ヤバイ秀吉

魚夢ゴールド

文字の大きさ
2 / 6
永禄3年(1560年)、桶狭間の戦い

2、市姫との出会い

しおりを挟む
信長が桶狭間の戦いに出陣した清州城を預かるのは誰か?

それは、





織田信長の後見人ながら家督争いでは信長の弟、信行を担いだ事で、軍権を召し上げられて行政官だけをさせられている織田家の筆頭家老、林秀貞。

織田家では知らぬ者がいないほどの剛の者ながら、信長の弟「信行の家老」に配されていたのが仇となり、現在は軍権停止中の柴田勝家。





この2人だった。

そうなのだ。

柴田勝家の軍権が復活するのは美濃平定以降。

それまでは柴田勝家は軍権なしの奉行に回されていた。





藤吉郎が清洲城の廊下を歩いていると、

「サル、今まで何処で何をしていた?」

林秀貞と出食わした。

いつもは筆頭家老らしく、配下を引き連れて歩いている癖に今日は1人だ。

というか、普段は百姓出身の藤吉郎には声も掛けてこない癖に。

どうやら平常心ではないらしい。

「はっ、清州城下の様子を確認しに・・・」

「そんな事はせんでいい。輿の用意をしておけ。密かにだ」

(逃げ支度の指示とは。やはり「負ける」と踏んでるな)

藤吉郎は内心でニヤリとしながら、

「輿はいくつ必要でしょうか?」

「3つだな」

と言われて藤吉郎は頭をひねった。

清州城の奥を思い出す。

信長の正妻は美濃斎藤家から輿入れしたマムシ姫だ。

それともう一人、信長のお気に入りの吉乃様。

後1つは何だ?

藤吉郎はピンときた。

「茶器でも運ばれますので?」

「下らぬ詮索はするな」

ピクリと眉を動かして秀貞は藤吉郎を見た。

心底を見抜かれて「見直した」ではない。

金蔵から銭を運ぼうと思っていたのに銭よりも価値がある茶器を運ぶのか、と問われて「見直した」のだ。

(こやつ、本当に百姓の出か? 殿が拾ってくるだけの事はあって知恵が回る)

「両方持っていくに決まっておろうが」

そう言われて秀吉は思わず口元を緩めながら、

「女子衆は置いていかれますので?」

「殿が無事に帰ってきた時に『居らぬ』では問題であろうが」

「さすがは御家老様、見事の采配で。それでサルめは一緒に連れて行っていただけるのでしょうか?」

「・・・仕方ない。連れて行ってやろう」

(舟着き場で騒ぐようなら斬り捨てれば良かろう)

その場しのぎの嘘を言った秀貞に対して藤吉郎は、

(ククク、城の外に金目の物を運び出す手間が省けたわ。その上、首までワシに献じてくれるとは。清洲の家老のクビだ。今川に献じたら大層喜んでワシを士分に取り立ててくれるであろうな。問題は前野党80人を如何にして出し抜くか、か。ふむ。トンチの利かせどころだのう)

家老の林秀貞を「どこで殺すか」 真剣に考えたのだった。





藤吉郎は御存知「女好き」である。

中でも御注進だったのが信長の妹、市姫である。

桶狭間の戦いの時、市姫は13歳。

戦国時代では結婚していても何の問題もない年齢だ。

問題があるとすれば下っ端の藤吉郎がその市姫と出会える接点などまるでないという点であった。

何せ、藤吉郎はまだ足軽組頭にもなれていない末端の足軽。

相手は主君信長の妹御だ。

いくら同じ清州城の中でも、表と奥は違う。

奥の守りは鉄壁でそう簡単に近付けるものではない。

落城の報告が届くまで暇な藤吉郎は城内の様子を探った。

そして思うのだ。

(どうも拙いな)

と。

どう拙いのか、と言えば清州城が「落城する雰囲気ではない」点だ。

まあ、藤吉郎も落城を経験した事はなかったのだが。

今回、劣勢の織田と2万5000人で攻めてきた今川との戦いで、どうしてそんな雰囲気になっているのか?

その理由は主に二つである。

1つは過去の戦歴。

織田と今川は「いい勝負」をこれまでしてきたのだ。

なので、例え負けても「大敗はない」という雰囲気が清州の城内には広がっていた。

こちらは、まあいい。

いくさを舐めてる希望的な観測なので。

落城した時に痛い目を見ればいい。

だが、藤吉郎から言わせればもう1つの方が問題で、

「これ、そこのサル顔」

考え事をしている藤吉郎は声を掛けられた。

女子の声だったので、女好きの藤吉郎は、

「何でございましょう?」

満面の笑顔で答えた訳だが、相手を見て驚いた。

ビックリするくらいの美しい姫君だったので。

着物も豪華で、お付きの女中が4人。

それだけで只者でない事が分かる。

「はっ、サルに御用でしょうか」

その場で藤吉郎は平伏した。

「サル? なるほど、そなたが兄上が言っていたサルか。確か名前は木下・・・」

「藤吉郎にございまするっ!」

兄上?

殿の妹御か。

藤吉郎の見立て通り、この姫が市姫だった。

普段は奥に居るのだが、戦なので清州の城内の様子を見回っていた訳だが。

「その方、どうして出陣していない?」

「ははっ、サルめは出陣しても邪魔になりまするので出陣せぬ事で味方に貢献しようかと。それに既に今川に味方する者共が清洲の城下に入っている節があり、城の防衛の為に残りましてございまする」

藤吉郎は口だけは良く回る男である。調子良く喋った。

「そのような戯言で、この市を煙に煙に撒けると思っているのか? 今から出陣せよ」

「ははっ。しかし、この戦はサルが出陣するまでもなく織田の勝ちでございますれば、そう心配なされずともよろしいかと」

お調子者の藤吉郎がそんな事を言った訳だが、ピクリと市姫が眉を動かして、

「どうして織田が勝つと思うのだ?」

「今川のたわけが織田から寝返った尾張国境の鳴海城の城主、山口教継を切腹させたからにございまする。お陰で今回の戦は劣勢な織田から今川に寝返る武将は1人も出ておりませぬゆえ。降伏しても殺されるのであれば、織田方の兵は今川相手に死ぬ気で奮戦する事になりましょう。それに殿が出陣したのも正解にござりまする。この清州は籠城には向きませぬし、熱田が燃やされでもしたら尾張は大打撃でございますれば」

そうなのだ。

「それ」のせいで織田からは裏切り者がもう出ていない。

これが問題だった。

お陰で今回の戦いも今川と織田が妙に拮抗しているのだから。

「ほう、兄上の凄さに気付く者がいたとはのう」

と市姫が呟いた時に、廊下から足音を立てて歩いてきたのは柴田勝家であった。

「お市様、探しましたぞ」

「うるさいのがきおったわ」

「ん? サル、貴様、下郎の分際で何、お市様と喋っておる」

勝家が藤吉郎を見咎めて叱責するが、

「よい、私が声を掛けたのじゃ」

「いけませんぞ、市様。このような下賤な者に声を掛けては。ささ、奥へお戻り下され」

「わかったわ」

こうして市姫は柴田勝家に連れられて廊下を歩いていった。

(あれが噂の市姫か。落城の折の楽しみが1つ増えたのう)

そんな劣情を抱いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【アラウコの叫び 】第4巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日19:20投稿】 4巻は、序盤は「推理もの」、中盤から後半は「ロマンスもの」が展開されます。 ・サンティアゴで起こる「事件」と「裁き」 ・「アンデスの悪魔」として悪名を轟かせた狂気の老人カルバハルの存在感 ・ニドス家の兄妹の「行く末」 ・イネスとバルディビアとの「出逢い」と「結末」 大きく分けてこの様な展開になってます。 ------------------- 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

 【最新版】  日月神示

蔵屋
歴史・時代
 最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。  何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」 「今に生きよ!」  「善一筋で生きよ!」  「身魂磨きをせよ!」  「人間の正しい生き方」  「人間の正しい食生活」  「人間の正しい夫婦のあり方」  「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」  たったのこれだけを守れば良いということだ。  根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。  日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。  これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」 という言葉に注目して欲しい。  今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。  どうか、最後までお読み下さい。  日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。    

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...