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永禄5年(1562年) 坪内光景(前野長康)を配下にする
1、小牧山の城普請
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尾張と美濃を分断する大川が木曽川である。
その木曽川に面した尾張側の犬山の山頂に聳える城を犬山城といった。
その城の主は織田信清だった。
尾張には織田氏が多い。
誰が誰か分からなくなるのだが。
信清は織田信長の系譜の織田氏で従兄弟に当たった。
更に妻は「信長の姉」の犬山の方である。
従兄妹同士なのだから結婚も可能な訳だが、既に信長と従兄弟同士なのに更に信長の姉とも政略結婚をしている事からも分かるように、この信清は信長からはまるで信用されていなかった。
信用されていないのに信長が犬山城を召し上げなかったのは従兄弟だったからである。
この時の信長はまだ周囲に気配りをしなければならない弱小勢力で、独断で親族から城を召し上げる事が出来なかったのだ。
同時に犬山城は尾張北部の要でもあった。
この男が裏切ると尾張は美濃攻めどころではなくなるのだから。
それなのに。
永禄4年6月。
つまりは昨年の秀吉が三河岡崎の村を焼きに行って尾張を留守にした間に、本当に裏切って信長陣営の小城の楽田城を攻めてきたのである。
犬山城は尾張の北部に枝城を多数抱えた堅城である。
だが、尾張で信長から離反しても孤立無援だ。
隣国の美濃が手助けしない限りは。
信清の実弟の織田広良が昨年の十四条の戦いで戦死しているはずなのに美濃と結ぶって。
信長から言わせれば意味が分からず、
「乱心でもしたのか、信清は?」
なのだが。
因みに本当に織田信清は美濃と結んでいた。
その証拠に犬山城を信長が攻めたら美濃が援軍を出してきたのだから。
それでも「結んでない」なんて言い張る奴がいたら、そいつは頭を医者に調べて貰った方がいい。
お陰で犬山城は今や美濃攻略の防波堤になっていた。
そればかりか、堅城な犬山城はもちろん、美濃が援軍を出す為に枝城を落とす事さえ出来ない。
犬山城の攻略が遅々と進まず痺れを切らした信長は犬山城攻略に本腰を入れる為に、今年になってサル知恵に乗って城を新たに築く事とした。
何もない小牧山に築城を始めたのである。
城は簡単には築城出来ず、まだ信長は清州城に居る訳だが。
新たな城の建築には銭も掛かる。それも大量にだ。
お陰でこの年、信長は銭不足で戦もろくに出来なかった訳だが、その小牧山の城普請に秀吉も駆り出されていた。
正確には普請奉行を命じられたのは上官の丹羽長秀で、秀吉はその配下なのだから、ついでで小牧山城の普請の手伝いをしていたのだが。
まあ、少なくとも日銭は出るのだ。
「仕事がないよりはマシ」という奴である。
今日も昼間は地道に土砂運びだ。
「おい、サル。話が違うじゃねえか。清洲が勝つんだよな? なのにどうしてこんな城普請をオレ達はやってるんだ?」
そう質問してきたのは「坪内光景」という男である。
「何者か」と言えば「前野長康」本人であった。
信長に恨みを買って手配されているのに名を変えて堂々と秀吉の足軽に紛れ込んでいたのである。
因みに松倉城の坪内氏とは何ら関係はない。適当に付けた変名なので。
「犬山との眼と鼻の先のこの場所に城が完成すれば余裕よ、余裕」
「確かにな。こんな場所に城が建ったら犬山城も一環の終わりか。それどころか美濃も狙えるよな、この場所からだと」
「じゃろ?」
「それよりも聞いたか、兄者。清洲の話?」
質問したのは小一郎である。
小一郎は百姓だ。兄のように百姓出身の癖に目立って武士達に眼を付けられるのは嫌だったので裏方を好んだが、今回の普請には参加していた。
「ん? 三河岡崎の人質殿が同盟を結びにやってくる話か」
「その三河者を殺したら褒美はたんまりかのう」
秀吉と同じく卑しく、そして物騒な小一郎だったが、秀吉は興味無さそうに、
「いいや、怒られるだけじゃな。三河なんぞもう殿の眼中にはないし。犬山城と美濃で手柄を立てねばな」
「戦働きで?」
「いや調略じゃ。知り合いの美濃の城持ちの武将を清洲に寝返らしまくるのよ」
「知り合いの城持ちなんて兄者にはおらんじゃろうが?」
「これから作りゃあええで、ギャハハハ」
土砂を運びながら秀吉は笑ったのだった。
◇
昼間、城普請に明け暮れた足軽達の楽しみは(まだ小牧山城が完成していないのだから女や酒が少なく末端までは回ってこなす)賭場だった。
丁半博打にチンチロリン。
両方ともサイコロである。
夜になると賭場が開かれて銭を賭けた。
賭場を開いているのは銭儲けの才がある秀吉だ。
上官の普請奉行の丹羽長秀の許可の許、賭場を開いていた。
丹羽長秀が賭場を開くのを秀吉に許したのは、賭場を開きたい秀吉が、
「足軽が集まるのですから都合の良い流言も流せますぞ」
と悪そうに囁いたからだ。
「例えば、犬山城方の重臣達が寝返ろうとしている、とかか?」
無駄に切れ者の丹羽長秀だ。
すぐに賭場の利点を理解した。
どうせ、普請に駆り出された人夫の中には犬山城の手先が紛れ込んでいるのだから。
噂を流して大混乱させてやれ。
そんな訳で、連日のように、
「小口城の家老の中島豊後守の使者が今日もきてたそうだぞ」
「黒田城にいる犬山の家老の和田定利って男の兄は京で将軍様に仕えていて、清洲の殿は数年前に上洛した折に意気投合したらしい。その関係で清洲に味方してくれるんだとさ」
妙に具体的に、それでいて織田に有利な流言が流されたのだった。
無論、流す噂を考えているのは丹羽長秀だったのだが。
そしてサイコロにはイカサマザイというのがある。
重りを仕込んでサイコロの目を自在に操るサイコロの事だ。
根性ババ色の秀吉がイカサマをしない訳がない。
賭場を開く側がイカサマをしているのだ。
客の足軽達はカモられたのだった。
そのイカサマに一役買ってるのが坪内光景とその手下だ。
カモるコツはほどほどに勝つ事である。
更に大敗してる奴に大勝させる事。
その匙加減が抜群の秀吉は人夫の足軽達から薄く広く上前を跳ねたのだった。
「(小一郎、今夜の上がりは?)」
「(3000文は軽く超えてる)」
「(ククク、やめられんな、賭場の胴元は)」
何せ、毎晩3000文(3貫文)なのである。
多い時には5000文(5貫文)は稼いだ。
散りも積もれば山となる。
築城の普請は1日では終わらない。
もう50日は賭場を開いている。
つまりは150貫文も荒稼ぎしている訳だ。
普請奉行の丹羽長秀の許可があるので、やりたい放題やっていた。
「(それよりも、あの組頭、そろそろヤバイぞ、兄者)」
小一郎に教えられて秀吉が視線を向ければ、
「ああ、クソ。ここで123か。くそったら~」
イカサマを喰らって、着物を盛大に脱いでる男がいた。
堀尾吉晴である。岩倉城に仕えていたが、落城後にいち早く信長に仕えて、秀吉と同格の組頭として丹羽長秀の配下になった男だったのだが。
小牧山の人夫の集まる賭博にドハマリして着物を失っていた。
全財産をむしり取られて、もう刀とふんどし一丁だけの姿である。
「もうその辺で止められよ、堀尾殿」
秀吉は内心で「ほんに儲けさせてくれてありがとちょ」と思ったが、
「いいや。ここまで負けて終わるは武士の恥。最後に我が家宝のこの刀を賭け申す」
(このたわけが。負けたらイカサマだと言って暴れるつもりではなかろうな)
と思った時だった。
「イカサマだっ!」
隣の賭場でそんな声が聞こえた。
「みんな、イカサマだぞ、ここの賭場はっ!」
賭けに負けてそう叫んでる奴が出て「殺そう」と動こうとした秀吉よりも先に動いたのはそのふんどし姿の堀尾吉晴だった。
「うるさいわっ! 賭けに集中出来んだろうがっ!」
抜いた刀を投擲し、その騒いでいた男の胸に突き刺した。
「おお、御見事」
そう賞賛しながらも、死んだ奴に近付いた秀吉が、
「こやつ、どこの誰か知ってるか?」
「黒田村の出身って言ってたぞ」
この合いの手は客に混ざっている坪内光景の手下の声である。
事前に決められていた予定調和だ。
賭場荒らしを殺した後に賭場が白けぬようにする為の。
「黒田? 敵方でねえか。もしかして間者か?」
「そうに違いないぜ。どことなく怪しかったし」
「不逞野郎だ。ここは清洲の殿の縄張りだってのに」
「まったくだぜ」
という訳で、さっさと死んだ奴を片付けて血を雑巾で拭いて再開となった。
「さあ、最後の勝負だ」
「ったく、これが最後ですぞ、堀尾殿」
「ああ、構わんぞ」
勝負を受けた秀吉が「勝たせてやれ」と合図を送り、勝つ方のイカサマサイにすり替えた事で、サイコロ3つが全部6のアラシで3倍で勝ち、
「勝った、勝ったぞ。次はこの勝ちを全部賭けるぞ」
「さっき最後だと・・・」
「ようやくツキが戻って勝ち運に乗ってるのに止められるか」
そう必死で言う堀尾吉晴を見て、渋々と「賭場荒らしを片付けてくれた礼もあるしのう。仕方ない、大勝ちさせてやれ」と秀吉は顎を触って合図を送ったのだった。
その木曽川に面した尾張側の犬山の山頂に聳える城を犬山城といった。
その城の主は織田信清だった。
尾張には織田氏が多い。
誰が誰か分からなくなるのだが。
信清は織田信長の系譜の織田氏で従兄弟に当たった。
更に妻は「信長の姉」の犬山の方である。
従兄妹同士なのだから結婚も可能な訳だが、既に信長と従兄弟同士なのに更に信長の姉とも政略結婚をしている事からも分かるように、この信清は信長からはまるで信用されていなかった。
信用されていないのに信長が犬山城を召し上げなかったのは従兄弟だったからである。
この時の信長はまだ周囲に気配りをしなければならない弱小勢力で、独断で親族から城を召し上げる事が出来なかったのだ。
同時に犬山城は尾張北部の要でもあった。
この男が裏切ると尾張は美濃攻めどころではなくなるのだから。
それなのに。
永禄4年6月。
つまりは昨年の秀吉が三河岡崎の村を焼きに行って尾張を留守にした間に、本当に裏切って信長陣営の小城の楽田城を攻めてきたのである。
犬山城は尾張の北部に枝城を多数抱えた堅城である。
だが、尾張で信長から離反しても孤立無援だ。
隣国の美濃が手助けしない限りは。
信清の実弟の織田広良が昨年の十四条の戦いで戦死しているはずなのに美濃と結ぶって。
信長から言わせれば意味が分からず、
「乱心でもしたのか、信清は?」
なのだが。
因みに本当に織田信清は美濃と結んでいた。
その証拠に犬山城を信長が攻めたら美濃が援軍を出してきたのだから。
それでも「結んでない」なんて言い張る奴がいたら、そいつは頭を医者に調べて貰った方がいい。
お陰で犬山城は今や美濃攻略の防波堤になっていた。
そればかりか、堅城な犬山城はもちろん、美濃が援軍を出す為に枝城を落とす事さえ出来ない。
犬山城の攻略が遅々と進まず痺れを切らした信長は犬山城攻略に本腰を入れる為に、今年になってサル知恵に乗って城を新たに築く事とした。
何もない小牧山に築城を始めたのである。
城は簡単には築城出来ず、まだ信長は清州城に居る訳だが。
新たな城の建築には銭も掛かる。それも大量にだ。
お陰でこの年、信長は銭不足で戦もろくに出来なかった訳だが、その小牧山の城普請に秀吉も駆り出されていた。
正確には普請奉行を命じられたのは上官の丹羽長秀で、秀吉はその配下なのだから、ついでで小牧山城の普請の手伝いをしていたのだが。
まあ、少なくとも日銭は出るのだ。
「仕事がないよりはマシ」という奴である。
今日も昼間は地道に土砂運びだ。
「おい、サル。話が違うじゃねえか。清洲が勝つんだよな? なのにどうしてこんな城普請をオレ達はやってるんだ?」
そう質問してきたのは「坪内光景」という男である。
「何者か」と言えば「前野長康」本人であった。
信長に恨みを買って手配されているのに名を変えて堂々と秀吉の足軽に紛れ込んでいたのである。
因みに松倉城の坪内氏とは何ら関係はない。適当に付けた変名なので。
「犬山との眼と鼻の先のこの場所に城が完成すれば余裕よ、余裕」
「確かにな。こんな場所に城が建ったら犬山城も一環の終わりか。それどころか美濃も狙えるよな、この場所からだと」
「じゃろ?」
「それよりも聞いたか、兄者。清洲の話?」
質問したのは小一郎である。
小一郎は百姓だ。兄のように百姓出身の癖に目立って武士達に眼を付けられるのは嫌だったので裏方を好んだが、今回の普請には参加していた。
「ん? 三河岡崎の人質殿が同盟を結びにやってくる話か」
「その三河者を殺したら褒美はたんまりかのう」
秀吉と同じく卑しく、そして物騒な小一郎だったが、秀吉は興味無さそうに、
「いいや、怒られるだけじゃな。三河なんぞもう殿の眼中にはないし。犬山城と美濃で手柄を立てねばな」
「戦働きで?」
「いや調略じゃ。知り合いの美濃の城持ちの武将を清洲に寝返らしまくるのよ」
「知り合いの城持ちなんて兄者にはおらんじゃろうが?」
「これから作りゃあええで、ギャハハハ」
土砂を運びながら秀吉は笑ったのだった。
◇
昼間、城普請に明け暮れた足軽達の楽しみは(まだ小牧山城が完成していないのだから女や酒が少なく末端までは回ってこなす)賭場だった。
丁半博打にチンチロリン。
両方ともサイコロである。
夜になると賭場が開かれて銭を賭けた。
賭場を開いているのは銭儲けの才がある秀吉だ。
上官の普請奉行の丹羽長秀の許可の許、賭場を開いていた。
丹羽長秀が賭場を開くのを秀吉に許したのは、賭場を開きたい秀吉が、
「足軽が集まるのですから都合の良い流言も流せますぞ」
と悪そうに囁いたからだ。
「例えば、犬山城方の重臣達が寝返ろうとしている、とかか?」
無駄に切れ者の丹羽長秀だ。
すぐに賭場の利点を理解した。
どうせ、普請に駆り出された人夫の中には犬山城の手先が紛れ込んでいるのだから。
噂を流して大混乱させてやれ。
そんな訳で、連日のように、
「小口城の家老の中島豊後守の使者が今日もきてたそうだぞ」
「黒田城にいる犬山の家老の和田定利って男の兄は京で将軍様に仕えていて、清洲の殿は数年前に上洛した折に意気投合したらしい。その関係で清洲に味方してくれるんだとさ」
妙に具体的に、それでいて織田に有利な流言が流されたのだった。
無論、流す噂を考えているのは丹羽長秀だったのだが。
そしてサイコロにはイカサマザイというのがある。
重りを仕込んでサイコロの目を自在に操るサイコロの事だ。
根性ババ色の秀吉がイカサマをしない訳がない。
賭場を開く側がイカサマをしているのだ。
客の足軽達はカモられたのだった。
そのイカサマに一役買ってるのが坪内光景とその手下だ。
カモるコツはほどほどに勝つ事である。
更に大敗してる奴に大勝させる事。
その匙加減が抜群の秀吉は人夫の足軽達から薄く広く上前を跳ねたのだった。
「(小一郎、今夜の上がりは?)」
「(3000文は軽く超えてる)」
「(ククク、やめられんな、賭場の胴元は)」
何せ、毎晩3000文(3貫文)なのである。
多い時には5000文(5貫文)は稼いだ。
散りも積もれば山となる。
築城の普請は1日では終わらない。
もう50日は賭場を開いている。
つまりは150貫文も荒稼ぎしている訳だ。
普請奉行の丹羽長秀の許可があるので、やりたい放題やっていた。
「(それよりも、あの組頭、そろそろヤバイぞ、兄者)」
小一郎に教えられて秀吉が視線を向ければ、
「ああ、クソ。ここで123か。くそったら~」
イカサマを喰らって、着物を盛大に脱いでる男がいた。
堀尾吉晴である。岩倉城に仕えていたが、落城後にいち早く信長に仕えて、秀吉と同格の組頭として丹羽長秀の配下になった男だったのだが。
小牧山の人夫の集まる賭博にドハマリして着物を失っていた。
全財産をむしり取られて、もう刀とふんどし一丁だけの姿である。
「もうその辺で止められよ、堀尾殿」
秀吉は内心で「ほんに儲けさせてくれてありがとちょ」と思ったが、
「いいや。ここまで負けて終わるは武士の恥。最後に我が家宝のこの刀を賭け申す」
(このたわけが。負けたらイカサマだと言って暴れるつもりではなかろうな)
と思った時だった。
「イカサマだっ!」
隣の賭場でそんな声が聞こえた。
「みんな、イカサマだぞ、ここの賭場はっ!」
賭けに負けてそう叫んでる奴が出て「殺そう」と動こうとした秀吉よりも先に動いたのはそのふんどし姿の堀尾吉晴だった。
「うるさいわっ! 賭けに集中出来んだろうがっ!」
抜いた刀を投擲し、その騒いでいた男の胸に突き刺した。
「おお、御見事」
そう賞賛しながらも、死んだ奴に近付いた秀吉が、
「こやつ、どこの誰か知ってるか?」
「黒田村の出身って言ってたぞ」
この合いの手は客に混ざっている坪内光景の手下の声である。
事前に決められていた予定調和だ。
賭場荒らしを殺した後に賭場が白けぬようにする為の。
「黒田? 敵方でねえか。もしかして間者か?」
「そうに違いないぜ。どことなく怪しかったし」
「不逞野郎だ。ここは清洲の殿の縄張りだってのに」
「まったくだぜ」
という訳で、さっさと死んだ奴を片付けて血を雑巾で拭いて再開となった。
「さあ、最後の勝負だ」
「ったく、これが最後ですぞ、堀尾殿」
「ああ、構わんぞ」
勝負を受けた秀吉が「勝たせてやれ」と合図を送り、勝つ方のイカサマサイにすり替えた事で、サイコロ3つが全部6のアラシで3倍で勝ち、
「勝った、勝ったぞ。次はこの勝ちを全部賭けるぞ」
「さっき最後だと・・・」
「ようやくツキが戻って勝ち運に乗ってるのに止められるか」
そう必死で言う堀尾吉晴を見て、渋々と「賭場荒らしを片付けてくれた礼もあるしのう。仕方ない、大勝ちさせてやれ」と秀吉は顎を触って合図を送ったのだった。
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