クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀

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第十七話 自覚(sideアウレール)

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 ドアが開き、その姿を目の当たりにした瞬間、腹の底から震えが込み上げ、息を飲んだ。

 運命だと思った。俺という人間は、彼のために生まれてきたのだと、たちまち確信した。

 彼……リエルから伝わってくる魔力の気配は、異様とも言うべき独特なものだった。その魔力を感じれば感じるほど、こちらの魔力がやすらぎ、研ぎ澄まされるように感じたのだ。

 感じたことのない感覚に呆然とし、公爵がリエルに何かしら語り掛ける間、ただ立ち尽くしていた。そして気付けば、公爵は部屋からいなくなり、部屋には俺とリエルの二人だけになっていた。

 たちまち、かける言葉が見つからなかった。運命を見つけたという確信による高揚とは裏腹に、本来リエルのあるべき居場所に俺が居座るのだという後ろめたさが息を詰まらせたのだ。

 リエルもまた、どこか怯えを帯びた眼差しで、俺の方を見ては、俯くことを繰り返していた。そう言えば、実家の弟にも、目が合うと同じような反応をされていた。

 そうこうしているうちに、リエルが発作を起こした。彼の魔力の気配が一変し、体内で暴れ始めたのだ。俺は慌てて駆け寄り、彼の体内に魔力を流し込んで、どうにか落ち着かせることに成功した。

 どうやって、と言われると、感覚に従っただけなので、言語化が難しいところだ。ひょいっとやって、不安定な流れを一定になるよう整えた、といったところだろうか。

 しかし、魔法を使うにも、この感覚が必ずしも通用するとは限らないのに、リエルの魔力を落ち着かせるのに限り、ピタリとはまったように、感覚通りになる。不謹慎だが、いっそ痛快ですらあった。

「夢みたいです……ありがとうございます、おにいさま」

 青白い頬が、ほのかに血色を帯びていた。恐る恐るといったように、控えめに笑みを浮かべた唇が、たどたどしく、「おにいさま」と発した。雷に打たれたように狂おしい響きだった。

 リエルを守り抜くこと。それが俺の人生の全てだと。光の中で生きる手段だったはずのそれが、俺の中で、人生の目的として根付いた瞬間だった。

 それからの俺は、ただがむしゃらに、リエルを守るための力をつける日々を送った。リエルは公爵家の誰からも愛されていて、俺はそんなリエルから跡取りの座を奪った人間として、当初そう快くは受け入れてもらえなかった。

 なにがあっても、リエルの傍にいられるように。リエルの傍にあることを誰からも認めてもらえるように、何もかもを完ぺきにこなすことを自らに課した。

 リエルと、義両親を除くすべての人間が、俺にとっての敵だった。少しでも隙を見せればたちまち排除され、リエルの傍にはいられない。苦ではなかったが、気の抜けない毎日だった。

 そんな日々の唯一の癒しが、リエルと過ごし、その看病をする時間だった。リエルの発作を落ち着かせることができるのは自分だけであるという事実が、何より、公爵家における自分の存在価値として、俺の心を慰めてくれたのだ。

 それなのに、リエルといえば、俺が自分のためにリエルの傍にいることを、なぜか負い目に感じていたようだった。

 少しでも手を離せば、ショックで心臓が止まってしまうかもしれないというほどに酷い発作が起きた夜のこと。

 リエルは思い詰めるあまり、迂闊にもウトウトしていた俺の手を振りほどいて、自死を図ろうとしたのだ。

 すぐに魔力の供給を再開するも、一度暴走した魔力はなかなか鎮まらず、俺は全神経を傾けてリエルの命を繋ぎとめようと魔力を巡らせた。夜を徹した処置になった。

 リエルが死んでしまうかもしれない――信じられないほどの恐怖に襲われた。そんな喪失を味わうくらいならば、いっそ……そう考えてしまうほどの戦慄だった。

 リエルが昏睡している間、全く生きた心地がせず、片時もそばを離れられなかった。一睡もできない数日間だった。

 リエルが目覚めた瞬間のことは忘れられない。冷え切った身体が、彼と目が合った瞬間、一気に熱を取り戻すような、ようやく血が通ったような心地がしたのだ。

 リエルは、俺に手を握ってもらっている間、幸せだと言った。彼の幸せをも守り抜くために、二度とこの手を離しはしまいと誓った。

 その日からというもの、生きる活力を得たらしいリエル。発作もめっきり起こらなくなり、みるみる、彼は健康になっていった。

 公爵家は喜びに沸いた。義両親は、しきりに俺のおかげだと言って、リエルと一緒に俺を抱きしめてくださった。まるで、本当の息子になったようだと、そんな考えが頭をよぎった。

 しかし、有頂天になったのも束の間のことだった。学院への入学を前にして、健康になったリエルが公爵家の普通になったことを実感した時、ふと、こう思ったのだ。

 リエルは、体質を克服する前ほど、俺の力を必要としなくなったのではないか、と。

 生きる希望を手に入れ、日に日に溌剌としていくリエルの姿は、喜ばしいもののはず。それなのに、その事実を純粋に喜べない自分がいることに気付いたのである。

 守るべき存在としてのリエル。それは、起き上がることもままならず、いつ起こるか分からない発作に苦しむ、虚弱な少年だったからこそ。

 リエルが健康になっていくにつれ、守るべき存在としてのリエルから、乖離していく。リエルを守るべく公爵家に受け入れられた俺の存在意義が揺らいでしまうと、そんな考えが浮かんでやまないのだ。

 あろうことか、リエルが病弱なままであれば、なんてことを密かに願うなど。

 なんて卑賎で愚かしい発想だろうと怖気がした。自身の内面がいかに空虚であり、冷え切っているのかを、つくづく思い知ることになった。

 学院が全寮制で、リエルと離れられることを、はじめて幸運に思った。こんなにも悍ましい考えを抱いた人間が彼の傍にいるのは、それが自分であっても、許されざることだ。

 学院を卒業するまでに、こんな空虚な自分とは決別しなければと、そんな強迫観念にかられた。せめて、うわべだけでもいい。義父のように、リエルを守る人間、イェントの名に相応しい、高潔さを身に着けようと、自らに課した。

 しかし、時が経てば経つほど、俺の許されざる願望は、俺の内面で浮き彫りになっていった。

 リエルと会えない日々。遠縁の血筋から取られた養子でありながら、次代のイェント公爵を継ごうとしている人間として、周囲に好奇や非難の目で見られる、公爵家にいた頃よりもよほど気の抜けない生活。

 隙を見せればたちまち終わる。稀代の名将としてその名を馳せる義父の名を汚すことにもなる。そうなれば、回りまわって、リエルを守るのには相応しくない人間だと見なされるかもしれない。

 事実、今の俺は、リエルを守るに相応しくない人間だから。決して、そのことを露見させてはいけない。やはり、リエルと義両親以外の存在は、敵視するほかなかった。

 そうこうしているうちに、学院生活は二年が経った。ある程度成果を急いだために、非友好的でないにしろ、鬱陶しい視線が纏わりつくようになった。俺の足元を掬うようなまなざしではないにも関わらず、無性に不愉快だった。

 こんな生活があと三年続くのかと、気の遠くなるような思いに苛まれつつ、公爵邸に戻ると、義父にたちまち呼び出され、リエルが学院に合格したことを教えられた。

「アウレール。きみのおかげで、リエルは見違えるような健康体を手に入れた。まさか、学院の合格証にリエルの名が刻まれるとは思ってもみなかった。夢のようだ」

「いえ……俺は、自分の望むように行動したまでです」

 俺の言葉を聞いて、義父は一瞬嬉しそうに微笑んでくださったが、たちまち、その表情は引き攣って、少しずつ翳っていく。なにかただならぬものを感じ、俺は居ずまいを正した。

「そうか……アウレール。リエルの学院合格にあたり、きみに確認しなければならないことがある。きみは、いずれイェント公爵として、我が国の危機的状況に立ち会ったとき、国家の存続と、リエルを天秤にかけるとするなら、どちらを取る」

「リエルを取ります」

 考えるまでもない。分かり切ったことを、どうしてわざわざ聞くのだろうか。頭が疑念でいっぱいになった。リエルを守ることこそが俺の存在意義。そのための人生だと言うのに。

「ずっと、考えていた。リエルを救ってくれたきみに、どうやって報いるべきか。これまでは、リエルを守ってくれることと引き換えに、私の持てる全てをきみに譲ることが、最善だと考えていた。しかし、どうしても、きみが受け取ってくれそうにないものがあることに気付いたんだ」

「俺が、受け取れないもの……」

「イェントの祝福だ。翻って、呪いと言ってもいいだろう。特に、きみにとってはね。イェントは王家と一蓮托生、運命共同体だ。王家のためにイェントは数百年にわたって存続し、繁栄してきた。王家があるかぎり、イェントは不滅だ。しかし、王家の存続が絶たれたときが、イェントの終焉でもある。ゆえにこそ、イェントは帝国の侵攻にも対抗しうる武力を持つことが許されている。イェントの存続は、王家の……しいては、我が国のためにあるものでなければならないんだ。それこそが、イェントに生まれた人間の喜びでもある」

 俺には分からない感覚だった。だからこそ、義父はそれを承知で、「俺が受け取りそうにもないもの」と表現したのだろう。

 国とリエル、どちらを取るか……義父ならば、俺とは違う意味で、決して迷わないのだ。確かに、俺にとっては、まごうこと無き呪いだった。

「きみは、なんのためにリエルを守る? リエルは、きみにとっての何だろうか」

「彼を守ることが、俺の人生の意味だと思っています。リエルは、俺の……」

 運命。彼のない人生など想像すらできないほどの、不可欠の存在。俺の体温そのもの。

 勿論、肉親に捨てられた俺を拾ってくれ、生きる意味を与えてくれたイェントには最大限報いたいと思っている。しかし、それも、どうあれ、リエルありきのこと。

「……では、私の持てる全てを受け取るか、リエルを守って生きていくか、そのどちらかであれば、きみはどうする」

「もし、義父上から全てを譲っていただいたとして、俺はその力を、リエルを守る力としてとらえることしかできません」

「そう、か……よく、わかった。では、私は、やはり――リエルに、全てを託すほかない。私がすべてを託したリエルを、きみが守る。きみがリエルを守ることが、この国を守ることにも繋がる。それが、最善なのかもしれないな」

 どう言う意図で、義父上が俺を呼び出し、こんな話をなさったのか、ようやく理解した。腑に落ちたのと同時、ゾワゾワとざわめくものが胸中に渦巻くのを感じた。

「つまり……イェントを継ぐのは、リエルということでしょうか」

「ああ。そういうことになる。きみの今までの尽力を無下にするような話になるが……」

「いえ。公爵位を継ぐことは、リエルを守るために必要なことと考えて、行動してまいりました。俺が跡を継がずとも、リエルを守り続ける事をお許しいただけるのなら、義父上のご判断に異論は一つもありません」

 この言葉に嘘はない。俺は、自分がイェントを継ごうが、リエルがイェントを継ごうが、どちらにせよ、リエルの傍でリエルを守ることができるのならそれでいいのだ。

 しかし、何か、肝心なことを見逃しているという直感が、とめどなく溢れて全身を強張らせるのだ。リエルがイェントの当主になる。それはすなわち。

「ありがとう、アウレール。きみがついていてくれるなら、これからも安泰だ。よし、そうと決まれば、色々と手を回さなければな。さしあたっては、婚約相手を見つけるところからか。ただでさえリエルは社交の経験がなく、出遅れているわけで。今からでも良縁が見つかるといいのだがな……アウレールも、学院に素敵なご令嬢がいれば、随時教えてくれ」

「……はい、わかりました」

 リエルもまた、貴族の責務として、当然のように、良家の令嬢と結婚し、子をもうけなければならないということ。明確にその事実を認識した途端、きつく、胸を締め付けられた。

 いやだと、そう思ってしまった。そして、自ずと、自覚してしまった。

 俺は、どうしようもなく、そういう意味で、リエルに焦がれているのだと。
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