クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀

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第七話 同志

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「あ、そお……アウレールもなかなか酷いこと言うねぇ。そっかぁ」

 へら、と少しも堪えていない無味乾燥の笑顔で、ユリウスさまはおっしゃいました。

 次の日のことです。僕はもうここに来ないことをお伝えして謝罪しました。これ以上、おにいさまからの心証を損ねては、今後の公爵家の行く末にも関わるでしょう。

 いつか、ユリウスさまが仰ったように、やろうと思えば、僕がおにいさまを公爵家から追い出すことも不可能ではありません。

 しかし、それをやって困るのは、身の丈に合わない当主の座に就いたときの僕です。

 だから、結局、そんなことは不可能なのです。お父様が僕に期待していることがあるとするなら、おにいさまとの揺ぎない信頼関係の構築なのでしょう。

 それすら、おにいさまのお父様へ向ける義理の意識に縋るしかないような状態です。

 僕がおにいさまを従えるどころか、僕はこれからずっと、おにいさまからの哀れみを乞い続けなければならないのです。

「リエは何にも悪くないのにね。リエが望んだことじゃないのに。文句なら公爵に言えよって話。どうすることもできないリエにイライラぶつけたって何にもならないじゃんね」

「僕が、もっと、ちゃんとしていれば……僕が不甲斐ないのがいけないんです」

「リエは頑張ってるよ」

「……頑張るのは、当たり前なんです。結果が出ないと、意味がない」

「そんなことないよぉ、よくやってるよ、リエは。それに、リエには唯一無二の才能があるじゃん。そんな純度の高い魔鉱石を錬成出来る人間なんて他にいないよ。リエは上を見すぎだ。身近にイェント公爵とかアウレールみたいな英雄クラスの人間がいたら、相対的に自分が小さく見えるのは、そりゃ仕方ないんだろうけど」

 ユリウスさまは僕の肩を抱いて、まったりとさすってくださいました。甘い慰めです。真に受けてはいけないと思うのに、どうしても、そう言われて安心してしまう僕がいます。

 だから、駄目なのだろうとも。

「リエ、ボク心配だよ。このままだとリエがつぶれちゃいそうで、アウレールには悪いけど放っておけない。ねえ、リエ。キミが作った魔鉱石の中で、一番出来がいいやつ、ボクにくれたりしない? 誕生日近いんだよね、ダメ?」

「いえ……僕の作った魔鉱石でよければ、いくらでも」

 僕はさっそく、お守り代わりに持ち歩いている、手持ちの中で一番大粒の、いっとう澄んだ色をした魔鉱石をユリウスさまに渡しました。

 ユリウスさまは興味深そうに魔鉱石を日光に透かして、満足げに頷いた後、何やら呪文を唱えながら、魔法を使って魔鉱石に細工を始めました。

「フゥ……よし、出来た。これくらい質のいい魔鉱石ならイケると思ったんだよねぃ、流石はボク、てんさ~い!」

 しばらくして、ユリウスさまはニンマリと笑い、僕に指輪を渡してくださいました。見れば、さっそく同じ意匠の指輪を小指に嵌めて、得意げに眉を動かしていらっしゃいます。

 僕もユリウスさまに倣って、指輪を小指に嵌めました。しかし、僕の小指には少しブカブカで、薬指に移動させるとぴったり嵌りました。

『指輪に魔力を流しながら言葉を思い浮かべるとテレパシーできるよ、すごいでしょ』

『わ、凄いです……! いいんですか、僕が頂いてしまって』

『元はリエが作った魔鉱石でしょ。これなら直接会わなくても話したい時に話せるね。魔力を流せば対の指輪が光るようになってるんだよ。話したくなったらそれで合図して、話したくない時は外せばいい』

 まあ、ボクは寂しがりだから、ずっと付けとくけどね――敢えて口でそう言って、ユリウスさまは指輪にそっと口づけをなさいました。

 気障ったらしい仕草でしたが、ユリウスさまの高貴な美貌だと、いたく様になっていらっしゃいました。

「ありがとうございます、殿下……」

「ねーえ、もうそろそろユーリって呼んでくれてもよくない? ボクとリエって仲良しだよね? こんなペアリングなんかしちゃってさ、でしょ?」

『では、畏れながら、テレパシーの間は、そのようにお呼びいたしますね、ユーリさま』

「え~、テレパシーの間だけぇ?」

「イェントに生まれた者として、忘れてはいけない線引きがありますから」

「……キミ、ちんちくりんのくせして、心だけは一本気にイェントだよね……難儀だなぁ」

「心はイェント、ですか……?」

「うん……なんだろ、自分がどうしたい、とかじゃなくて、どうすべきか、ばっかりじゃない? 何かにつけまず私情を排除しようとするよね、イェントの人間って。王家の人間としてこんなこと言うのもアレだけどさ、キミたちってなんでそこまで忠誠心に篤いの?」

 確かに、そうなのかもしれません。王権の剣として、我が国の存続を何よりも尊んできたイェント。私情に囚われるようでは、剣が鈍り、国民を危険にさらしてしまいかねません。

 それに、私情を優先したところで、イェントの人間はきっと何もうまくいかないのです。

 僕の学院入学がその典型例です。おにいさまに少しでも近づいて、その雄姿をこの目で見届けたい……そんなエゴで僕はここにいて、思い描いていた理想とは真逆の生活を送っています。

 お父様だって、僕への心配という私情に囚われて、おにいさまを後継者から降ろすという、明らかな判断ミスを犯しています。きっと、そう言う遺伝子に違いありません。

「イェントの人間ですから、王家に忠誠を捧げるのは当然ですよ。きっとイェントは、そうでなくてはならないんです。王家への忠誠心なくして、今のイェントはありません」

「……あー、ね。なるほど。それじゃ確かに、アウレールを当主にしたら、色々となぁ。へぇ、そういうこと」

「殿下?」

「んーん! 侍るほうの獅子も、主人を怖がらせないように気を遣うの、なかなか大変なんだなって!」

 こうなると、もういよいよ、ユリウスさまのお言葉を理解するのは至難の業です。

 おにいさまならあるいは理解できるのかもしれませんが、僕の凡庸な頭では、ユリウスさまの示唆に富んだ言葉を消化しきれません。

「ありがと、リエ。ボクの将来設計、だいたい固まったかも」

「え……?」

「実現できるかは五分五分だけど、なんとか頑張るから。もし実現したら、その時は、末永くよろしく!」

「は、はい……?」

 にぱ! と花が咲くように天真爛漫に笑って、ユリウスさまは僕の手を掴み、ブンブンと振り回しました。

 そして、いつになく意気揚々と立ち上がり、そのまま鼻歌を歌いながら行ってしまわれたのでした。

 末永く、という言葉が妙に引っ掛かりを覚える響きで、いつまでも頭の中にこびりついて離れませんでした。

 さて、その日を皮切りに、軽薄でだらしないと評判だったユリウスさまは、人が変わったようだと言われるほど、真面目に学内活動へ取り組むようになられました。

 一年が終わるころには、特に魔法研究の分野で目覚ましい実績をお出しになり、それまでは唯一抜きんでた存在として学内に君臨していたおにいさまと、並び称されるまでになったのです。

 親しみやすいお人柄は据え置きと言うことで、おにいさまとはまた違った支持を獲得なさり、一躍引く手あまたの人気者になったユリウスさま。

 しかし、テレパシーを使った僕との他愛ない雑談のために毎夜の如く時間を取ってくださり、変わらず、おにいさまの話をしてくださいました。

『それにしても、あんだけ冷たい態度取られてるのに、よく今でもアウレールのことそんなに慕ってられるね』

『おにいさまが僕をお嫌いになるには十分すぎる理由がありますが、僕がおにいさまを嫌いになる理由はありません。その上、お慕いし続ける理由は、僕が生きている限り存在するんです。僕の命があるのは、おにいさまのおかげですから」

『重いねぇ~……』

『そう、でしょうか。では、ユーリさまがおにいさまをお好きでいらっしゃる理由は何ですか? やっぱり顔ですか?』

『うん! アウレールの顔面大好き! まあ、あとは、アレだね。憧れって言うにはちょっと歪んでるんだけど……ボクさぁ、多分兄貴たちよりかはうまいこと君主やれると思うんだけど、後ろ盾無いから、やる気ないフリしてないと死ぬかもしれなかったんだよね。だからまあ、ちょっと、羨ましかったんだよ。嫡男差し置いて、ポッと出の養子がイェントの後継者として認められてるの』

 ユリウスさまの母君が亡国の姫宮であったことは有名な話です。

 異民族の帝国に祖国を滅ぼされ、同盟国であった我が国に亡命なさって、国王陛下に見初められたのです。

 しかし、慣れない異国の生活に苦悩なさった末に、ユリウスさまを遺して儚くなられました。

『でもさ、キミが虚弱体質を克服して、やっぱり嫡男を当主に据えますって話聞いてさぁ、なんだよって……結局イェントも他と変わらないのかって、ちょっとガッカリしてさ。ムカつく坊ちゃんの顔でも拝んでやるかって思ってたら、キミってばボクより納得いってない顔してるじゃん? 血筋より実力、なんて、イェントでしか生まれない発想だよ。やっぱりアウレールが羨ましくなった』

『羨ましいから、お好きなのですか』

『……なんだろうね。ボクの代わりにボクの願望をかなえてくれるかもしれない存在……ボクにとっての英雄だったのかな、アウレールは』

『英雄……それは、僕にとっても、そうかもしれません』

『ふふ、気が合うねぇ、ボクたち』

『ええ、そうですね』

 もうじき、僕は三年生になり、おにいさまとユリウスさまは最終学年を迎えられます。

 来年いっぱいで、おにいさまとのぎこちない関係を間近に感じる日々に、一旦の区切りをつけられるのです。

 その安堵感は確かにある一方、ユリウスさまとおにいさまのことについて語り合う時間が無くなってしまうのは、どうにも惜しいと思ってしまうのでした。
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