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王太子エドウィン
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(ああ、もうだめ……)
ジュリエッタの唇にエドウィンの唇が触れようとする。そのとき、不意にエドウィンが呻いた。
「うっ……」
拘束が緩まり、その隙にジュリエッタはさっと飛びのいた。
見れば侯爵がエドウィンの腕を掴んでいた。侯爵はエドウィンに目線を下げて言う。
「殿下、無礼をご容赦ください。妻の具合が悪そうですので、粗相をする前に下がらせます」
侯爵はジュリエッタをかばうように背中に隠した。そのままエドウィンに向けて頭を垂れる。エドウィンは何もなかったような顔で白々しく言った。
「少し酔いが回ったようだ。風に当たりに行こう」
エドウィンはくるりと背を向けた。
侯爵がジュリエッタに振り返った。
(侯爵さまが助けてくれた……!)
侯爵を見上げるジュリエッタの目に涙が浮かんできた。侯爵が来てくれた喜びに打ち震えている。
ジュリエッタは侯爵に飛びつきたくなるほど嬉しかった。もうその衝動は抑えられなかった。開いた扇子で顔を隠して、片手で侯爵の腕にしがみついた。侯爵も遠慮がちにジュリエッタの背中に腕を回してきた。
侯爵は訊いてきた。
「すまない。ダンスの途中だったのに、どうしてもあなたが嫌がっているように見えて仕方なかった」
「嫌でした……、侯爵さま……、来てくれて、ありがとう。私、嬉しい……」
喉から込み上げるものに阻まれそうになるも、声を絞り出す。
「侯爵さまが助けてくれなかったら、王太子の口に嚙みついていたところです」
侯爵も緊張が解けたのか、ほっとした顔で笑みを浮かべていた。王太子の腕を掴むとは、侯爵にも相当な覚悟が必要だったはずだ。
(なのに来てくれた。侯爵さま、本当にありがとう……)
ジュリエッタは扇子の下で涙をこぼした。
***
「お前もフラれたか」
エドウィンはニヤニヤ笑いながらシャルロットに声をかけた。ダンスの途中でシャルロットは侯爵に放り出された。
シャルロットは不機嫌を隠さないでいる。
(私と踊っているというのに、こちらをろくろく見ないなんて)
最初は慣れないダンスに集中していたように見えた侯爵は、ジュリエッタがエドウィンにちょっかいを出されているのを見ると、目つきを変えていた。そして、本格的にジュリエッタが嫌がり始めると、さりげなくシャルロットをダンスの輪の外に連れ出し、自分はすぐさまジュリエッタを助けに行った。
ジュリエッタが嫌がっているのは周囲にも明らかだったが、王太子のすることに誰も口出しできなかった。
口出しできるとすれば、国王夫妻、あるいは、王太子の伯母であるレオナルダ夫人くらいしかいないが、夫人は平然と眺めていた。隣で顔色を変えている公爵と違って、笑みさえ浮かべて見ていた。
しかし、侯爵は助けた。王太子に不敬を問われることをためらいもせず。
「私はお兄さまとは違ってあの男に本気ではないわ。ジュリエッタの苦しむ顔が見たいだけ」
シャルロットにとっても、ジュリエッタは幼いときから疎ましい従姉だった。父も母も、ジュリエッタを引き合いに出して、シャルロットにはっぱをかける。ジュリエッタのほうが礼儀修行も進んでいるだの、淑女らしいだの、何かにつけてシャルロットをけなす材料にする。
それでも、幼いころから容貌は間違いなくシャルロットのほうが上で、ジュリエッタは錆びた鉄釘のようだった。体つきも骨張っており、色づいたところなど少しもなかった。
それが大きくなればめきめきと美しくなった。鉄釘が麗しい薔薇となった。令息たちからは恐れられているようだったが、高嶺の花を遠巻きにしているだけのようにも感じて、癪に障ることこの上なかった。
ジュリエッタが『黒い猛獣』の妻になれば、もうシャルロットが気にする相手ではなくなる。いくら美しかろうと、隣に立つ夫が猛獣と揶揄される醜い男ならば、目も当てられない。元平民なら、社交もろくにできないだろう。
ジュリエッタがそんな男に蹂躙されて一生を過ごすのかと思えば、シャルロットは気分が晴れてしようがなかった。
しかし、バルベリ侯爵は猛獣どころか美男子だった。野卑なところもなく、気遣いもできる。何より、父や兄にはまったく見られない女性への敬意が感じられる。
こんなことなら自分が《褒賞》になればよかった、と思わないでもなかった。
(ジュリエッタ、どこまでも忌々しい)
エドウィンが口を開いた。
「ジュリエッタの苦しむ顔が見たいという点では俺も同じだ」
シャルロットは顔をゆがめた。鼻で笑う。
「お兄さまと一緒にしないでくれる? お兄さまは苦しむのなら何だっていいんでしょう?」
「何だって良いわけないだろう。とびきりのお気に入りが俺の手のうちで苦しむから良いんだ」
「ふふ、狂人ねぇ」
「狂人でもないと王太子などやってられんさ」
エドウィンは高らかな笑い声をあげて、シャルロットの前を通り過ぎた。
***
エドウィンは一人になった途端に寄ってきた令嬢らに取り囲まれた。
王太子という地位に加えて、その美貌で、エドウィンは常に女性らに熱い秋波を送られている。
エドウィンは令嬢らのうちの一人の腰をぞんざいに抱いて、バルコニーに向かった。その途中、花瓶に挿してある薔薇を一輪手に取った。
薔薇を手渡されるかと思った令嬢は、顔を赤らめて喜びに頬を染めている。
そんな令嬢の目の前で、エドウィンは薔薇をぐしゃりと潰すと茎を庭に向かって投げた。令嬢は一瞬、顔に怯えを浮かべた。
エドウィンの手のひらには花びらだけが残っている。
エドウィンはそれを眺めた。赤い花弁はジュリエッタを思わせた。
ダンスの間じゅう、ジュリエッタの赤い髪からはかぐわしい匂いが漂っていた。
ジュリエッタの清らかな首筋を思い浮かべる。
(まだ女になってないとはな。これは最高だ)
エドウィンはジュリエッタが純潔を守っていること、そして、それを自分が見抜いたことに異常なほど高揚していた。
(ジュリエッタ、お前は俺を興奮させた)
花びらを令嬢の上に降らせて笑いかければ、怯えた目でエドウィンを見ていた令嬢もエドウィンに合わせて笑った。恥ずかし気に頬を染める令嬢を後ろに向かせてバルコニーの手すりに手をつかせれば、スカートの裾をたくし上げた。
「殿下、おたわむれを………」
令嬢はそう言うも抵抗は見せない。それどころか、脚を開いて誘ってきた。
(ジュリエッタ......)
「お前は俺を興奮させた……!」
「あっ、殿下……!」
「興奮させたぞ、俺を! お前はこの俺を!」
エドウィンからはいつもの美麗な王子の仮面ははがれていた。獣のように獰猛な顔つきで令嬢をむさぼっていた。
ジュリエッタの唇にエドウィンの唇が触れようとする。そのとき、不意にエドウィンが呻いた。
「うっ……」
拘束が緩まり、その隙にジュリエッタはさっと飛びのいた。
見れば侯爵がエドウィンの腕を掴んでいた。侯爵はエドウィンに目線を下げて言う。
「殿下、無礼をご容赦ください。妻の具合が悪そうですので、粗相をする前に下がらせます」
侯爵はジュリエッタをかばうように背中に隠した。そのままエドウィンに向けて頭を垂れる。エドウィンは何もなかったような顔で白々しく言った。
「少し酔いが回ったようだ。風に当たりに行こう」
エドウィンはくるりと背を向けた。
侯爵がジュリエッタに振り返った。
(侯爵さまが助けてくれた……!)
侯爵を見上げるジュリエッタの目に涙が浮かんできた。侯爵が来てくれた喜びに打ち震えている。
ジュリエッタは侯爵に飛びつきたくなるほど嬉しかった。もうその衝動は抑えられなかった。開いた扇子で顔を隠して、片手で侯爵の腕にしがみついた。侯爵も遠慮がちにジュリエッタの背中に腕を回してきた。
侯爵は訊いてきた。
「すまない。ダンスの途中だったのに、どうしてもあなたが嫌がっているように見えて仕方なかった」
「嫌でした……、侯爵さま……、来てくれて、ありがとう。私、嬉しい……」
喉から込み上げるものに阻まれそうになるも、声を絞り出す。
「侯爵さまが助けてくれなかったら、王太子の口に嚙みついていたところです」
侯爵も緊張が解けたのか、ほっとした顔で笑みを浮かべていた。王太子の腕を掴むとは、侯爵にも相当な覚悟が必要だったはずだ。
(なのに来てくれた。侯爵さま、本当にありがとう……)
ジュリエッタは扇子の下で涙をこぼした。
***
「お前もフラれたか」
エドウィンはニヤニヤ笑いながらシャルロットに声をかけた。ダンスの途中でシャルロットは侯爵に放り出された。
シャルロットは不機嫌を隠さないでいる。
(私と踊っているというのに、こちらをろくろく見ないなんて)
最初は慣れないダンスに集中していたように見えた侯爵は、ジュリエッタがエドウィンにちょっかいを出されているのを見ると、目つきを変えていた。そして、本格的にジュリエッタが嫌がり始めると、さりげなくシャルロットをダンスの輪の外に連れ出し、自分はすぐさまジュリエッタを助けに行った。
ジュリエッタが嫌がっているのは周囲にも明らかだったが、王太子のすることに誰も口出しできなかった。
口出しできるとすれば、国王夫妻、あるいは、王太子の伯母であるレオナルダ夫人くらいしかいないが、夫人は平然と眺めていた。隣で顔色を変えている公爵と違って、笑みさえ浮かべて見ていた。
しかし、侯爵は助けた。王太子に不敬を問われることをためらいもせず。
「私はお兄さまとは違ってあの男に本気ではないわ。ジュリエッタの苦しむ顔が見たいだけ」
シャルロットにとっても、ジュリエッタは幼いときから疎ましい従姉だった。父も母も、ジュリエッタを引き合いに出して、シャルロットにはっぱをかける。ジュリエッタのほうが礼儀修行も進んでいるだの、淑女らしいだの、何かにつけてシャルロットをけなす材料にする。
それでも、幼いころから容貌は間違いなくシャルロットのほうが上で、ジュリエッタは錆びた鉄釘のようだった。体つきも骨張っており、色づいたところなど少しもなかった。
それが大きくなればめきめきと美しくなった。鉄釘が麗しい薔薇となった。令息たちからは恐れられているようだったが、高嶺の花を遠巻きにしているだけのようにも感じて、癪に障ることこの上なかった。
ジュリエッタが『黒い猛獣』の妻になれば、もうシャルロットが気にする相手ではなくなる。いくら美しかろうと、隣に立つ夫が猛獣と揶揄される醜い男ならば、目も当てられない。元平民なら、社交もろくにできないだろう。
ジュリエッタがそんな男に蹂躙されて一生を過ごすのかと思えば、シャルロットは気分が晴れてしようがなかった。
しかし、バルベリ侯爵は猛獣どころか美男子だった。野卑なところもなく、気遣いもできる。何より、父や兄にはまったく見られない女性への敬意が感じられる。
こんなことなら自分が《褒賞》になればよかった、と思わないでもなかった。
(ジュリエッタ、どこまでも忌々しい)
エドウィンが口を開いた。
「ジュリエッタの苦しむ顔が見たいという点では俺も同じだ」
シャルロットは顔をゆがめた。鼻で笑う。
「お兄さまと一緒にしないでくれる? お兄さまは苦しむのなら何だっていいんでしょう?」
「何だって良いわけないだろう。とびきりのお気に入りが俺の手のうちで苦しむから良いんだ」
「ふふ、狂人ねぇ」
「狂人でもないと王太子などやってられんさ」
エドウィンは高らかな笑い声をあげて、シャルロットの前を通り過ぎた。
***
エドウィンは一人になった途端に寄ってきた令嬢らに取り囲まれた。
王太子という地位に加えて、その美貌で、エドウィンは常に女性らに熱い秋波を送られている。
エドウィンは令嬢らのうちの一人の腰をぞんざいに抱いて、バルコニーに向かった。その途中、花瓶に挿してある薔薇を一輪手に取った。
薔薇を手渡されるかと思った令嬢は、顔を赤らめて喜びに頬を染めている。
そんな令嬢の目の前で、エドウィンは薔薇をぐしゃりと潰すと茎を庭に向かって投げた。令嬢は一瞬、顔に怯えを浮かべた。
エドウィンの手のひらには花びらだけが残っている。
エドウィンはそれを眺めた。赤い花弁はジュリエッタを思わせた。
ダンスの間じゅう、ジュリエッタの赤い髪からはかぐわしい匂いが漂っていた。
ジュリエッタの清らかな首筋を思い浮かべる。
(まだ女になってないとはな。これは最高だ)
エドウィンはジュリエッタが純潔を守っていること、そして、それを自分が見抜いたことに異常なほど高揚していた。
(ジュリエッタ、お前は俺を興奮させた)
花びらを令嬢の上に降らせて笑いかければ、怯えた目でエドウィンを見ていた令嬢もエドウィンに合わせて笑った。恥ずかし気に頬を染める令嬢を後ろに向かせてバルコニーの手すりに手をつかせれば、スカートの裾をたくし上げた。
「殿下、おたわむれを………」
令嬢はそう言うも抵抗は見せない。それどころか、脚を開いて誘ってきた。
(ジュリエッタ......)
「お前は俺を興奮させた……!」
「あっ、殿下……!」
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