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第十四話
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ナオのやつ……
あとで連絡するって言っていたのに、夜になっても来ねえじゃねえか!
俺、そんな気に障ること言ったか!? 小説褒めたつもりだったんだけどなあ!?
なに? それが気に食わなかったのか? 生意気だと思われた!?
いやいや、そんなわけねえじゃん。相手は俺だぜ? 俺に褒められたら誰でも嬉しいだろ。
……まあ、あいつが〝誰でも〟の中に入らないかもしれないことは、さすがに分かってきているけども。
でも……
なんか、普通にヘコむんだけど。
俺、まじであの小説が気に入ったから、それを伝えただけだったんだよなあ。
おべっかに聞こえた?
褒めかたがまずかった?
……分かんねえ~……。
その日の夜、ナオは配信をしなかった。
ナオにLINEを送っても返事はないし。
しかたないから、ナオの朗読配信のアーカイブ――『たまごかけごはん』の一話から順番に聴くことにした。
第一話の朗読は、正直あまり上手じゃなかった。
緊張しているのか、声が硬い。それに、怯えているようにも聞こえた。
あと、一話の内容がけっこう暗かった。
主人公の見ている世界は真っ暗だ。誰も信じられない、誰も助けてくれない、冷たい世界。
俺にはまったく想像ができなかったし、正直、暗すぎて聴くのがしんどかった。
これがどうなって、消しゴムを拾って礼を言われただけで嬉しくなるキャラになるんだろうか。想像もつかない。
……この主人公ってナオのことなんだろうか。実体験の話なのか?
いや、『たまごかけごはん』の世界は、オメガバース性が存在しないというファンタジー設定だし。
実体験ではないか。
でも……なんか、微妙にナオっぽいんだよなあ。
暗い話よりも明るめの話が聴きたくなったので、一話を聴いてからは最新話を何度もリピートした。
今晩もそれを聞きながら寝落ちした。
◇◇◇
翌朝の通学途中、横断歩道の前で立っていると、車が止まった。
はは、『たまごかけごはん』のワンシーンみたいじゃねえか。
いつもはそんなことしないのに、俺は横断歩道を渡りながら、車に向かってぺこっと頭を下げた。
すると運転手が、にっこり笑って手を上げた。やけに嬉しそうな顔をしている。
あ、車の中に人がいたんだって、そんな当たり前のことに改めて気付いた。
昼休み、俺はいつものように放送室に行った。
だが、放送室の前に立っていたのは――
「げ。真人じゃねえか……」
真人は俺に「よ」と軽く挨拶して、早々に本題に入った。
「直、今日はお前とメシ食べないって」
「はあ!? なんで!? 中にいるんだろ!?」
正に今、ナオの声で校内放送が流れているんだぞ。絶対にそこにいるのに。
「いる。でも、お前とメシは食べないって。だから悪いけど今日は別のヤツと食べてくれる?」
「なんでだよっ。理由を教えろよっ」
真人はふいと顔を背けた。
「……顔を合わせたくないってさ」
「だからなんでっ……! 俺別になんも――」
「分かってる。お前は何もしてないよ、篠原」
「なんでお前が分かったクチ聞くんだよ……っ」
「事情、知ってるから」
「えっ……。……ナオ、なんて言ってたの?」
「教えると思う? いいから帰ってくんない?」
なんだこいつ。「ナオは俺のモノ」「俺はナオの理解者」みたいな顔しやがって。
むかつく。悔しい。けど――
「……ナオ、怒ってる……?」
――誰でもいいから教えてくれ。
俺、何したんだ?
「怒ってない」
真人はためらいつつ、口を開く。
「勘違いしないでほしい。直はお前に怒ってないし、お前はなにも悪いことはしてない」
「じゃあなんで……」
「……直は、お前と違って賢いから――」
「あぁ!?」
「だからお前よりずっと、バカなんだよ」
……はあ?
「考えないほうがいいことを、ずっと考えてる。考えないほうがずっと楽で、生きやすいのに」
こいつの言っていることのほうがずっとバカだと思うのは、俺だけか?
「そういうとこがナオなんじゃねえの? それを悪いとこみたいに言うなよ」
「――……」
「あなたも知ってんだろ? ナオが小説書いてるの。あんなの、俺とかお前じゃ書けないと思わねえ?」
「……そう、だね」
「少なくとも俺は、ナオのおかげで、車の中に人がいることに気付いたぜ」
「?」
俺はハッと笑ってみせた。精一杯、「俺はあんたのことを見下してますよ」っていう気持ちを表現したつもりだ。
「幼馴染かなんか知らねえが……。あんた、自惚れんなよ?」
「……」
「この世界の主人公は俺。俺の隣にいるのがナオ。お前はただのベータの端役。あんま出しゃばってくんな」
真人は毒気が抜かれたみたいに、クスッと笑った。なんでそこで笑うんだよ。
「っつーかよ。そんなことはどうでもいいんだ。ナオ、怒ってねえの?」
「怒ってないよ。……ただ、お前と顔を合わせたくないだけ」
「それの意味が全く分からん。納得もできねえ」
「でも、そういうところが〝ナオの良いとこ〟なんだろ?」
「む……」
「……お前は悪くないよ。ただ、その性が邪魔してるだけ」
性……。アルファ性がっていうことか? 邪魔ってなに?
なんで? 俺とナオは、アルファとオメガなんだぞ。邪魔なわけないじゃん。
「……俺がベータだったら、こんなことにはなってなかったのかなー……」
そんなことをつい呟いてしまった。
真人はそれに「かもね」と返した。
あとで連絡するって言っていたのに、夜になっても来ねえじゃねえか!
俺、そんな気に障ること言ったか!? 小説褒めたつもりだったんだけどなあ!?
なに? それが気に食わなかったのか? 生意気だと思われた!?
いやいや、そんなわけねえじゃん。相手は俺だぜ? 俺に褒められたら誰でも嬉しいだろ。
……まあ、あいつが〝誰でも〟の中に入らないかもしれないことは、さすがに分かってきているけども。
でも……
なんか、普通にヘコむんだけど。
俺、まじであの小説が気に入ったから、それを伝えただけだったんだよなあ。
おべっかに聞こえた?
褒めかたがまずかった?
……分かんねえ~……。
その日の夜、ナオは配信をしなかった。
ナオにLINEを送っても返事はないし。
しかたないから、ナオの朗読配信のアーカイブ――『たまごかけごはん』の一話から順番に聴くことにした。
第一話の朗読は、正直あまり上手じゃなかった。
緊張しているのか、声が硬い。それに、怯えているようにも聞こえた。
あと、一話の内容がけっこう暗かった。
主人公の見ている世界は真っ暗だ。誰も信じられない、誰も助けてくれない、冷たい世界。
俺にはまったく想像ができなかったし、正直、暗すぎて聴くのがしんどかった。
これがどうなって、消しゴムを拾って礼を言われただけで嬉しくなるキャラになるんだろうか。想像もつかない。
……この主人公ってナオのことなんだろうか。実体験の話なのか?
いや、『たまごかけごはん』の世界は、オメガバース性が存在しないというファンタジー設定だし。
実体験ではないか。
でも……なんか、微妙にナオっぽいんだよなあ。
暗い話よりも明るめの話が聴きたくなったので、一話を聴いてからは最新話を何度もリピートした。
今晩もそれを聞きながら寝落ちした。
◇◇◇
翌朝の通学途中、横断歩道の前で立っていると、車が止まった。
はは、『たまごかけごはん』のワンシーンみたいじゃねえか。
いつもはそんなことしないのに、俺は横断歩道を渡りながら、車に向かってぺこっと頭を下げた。
すると運転手が、にっこり笑って手を上げた。やけに嬉しそうな顔をしている。
あ、車の中に人がいたんだって、そんな当たり前のことに改めて気付いた。
昼休み、俺はいつものように放送室に行った。
だが、放送室の前に立っていたのは――
「げ。真人じゃねえか……」
真人は俺に「よ」と軽く挨拶して、早々に本題に入った。
「直、今日はお前とメシ食べないって」
「はあ!? なんで!? 中にいるんだろ!?」
正に今、ナオの声で校内放送が流れているんだぞ。絶対にそこにいるのに。
「いる。でも、お前とメシは食べないって。だから悪いけど今日は別のヤツと食べてくれる?」
「なんでだよっ。理由を教えろよっ」
真人はふいと顔を背けた。
「……顔を合わせたくないってさ」
「だからなんでっ……! 俺別になんも――」
「分かってる。お前は何もしてないよ、篠原」
「なんでお前が分かったクチ聞くんだよ……っ」
「事情、知ってるから」
「えっ……。……ナオ、なんて言ってたの?」
「教えると思う? いいから帰ってくんない?」
なんだこいつ。「ナオは俺のモノ」「俺はナオの理解者」みたいな顔しやがって。
むかつく。悔しい。けど――
「……ナオ、怒ってる……?」
――誰でもいいから教えてくれ。
俺、何したんだ?
「怒ってない」
真人はためらいつつ、口を開く。
「勘違いしないでほしい。直はお前に怒ってないし、お前はなにも悪いことはしてない」
「じゃあなんで……」
「……直は、お前と違って賢いから――」
「あぁ!?」
「だからお前よりずっと、バカなんだよ」
……はあ?
「考えないほうがいいことを、ずっと考えてる。考えないほうがずっと楽で、生きやすいのに」
こいつの言っていることのほうがずっとバカだと思うのは、俺だけか?
「そういうとこがナオなんじゃねえの? それを悪いとこみたいに言うなよ」
「――……」
「あなたも知ってんだろ? ナオが小説書いてるの。あんなの、俺とかお前じゃ書けないと思わねえ?」
「……そう、だね」
「少なくとも俺は、ナオのおかげで、車の中に人がいることに気付いたぜ」
「?」
俺はハッと笑ってみせた。精一杯、「俺はあんたのことを見下してますよ」っていう気持ちを表現したつもりだ。
「幼馴染かなんか知らねえが……。あんた、自惚れんなよ?」
「……」
「この世界の主人公は俺。俺の隣にいるのがナオ。お前はただのベータの端役。あんま出しゃばってくんな」
真人は毒気が抜かれたみたいに、クスッと笑った。なんでそこで笑うんだよ。
「っつーかよ。そんなことはどうでもいいんだ。ナオ、怒ってねえの?」
「怒ってないよ。……ただ、お前と顔を合わせたくないだけ」
「それの意味が全く分からん。納得もできねえ」
「でも、そういうところが〝ナオの良いとこ〟なんだろ?」
「む……」
「……お前は悪くないよ。ただ、その性が邪魔してるだけ」
性……。アルファ性がっていうことか? 邪魔ってなに?
なんで? 俺とナオは、アルファとオメガなんだぞ。邪魔なわけないじゃん。
「……俺がベータだったら、こんなことにはなってなかったのかなー……」
そんなことをつい呟いてしまった。
真人はそれに「かもね」と返した。
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