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永禄4年(1561年) ねねを娶る
2、捨て駒
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足軽組頭になった木下藤吉郎秀吉は組頭以上が入れる清洲の城下の長屋に住んでいる。
隣は空室だったが「森部の戦い」で美濃の豪傑の首を取った前田利家が入っていた。
秀吉は笄斬りをして出奔する前から前田利家とは顔見知りである。
というか、完全に胡散臭い秀吉を利家は監視していた。
信長か、林か、佐久間か、柴田か。
命令したのは誰かは知らないが。
その利家は不服そうに今日も秀吉の長屋に来て、将棋をして時間を潰しながら、
「秀吉、おまえ、どうしてオレが殿からいただいた『大将首の褒賞』よりも稼いでるんだよ、乱妨取りごときで?」
今日も文句を言っていた。
前田利家が森部の戦いで倒した敵将の名は美濃最強と謳われていた足立六兵衛だ。
城1つに匹敵する戦功で、その首を持って利家は織田家に帰参していた。
「だから何度も申した通りに、その村が思いの外、裕福だったので」
「嘘つけ」
いくら美濃で一番裕福な西美濃とはいえ、村がそこまで裕福な訳がない。
「村を根こそぎいっただろ」
前田利家の実家の前田家は荒子湊を牛耳ってる。
その為、銭の嗅覚が前田利家にも備わっていた。
将棋は二人とも下手で逆にいい勝負だったが。
「分かるでござるか、又左殿? 実はそうなのでござるよ」
「百姓出身の癖に百姓を泣かせるなよな」
「尾張の百姓ではなく美濃の百姓でござりますれば。美濃の百姓は美濃の雑兵になるのですから敵を泣かしても何の問題もない、という寸法ですわ」
「ったく、それはそうと、組頭になって禄はもう心配ないんだからさっさと結婚しろよな。ねね殿も了承しているんだろ?」
「ねね殿の母上殿が百姓の出は駄目だと五月蠅くてな」
秀吉は内心で「下手に殺すと足がつくからのう。かと言って尾張で毒を買ったら絶対に商人どもが喋るに決まってる。どうしたものか」と物騒な排除の仕方を考えていた訳だが、そこに、
「出来ましたよ~」
長屋の隣の壁越しに女子の声が掛かり、2人は「待ってました」と隣の部屋、前田利家の長屋に向かった。
そこには利家の妻のまつと第一子の長女・幸姫、赤子を世話する乳母、それに浅野家の養女のねねが居て、料理を用意して待っていた。
「うひょ~、今日も美味そうでござるな、ねね殿」
「まつ、この味噌汁、最高だぞ」
秀吉と利家は恋人と妻が作ってくれた料理を褒めたのだった。
「御免。木下、居るか?」
「おっ、五郎左殿の声じゃわい。こっちですじゃ」
壁越しに秀吉が答えると、丹羽長秀が入ってきた。
「おお、飯を食べておったのか」
「何か御用でござるか、五郎左殿?」
秀吉が食べながら問うと、
「殿がお呼びだ」
「では今すぐにでも」
「ゆっくり食べてからにするといい。少し厄介な任務を与えられる事になるからのう」
長秀が皮肉げに言い、
「もしや、危険なのでござるか?」
「能力次第だな」
「お任せ下さい。このサル、殿の期待に応えて必ずやその危険な任務をやり遂げて御覧に入れまする」
「ふむ。早く食うとよい」
◇
清洲城に入った秀吉に信長が、
「サル、汚れ仕事だ。三河の村1つを焼いてこい。今回は盗むなよ」
「三河には松平と今川の村がござりまするが、どちらを燃やせばよろしいのでしょうか?」
現在三河では、後の徳川家康である松平元康が今川から独立していた。
というのも現在は永禄4年(1561年)の6月。
関東では改名して上杉政虎と名乗った後の上杉謙信が上杉憲政の要請を受けて大暴れしており、上杉に狙われた北条氏康は窮地に立って、三国同盟の今川も親の仇である織田に兵を向けたいのに仕方なく関東に援軍を出している。
それも尾張への遠征費を国内で徴収しておいて、尾張に兵を出さずに相模に援軍を出しているのだ。今川の国人衆が呆れ果てて忠誠が薄れるのは当然である。
よって駿河から遠く離れた三河は手薄。
その隙をついて松平元康が今川から独立を果たしていたのだ。
とは言っても、織田とはまだ同盟を結んでる訳ではないので信長が、
「無論、松平だ」
「条件はございますか」
「美濃の兵に偽装をしろ。尾張だと悟られるな」
「はは~、見事に村を燃やして御覧に入れまする~」
そう請け負って得意げに清洲城から帰っていった秀吉だったが、
城内では丹羽長秀が信長に、
「殿、捨て駒にするには木下は少し惜しいのではないですか?」
「何だ、五郎左はサルを買っているのだな」
「配下としては有能ですから」
「ふん、あれは駄目だ。桶狭間に出陣しなかった事からも分かるように『負ける戦に命を張らぬ奴』だからな。そんな奴はいらん」
「・・・それで三河との同盟の捨て駒にされるのですか?」
「そうだ。竹千代は使えるぞ。今川からの防波堤として」
そう笑った信長は、
「サルを監視してその行動を逐一、竹千代に知らせてやれ」
「本当によろしいのですね、木下を捨て駒にして?」
「くどいぞ、五郎左」
「・・・はっ」
◇
今回の任務の裏がこんな事になってるとは露ほども知らず、能天気な木下秀吉は組頭長屋にて、ねねを相手に、
「任務を貰ったぞ、ねね殿。今度は三河攻めの尖兵として村を焼く仕事じゃ」
「それは良かったですね。秀吉殿」
「そ、それで、もしこの任務が達成したら、その、ワシと祝言を・・・」
赤面しながら恥ずかしそうに秀吉が求婚すると、同じく恥ずかしそうにねねも、
「はい、喜んで」
承諾したのだった。
「本当でござるか? 母上殿が反対しているのに?」
「構いません」
ねねの返事を聞いて天にも昇る気持ちとなった秀吉は、
「うひょ~、ねね殿と祝言じゃ、ねね殿と祝言じゃ。これは今回の任務は是が非でも成功させねばならんな」
そう喜んでいると、長屋の壁が薄いのか隣から、
「ならば、オレも尽力してやろう、秀吉」
「おお、又左殿が力を貸してくれるなら、百人力じゃ」
秀吉はそう笑ったのだった。
隣は空室だったが「森部の戦い」で美濃の豪傑の首を取った前田利家が入っていた。
秀吉は笄斬りをして出奔する前から前田利家とは顔見知りである。
というか、完全に胡散臭い秀吉を利家は監視していた。
信長か、林か、佐久間か、柴田か。
命令したのは誰かは知らないが。
その利家は不服そうに今日も秀吉の長屋に来て、将棋をして時間を潰しながら、
「秀吉、おまえ、どうしてオレが殿からいただいた『大将首の褒賞』よりも稼いでるんだよ、乱妨取りごときで?」
今日も文句を言っていた。
前田利家が森部の戦いで倒した敵将の名は美濃最強と謳われていた足立六兵衛だ。
城1つに匹敵する戦功で、その首を持って利家は織田家に帰参していた。
「だから何度も申した通りに、その村が思いの外、裕福だったので」
「嘘つけ」
いくら美濃で一番裕福な西美濃とはいえ、村がそこまで裕福な訳がない。
「村を根こそぎいっただろ」
前田利家の実家の前田家は荒子湊を牛耳ってる。
その為、銭の嗅覚が前田利家にも備わっていた。
将棋は二人とも下手で逆にいい勝負だったが。
「分かるでござるか、又左殿? 実はそうなのでござるよ」
「百姓出身の癖に百姓を泣かせるなよな」
「尾張の百姓ではなく美濃の百姓でござりますれば。美濃の百姓は美濃の雑兵になるのですから敵を泣かしても何の問題もない、という寸法ですわ」
「ったく、それはそうと、組頭になって禄はもう心配ないんだからさっさと結婚しろよな。ねね殿も了承しているんだろ?」
「ねね殿の母上殿が百姓の出は駄目だと五月蠅くてな」
秀吉は内心で「下手に殺すと足がつくからのう。かと言って尾張で毒を買ったら絶対に商人どもが喋るに決まってる。どうしたものか」と物騒な排除の仕方を考えていた訳だが、そこに、
「出来ましたよ~」
長屋の隣の壁越しに女子の声が掛かり、2人は「待ってました」と隣の部屋、前田利家の長屋に向かった。
そこには利家の妻のまつと第一子の長女・幸姫、赤子を世話する乳母、それに浅野家の養女のねねが居て、料理を用意して待っていた。
「うひょ~、今日も美味そうでござるな、ねね殿」
「まつ、この味噌汁、最高だぞ」
秀吉と利家は恋人と妻が作ってくれた料理を褒めたのだった。
「御免。木下、居るか?」
「おっ、五郎左殿の声じゃわい。こっちですじゃ」
壁越しに秀吉が答えると、丹羽長秀が入ってきた。
「おお、飯を食べておったのか」
「何か御用でござるか、五郎左殿?」
秀吉が食べながら問うと、
「殿がお呼びだ」
「では今すぐにでも」
「ゆっくり食べてからにするといい。少し厄介な任務を与えられる事になるからのう」
長秀が皮肉げに言い、
「もしや、危険なのでござるか?」
「能力次第だな」
「お任せ下さい。このサル、殿の期待に応えて必ずやその危険な任務をやり遂げて御覧に入れまする」
「ふむ。早く食うとよい」
◇
清洲城に入った秀吉に信長が、
「サル、汚れ仕事だ。三河の村1つを焼いてこい。今回は盗むなよ」
「三河には松平と今川の村がござりまするが、どちらを燃やせばよろしいのでしょうか?」
現在三河では、後の徳川家康である松平元康が今川から独立していた。
というのも現在は永禄4年(1561年)の6月。
関東では改名して上杉政虎と名乗った後の上杉謙信が上杉憲政の要請を受けて大暴れしており、上杉に狙われた北条氏康は窮地に立って、三国同盟の今川も親の仇である織田に兵を向けたいのに仕方なく関東に援軍を出している。
それも尾張への遠征費を国内で徴収しておいて、尾張に兵を出さずに相模に援軍を出しているのだ。今川の国人衆が呆れ果てて忠誠が薄れるのは当然である。
よって駿河から遠く離れた三河は手薄。
その隙をついて松平元康が今川から独立を果たしていたのだ。
とは言っても、織田とはまだ同盟を結んでる訳ではないので信長が、
「無論、松平だ」
「条件はございますか」
「美濃の兵に偽装をしろ。尾張だと悟られるな」
「はは~、見事に村を燃やして御覧に入れまする~」
そう請け負って得意げに清洲城から帰っていった秀吉だったが、
城内では丹羽長秀が信長に、
「殿、捨て駒にするには木下は少し惜しいのではないですか?」
「何だ、五郎左はサルを買っているのだな」
「配下としては有能ですから」
「ふん、あれは駄目だ。桶狭間に出陣しなかった事からも分かるように『負ける戦に命を張らぬ奴』だからな。そんな奴はいらん」
「・・・それで三河との同盟の捨て駒にされるのですか?」
「そうだ。竹千代は使えるぞ。今川からの防波堤として」
そう笑った信長は、
「サルを監視してその行動を逐一、竹千代に知らせてやれ」
「本当によろしいのですね、木下を捨て駒にして?」
「くどいぞ、五郎左」
「・・・はっ」
◇
今回の任務の裏がこんな事になってるとは露ほども知らず、能天気な木下秀吉は組頭長屋にて、ねねを相手に、
「任務を貰ったぞ、ねね殿。今度は三河攻めの尖兵として村を焼く仕事じゃ」
「それは良かったですね。秀吉殿」
「そ、それで、もしこの任務が達成したら、その、ワシと祝言を・・・」
赤面しながら恥ずかしそうに秀吉が求婚すると、同じく恥ずかしそうにねねも、
「はい、喜んで」
承諾したのだった。
「本当でござるか? 母上殿が反対しているのに?」
「構いません」
ねねの返事を聞いて天にも昇る気持ちとなった秀吉は、
「うひょ~、ねね殿と祝言じゃ、ねね殿と祝言じゃ。これは今回の任務は是が非でも成功させねばならんな」
そう喜んでいると、長屋の壁が薄いのか隣から、
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