2 / 3
中編
しおりを挟む
さすが交易都市だ。
どこも活気にあふれ、夜市では食事中の冒険者や商人の姿も多い。
辺りを漂う香ばしい匂いに誘われるようにして足を踏み出すと、路地裏から悲鳴のような叫び声が聞こえた。
イェレミアスは足音を立てないように細心の注意を払い、近づく。ちょうど手前にあった大きな樽から顔を覗かせ、耳を澄ます。
「そんなの知らない! 僕は元の世界に戻りたいだけだ! いきなり異世界に連れてこられて迷惑してるんだから」
見慣れない白い上下の服を着た少女が叫んでいる。
(なっ……今、異世界と言ったか!?)
淡い栗色の髪は肩にかからない程度で揃えられ、ゆるやかな癖がついていて綿菓子のようだ。色白の少女は大柄な男にも物怖じせず、きっと睨みつけている。
その漆黒の瞳は、意志の強さを感じさせた。
命令に慣れた為政者を彷彿とさせる冷ややかな視線に、対峙する男がわずかにたじろぐ。男がぎゅっと拳を握りしめた。
(暴力沙汰になってはマズい。早く彼女を保護せねば……っ)
イェレミアスは急いで二人の間に割り込む。
微笑みながら、少女の見えない角度で大柄な男に銀貨を握らせた。
「失礼、俺の連れです。どうか、この場は収めてくれませんか?」
「ちっ……! 次から気をつけるんだな!」
捨て台詞を吐いたあと、その場に残されたのは異世界の少女とイェレミアスだけだ。少女は身構えたまま、じっとこちらを見つめている。
警戒心の強い猫みたいだと思ってしまう。
イェレミアスは相手を刺激しないよう、穏やかな声で端的に質問した。
「失礼ですが、あなたは異世界人でいらっしゃいますか?」
「そうだよ。見ればわかるでしょ? 服装だって全然違うんだし」
確かに、彼女の着ている服は見たことのない学生服だ。少なくとも、この国のものではない。
「……いつ、この世界に渡ってこられたかはわかりますか?」
「今日だよ! 購買で買った焼きそばコロッケパンを食べようと口を開けた途端、なんかこうピカッて光って。これ絶対やばいやつだって直感したんだ。だから必死に逃げたのに、光がしつこく追いかけてきて……気づいたらここにいたんだよ!」
少女がばっと腕を振り、懸命に訴える。
その瞬間、イェレミアスはすべてを悟った。そして片手で顔を覆った。
「すみません。その原因は俺です」
「…………は?」
「俺が聖女召喚の儀式を執り行いました。魔方陣は光りましたが、なぜか聖女様のお姿が見えず、てっきり儀式は失敗したと思っていたのです」
「ちょっと待って。聖女って言った? まさか、僕のことを言ってる?」
訝しむ視線を向けられた。気持ちはわかる。
聖女召喚の儀式は、世界を救うためという大義名分があるものの、実質は誘拐である。太古から伝わる魔方陣を使い、異世界から聖女にふさわしい少女を強制的に連れ去るのだ。正常な人から見れば、どう見ても誘拐罪に他ならない。
逆の立場なら、怒り狂ってもおかしくない場面だ。
(経緯はどうであれ、俺が異世界に召喚したのは事実。魔方陣の上に現れていればその場で説明できたが、彼女は自分がなぜここにいるのかを知らない。これは俺の責任だ)
召喚魔法を使ったのは、他ならぬイェレミアスである。
説明義務は果たさなければならない。
「あなたは優れた聖魔法の使い手、この世界に光を取り戻せる唯一無二の御方。魔の力が抑えられなくなったとき、異世界から聖女様をお招きすることになっています」
「僕が聖女? ないないない。魔法なんて見たことも使ったこともないし。異世界人ではあるけど、僕が世界を救うとかあり得ないから」
「召喚されたばかりの聖女様が戸惑うのも無理はないでしょう。大丈夫です。まだ力の使い方を知らないだけです。あなたの存在に国中が安堵することでしょう。聖女様は我らの希望の光ですから」
不安を和らげようと真摯に伝えたつもりだったが、聖女はうんざりした顔でため息をつく。
「やだよ、無関係な人間に責任を押しつけないで。僕にそんな義務はない。それに、聖女ってことはあれでしょ? 魔王を倒すやつでしょ?」
「いいえ。魔王はいませんよ」
「……え? 地道に旅をしながらレベルアップしていって魔王を倒せば終わり、っていう話じゃないの?」
「違います。各地域に魔力汚染で変質した魔獣の主が出没しています。変種の魔獣は非常に凶暴で、討伐は至難の業です。聖女様は各地の魔獣を殲滅していき、穢れた大地をすべて清めたら旅はおしまいです」
イェレミアスが説明し終えると、聖女の頬が若干引きつっていた。
「へ、へぇ~。そうなんだ。なんか意外」
「とにかく、聖女様がいらっしゃる事実を国王陛下に報告せねば。まずはお召し替えが必要ですね。聖女様にふさわしい美しい衣装を用意し…………」
「どうしたの、固まって」
どこも活気にあふれ、夜市では食事中の冒険者や商人の姿も多い。
辺りを漂う香ばしい匂いに誘われるようにして足を踏み出すと、路地裏から悲鳴のような叫び声が聞こえた。
イェレミアスは足音を立てないように細心の注意を払い、近づく。ちょうど手前にあった大きな樽から顔を覗かせ、耳を澄ます。
「そんなの知らない! 僕は元の世界に戻りたいだけだ! いきなり異世界に連れてこられて迷惑してるんだから」
見慣れない白い上下の服を着た少女が叫んでいる。
(なっ……今、異世界と言ったか!?)
淡い栗色の髪は肩にかからない程度で揃えられ、ゆるやかな癖がついていて綿菓子のようだ。色白の少女は大柄な男にも物怖じせず、きっと睨みつけている。
その漆黒の瞳は、意志の強さを感じさせた。
命令に慣れた為政者を彷彿とさせる冷ややかな視線に、対峙する男がわずかにたじろぐ。男がぎゅっと拳を握りしめた。
(暴力沙汰になってはマズい。早く彼女を保護せねば……っ)
イェレミアスは急いで二人の間に割り込む。
微笑みながら、少女の見えない角度で大柄な男に銀貨を握らせた。
「失礼、俺の連れです。どうか、この場は収めてくれませんか?」
「ちっ……! 次から気をつけるんだな!」
捨て台詞を吐いたあと、その場に残されたのは異世界の少女とイェレミアスだけだ。少女は身構えたまま、じっとこちらを見つめている。
警戒心の強い猫みたいだと思ってしまう。
イェレミアスは相手を刺激しないよう、穏やかな声で端的に質問した。
「失礼ですが、あなたは異世界人でいらっしゃいますか?」
「そうだよ。見ればわかるでしょ? 服装だって全然違うんだし」
確かに、彼女の着ている服は見たことのない学生服だ。少なくとも、この国のものではない。
「……いつ、この世界に渡ってこられたかはわかりますか?」
「今日だよ! 購買で買った焼きそばコロッケパンを食べようと口を開けた途端、なんかこうピカッて光って。これ絶対やばいやつだって直感したんだ。だから必死に逃げたのに、光がしつこく追いかけてきて……気づいたらここにいたんだよ!」
少女がばっと腕を振り、懸命に訴える。
その瞬間、イェレミアスはすべてを悟った。そして片手で顔を覆った。
「すみません。その原因は俺です」
「…………は?」
「俺が聖女召喚の儀式を執り行いました。魔方陣は光りましたが、なぜか聖女様のお姿が見えず、てっきり儀式は失敗したと思っていたのです」
「ちょっと待って。聖女って言った? まさか、僕のことを言ってる?」
訝しむ視線を向けられた。気持ちはわかる。
聖女召喚の儀式は、世界を救うためという大義名分があるものの、実質は誘拐である。太古から伝わる魔方陣を使い、異世界から聖女にふさわしい少女を強制的に連れ去るのだ。正常な人から見れば、どう見ても誘拐罪に他ならない。
逆の立場なら、怒り狂ってもおかしくない場面だ。
(経緯はどうであれ、俺が異世界に召喚したのは事実。魔方陣の上に現れていればその場で説明できたが、彼女は自分がなぜここにいるのかを知らない。これは俺の責任だ)
召喚魔法を使ったのは、他ならぬイェレミアスである。
説明義務は果たさなければならない。
「あなたは優れた聖魔法の使い手、この世界に光を取り戻せる唯一無二の御方。魔の力が抑えられなくなったとき、異世界から聖女様をお招きすることになっています」
「僕が聖女? ないないない。魔法なんて見たことも使ったこともないし。異世界人ではあるけど、僕が世界を救うとかあり得ないから」
「召喚されたばかりの聖女様が戸惑うのも無理はないでしょう。大丈夫です。まだ力の使い方を知らないだけです。あなたの存在に国中が安堵することでしょう。聖女様は我らの希望の光ですから」
不安を和らげようと真摯に伝えたつもりだったが、聖女はうんざりした顔でため息をつく。
「やだよ、無関係な人間に責任を押しつけないで。僕にそんな義務はない。それに、聖女ってことはあれでしょ? 魔王を倒すやつでしょ?」
「いいえ。魔王はいませんよ」
「……え? 地道に旅をしながらレベルアップしていって魔王を倒せば終わり、っていう話じゃないの?」
「違います。各地域に魔力汚染で変質した魔獣の主が出没しています。変種の魔獣は非常に凶暴で、討伐は至難の業です。聖女様は各地の魔獣を殲滅していき、穢れた大地をすべて清めたら旅はおしまいです」
イェレミアスが説明し終えると、聖女の頬が若干引きつっていた。
「へ、へぇ~。そうなんだ。なんか意外」
「とにかく、聖女様がいらっしゃる事実を国王陛下に報告せねば。まずはお召し替えが必要ですね。聖女様にふさわしい美しい衣装を用意し…………」
「どうしたの、固まって」
13
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました
碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる?
そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。
「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」
と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。
【完結】平民聖女の愛と夢
ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
現実的な異世界召喚聖女
章槻雅希
ファンタジー
高天原の神々は怒っていた。理不尽な異世界召喚に日ノ本の民が巻き込まれることに。そこで神々は怒りの鉄槌を異世界に下すことにした。
神々に選ばれた広瀬美琴54歳は17歳に若返り、異世界に召喚される。そして彼女は現代日本の職業倫理と雇用契約に基づき、王家と神殿への要求を突きつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる