クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀

文字の大きさ
6 / 24

第六話 失望

しおりを挟む
 気まぐれにやってきて、気まぐれに僕とお話してくださったユリウスさまのことです。

 また来ると言ってもただのあいさつ代わりの社交辞令だと真に受けていませんでしたが……ふたを開けてみれば、ユリウスさまは本当に次の日もいらっしゃいました。

 そして、なんのことはない雑談をして、「また明日」と言って、行ってしまわれるのです。

 王族の御方の「明日も来る」というお言葉があるからには、王権の剣たるイェントの人間として、お迎えしないわけにはいきません。

 不定期のリフレッシュルーティンであったはずの習慣は、あれよあれよと日課になりました。

 当初は振り回されてばかりの僕でしたが、これが二カ月も続けば、戸惑うようなこともなくなり、今ではむしろ、ユリウスさまとお話する数分間が、密かな楽しみになっています。

 何せ、人目を気にせず、おにいさまのお話を出来るのは、ユリウスさまだけなのです。

 ユリウスさまが教えてくださるおにいさまの普段のご様子は、僕にとっては垂涎の情報でした。

「いやぁ、本当、参っちゃうね。ボク、これでも真剣に婿に貰ってくれる女の子探してるんだけどさ、アウレールと一緒にいると女の子の視線全部そっちに行くわけ。まあボクもアウレールが目の前にいるとアウレールの顔面にしか目がいかないんだけど」

「ああ、それは……もう、殿下がおにいさまに婿入りするしかないのでは?」

「それ親衛隊の一部の子にもよく言われる~! やだよイェントに婿入りなんか。イェント騎士団と書いて地獄にご案内じゃん」

「大丈夫ですよ! イェントの騎士の皆さんはどなたも優しくて、僕が転びそうになったら、ありったけのフカフカなものでくるんでココアとかくださいます」

「テクニカルな自虐やめて、結構いたたまれないから」

「備品を運ぼうとしたら、手伝いますと言ってくださって、僕ごと抱えてくださるくらい温かみのある騎士団ですよ」

「ああ……真綿で首絞められてる時の人間ってそう言う顔するんだねぇ」

「僕ってイェントの何なのでしょうね」

「リエは頑張ってるよ……」

 ユリウスさまと話していると、いつの間にか、僕は繕わない自分にさせられています。

 ユリウスさまになら、他には誰にも言えないような本音を打ち明けることができました。

 今ではユリウスさまは僕の置かれた現状を誰より分かってくださって、どうしようもないような悩みもふんわりと軽く受け流してくださいます。

 そこはかとなく、目の前の全てのことを真に受けずに、飄々と生きていらっしゃる。そんなユリウスさまの態度が、今は何より心地が良いのでした。

「こんな僕がイェントの当主になって、何かいいことがあるのでしょうか」

「なってみないとわかんないんじゃない?」

「おにいさまがいるから、僕が当主になっても大丈夫なんて……そんなの、僕が当主になる意味がないのと同じです」

「それはまあ、ね……イェントって家門が家門だからね……リエの言いたいことは分かる」

「きっと、お父様は、僕を強引にでも当主にしなければ、僕は他の何者にもなれないとお思いなんです。確かに、イェントの役には立てないかもしれない、でも、探せば他に、なにか、世の中の役に立つ方法があるかもしれないじゃないですか……」

「いやぁ……イェント公爵が息子可愛さで王権の剣を鈍らせるようなことはしないよぉ、あのおっかない人に限って、ねぇ」

 まあ、知らないけどさ……ユリウスさまが核心に迫るような意味深なことを言うときに、必ず付く言葉です。

 ちゃらんぽらんな軽薄王子だと、彼の受ける評価は世間的にそう高いものではありませんが、やはり、ユリウスさまは、そういうフリがお上手なだけで、おにいさまのように特別な人間なのだろうと思います。

 視座が違うからこそ、ユリウスさまはものぐさを装うのでしょう。すべてを俯瞰して見ているから、僕には見えない何かが分かるのです。超然的な御方です。

「まあ、あんなおっかない人も、人生に一度くらいはうっかりすることもあるんだなって思うよ。まさか、拾った捨て猫が荒獅子に化けるとは思わなかったんじゃない」

「荒獅子って、もしかして、おにいさまのことですか」

 途端に、ユリウスさまはピタリと無言になり、ややあって、フフンと意味ありげに笑い、肩を竦めました。

 どうしたことかと横を見上げていれば、ユリウスさまは突如として立ち上がり、また明日、と言い残して走り去っていきました。

 いつになく、どこか焦った様子のユリウスさまでした。しかし、あの御方がよく分からないのは今に始まったことではありません。彼の脳内は高度すぎるあまり、余人にはそう簡単に理解できるものではないのです。

 僕もそろそろ教室へ戻ろうかと、背伸びがてらベンチの背もたれに寄りかかって、少し仰け反りながら考えたところでした。

 ザッと砂を踏みしめる足音が間近から聞こえてきました。背伸びをした拍子に目を閉じたままだったので、良く聞こえたのです。

 こんな場所にわざわざやってくるのはユリウスさまくらいしかいらっしゃいませんから、何か忘れものでもしてしまったのだろうかと、そのままの体勢で目を開けました。

「……っ」

 そして、ただちに姿勢を正し、俯きました。ただでさえ冷たげな無表情をしていらっしゃるおにいさまが、凍り付くような威圧感を纏って、僕の前に立っていたのです。

「第四王子殿下と、一体、何のお話を?」

「た、他愛もない、ことです……わざわざ、関心を割いていただくようなことでは」

「何か、俺には言えないような話ですか」

「それは……」

「あの方の話には耳を傾けない方がいい。色恋にうつつを抜かし、生徒会の一員でありながら、率先して学内の風紀を乱しているような感心しない人だ」

「僕には、とてもそんな方には見えません……殿下がお話してくださるのは、いつも……」

 おにいさまのこと。本当は、学院に来て、この目でずっと見ていたかった、おにいさまのお姿のことを、殿下は教えてくださるのです。

 時に憎まれ口のようなことを仰ることもありますが、その後ろには、おにいさまへの親愛が確かにあって――。

 ほかの誰からおにいさまの称賛を聞くよりも、殿下からお聞かせいただくおにいさまのお話が、僕の心を満たしてやみません。

「あなたは、こんな場所で、限りある時間を浪費するために、わざわざ学院に来たのか……俺の気も知らないで」

 ガツンと、頭を殴られたような心地がしました。そして、じわじわと、血の気が引いていきました。

 苦しい。上手く、息ができません。おにいさまに少しでも近づきたい、そんな思いで、ようやくこぎ着けた学院入学。でも、そんなの、おにいさまにとっては、ただの遊び感覚でしかないはずです。

 目的意識の重みが違いすぎる。おにいさまの学院入学は義務でした。イェント公爵の後継として、国内の最高学府にて優秀な成績をおさめて卒業するのは、必要最低限の要件です。

 そのために、少しも時間を無駄には出来なかった。今もなお、そんな予断を許さない生活を送っているに違いありません。

 それなのに、学院にようやく補欠合格して、入学してからも、周囲のサポートがなければ落第すら有り得たような僕が、そんなおにいさまの立場を脅かしているのです。

「申し訳ありません……」

「……どうか、公爵閣下のご期待に背くようなことをなさいませんよう」

 では、とすげなく踵を返し、おにいさまの背中はあっという間に見えなくなってしまいました。

 あえて、お父様のことを、義父上ではなく、公爵閣下と呼んだ意味。

 言外に、僕のことなど弟とは思わないと、そういう意志表明だったに違いないでしょう。あろうことか、お父様からの期待なんて……そんなもの、ありはしません。

 おにいさまほど、お父様からの期待を受けた方は、当代のイェントにはいないのです。僕が次期当主に据えられたのは、期待されていたからでは断じてありません。

 痛烈な皮肉です。おにいさまの抱く大きな失望が、深く根付いたような言葉。いつまでも耳に反響して、首を絞められているような苦しさに襲われました。

「けほっ、ゴホ……ッ」

 ゾワ、と鳥肌が立ちました。発作を思い出すような心臓の痛み。胸元を押さえ、込み上げる全身の震えをどうにか押さえつけて、深呼吸をしました。

 まるで、しがみ付いた断崖の中腹で、命綱を断ち切られたような、途方もない絶望でした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます

クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。 『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。 何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。 BLでヤンデレものです。 第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします! 週一 更新予定  ときどきプラスで更新します!

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました

多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。 ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。 ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。 攻め ユキ(23) 会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。 受け ケイ(18) 高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。 pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

処理中です...