身代わりの花は包愛に満たされる

天宮叶

文字の大きさ
19 / 51

一騒動②

しおりを挟む
身体がよろけて、床へと崩れた僕のことを女性が驚いた表情で見ていた。

「大丈夫てすか!?どうして……」

女の子が僕を支えて立たせてくれる。女性は僕と女の子を睨みながら、フンッと軽く鼻を鳴らした。

「急に飛び込んできたバトラー夫人が悪いのでしょう。私は悪くないわ」

「ちょっと貴方!まずは謝罪すべきでしょう!」

女の子が言い返してくれるけれど、彼女はまったく聞く気はないようだった。

かなり強く叩かれたのか、頬がじんわりと熱い。もしかしたら赤くなっているかもしれない。

両親も怒ると、僕のことを叩くことがあった。その痛みに比べれば軽い方だ。

「貧乏平民の貴方が調子に乗るからわるいのよ」

相当プライドが高いのか、彼女は女の子へと言葉を続ける。使用人選びの場で、まさかこんな自体になるとは予想もしておらず、どうしたらいいのかもわからない。

こういうときデューク様ならどうするのだろうか。

「っ、出て行ってください!」

きっとこう言うはずだ。

勇気を振り絞って彼女に伝える。

叩かれたことよりも、人を見下す態度が許せなかった。オリビアと比べられて生きてきた僕だからこそ、一緒に過ごす人たちとは対等でありたいと思う。

「はぁ?なんで私が出ていかないといけないわけ?」

「貴方は、不採用です」

「はあ!!?どういうことよ!」

彼女が僕に掴みかかろうとしてくる。驚いて目を固くつぶって、衝撃に耐えるために身構えた。

その瞬間、短い悲鳴が聞こえてきて疑問が浮かぶ。来るはずの衝撃もない。恐る恐る目を開けると、床に倒れた彼女を見下ろすデューク様の姿が視界に飛び込んできた。

「聞こえなかったのか?お前は不採用だ。早く出ていけ」

冷ややかな瞳に見下されて、彼女は身体を震わせている。

デューク様が助けてくれたのだと気がつき、安堵感に包み込まれる。けれど、酷く怒っているのか、デューク様が少しだけ怖くも感じてしまう。

「わ、私は……マルイ大商店の娘ですよ……こんなことして父が許すとでも?」

「ああ?馬鹿かお前。マルイ大商店とは今後取引をするつもりはない。俺の嫁を傷つけたんだ。当然だよな」

商人にとって貴族の取引先は生命線だ。特にヴォルフ領の領主である、バトラー伯爵家との取引を失うのは痛手だろう。

戦意喪失した彼女は、デューク様が呼んだ騎士によって外に運び出された。

部屋に静寂が戻る。

「お前も出ていけ」

続いてデューク様が、僕のことを支えてくれていた女の子に向かって言い放つ。女の子は悲しそうにうつむきながら、僕から手を離した。

彼女は被害者だ。それに僕のことを心配してくれた。そんな彼女を追い出すような真似はできない。

「待ってくださいっ!」

震える声を振り絞る。気持ちをちゃんと伝えないといけない。デューク様に僕の思っていることを知ってほしかった。

「彼女に僕のお世話をお願いしたいです」

「アルビー、それがお前の気持ちなのか?」

デューク様に問われる。深く頷き返すと、デューク様は少しだけ困ったような表情を浮かべたあとに、了承してくれた。

「お前が追い出されなかったのはアルビーのおかげだ」

「っ、私、アルビー様にお仕えしてもいいんですか?」

「アルビーがいいと言っているからな」

女の子が僕の方へと身体ごと顔を向けてくれる。もううつむいてはいなかった。

僕も彼女に目を合わせる。深々とお辞儀をされて、少しだけ泣きそうになってしまう。勇気を振り絞り、気持ちを伝えてよかったと思った。

「あの、これからよろしくね」

手を差し出すと、女の子が僕の手を握り返してくれる。人の温かさを感じて、なんだか泣きたい気持ちになった。

「アリアといいます。一生懸命頑張りますっ。よろしくお願いします!」

小花が咲いたような笑みを向けられて、僕も表情をほころばせる。

アリアのことなら信じられるって思えたんだ。

 

 

 

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

運命のつがいと初恋

鈴本ちか
BL
三田村陽向は幼稚園で働いていたのだが、Ωであることで園に負担をかけてしまい退職を決意する。今後を考えているとき、中学の同級生と再会して……

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

【完結】運命なんかに勝てるわけがない

BL
オメガである笹野二葉《ささのふたば》はアルファの一ノ瀬直隆《いちのせなおたか》と友情を育めていると思っていた。同期の中でも親しく、バース性を気にせず付き合える仲だったはず。ところが目を覚ますと事後。「マジか⋯」いやいやいや。俺たちはそういう仲じゃないだろ?ということで、二葉はあくまでも親友の立場を貫こうとするが⋯アルファの執着を甘くみちゃいけないよ。 逃さないα✕怖がりなΩのほのぼのオメガバース/ラブコメです。

処理中です...