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永禄3年(1560年) 落城泥棒
3、前野党を売る
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「桶狭間の戦い」の決着が付いたのは昼下がりの雨が降った直後である。
そして桶狭間の戦場と清洲城の距離は30キロ。
馬を潰す気で走らせれば2時間後には清洲城に勝利は伝わり、清洲の城内は、
「勝ったか、さすがは殿だ」
「今川の大将の首を取るとはさすがじゃ」
「今川なんぞ何する物ぞ」
「これ、すぐに戦勝祝いの料理を作れ」
「はっ」
大騒ぎした訳だが。
落城泥棒をする気満々だった藤吉郎は、
(何だ、勝ったのか、織田は。つまらん。儲け損ねたな。清洲城の金蔵にはたんまり入っていたはずなのに)
内心で残念がりながらも、
「だから言ったであろう、ワシが。殿は凄い御方なのじゃと」
藤吉郎も大騒ぎをしたのだった。
「織田が勝利した」となると邪魔な連中が出てくる。
「落城泥棒を一緒にしよう」と持ちかけ、既に清洲の城下に入っている前野党だ。
前野党とは織田伊勢守の岩倉城の残党である。
よって清洲の織田信長に復讐がしたくて仕方がない。
「昨年の恨み」とばかりに清洲城下で一暴れする可能性もある。
まあ、藤吉郎としては清洲城下で暴れてる連中を「知らんぷり」しても良かったのだが。
そこはそれ。
今後の付き合いもある。
織田は次は美濃攻めをするはずなのだから、その時に役立つので逃がしてやろう。
――などとヌルイ事を冷酷な藤吉郎が考える訳がない。
そもそも藤吉郎は今回、出陣の触れが出ていたのに出陣していないのだ。
完全な軍法違反である。
織田は信長の代になってその辺がかなり厳しくなっている。
ましてや藤吉郎はただの足軽。
軍法違反だけで首が飛ぶ可能性もあるのだから、出陣しなかった事を有耶無耶にする「罰に匹敵する功績を上げる」必要があったのだ。
では、その功績とは何か?
清洲城下に紛れ込んでいる岩倉城の残党、前野党の首である。
よって自分が繋ぎを付けて清洲城下に前野党を呼び寄せた癖に、
廊下を慌てた様子で駆け、部屋に入り込んだ藤吉郎は同じく慌てた様子で部屋の上座に居た柴田勝家に、
「大変です、柴田様。清洲の城下に岩倉城の残党が多数入り込んでおりまするっ!」
この情報は清洲城の留守を預かる柴田勝家が「何をたわけた事を」と聞き流せぬ内容であった。
下手に城下で騒ぎがあったら留守を預かる勝家の首が飛ぶのだから。
「本当だな、サル?」
(くくく、喰いついた。さあ、ワシの為に働いて貰おうか)
「はい、柴田様。どうも50人以上居るようで」
「どこだ?」
「城の北です」
これは嘘ではない。
茶店を出た山内一豊が北側に向かって歩いていったのを店の中から目敏く藤吉郎は確認していたのだから。
「よし、城内の兵を集めよ。岩倉城の残党を捕縛しに行くぞ」
元々、戦場に出れない不本意な留守居役を押し付けられていた勝家は城兵を率いて清洲の城下に出ていったのだった。
織田の大勝利。
その報告を清洲の城下町の旅籠で聞いた岩倉城の残党「前野党」を率いる前野長康は選択に迫られていた。
織田が勝った今、もう清洲城の金蔵の銭を奪うのは無理だ。
だが、このまま何もせずに帰るのも癪だ。
ここは戦場に出た織田軍が戻ってくる前に清洲の城下を焼き討ちしてトンズラするに限る訳だが。
織田勝利の一報を聞いた藤吉郎が迅速に前野党を切り捨て、柴田勝家が速攻で動いた為に、前野党が清洲の城下町に火を放つ前に、
「いたぞ、岩倉の残党どもだ、かかれっ!」
市街で柴田勝家に発見された。
それも織田兵を率いている。
40人ほどなので、80人の前野党の方が有利かと思いきや、
「柴田様、こいつらは何なんです?」
「町衆も力を貸せ。今川に味方するたわけどもだからなっ! 全員叩き斬れっ!」
そうなのだ。
この場所は清洲の城下町。
住民の全員が織田信長に味方する。
なので、住民達が刀や槍を持ち出してきた。
まだ豊臣秀吉が「刀狩り」を行っていないので町民でも普通に武器を持ってるのだ。
囲まれる前に逃げないと。
というか、町民の分際で弓まで出してきた。
こりゃもう駄目だ。
勝負にならない。
「全員逃げるぞっ!」
「逃がすな、追え追えっ!」
こうして前野党は次々に討たれていったのだった。
その様子を後方の建物の角の影からコソコソと眺めていたのが藤吉郎である。
藤吉郎には藤吉郎でする事があったのだ。
捕縛される前に連中を斬る事だ。
前野党は今や完全に二手に分かれていた。
我先に逃げた連中と、武器を持った町民に囲まれて逃げ場を失った連中だ。
逃げ遅れて完全に囲まれた前野党はそれでも抵抗していた。
1年前に信長に岩倉城を落城させられた恨みのせいだ。
「戦って死ぬ」、または「一人でも清洲の連中を道ずれにしてやる」と暴れたのだ。
それで次々に討たれた訳だが、中には武士の意地よりも命が惜しい連中もいる訳で、
「こ、降参する」
「命だけは助けてくれ」
逃げ遅れて戦って負傷した最後の生き残りの5人が抵抗を諦めて武器を捨て、白旗を上げて投降しようとしたところを、藤吉郎が突進して、
「投降など許すかっ! 清洲の殿に逆らった者は死ねっ!」
武器を持ってない前野党を斬り掛かり始めたのである。
「こら、サル、やめんか」
清洲城の城兵達が慌てて止めようとしたが、狂った猿のように藤吉郎は刀を振り回し、
「清洲の殿に逆らった者は全員死ね」
投降した5人をあっさりと斬り伏せたのだった。
藤吉郎の目的は口封じである。
捕まった前野党にペラペラと喋られて手引したのが藤吉郎だとバレたら困るので。
目的を達した藤吉郎が、
「ざまあみろ。清洲に逆らった者は全員こうなる――あべぶあああ」
前野党を斬り殺して口を封じて一安心したところ、横から顔を殴られた。
殴ったのは勝家である。
手加減してくれなかったので完全に吹き飛んだ。
「このたわけザルがっ! 殺しては残党の情報が聞き出せぬではないか」
「イテテテ。で、ですが、柴田様。『岩倉城の連中は皆殺しにしろ』との命令が」
「それでもだ。せっかく捕らえれたものを。他の連中は逃げてしまったし」
「逃げた連中を追いましょう、柴田様」
「留守居役が城を開けられるか。殿に怒られるわ」
「ですが」
「くどい。行きたいなら1人で行け」
勝家はそう吐き捨てると、清洲城に戻っていった。
逃げ遅れて戦死した前野党は50人とちょっと。
残り20人弱では藤吉郎に報復も出来まい。
藤吉郎は殴られた顔を手で撫でながらニヤリとした。
そして桶狭間の戦場と清洲城の距離は30キロ。
馬を潰す気で走らせれば2時間後には清洲城に勝利は伝わり、清洲の城内は、
「勝ったか、さすがは殿だ」
「今川の大将の首を取るとはさすがじゃ」
「今川なんぞ何する物ぞ」
「これ、すぐに戦勝祝いの料理を作れ」
「はっ」
大騒ぎした訳だが。
落城泥棒をする気満々だった藤吉郎は、
(何だ、勝ったのか、織田は。つまらん。儲け損ねたな。清洲城の金蔵にはたんまり入っていたはずなのに)
内心で残念がりながらも、
「だから言ったであろう、ワシが。殿は凄い御方なのじゃと」
藤吉郎も大騒ぎをしたのだった。
「織田が勝利した」となると邪魔な連中が出てくる。
「落城泥棒を一緒にしよう」と持ちかけ、既に清洲の城下に入っている前野党だ。
前野党とは織田伊勢守の岩倉城の残党である。
よって清洲の織田信長に復讐がしたくて仕方がない。
「昨年の恨み」とばかりに清洲城下で一暴れする可能性もある。
まあ、藤吉郎としては清洲城下で暴れてる連中を「知らんぷり」しても良かったのだが。
そこはそれ。
今後の付き合いもある。
織田は次は美濃攻めをするはずなのだから、その時に役立つので逃がしてやろう。
――などとヌルイ事を冷酷な藤吉郎が考える訳がない。
そもそも藤吉郎は今回、出陣の触れが出ていたのに出陣していないのだ。
完全な軍法違反である。
織田は信長の代になってその辺がかなり厳しくなっている。
ましてや藤吉郎はただの足軽。
軍法違反だけで首が飛ぶ可能性もあるのだから、出陣しなかった事を有耶無耶にする「罰に匹敵する功績を上げる」必要があったのだ。
では、その功績とは何か?
清洲城下に紛れ込んでいる岩倉城の残党、前野党の首である。
よって自分が繋ぎを付けて清洲城下に前野党を呼び寄せた癖に、
廊下を慌てた様子で駆け、部屋に入り込んだ藤吉郎は同じく慌てた様子で部屋の上座に居た柴田勝家に、
「大変です、柴田様。清洲の城下に岩倉城の残党が多数入り込んでおりまするっ!」
この情報は清洲城の留守を預かる柴田勝家が「何をたわけた事を」と聞き流せぬ内容であった。
下手に城下で騒ぎがあったら留守を預かる勝家の首が飛ぶのだから。
「本当だな、サル?」
(くくく、喰いついた。さあ、ワシの為に働いて貰おうか)
「はい、柴田様。どうも50人以上居るようで」
「どこだ?」
「城の北です」
これは嘘ではない。
茶店を出た山内一豊が北側に向かって歩いていったのを店の中から目敏く藤吉郎は確認していたのだから。
「よし、城内の兵を集めよ。岩倉城の残党を捕縛しに行くぞ」
元々、戦場に出れない不本意な留守居役を押し付けられていた勝家は城兵を率いて清洲の城下に出ていったのだった。
織田の大勝利。
その報告を清洲の城下町の旅籠で聞いた岩倉城の残党「前野党」を率いる前野長康は選択に迫られていた。
織田が勝った今、もう清洲城の金蔵の銭を奪うのは無理だ。
だが、このまま何もせずに帰るのも癪だ。
ここは戦場に出た織田軍が戻ってくる前に清洲の城下を焼き討ちしてトンズラするに限る訳だが。
織田勝利の一報を聞いた藤吉郎が迅速に前野党を切り捨て、柴田勝家が速攻で動いた為に、前野党が清洲の城下町に火を放つ前に、
「いたぞ、岩倉の残党どもだ、かかれっ!」
市街で柴田勝家に発見された。
それも織田兵を率いている。
40人ほどなので、80人の前野党の方が有利かと思いきや、
「柴田様、こいつらは何なんです?」
「町衆も力を貸せ。今川に味方するたわけどもだからなっ! 全員叩き斬れっ!」
そうなのだ。
この場所は清洲の城下町。
住民の全員が織田信長に味方する。
なので、住民達が刀や槍を持ち出してきた。
まだ豊臣秀吉が「刀狩り」を行っていないので町民でも普通に武器を持ってるのだ。
囲まれる前に逃げないと。
というか、町民の分際で弓まで出してきた。
こりゃもう駄目だ。
勝負にならない。
「全員逃げるぞっ!」
「逃がすな、追え追えっ!」
こうして前野党は次々に討たれていったのだった。
その様子を後方の建物の角の影からコソコソと眺めていたのが藤吉郎である。
藤吉郎には藤吉郎でする事があったのだ。
捕縛される前に連中を斬る事だ。
前野党は今や完全に二手に分かれていた。
我先に逃げた連中と、武器を持った町民に囲まれて逃げ場を失った連中だ。
逃げ遅れて完全に囲まれた前野党はそれでも抵抗していた。
1年前に信長に岩倉城を落城させられた恨みのせいだ。
「戦って死ぬ」、または「一人でも清洲の連中を道ずれにしてやる」と暴れたのだ。
それで次々に討たれた訳だが、中には武士の意地よりも命が惜しい連中もいる訳で、
「こ、降参する」
「命だけは助けてくれ」
逃げ遅れて戦って負傷した最後の生き残りの5人が抵抗を諦めて武器を捨て、白旗を上げて投降しようとしたところを、藤吉郎が突進して、
「投降など許すかっ! 清洲の殿に逆らった者は死ねっ!」
武器を持ってない前野党を斬り掛かり始めたのである。
「こら、サル、やめんか」
清洲城の城兵達が慌てて止めようとしたが、狂った猿のように藤吉郎は刀を振り回し、
「清洲の殿に逆らった者は全員死ね」
投降した5人をあっさりと斬り伏せたのだった。
藤吉郎の目的は口封じである。
捕まった前野党にペラペラと喋られて手引したのが藤吉郎だとバレたら困るので。
目的を達した藤吉郎が、
「ざまあみろ。清洲に逆らった者は全員こうなる――あべぶあああ」
前野党を斬り殺して口を封じて一安心したところ、横から顔を殴られた。
殴ったのは勝家である。
手加減してくれなかったので完全に吹き飛んだ。
「このたわけザルがっ! 殺しては残党の情報が聞き出せぬではないか」
「イテテテ。で、ですが、柴田様。『岩倉城の連中は皆殺しにしろ』との命令が」
「それでもだ。せっかく捕らえれたものを。他の連中は逃げてしまったし」
「逃げた連中を追いましょう、柴田様」
「留守居役が城を開けられるか。殿に怒られるわ」
「ですが」
「くどい。行きたいなら1人で行け」
勝家はそう吐き捨てると、清洲城に戻っていった。
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