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第十三話
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日曜日も、ライブ配信が始まったら聴きにいって。
配信が終わってから寝るまでの時間は、アーカイブをリピートして、そのまま寝落ちした。
そのくらい同じ配信を繰り返し聞いていると、いやでも朗読の内容が頭に入ってくる。
で、ナオが朗読している小説が、やけに気に入った。
内容は、正直言って退屈だ。なんの事件も起きない。単調な日常がずっと続く。
でも、それがなんかいい。寝落ちにもってこいでもある。
主人公にとって世界はとても冷たいけど、ほんの些細なことであったかくなる。
たとえば、横断歩道の前で車が止まってくれたとか、消しゴムを拾ったらお礼を言ってくれた、とか。
そんな当たり前のことを、まるで奇跡みたいに受け取っている主人公が、すげえ良いヤツだなって思った。
だから、月曜日にナオと一緒にメシを食ったとき、尋ねてみた。
「なあ。あの小説ってなんてタイトル?」
「……『たまごかけごはん』」
「タイトル適当すぎだろ!」
「うるさいな……。タイトルなんてどうでもいいんだよ」
「まあ、そうか、『たまごかけごはん』ね……」
俺がスマホをいじっていると、ナオが不思議そうに首を傾げる。
「何見てるの?」
「ん? いや、電子書籍あるかなーって」
「……ないよ」
「そうか、じゃあ本買うか……」
「……ないよ」
「えっ、ないの!? 絶版された!?」
ナオはこくりと唾を呑みこんだ。
「なんで、買おうとしてるの?」
「んー? いや、なんかすげー良い話だから」
「……読書好きなの?」
「いや? 読書なんかしたことないけど。でもあの話いいなーて思って。めっちゃよくね?」
「……」
ナオの顔がどんどん赤くなっていく。戸惑いと、恥ずかしさとが、一緒くたになった表情を浮かべていた。
「……ら」
「え、なんて?」
「あれ、僕が、書いたやつだから……」
「えぇっ!? あんた小説家だったの!?」
「ちがう、趣味で書いてるだけ……」
「あれナオが書いたの!?」
「だから、そう言ってる……」
「すっげぇ!!」
俺はノートを一冊取り出し、ナオに差し出した。
「……?」
「サインちょうだい!」
「いや、サインなんかない……」
「じゃあ考えといて!! あと本出したら教えて!! 絶対買うから!!」
「……うん」
俺がはじめて気に入った小説の著者がナオだってことを知って、なんかすげえ嬉しくなった。
「なんかさ、俺、そんなところに目を留めたこともなかったし、そんなふうに感じたこともなかったんだよなー! だからさ、あれを書いた人が見てる世界ってすげーきれいなんだろうなーって思った!! でさ、あれ書いたのがナオなんだろ!? すっげー!」
感想を語り終わってから、俺はやっと異変に気付いた。
放送室内ののオメガ臭がやべえことになっている。
俺は慌てて鼻をつまんだ。
「ナオ……!? どうした、アレか……!? 真人呼ぶか!?」
「ちがくて……。ごめん……」
「なんで謝る!?」
「ちょっと、ごめん。教室戻る」
「なんで!?」
「ごめん、あとで連絡する……」
さっきまで楽しいやりとりをしていた(と俺は思っていた)のに、急に一人になってしまった。
俺、気に障ることいったかなー。
◇◇◇
(真人 side)
昼休み、直からチャットが来て、ひとけのない階段の踊り場に呼び出された。
そこに行くと、背を向けて座り込んでいる直が待っていた。
「直。どうした?」
「あっ、真人……」
「……顔赤い? アレ来そうなの?」
直は首を横に振り、ぎゅーっと俺に抱きついた。
「どうした?」
「うぅぅ……」
泣いている……? まさか、篠原のやつ……
「襲われた?」
「ちが……。ちがくて……」
「じゃあなんで……」
こんなに体が熱いんだよ。
「篠原が、僕の配信聞いてて……」
「ああ……。やっぱりシュンってあいつだったのか」
「それで、小説よかったって……本買いたいって……」
「……そう」
直にとっての小説は、直の魂そのものだ。
あいつに触れられちゃったんだな。悪気なく、無遠慮に、べっとりと。
――それが、嬉しかったんだな、直は。
直は、俺の胸の中でぐずぐずと文句を言っている。
「もういやだ、こんな体……。ただ嬉しかっただけなのに、こんな、こんな反応のしかたして……」
俺はそっと直のズボンに手を当てた。尻のあたりが湿っている。それに……前も、反応しているな。
「しかたないよ。相手はアルファなんだから。しかも、フェロモンだって強いんだろ?」
「そうだけど……。そんなの、理由にしたくない……」
「したくなくたって、それが事実なんだから」
「……僕は、アルファとごはんを食べてるんじゃない。篠原と食べてるんだ。さっきだって、アルファに発情したんじゃない。篠原の言ってくれたことが、嬉しかっただけなんだ……」
「分かってる。分かってるよ」
直が篠原くらい単純でバカだったら、どれほど良かっただろうって思う。
そうしたら、直がこんなに自分の性で苦しむこともなかっただろう。
アルファとオメガで惹かれ合うことに、疑問を持つこともなかっただろう。
なんて賢くて愚かな人なんだろうと、直を見ていたらいつも思う。
配信が終わってから寝るまでの時間は、アーカイブをリピートして、そのまま寝落ちした。
そのくらい同じ配信を繰り返し聞いていると、いやでも朗読の内容が頭に入ってくる。
で、ナオが朗読している小説が、やけに気に入った。
内容は、正直言って退屈だ。なんの事件も起きない。単調な日常がずっと続く。
でも、それがなんかいい。寝落ちにもってこいでもある。
主人公にとって世界はとても冷たいけど、ほんの些細なことであったかくなる。
たとえば、横断歩道の前で車が止まってくれたとか、消しゴムを拾ったらお礼を言ってくれた、とか。
そんな当たり前のことを、まるで奇跡みたいに受け取っている主人公が、すげえ良いヤツだなって思った。
だから、月曜日にナオと一緒にメシを食ったとき、尋ねてみた。
「なあ。あの小説ってなんてタイトル?」
「……『たまごかけごはん』」
「タイトル適当すぎだろ!」
「うるさいな……。タイトルなんてどうでもいいんだよ」
「まあ、そうか、『たまごかけごはん』ね……」
俺がスマホをいじっていると、ナオが不思議そうに首を傾げる。
「何見てるの?」
「ん? いや、電子書籍あるかなーって」
「……ないよ」
「そうか、じゃあ本買うか……」
「……ないよ」
「えっ、ないの!? 絶版された!?」
ナオはこくりと唾を呑みこんだ。
「なんで、買おうとしてるの?」
「んー? いや、なんかすげー良い話だから」
「……読書好きなの?」
「いや? 読書なんかしたことないけど。でもあの話いいなーて思って。めっちゃよくね?」
「……」
ナオの顔がどんどん赤くなっていく。戸惑いと、恥ずかしさとが、一緒くたになった表情を浮かべていた。
「……ら」
「え、なんて?」
「あれ、僕が、書いたやつだから……」
「えぇっ!? あんた小説家だったの!?」
「ちがう、趣味で書いてるだけ……」
「あれナオが書いたの!?」
「だから、そう言ってる……」
「すっげぇ!!」
俺はノートを一冊取り出し、ナオに差し出した。
「……?」
「サインちょうだい!」
「いや、サインなんかない……」
「じゃあ考えといて!! あと本出したら教えて!! 絶対買うから!!」
「……うん」
俺がはじめて気に入った小説の著者がナオだってことを知って、なんかすげえ嬉しくなった。
「なんかさ、俺、そんなところに目を留めたこともなかったし、そんなふうに感じたこともなかったんだよなー! だからさ、あれを書いた人が見てる世界ってすげーきれいなんだろうなーって思った!! でさ、あれ書いたのがナオなんだろ!? すっげー!」
感想を語り終わってから、俺はやっと異変に気付いた。
放送室内ののオメガ臭がやべえことになっている。
俺は慌てて鼻をつまんだ。
「ナオ……!? どうした、アレか……!? 真人呼ぶか!?」
「ちがくて……。ごめん……」
「なんで謝る!?」
「ちょっと、ごめん。教室戻る」
「なんで!?」
「ごめん、あとで連絡する……」
さっきまで楽しいやりとりをしていた(と俺は思っていた)のに、急に一人になってしまった。
俺、気に障ることいったかなー。
◇◇◇
(真人 side)
昼休み、直からチャットが来て、ひとけのない階段の踊り場に呼び出された。
そこに行くと、背を向けて座り込んでいる直が待っていた。
「直。どうした?」
「あっ、真人……」
「……顔赤い? アレ来そうなの?」
直は首を横に振り、ぎゅーっと俺に抱きついた。
「どうした?」
「うぅぅ……」
泣いている……? まさか、篠原のやつ……
「襲われた?」
「ちが……。ちがくて……」
「じゃあなんで……」
こんなに体が熱いんだよ。
「篠原が、僕の配信聞いてて……」
「ああ……。やっぱりシュンってあいつだったのか」
「それで、小説よかったって……本買いたいって……」
「……そう」
直にとっての小説は、直の魂そのものだ。
あいつに触れられちゃったんだな。悪気なく、無遠慮に、べっとりと。
――それが、嬉しかったんだな、直は。
直は、俺の胸の中でぐずぐずと文句を言っている。
「もういやだ、こんな体……。ただ嬉しかっただけなのに、こんな、こんな反応のしかたして……」
俺はそっと直のズボンに手を当てた。尻のあたりが湿っている。それに……前も、反応しているな。
「しかたないよ。相手はアルファなんだから。しかも、フェロモンだって強いんだろ?」
「そうだけど……。そんなの、理由にしたくない……」
「したくなくたって、それが事実なんだから」
「……僕は、アルファとごはんを食べてるんじゃない。篠原と食べてるんだ。さっきだって、アルファに発情したんじゃない。篠原の言ってくれたことが、嬉しかっただけなんだ……」
「分かってる。分かってるよ」
直が篠原くらい単純でバカだったら、どれほど良かっただろうって思う。
そうしたら、直がこんなに自分の性で苦しむこともなかっただろう。
アルファとオメガで惹かれ合うことに、疑問を持つこともなかっただろう。
なんて賢くて愚かな人なんだろうと、直を見ていたらいつも思う。
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