聞いた信長が夜明けを待たずに熱田神社に向かって出陣し、その朝が今日なのである。
がらんとしていると同時に妙にピリ付いているのが今日の城下なのだが。
その城下を堂々と我が物顔で歩いている小柄な男がいた。
貧相な顔立ちで、名は木下藤吉郎。
後の羽柴秀吉である。
秀吉は桶狭間の戦いで何をしたかは不明である。
それもそのはず、藤吉郎は今川との戦いに参加していなかったのだから。
どうして参加しなかったのか?
それは当然「織田が負ける」と思っていたからである。
今川は駿河15万国、遠江25万石、三河29万石で69万石。
対する織田は尾張57万石。その上、伊勢湾の貿易の税があるのでそれほど大差はないという専門家もいるが。
それは「桶狭間の戦いで信長が勝利した」のを受けての論評である。
当時としたら「三国を領する今川が織田よりも優勢」と見るのが当然で藤吉郎もそう見ていた。
では何故「負ける」と思っているのにさっさと逃げ出さずに織田家に仕えているのか?
それはもちろん「行きがけの駄賃」を貰う為である。
火事場泥棒という言葉がある。
火事になって家の住民が逃げてる隙に泥棒をするという手口である。そのまま家は燃えてなくなるので結局は紛失するのだから、泥棒の主張は「どうせなくなるんなら、こちらでありがたく使ってやろう」というタワケた事なのだろう。
その言葉が転じて落城泥棒というのも戦国時代には存在した。
落城するドサクサに泥棒するという方法だ。
何せ、落城して城の持ち主達は逃げ出し、城の金目の物はどうせ総て敵に取られるのだ。「それなら貰っても文句はないよな」というのが落城泥棒の主張である。
それをする為に藤吉郎は「今川が攻める」と噂になっていた織田に仕えていたのだ。
普段は胡散臭い藤吉郎を監視してる連中も今日ばかりは熱田神社に出陣していていない。
おおっぴらに藤吉郎は歩けた訳だ。
藤吉郎は清州の茶店に入った。
馴染みの茶店だ。
藤吉郎が店に入ると、織田の殿様が出陣した事を知っていた店主の五郎が怪訝そうな顔で、
「これはサル殿。戦場に出向かれませんでしたので?」
「五郎殿はワシに槍働きが出来るとお思いか。出向いても味方の邪魔なだけなので『ワシが出向かん事で味方が利する』という訳よ、ギャハハハ」
そう大笑いする藤吉郎だったが店を見渡した。
目当ての若い牢人が居たので、目配せして、
「いつもの団子とお茶を頼む、熱いのをな」
「お支払いの銭子はお持ちでしょうね、サル殿」
「実は手持ちがなくてな。またツケで頼む、五郎殿」
藤吉郎は茶目っ気たっぷりに頼み込んだ。
元百姓なので偉そうにしない。それが藤吉郎の強みである。
茶店の店主の五郎の名前も殿を付けて呼ぶのだから。
五郎は呆れながら、
「殿様が負けたらどうやって支払われるおつもりですか?」
「これ、五郎殿。戦前に縁起でもない事を言わんでくれ」
「・・・ですが、もう、必ず払って下さいね」
「無論じゃ。ワシはちゃんといつもツケを払っておるであろうが」
「調子の良いサル殿だわい」
そんな事を言って店の店主が消えたと同時に、店の客のその若者に、
「伊右衛門殿、お頭殿は来てるんでしょうな?」
「ええ、もちろんですよ、サル殿」
馬鹿にしたように若武者は答えた。
「何人で?」
「全員ですよ」
この若者は勿体付けて物事を喋るきらいがある。
藤吉郎はイラッとしながらも表情に出さすに、
「つまり?」
「80人」
その答えを聞いて、藤吉郎はニヤリとした。
この藤吉郎と喋っている若武者、伊右衛門の本名は山内一豊である。
生まれ年は1545年か、1546年。
血筋ははっきりしており、父親は岩倉織田氏(織田伊勢守)の家老、山内成豊で間違いない。
そして織田伊勢守の居城、岩倉城は昨年の永禄2年に信長に滅ぼされて落城していた。
主家を潰されて、家老の父親も落城の折に武士らしく自刃している。
自刃だが岩倉城を攻めた信長に殺されたようなものだ。
その直後に、信長に仕えれる訳もなく、この若武者は岩倉城の残党の1つ、前野党に属して野盗まがいな事をして食いつないでいた。
つまりは、藤吉郎はその前野党と一緒に落城泥棒をするつもりだったのである。
「どこにいるので?」
「もう周囲の宿に。それで『いつ』やられるのか前野様が聞かれてますが?」
「無論、『うつけ』の討ち死にの報が入り、清洲の城内が騒然となって逃げ出す者が出始めてからじゃな」
「『金蔵の鍵を預かってこい』と言われてきたのですが」
「・・・それがまだ奪えておらず」
藤吉郎が困った顔を作った。
ムカつく顔で。
それには若い一豊が、
「ちょっと」
「嘘ですよ」
「では、どこに?」
「持ってきてません」
「・・・前野党を裏切るので?」
「裏切ってるのはそちらがでしょ」
「何?」
「顔に『金蔵の鍵を受け取ったらサルを殺せって言われた』って書いてありますぞ」
「そ、そんな事は」
否定したが一豊の眼は泳いでいた。
まあ、当然であろう。
百姓あがりの侍もどきなんぞ信用出来ない。
というか、使い捨てだ。
それが武士階級の常識なのだから。
そもそも岩倉城(伊勢守)を落城させた清洲(弾正忠)方だ。
前野党からすれば清洲に仕えてる連中も敵なのだ。使い捨てるに限る。
そう考えている事は藤吉郎もとっくにお見通しで、
「お頭殿にお伝えされよ。『トンチ勝負にサルに勝てると思うな』と」
「・・・」
そこに奥に引っ込んでいた五郎が茶を持ってきた。
「ちょっと、お客さんに絡まないで下さいよ、サル殿」
「今川との戦の最中なんじゃから、怪しい奴を見かけたら素性を聞くのは当然じゃろうが。おお、これこれ、美味いんじゃよな、ここの団子は格別に」
藤吉郎は団子をそれはもう美味そうに食べた。
茶店としては悪い気のしない五郎が(今日は手伝いが通勤しておらずやる事が多いので)奥に引っ込む中、一豊が、
「鍵は手に入れているんですね?」
「とっくにの。仕事は夕方頃だとお頭殿にお伝え下され。では夕刻にまたこの茶店で」
藤吉郎がそう茶を飲むと、一豊はつなぎの仕事を終えて、
「店主、銭はここに置くからな」
「今、手が離せないのでサル殿、受けとっておいて下さい」
「へいよ、伊右衛門殿、6文ちょうだいします」
「6文? 高くないか?」
「清洲の一等地の茶店ですからな~」
その言葉に納得して一豊は財布から6文を出して帰っていった。
その内に2文を懐に入れた藤吉郎は、奥から出てきた北五郎に、
「五郎殿、4文、確かに渡したぞ」
そうなのだ。
2文ピンハネしていた。
そういうケチな小悪党だった。藤吉郎という男は。
「この調子で、サル殿も代金の銭子を渡して下さればありがたいのですが」
「ない袖は振れぬと申すであろうが、ワシもお城に戻るとするかのう、ギャハハハ」
そう笑いながら藤吉郎は茶店を出ていったのだった。
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