未来で愛人を迎える夫など、要りません!

文野多咲

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巡る運命

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マクシとマルコは、数奇なことに結ばれることになった。

夫人がマルコからの報告を聞いたとき、いったい、何が起きているのかわからなかった。立て続けに起きる事柄に頭の整理が追い付かない。夫人は考えるのをやめた。

マルコはジュリエッタに言ってきた。

「ジュリエッタ、私の代わりに公爵を継いでくれないか?」

目を丸くするジュリエッタになおも言う。

「外国には、女性でも当たり前に大臣になる国が多いんだ。それに、この国にも継承者を男性に限る法律などどこにもない。いずれ公爵領はレオナルダ家の手を離れるけど、それまでの間、ジュリエッタに任せたほうがいいと思うんだ。それに私はもっと海に出たい」

ジュリエッタにも公爵領を経営してみたい、という欲がなくはなかった。領地も10年後には小作人たる農家へと権利移譲をするが、それまでに、少しでもヌワカロール農法を行き渡らせたいとも思っている。

ダニエルを見れば、いつものように穏やかに見返してくる。『お気に召すままに』と目で言っている。

ジュリエッタは一晩考え、爵位を引き受けることにした。そうと決まれば早々に公爵から爵位を譲られ、ジュリエッタは女公爵となった。

***

「ええっ、私が女王に?」

ジュリエッタが王宮に呼び出されて出向いてみると、アドルフは書面を見せてきた。それには、フィリップの御璽が押されていた。王宮急襲のときに、押させた書面だ。

その書面をよく読めば、フィリップから、アドルフへの譲位を記したものではなかった。20年前のフィリップの即位の無効を認めるものだった。

「20年前の譲位状には、前国王、つまり、僕たちの父上の御璽が押されてなかった。父は最後までフィリップの即位には反対だった。それで父は、正式な譲位状に誰の名を書いたと思う?」

ジュリエッタには思いつくはずもなかったが、こう訊いてくるところを見ると思い当たるのは一人しかいない。

「もしかして、お母さま?」

「そうだ、父上は姉上を最も信頼していた。兄は性格破綻者だし、僕は国王なんて器じゃなかったからね。この国には継承者を女性に限る法律なんかない。慣習的に男性ばかりが爵位を継いでいたが、父はそれを破ろうと考えたんだ。しかし、それを知った兄は、父が病気になったのをいいことに王宮の奥深くに軟禁して、即位してしまったのさ」

ジュリエッタは二の句が継げないままだった。

最近の夫人は情緒不安定だが、領地の経営手腕は確かだった。身分差別をするが、それも王者になるには必要なことなのかもしれない。確かにフィリップよりは良い国王になれたに違いない。

「20年前の即位は無効となり、王位の継承は姉上、そして、姉上の継承者であるマルコとジュリエッタに、正当な王位継承権が移ったんだ」

「これは、それを記した書類だったのね……」

「そして、マルコは爵位継承をジュリエッタに譲った。つまりレオナルダ家の当主はジュリエッタだ。王の座もジュリエッタのものとなる。貴族議会もこれを正当に認めるはずだ」

(私が女王………?)

***

その夜、ジュリエッタは侯爵邸の窓から、外を眺めているダニエルに後ろから抱き着いた。ダニエルは侯爵位に戻り、二人は侯爵邸に住んでいる。

ダニエルはやはりジュリエッタの気配に気づいて、振り向いた。

「ジュリエッタ、迷っているの?」

「ええ、もちろん。女王になるだなんて思いもしなかったことだもの」

当然のようにアドルフが王位につくものだと思っていた。アドルフには継承者はいないが、そもそも10年限りのことなので、問題にはならない。

「俺には、ジュリエッタは女王を拒否していないように見える。でも、同時に不安を抱えている。その不安は何かな?」

ダニエルはジュリエッタの心をいつも見透かしている。ジュリエッタは顔を赤らめて、ダニエルの手を取り、お腹に当てた。

「ここに……」

勘の良いダニエルはすぐにジュリエッタの言いたいことがわかり、ジュリエッタと同じく顔を赤らめた。

「本当?」

「うん、まだ言うには早いと思ったけど」

ジュリエッタは身ごもったのだ、二人の子を。ダニエルは満面に喜びを浮かべた。ジュリエッタを優しく抱きしめる。

「それが不安なら、安心して欲しい。俺が煩わしいことのすべてを引き受けるから。それにハンナだっている。夫人だってきっと頼りになってくれる」

寝室にこもっていた夫人は、少しずつ、元気を取り戻しているように見えた。マクシのことも、マクシがマルコよりもちょうど10歳上だと知り、急に受け入れ始めた。夫人も公爵の10歳上である。そんなところに仲間意識を抱いたのだろう。最近では、ダニエルに対する態度も以前と違って丁重なものとなっている。

ダニエルはジュリエッタに囁いてきた。

「お腹の中の子に、あなたの立派な姿を見せてほしい。ジュリエッタなら、きっと素晴らしい女王になれる。ブルフェン王国最後の女王を立派に努められる」

ジュリエッタはダニエルの言葉を聞きながら、女王になる決意を固めていった。

***

ジュリエッタは鏡台に向かっていた。髪結いを終えたジュリエッタを、ハンナが四方八方から眺めては、細かい部分を調整している。

その日は即位式を予定していた。ハンナはいつも以上に真剣で、鼻息も大きくなっている。

「ねえ、ハンナ、こんな威厳のない女王なんていないわよね」

ハンナはシュコーッと鼻息を吸い込んで、吠える。

「姫さまっ! 姫さまの背中からは後光が差すくらい、ありがたみがありますわっ。貴族も民衆も姫さまのありがたみに皆ひれ伏しますからっ。ええ、私も今すぐひれ伏したいくらいでございますわっ」

ハンナはいつまでも、どこを切ってもハンナだ。常にジュリエッタの味方でいてくれる。

「ハンナ、いつも本当にありがとう。どうか、ハンナも幸せになってね」

「どうしたんです? 姫さま、改まって」

「ちゃんと言っておかないと言えないままだと嫌だから」

そのとき、ハンナはどきりとした。その言い方にどこか不吉さを感じた。ハンナはそれを振り払って言う。

「これからも何度でも言ってくださいませ。今も私は幸せですけど、欲張って更なる幸せを求めますから。そして、姫さまも、今以上に幸せになってくださいませ」

「ええ、もっともっと幸せになるわ」

ジュリエッタはそう言いながら腹に手を当てた。

「新しい命もあるのだもの」

それを聞いたハンナの鼻息はますます粗くなった。

「世界一の女王様にしてみせますわ!」

***

即位式。ジュリエッタは、アドルフから冠を授けられることになった。

誰の目にもフィリップが王位を奪われたことが明らかだったが、民衆にフィリップに同情するものはいなかった。ジュリエッタが女王になることが発表されても、贅沢三昧のジュリエッタを知っていた彼らは、喜ぶでもなかった。

ただ、平民議会が制定された。10年を経てば、貴族議会から決定権はすべて、平民議会に移譲される。しかし、そういう話を耳にしても、民衆にはどういうことが起きるのか想像もつかず、日々の生活に追われるだけだった。

あるとき、路地裏から忽然と浮浪者が消えた。救貧院が立ち上がり、貧困者はそこで支援を受け始めた。のちに様々な支援が行き渡ることになるが、それらはバルベリ侯爵の私財で賄われていることは、知られることではなかった。

フィリップの退位後、王都は急激に変わり始めていた。そんな中で、ジュリエッタの即位式は行われることになった。

少し腹の大きくなったジュリエッタは、輝かんばかりの美しさに、母性を湛えていた。テラスに姿を現したジュリエッタを見るなり、民衆は沸いた。

「ジュリエッタ女王、万歳!」

「女王陛下、幸あれ!」

民衆らは声を限りに叫び始めた。そうさせるだけのものがジュリエッタにはあった。

ジュリエッタが手を上げたそのときだった。一本の矢がジュリエッタに向かって飛んできたのは。

背後に寄り添っていたダニエルはすぐにその矢を手で払った。

しかし、攻撃は一か所からではなかった。テラスに入ってきた男が、ジュリエッタにとびかかった。その手にはナイフがあった。

ダニエルが男を押し飛ばしたときには、ジュリエッタの胸にはナイフが突き刺さっていた。

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