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第八話 衝突
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三年生に進級してまもなくのことです。僕はおにいさまの親衛隊の中心メンバーが運営するサロンから、お茶会の招待状を頂きました。
これまで、おにいさまに仇成す存在として敵視されてきたことから、友人たちには「無視した方がいい」と助言をいただきました。
しかし、僕はおにいさまを敬愛するいち人間として、親衛隊の皆様と分かり合うチャンスがあるなら、決して逃したくないと思いました。
指定の日時、指定された交流ルームへと向かい、足を踏み入れると、敵意の眼差しが一斉に降り注ぎます。
冷や汗をかきながら、重たい足をようやく運び、案内に従いました。
「金獅子サロンへようこそ、シャイデン公爵令息。わたくしはヒェンブリーゼ侯爵家のラヴィーナ・シャルテーヌと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
案内された先に優雅に座して待っていたのは、当代の宰相を務めるヒェンブリーゼ侯爵の愛娘、ラヴィーナさまでした。
おにいさまの親衛隊の筆頭として、この学園の女子生徒の半分にも及ぶという親衛隊の方々をまとめ上げ、見事に統率、牽引している、いわば学院の花園の頂点とも言うべき方です。
「シャルテーヌ侯爵令嬢、本日は栄えあるサロンの会合にご招待いただき、ありがとうございます」
「いいえ、とんでもございません。さて、時間も限られていることですし、さっそくお呼び立てした要件をお伝えいたしますわ。どうぞ、お座りになって」
「……失礼します」
我が国の貴族社会において、武の筆頭がイェントであるとすれば、文の筆頭はヒェンブリーゼです。
ゆえに、歴史の長さと王家との緊密な関係から、爵位こそイェントが上ですが、ヒェンブリーゼはそんなイェントと対等に渡り合う名門なのです。
それゆえか、ラヴィーナさまも、捉えようによっては不遜な態度を崩さず、扇子の先で僕に着席を促しました。
僕が彼女にとって敬意を払うに値しない存在であることは明白でした。
「ねえ、リエル・シャイデンさん……貴方、いい加減、身の程を弁えてくださらない」
案の定、まるで銃弾のように鋭く彼女の優美な唇から飛び出してきた言葉は、最早取り繕うこともしない、清々しいほど直球の諫言でした。
「当家と、イェント公爵家の間に、縁談が持ち上がっているのはご存知でいらして?」
「……いえ。婚約を前提に話が進んでいるというところでしょうか」
ヒェンブリーゼ侯爵家に娘はラヴィーナさましかいらっしゃらないはずです。それ即ち、イェントの次期当主と、ラヴィーナさまの間の縁談ということになります。
「ええ、ゆくゆくはわたくしがイェントに嫁ぐことになりましょう。でもね、わたくし……心に決めた方がおりますの。あなたのお義兄さま。誇りあるヒェンブリーゼ侯爵家の娘であるわたくしの伴侶として、アウレールさまほど相応しい方はおりませんわ」
「義兄をそのように高く評価していただくのは、弟として鼻が高いですが……貴女ほどの女性なら、王家との縁談も容易いのでは?」
王家を差し置いて、イェントを高く評価するというのは、王家への揺るがぬ忠誠が血に刻まれたイェントとしては看過しがたい傲慢です。
ヒェンブリーゼ侯爵家は昔から名門貴族としてのプライドが高く、王家への帰属意識よりも、上昇志向が強いきらいがあるのです。
そう言うところは、昔からイェントと相いれません。
ですから、宰相閣下ヒェンブリーゼ侯爵に常々苦言を呈していたお父様が、ラヴィーナさまとの縁談を進めているという事実は、正直なところ寝耳に水でした。
「わたくし、軟弱な殿方は気に入らなくってよ。確かに、第四王子殿下という選択肢もございましたけれど、ねえ……最近は何の気まぐれか、少しばかり張り切っておいでですけれど、あのような軟派な方は考慮にも値しませんわ」
フワフワとご自身を仰いでいた扇子をパチンと閉じ、フン、と不遜に鼻息を吐くラヴィーナさま。
下からねめつけるように、僕の顔を覗き込みます。そして、不愉快げに眉を顰め、美しくも毒々しく、ニヤリと笑みを浮かべました。
「そう……わたくし、軟弱な方は嫌いですわ。お判りでしょう? 言葉を選ばずに申し上げますけれど――貴方、邪魔なんですのよ」
身の程を弁えろとは、そういうことでしたか。ラヴィーナさまはつまり、次期イェント公爵が僕のままだと、おにいさまとは結ばれず、不都合この上ないとお思いなのです。
「……っ、お話は、分かります。ですが、僕は、父の考えを覆せるような立場になく」
「あら、簡単なことではなくて」
わざとらしく素っ頓狂な声を出し、ラヴィーナさまは肩を竦めました。
僕の頭の鈍さを嘲るような眼差しです。眉をクイッと動かし、嫌味なくらい見事に微笑んで、ラヴィーナさまは少しの沈黙を置いたあと、あっけらかんと仰いました。
「ご持病が再発なさったとでも仰いなさいな。きっと皆さん納得なさるわ」
「は……」
「そもそも、貴方、虚弱体質を克服なさったとのことですけれど……それって、本当に、再発なさらない確証がおありなの? よしんば寿命が全うできるのだとして、発作に痛めつけられた臓器は無事なのかしら。貴方が無事でも、貴方の血を継いだ子は? そもそも、子を成せるかすら、疑わしいことと、わたくしは思いますけれどね」
何も、言い返すことができません。
今でも、定期的に、内臓機能や生殖機能に問題がないか、お医者様に診断していただいていますが、なにぶん、これまでに前例のない症例です。
おそらく問題はない、ということしか言えません。
交流ルームにひしめく親衛隊の方々がクスクスと笑う息遣いがそこら中から聞えてきます。夜の森に迷い込んだような心地で、僕は固唾を飲みました。
「ねえ、本気で、ご自身に、イェント公爵が務まるとお思いなの?」
「それ、は……」
「アウレールさまを押しのけてでも? アウレールさまよりもイェント公爵としての責務を果たすことがおできになるの? フッ、貴方なんかに?」
そんなの、無理に決まっています。そんなことは、僕が一番分かっているのです。
僕なんかがおにいさまを追いやって、王権の剣たるイェント公爵が務まるはずなどないということは。
「貴方がささやかな嘘でもって身を引けば、全てが丸く収まるというのに、いつまで出しゃばるおつもりなの? それとも、わたくしたちが確かめて差し上げましょうか。貴方に、イェントの獅子が務まるのか。お子を成せるお体なのかどうかをね」
ラヴィーナさまは閉じた扇子を掲げ、何やら背後に控える、使用人の胸章を付けた大柄な男性二人に合図をなさいました。
それまで微動だにしなかった二人は、ズンズンとこちらに向かってきて、僕の両腕を両脇から掴んで椅子から引きずり下ろし、ひとりは羽交い絞めに。
もう一人は、大きな手で僕の体をまさぐりながら、ボタンを引きちぎるようにして、強引に制服を脱がし始めたのです。
頭が真っ白になります。疎い僕でも、ラヴィーナさまが、これから僕をどのように貶めようとしているのか、たちまち理解しました。
ポケットの中に忍ばせている魔鉱石を取り出して防衛しようにも、肝心の腕ががっちりと拘束されており、僕のささやかな腕力ではどうあがいても振りほどけません。
「あらあら、そんなに泣いてしまって……可憐ですこと。今すぐお認めになれば、これ以上屈辱を味わうことはなくてよ。さあ、どうなさるの、さあ、さあ!」
涙を流せば流すほどに鈍くなっていく頭を、どうにか回転させます。そして、シャツを無残に破られ、貧相な上裸が衆目に晒される寸前で、ようやく、唯一の打開策に思い至りました。
『ユーリさま、ユーリさま! 助けてください、お願いします、助けて……っ!』
錯乱でうまく練れない魔力をどうにか総動員して、指輪に魔力を流し込みます。
そして、たちまちパスが開かれたのを確かめるや否や、僕は女神さまに縋るように、頭の中でめちゃくちゃに叫びました。
瞬間、ぐにゃり、と時空が歪む感覚がしました。
ただならぬ気配に騒然とする親衛隊の面々、しかしそれでも、僕を羽交い絞めにする腕力を振り払うことは叶わず、クラクラと眩暈がします。
こんなところをユリウスさまに見られたくはありませんでしたから。
「ふぅん……アハハ、なぁんか、面白そうなことしてんじゃん」
「ッ、ユリウス、王子殿下……なぜ、ここが」
「いや、ねえ。一応、この部屋は生徒会の権限でキミたちサロンに貸し出してるからさ。不埒な使い方とかされたら、会長としても見過ごせないわけよ。それで? ラヴィちゃん。幼馴染のよしみで教えてくれる? 下級生の子猫ちゃん呼びつけてさぁ――何しようとしてたわけ」
どこからともなく現れたユリウスさまは、暗闇で揺らめくろうそくの炎のような声で、ラヴィーナさまに詰め寄られます。
そして、僕を羽交い絞めにしている男性の肩をポンポンと叩き、それだけで失神させてしまわれました。魔法発動の気配すら感じさせない、鮮やかで恐ろしいわざまえです。
しかし、その底知れなさに反して、どこまでも気遣わしい手つきで、その場に頽れんとする僕の体をそっと支え、ご自身のジャケットを肩に被せてくださいました。
「申し訳ありません、殿下……」
『んーん、お安い御用。ボクを頼ってくれて嬉しいよ、リエ。立てるかい』
『はい、大丈夫です……』
『いいこ』
僕の背中を撫でさすり、背後に庇ってくださるユリウスさま。おかげで、生まれたての小鹿のように震える足でも、どうにか立つことができました。
「……うまい言い訳は出てこないかな。それじゃ、この件は風紀委員会との合議に持ち込んで、しっかり話し合わせてもらうから。せいぜい、残りわずかの活動を楽しむといいよ」
「なっ、横暴ですわよ! 権限の乱用ではなくって⁉」
「は? どこが? ああ、それじゃあ、キミも合議の場に出席しなよ。厳格な風紀委員長閣下の前でさ、私たちは抵抗できない下級生を大人数で寄ってたかって辱めようとしましたが、無実です、信じてくださいって、堂々と主張すればいいだろ」
風紀委員長とは、他でもない、おにいさまのことです。おにいさまはユリウスさまよりもよほど、こういった不埒な風紀の乱れに厳しい方です。
ラヴィーナさまは真っ青な顔で俯き、彼女を取り巻く親衛隊の方々も不安げにサワサワ顔を見合わせ始めました。
「とりあえず、当面はボクの権限で、金獅子サロンには無期限の会合禁止令を出すから。分かったら、三分以内に片付けて解散して。この部屋に一人でも残ってたら……わかるよね。ボクは見てるよ、ちゃんと」
吐き捨てるようにそうおっしゃって、ユリウスさまはパチンと指を鳴らしました。
天地がひっくり返るような心地に目を瞑り、眩暈がおさまって目を開けると、そこはユリウスさまとお馴染みの人気のない校舎裏ベンチの前でした。
「リエ、大丈夫かい」
「はい……ありがとうございます、殿下。あの、厚かましいことですが、お願いがあるんです」
「なぁに」
「サロンの件を合議に持ち込まれるとのことですが、その際、僕の名前を伏せていただくことは可能ですか……?」
「それは、どうして……アウレールに知られたくない?」
「はい……これ以上、おにいさまを、イェントの名を穢したくないんです……」
「……そう、わかったよ」
思うところがありそうな面持ちでしたが、ユリウスさまは優しく微笑んで、僕の濡れた頬を厭わず撫でてくださいました。この方を軟派だと称されるのが、いかに節穴であるか――悔しくてなりませんでした。
これまで、おにいさまに仇成す存在として敵視されてきたことから、友人たちには「無視した方がいい」と助言をいただきました。
しかし、僕はおにいさまを敬愛するいち人間として、親衛隊の皆様と分かり合うチャンスがあるなら、決して逃したくないと思いました。
指定の日時、指定された交流ルームへと向かい、足を踏み入れると、敵意の眼差しが一斉に降り注ぎます。
冷や汗をかきながら、重たい足をようやく運び、案内に従いました。
「金獅子サロンへようこそ、シャイデン公爵令息。わたくしはヒェンブリーゼ侯爵家のラヴィーナ・シャルテーヌと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
案内された先に優雅に座して待っていたのは、当代の宰相を務めるヒェンブリーゼ侯爵の愛娘、ラヴィーナさまでした。
おにいさまの親衛隊の筆頭として、この学園の女子生徒の半分にも及ぶという親衛隊の方々をまとめ上げ、見事に統率、牽引している、いわば学院の花園の頂点とも言うべき方です。
「シャルテーヌ侯爵令嬢、本日は栄えあるサロンの会合にご招待いただき、ありがとうございます」
「いいえ、とんでもございません。さて、時間も限られていることですし、さっそくお呼び立てした要件をお伝えいたしますわ。どうぞ、お座りになって」
「……失礼します」
我が国の貴族社会において、武の筆頭がイェントであるとすれば、文の筆頭はヒェンブリーゼです。
ゆえに、歴史の長さと王家との緊密な関係から、爵位こそイェントが上ですが、ヒェンブリーゼはそんなイェントと対等に渡り合う名門なのです。
それゆえか、ラヴィーナさまも、捉えようによっては不遜な態度を崩さず、扇子の先で僕に着席を促しました。
僕が彼女にとって敬意を払うに値しない存在であることは明白でした。
「ねえ、リエル・シャイデンさん……貴方、いい加減、身の程を弁えてくださらない」
案の定、まるで銃弾のように鋭く彼女の優美な唇から飛び出してきた言葉は、最早取り繕うこともしない、清々しいほど直球の諫言でした。
「当家と、イェント公爵家の間に、縁談が持ち上がっているのはご存知でいらして?」
「……いえ。婚約を前提に話が進んでいるというところでしょうか」
ヒェンブリーゼ侯爵家に娘はラヴィーナさましかいらっしゃらないはずです。それ即ち、イェントの次期当主と、ラヴィーナさまの間の縁談ということになります。
「ええ、ゆくゆくはわたくしがイェントに嫁ぐことになりましょう。でもね、わたくし……心に決めた方がおりますの。あなたのお義兄さま。誇りあるヒェンブリーゼ侯爵家の娘であるわたくしの伴侶として、アウレールさまほど相応しい方はおりませんわ」
「義兄をそのように高く評価していただくのは、弟として鼻が高いですが……貴女ほどの女性なら、王家との縁談も容易いのでは?」
王家を差し置いて、イェントを高く評価するというのは、王家への揺るがぬ忠誠が血に刻まれたイェントとしては看過しがたい傲慢です。
ヒェンブリーゼ侯爵家は昔から名門貴族としてのプライドが高く、王家への帰属意識よりも、上昇志向が強いきらいがあるのです。
そう言うところは、昔からイェントと相いれません。
ですから、宰相閣下ヒェンブリーゼ侯爵に常々苦言を呈していたお父様が、ラヴィーナさまとの縁談を進めているという事実は、正直なところ寝耳に水でした。
「わたくし、軟弱な殿方は気に入らなくってよ。確かに、第四王子殿下という選択肢もございましたけれど、ねえ……最近は何の気まぐれか、少しばかり張り切っておいでですけれど、あのような軟派な方は考慮にも値しませんわ」
フワフワとご自身を仰いでいた扇子をパチンと閉じ、フン、と不遜に鼻息を吐くラヴィーナさま。
下からねめつけるように、僕の顔を覗き込みます。そして、不愉快げに眉を顰め、美しくも毒々しく、ニヤリと笑みを浮かべました。
「そう……わたくし、軟弱な方は嫌いですわ。お判りでしょう? 言葉を選ばずに申し上げますけれど――貴方、邪魔なんですのよ」
身の程を弁えろとは、そういうことでしたか。ラヴィーナさまはつまり、次期イェント公爵が僕のままだと、おにいさまとは結ばれず、不都合この上ないとお思いなのです。
「……っ、お話は、分かります。ですが、僕は、父の考えを覆せるような立場になく」
「あら、簡単なことではなくて」
わざとらしく素っ頓狂な声を出し、ラヴィーナさまは肩を竦めました。
僕の頭の鈍さを嘲るような眼差しです。眉をクイッと動かし、嫌味なくらい見事に微笑んで、ラヴィーナさまは少しの沈黙を置いたあと、あっけらかんと仰いました。
「ご持病が再発なさったとでも仰いなさいな。きっと皆さん納得なさるわ」
「は……」
「そもそも、貴方、虚弱体質を克服なさったとのことですけれど……それって、本当に、再発なさらない確証がおありなの? よしんば寿命が全うできるのだとして、発作に痛めつけられた臓器は無事なのかしら。貴方が無事でも、貴方の血を継いだ子は? そもそも、子を成せるかすら、疑わしいことと、わたくしは思いますけれどね」
何も、言い返すことができません。
今でも、定期的に、内臓機能や生殖機能に問題がないか、お医者様に診断していただいていますが、なにぶん、これまでに前例のない症例です。
おそらく問題はない、ということしか言えません。
交流ルームにひしめく親衛隊の方々がクスクスと笑う息遣いがそこら中から聞えてきます。夜の森に迷い込んだような心地で、僕は固唾を飲みました。
「ねえ、本気で、ご自身に、イェント公爵が務まるとお思いなの?」
「それ、は……」
「アウレールさまを押しのけてでも? アウレールさまよりもイェント公爵としての責務を果たすことがおできになるの? フッ、貴方なんかに?」
そんなの、無理に決まっています。そんなことは、僕が一番分かっているのです。
僕なんかがおにいさまを追いやって、王権の剣たるイェント公爵が務まるはずなどないということは。
「貴方がささやかな嘘でもって身を引けば、全てが丸く収まるというのに、いつまで出しゃばるおつもりなの? それとも、わたくしたちが確かめて差し上げましょうか。貴方に、イェントの獅子が務まるのか。お子を成せるお体なのかどうかをね」
ラヴィーナさまは閉じた扇子を掲げ、何やら背後に控える、使用人の胸章を付けた大柄な男性二人に合図をなさいました。
それまで微動だにしなかった二人は、ズンズンとこちらに向かってきて、僕の両腕を両脇から掴んで椅子から引きずり下ろし、ひとりは羽交い絞めに。
もう一人は、大きな手で僕の体をまさぐりながら、ボタンを引きちぎるようにして、強引に制服を脱がし始めたのです。
頭が真っ白になります。疎い僕でも、ラヴィーナさまが、これから僕をどのように貶めようとしているのか、たちまち理解しました。
ポケットの中に忍ばせている魔鉱石を取り出して防衛しようにも、肝心の腕ががっちりと拘束されており、僕のささやかな腕力ではどうあがいても振りほどけません。
「あらあら、そんなに泣いてしまって……可憐ですこと。今すぐお認めになれば、これ以上屈辱を味わうことはなくてよ。さあ、どうなさるの、さあ、さあ!」
涙を流せば流すほどに鈍くなっていく頭を、どうにか回転させます。そして、シャツを無残に破られ、貧相な上裸が衆目に晒される寸前で、ようやく、唯一の打開策に思い至りました。
『ユーリさま、ユーリさま! 助けてください、お願いします、助けて……っ!』
錯乱でうまく練れない魔力をどうにか総動員して、指輪に魔力を流し込みます。
そして、たちまちパスが開かれたのを確かめるや否や、僕は女神さまに縋るように、頭の中でめちゃくちゃに叫びました。
瞬間、ぐにゃり、と時空が歪む感覚がしました。
ただならぬ気配に騒然とする親衛隊の面々、しかしそれでも、僕を羽交い絞めにする腕力を振り払うことは叶わず、クラクラと眩暈がします。
こんなところをユリウスさまに見られたくはありませんでしたから。
「ふぅん……アハハ、なぁんか、面白そうなことしてんじゃん」
「ッ、ユリウス、王子殿下……なぜ、ここが」
「いや、ねえ。一応、この部屋は生徒会の権限でキミたちサロンに貸し出してるからさ。不埒な使い方とかされたら、会長としても見過ごせないわけよ。それで? ラヴィちゃん。幼馴染のよしみで教えてくれる? 下級生の子猫ちゃん呼びつけてさぁ――何しようとしてたわけ」
どこからともなく現れたユリウスさまは、暗闇で揺らめくろうそくの炎のような声で、ラヴィーナさまに詰め寄られます。
そして、僕を羽交い絞めにしている男性の肩をポンポンと叩き、それだけで失神させてしまわれました。魔法発動の気配すら感じさせない、鮮やかで恐ろしいわざまえです。
しかし、その底知れなさに反して、どこまでも気遣わしい手つきで、その場に頽れんとする僕の体をそっと支え、ご自身のジャケットを肩に被せてくださいました。
「申し訳ありません、殿下……」
『んーん、お安い御用。ボクを頼ってくれて嬉しいよ、リエ。立てるかい』
『はい、大丈夫です……』
『いいこ』
僕の背中を撫でさすり、背後に庇ってくださるユリウスさま。おかげで、生まれたての小鹿のように震える足でも、どうにか立つことができました。
「……うまい言い訳は出てこないかな。それじゃ、この件は風紀委員会との合議に持ち込んで、しっかり話し合わせてもらうから。せいぜい、残りわずかの活動を楽しむといいよ」
「なっ、横暴ですわよ! 権限の乱用ではなくって⁉」
「は? どこが? ああ、それじゃあ、キミも合議の場に出席しなよ。厳格な風紀委員長閣下の前でさ、私たちは抵抗できない下級生を大人数で寄ってたかって辱めようとしましたが、無実です、信じてくださいって、堂々と主張すればいいだろ」
風紀委員長とは、他でもない、おにいさまのことです。おにいさまはユリウスさまよりもよほど、こういった不埒な風紀の乱れに厳しい方です。
ラヴィーナさまは真っ青な顔で俯き、彼女を取り巻く親衛隊の方々も不安げにサワサワ顔を見合わせ始めました。
「とりあえず、当面はボクの権限で、金獅子サロンには無期限の会合禁止令を出すから。分かったら、三分以内に片付けて解散して。この部屋に一人でも残ってたら……わかるよね。ボクは見てるよ、ちゃんと」
吐き捨てるようにそうおっしゃって、ユリウスさまはパチンと指を鳴らしました。
天地がひっくり返るような心地に目を瞑り、眩暈がおさまって目を開けると、そこはユリウスさまとお馴染みの人気のない校舎裏ベンチの前でした。
「リエ、大丈夫かい」
「はい……ありがとうございます、殿下。あの、厚かましいことですが、お願いがあるんです」
「なぁに」
「サロンの件を合議に持ち込まれるとのことですが、その際、僕の名前を伏せていただくことは可能ですか……?」
「それは、どうして……アウレールに知られたくない?」
「はい……これ以上、おにいさまを、イェントの名を穢したくないんです……」
「……そう、わかったよ」
思うところがありそうな面持ちでしたが、ユリウスさまは優しく微笑んで、僕の濡れた頬を厭わず撫でてくださいました。この方を軟派だと称されるのが、いかに節穴であるか――悔しくてなりませんでした。
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