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国の形
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「アドルフ、おお、お前がここにいたのか。でかしたぞ、こいつらを何とかしろっ」
フィリップはぞんざいに助けを求めるも、アドルフは首を横に振った。
「何?」
アドルフはうめくように言った。
「フィリップ……、僕はこの十数年、お前をどうやって殺すか、そればかりを考えて生きてきたんだよ」
フィリップは顔を真っ赤にしてわめきたてる。
「アドルフ、いい加減にしろ。どうして余がこんな目に遭わねばならない。今ならまだ間に合う。やめろ、いますぐ、こいつらにこんなことをやめさせろっ」
アドルフはフィリップを黙って見下ろして、わめき終わるまで待った。ひとしきりフィリップはわめいていたが、やがて、声が途切れた。
「フィリップ、僕の婚約者のことを覚えているかい?」
フィリップはそこでポカンとした。何を言い出したのかさえ、理解できないようだった。
アドルフは胸から一枚のハンカチを取り出した。広げてフィリップの鼻先に突きつける。ハンカチには一組の男女が仲良く座っている柄の刺繍があった。
「これは僕とアリシアだ。アリシアが縫ってくれた。アリシアはふんわりとした栗色の髪に、遠くまで見通すような水色の目をしていた。思い出せないか?」
フィリップは不意に叫んだ。
「違う、違うんだ。あれはアリシアから誘ってきたんだ。お前が足を痛めたことが不満で、アリシアから……」
そこで、フィリップはアドルフに頬を張られた。アドルフは怒りに蒼白な顔をしていた。
「フィリップ、彼女を汚すな。名も覚えていなかったくせに。アリシアは今思いついた名だ」
そこでアドルフは宰相を振り返った。宰相は、王の間に引きずってこられたところだった。その手には何かを持っている。
「宰相、フィリップに御璽を」
宰相が持っているのはフィリップの印だった。アドルフの側近がフィリップの前に書面を広げる。アドルフは言う。
「王位簒奪は禍根を残すのだ。だからそうならないための書類だ」
アドルフはフィリップに印を握らせ、書面に無理やり印を押させた。
「そうか、アドルフ、お前が王になるのか。俺がお前に譲位したように見せかけるつもりだな。しかし、どう取り繕っても真実は隠せん。お前は王位簒奪者として、のちのちまで悪名を残すだろう」
フィリップはそこでやっと、玉座から解放されて立ち上がるも、後ろ手に拘束されたままだった。
フィリップは王の間から、城下を見下ろすテラスへと引きずり出された。
城下の先には海が見える。海には見たこともない軍船でひしめいていた。陸からの王宮急襲にタイミングを合わせてやってきたノルラント軍だ。
「おおっ………敵襲がっ……」
その光景に、フィリップは固唾を飲んでいたが、やがて、笑いだした。
「ふはは………、アドルフ、お前は本当に運が悪い。お前の天下も一日限り。ふははっ、これはおかしいっ、いかにもおかしいぞっ! お前は王位を奪ったがすぐに外敵に奪われるのだ……、ああ、おかしいっ、こんなおかしいことがあるかっ、どこのだれだかわからんが、よくぞこのタイミングでブルフェンに攻め込んできたものよっ! あはははっ!」
「フィリップ、あの旗を見ても、わからぬのか。あれはノルラント軍だ。僕やダニエルが必死で向き合ってきた相手だ。しかし、彼らは、ブルフェンの貴族よりもよほど理解できるよ。彼らは民衆を見捨てるようなことは決してしない。そして、今では友軍だ。その証拠に、兵士は陸に上がってこない。しかし、狼煙を上げてみようか」
アドルフの側近が火を起こす。それを合図に、ノルラントの軍船は一斉に着岸し始めた。
「な、なんと………」
フィリップはへたり込みそうになって、兵士に引っ張り上げられた。フィリップはもう自力で立つだけの力もなかった。ずるずると引きずられて下がっていった。
***
王宮は、大公軍とシルベス軍によって、血を流すこともなく制圧された。王都には両軍の兵士らが放たれ、貴族邸は兵士らに封鎖され、貴族らは邸の中でじっとしていた。
ノルラント軍は着岸したものの、兵士らは陸上してこなかった。
王都を重苦しい空気が漂っている。
王宮内では王妃と王女も捕らえられた。王太子の姿だけはどこを探しても見当たらなかった。
王族の処遇はすべてアドルフに任せることとなった。
***
一か月後。
王都は平穏を取り戻していた。貴族らはフィリップの譲位を当然のように受け入れた。今や、王宮のみならず、王都全体が、アドルフ軍とシルベス軍によって包囲されているのだから、従うほかない。
国王フィリップは行方知れずとなっている。実際には、王都の大公邸の地下牢で、前後不覚になっているのだが、わざわざ貴族らに知らせることもなかった。アドルフの気が済むまで苦しむことになるだろうが、その命もどうせ長くはないだろう。
王妃は実家の公爵家へ戻り、王女シャルロットはノルラントの要人に嫁ぐことになった。
シャルロットの旅立ちの日、ジュリエッタはシャルロットに会いに行った。気持ちの上で決着をつけるためだ。
シャルロットはジュリエッタを見るなり、そっぽを向いた。
「私を笑いに来たの? 未開の野蛮人と結婚することになった私を」
ジュリエッタは優雅に笑った。
「いいえ、祝福に来たのよ。ノルラントは未開でも野蛮でもなかった。ノルラントから見れば、ブルフェンだって未開で野蛮よ。シャルロットがいろんなことを『知る』ことを祈ってるわ」
(そして、自分の傲慢さに気づいて、本当の幸せを得られることを、心から祈るわ)
シャルロットはそっぽを向いたままだったが、いつか、穏やかな気持ちで再会できるのではないかとジュリエッタは期待している。
アドルフの即位はまだのため、王座は空位だが、アドルフが国事を担っている。ノルラントをもてなし、真実の和平を結び、互いに文化交流することを約束する。
そして、アドルフは、平民議会を制定し、10年間の移行期間で、貴族議会の権利をすべて、平民議会に移譲することを宣言した。そして、移行後、王位も貴族も、身分といわれるものはすべてなくすことになった。
ノルラントの将軍ボナリーを客員宰相に迎えることにし、いわばノルラントに権利移譲の監視役を担ってもらうことになった。
「姫君、これでいいかな?」
アドルフはジュリエッタに訊いてきた。貴族議会から平民議会へと権利移譲については、大筋がジュリエッタの案だった。
もちろん、貴族には不満もあろうが、筆頭公爵家のレオナルダ家が、公爵位を下りるというのだから、納得せざるを得なかった。
ジュリエッタは両親の説得のためにも、大公領に残るわけにはいかず、ダニエルとともに王都に来たのだった。
夫人はジュリエッタの無事に涙を浮かべたが、ジュリエッタらが王宮で起こしたことを知ると、情緒不安定になって、ベッドに寝ついてしまった。
海から帰ってきた公爵にマルコが、「おお、そうか、公爵なんぞ要らぬぞよ」「私も父上に賛成です」と機嫌よく言ったために、ジュリエッタは貴族らにレオナルダ家も納得したと説明することができた。
「叔父さま、ありがとう。これで混乱は起きずに済むわ。そして、この国はもっと良い国になれる。良い知恵が生まれ、良い革命が起きる。素晴らしい国になるわ」
***
「今日は無礼講じゃー」
レオナルダ父子が帰って間もなく、公爵邸ではささやかなパーティーが開かれることになった。
ホールには、花婿姿のマルコと、花嫁姿のマクシの姿があった。
フィリップはぞんざいに助けを求めるも、アドルフは首を横に振った。
「何?」
アドルフはうめくように言った。
「フィリップ……、僕はこの十数年、お前をどうやって殺すか、そればかりを考えて生きてきたんだよ」
フィリップは顔を真っ赤にしてわめきたてる。
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アドルフはフィリップを黙って見下ろして、わめき終わるまで待った。ひとしきりフィリップはわめいていたが、やがて、声が途切れた。
「フィリップ、僕の婚約者のことを覚えているかい?」
フィリップはそこでポカンとした。何を言い出したのかさえ、理解できないようだった。
アドルフは胸から一枚のハンカチを取り出した。広げてフィリップの鼻先に突きつける。ハンカチには一組の男女が仲良く座っている柄の刺繍があった。
「これは僕とアリシアだ。アリシアが縫ってくれた。アリシアはふんわりとした栗色の髪に、遠くまで見通すような水色の目をしていた。思い出せないか?」
フィリップは不意に叫んだ。
「違う、違うんだ。あれはアリシアから誘ってきたんだ。お前が足を痛めたことが不満で、アリシアから……」
そこで、フィリップはアドルフに頬を張られた。アドルフは怒りに蒼白な顔をしていた。
「フィリップ、彼女を汚すな。名も覚えていなかったくせに。アリシアは今思いついた名だ」
そこでアドルフは宰相を振り返った。宰相は、王の間に引きずってこられたところだった。その手には何かを持っている。
「宰相、フィリップに御璽を」
宰相が持っているのはフィリップの印だった。アドルフの側近がフィリップの前に書面を広げる。アドルフは言う。
「王位簒奪は禍根を残すのだ。だからそうならないための書類だ」
アドルフはフィリップに印を握らせ、書面に無理やり印を押させた。
「そうか、アドルフ、お前が王になるのか。俺がお前に譲位したように見せかけるつもりだな。しかし、どう取り繕っても真実は隠せん。お前は王位簒奪者として、のちのちまで悪名を残すだろう」
フィリップはそこでやっと、玉座から解放されて立ち上がるも、後ろ手に拘束されたままだった。
フィリップは王の間から、城下を見下ろすテラスへと引きずり出された。
城下の先には海が見える。海には見たこともない軍船でひしめいていた。陸からの王宮急襲にタイミングを合わせてやってきたノルラント軍だ。
「おおっ………敵襲がっ……」
その光景に、フィリップは固唾を飲んでいたが、やがて、笑いだした。
「ふはは………、アドルフ、お前は本当に運が悪い。お前の天下も一日限り。ふははっ、これはおかしいっ、いかにもおかしいぞっ! お前は王位を奪ったがすぐに外敵に奪われるのだ……、ああ、おかしいっ、こんなおかしいことがあるかっ、どこのだれだかわからんが、よくぞこのタイミングでブルフェンに攻め込んできたものよっ! あはははっ!」
「フィリップ、あの旗を見ても、わからぬのか。あれはノルラント軍だ。僕やダニエルが必死で向き合ってきた相手だ。しかし、彼らは、ブルフェンの貴族よりもよほど理解できるよ。彼らは民衆を見捨てるようなことは決してしない。そして、今では友軍だ。その証拠に、兵士は陸に上がってこない。しかし、狼煙を上げてみようか」
アドルフの側近が火を起こす。それを合図に、ノルラントの軍船は一斉に着岸し始めた。
「な、なんと………」
フィリップはへたり込みそうになって、兵士に引っ張り上げられた。フィリップはもう自力で立つだけの力もなかった。ずるずると引きずられて下がっていった。
***
王宮は、大公軍とシルベス軍によって、血を流すこともなく制圧された。王都には両軍の兵士らが放たれ、貴族邸は兵士らに封鎖され、貴族らは邸の中でじっとしていた。
ノルラント軍は着岸したものの、兵士らは陸上してこなかった。
王都を重苦しい空気が漂っている。
王宮内では王妃と王女も捕らえられた。王太子の姿だけはどこを探しても見当たらなかった。
王族の処遇はすべてアドルフに任せることとなった。
***
一か月後。
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シャルロットの旅立ちの日、ジュリエッタはシャルロットに会いに行った。気持ちの上で決着をつけるためだ。
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「私を笑いに来たの? 未開の野蛮人と結婚することになった私を」
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(そして、自分の傲慢さに気づいて、本当の幸せを得られることを、心から祈るわ)
シャルロットはそっぽを向いたままだったが、いつか、穏やかな気持ちで再会できるのではないかとジュリエッタは期待している。
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ノルラントの将軍ボナリーを客員宰相に迎えることにし、いわばノルラントに権利移譲の監視役を担ってもらうことになった。
「姫君、これでいいかな?」
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「叔父さま、ありがとう。これで混乱は起きずに済むわ。そして、この国はもっと良い国になれる。良い知恵が生まれ、良い革命が起きる。素晴らしい国になるわ」
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