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後編
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イェレミアスは視線をさまよわせる。
未成熟の少女特有のオーラを放っていたせいで気づかなかったが、聖女の着ている服は男性のものだ。これは一体、どういうことだろうか。
(長い睫毛にぷっくりした可憐な唇。うっすら色づいた頬。ほっそりとした白い首。いやいや、どう見ても少女だ。間違いない。……だが、聖女様は自分のことを『僕』と言っていたな。つまり、やはり少年だったと? 俺は悪い夢でも見ているのか!?)
試しに自分の頬をつねってみるが、しっかりと痛みを感じる。地味に痛い。
結論、これは夢ではない。
頭を鈍器で殴られた衝撃が襲った。
「あ、あの、俺の見間違いかもしれないんですけど。その、ズボンをお召しになっているように見えるのですが」
「見間違いないじゃないよ。僕、男子高校生だもん。ズボンを履いていて当たり前でしょ?」
「なっ……ななななな、なんという……!」
両手を口元に当てながら後ずさった。
驚きのあまり、声を失う。
(もしや……魔方陣は、彼を間違って聖女として認識してしまったのか?)
ダメだ。頭が混乱してきた。
呼吸が浅くなっている気がする。思考が鈍る。脳が酸素を求めている。
意識が薄れていく中で、呆れたような高い声が聞こえてきた。
「まぁ、落ち着きなって」
「これが落ち着いていられますかっ! 聖女様が男だったなど! 前代未聞です! 国王陛下に報告したら世迷い言を、と仲良く切り捨てられて人生が即終わりますよ。……危なかった」
カッとなりやすい国王のことだ。
即座に首をはねられていたに違いない。早めに気づいてよかった。
「なーんか安心しているところ悪いけどさ。確かに、男子の制服を着ているよ。でもね、僕は正真正銘、女だよ」
「ははは。またまたご冗談を。レディは男物の服を着たりいたしません。おちょくらないでください」
「そういえば、まだ名乗っていなかったね。僕は九十九谷(つくもだに)千影(ちかげ)。男子高校生とは仮の姿。僕の家はちょっと変わっていて、小さいときから誘拐事件が多くてね。自衛も兼ねて、普段から男装させられているわけ。女の子の姿をした僕は、それはそれは可愛いんだからね」
千影は可愛くウインクしてみせた。
とても似合っていた。惚れっぽい男がいたら、イチコロだっただろう。
彼女の申告どおり、昔から男のふりをしていたなら、言動や仕草が男っぽいのは当然だ。男を演じるのは息を吸うのと同じことだろうから。
少年と少女の狭間のような曖昧な存在など、初めて見た。何を信じていいのか、正直わからなくなった。
イェレミアスは困惑を隠せないまま、なんとか口を開いた。
「…………本当に女性、なのですか?」
「そうだよ。普段から僕って言っているし、長いこと男の子のふりしているから、すぐには信じられないかもしれないけどさ。女装も男装もどっちでもいけるよ」
「性別が女性なら、女装ではないのでは?」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない」
気にしてほしい。
本人には些末な問題かもしれないが、大きく違うのだ。
そこまで考えて、ふっと頭からスッコーンと抜けていた問題点に気づいた。
「……ああっ!」
「ど、どうしたの。この世の終わりみたいな顔をして」
「実は俺、聖女召喚の儀式を失敗して国王陛下の怒りに触れ、王宮から追い出された身なんです。宮廷魔術師長の役目も解かれていますし、王宮に出入り禁止となった俺は門前払いされるでしょう。国王へ謁見できる信頼できる方に、聖女様を預けるしかありませんが……宮廷魔術師長でなくなった俺の評価は地に落ちています。知り合いに頼んでも、快く引き受けてくれるとは思えません」
「ちょい待ち! 君、王宮から追い出されたの?」
手を突き出して話を止めた千影は、すっと目を細めた。
おそらくだが、咎められている気配がする。
(だが、なぜだ? 俺が追い出されたことは聖女様には関係ないのに……)
腑に落ちないながらも、とりあえず質問されたことに答えた。
「え、ええ。そうですが」
「ふぅん……。じゃあさ、これは僕からの提案なんだけど」
「なんでしょう?」
「偉そうな王様には微塵も興味ないから、正体は隠したまま、僕と旅をするっていうのはどう?」
「はい?」
首を傾げていると、千影は悪い笑みを浮かべていた。
「宮廷魔術師長だったってことは当然、魔法が得意なんだよね?」
「ええ、まあ……。攻撃や防御結界は割と得意です。専門ではありませんが、初級治癒術なら少しは扱えます」
「十分だ」
「……あ、あの……?」
話の方向が読めない。
目の前の彼女から、どことなく不穏なオーラが放たれているように見えるのは気のせいだろうか。気のせいだといいなと思う。
だが、そんな淡い期待を木っ端微塵に砕くように、千影は両腰に手を当てて胸を張った。とてつもなく嫌な予感がする。
「いいかい? これから、僕は聖女じゃなくて、ただの冒険者になる。君は魔術師だ。冒険のパートナーにぴったりでしょ。……ああ、君の正体を知っている人に勘づかれるのは面倒だな。よし、君は女装して」
「──い、意味がわかりません!」
「君、体の線は細いし、顔はきれいで中性的だし。女装しても問題ないよ。むしろ似合うって。この僕が言うんだから間違いない。それとも、僕の目が信じられないとでも?」
美人が凄むと迫力が違う。
やはり、彼女は正真正銘の女性だ。たった今、確信した。
なぜなら、圧のかけ方が無慈悲で容赦ない姉たちと同じだったから。
「うっ……いやでも、そんな……第一したことがないですし。似合うとも思えませんし、そもそも女装をする必要性はあるのでしょうか。変装でよいのでは……」
「ふっふっふ。何事もチャレンジあるのみ。やる前から逃げるなんて許さないよ」
果たして、この人は本当に聖女なのだろうか。
魔方陣は判断を誤ったのではないか。そんな疑問が浮かんでは消えていく。
(なぜだろう。常に穏やかに微笑む聖女のイメージが、ガラガラと崩れていくような……)
目の前にいるのは、ただの少女ではない。
獰猛なライオンを手懐ける調教師のような気迫すら感じる。
(……ああ。これは……すでに退路は断たれたやつだ)
イェレミアスはゴクリと息を呑んだ。千影は細い指先を頬に添わせる。そして、誰もが見惚れて足を止めるような笑みのまま言葉を続ける。
「初めては皆、同じことを思うものだよ。大丈夫、僕を信じなって。君をとびきり可愛い女の子にしてあげる。任せて」
「…………ほ、ほどほどでお願いします」
「ふっ、善処はしよう」
千影はどこにそんな力を隠していたのかと思う握力で、イェレミアスのフードをがっちりつかみ、ブティックへと連れ込んだ。
着せ替え人形と化した結果、ほとんど自分の魂は抜けていたが、どうにか千影が満足するコーディネートができたらしい。
どこがよかったのか悪かったのか、もはやわからないが。
考えることを半ば放棄したイェレミアスを引っ張りながら、当の本人は自分の装備品を楽しげに物色していた。男物を手にしていたから、異世界でも男装を貫くのだろう。
かくして、ここに元気いっぱいの冒険者(中身は聖女)と、背の高いクールビューティー魔術師(中身は成人男性)のパーティーが結成された。
魔術師と聖女の旅は始まったばかりである。
未成熟の少女特有のオーラを放っていたせいで気づかなかったが、聖女の着ている服は男性のものだ。これは一体、どういうことだろうか。
(長い睫毛にぷっくりした可憐な唇。うっすら色づいた頬。ほっそりとした白い首。いやいや、どう見ても少女だ。間違いない。……だが、聖女様は自分のことを『僕』と言っていたな。つまり、やはり少年だったと? 俺は悪い夢でも見ているのか!?)
試しに自分の頬をつねってみるが、しっかりと痛みを感じる。地味に痛い。
結論、これは夢ではない。
頭を鈍器で殴られた衝撃が襲った。
「あ、あの、俺の見間違いかもしれないんですけど。その、ズボンをお召しになっているように見えるのですが」
「見間違いないじゃないよ。僕、男子高校生だもん。ズボンを履いていて当たり前でしょ?」
「なっ……ななななな、なんという……!」
両手を口元に当てながら後ずさった。
驚きのあまり、声を失う。
(もしや……魔方陣は、彼を間違って聖女として認識してしまったのか?)
ダメだ。頭が混乱してきた。
呼吸が浅くなっている気がする。思考が鈍る。脳が酸素を求めている。
意識が薄れていく中で、呆れたような高い声が聞こえてきた。
「まぁ、落ち着きなって」
「これが落ち着いていられますかっ! 聖女様が男だったなど! 前代未聞です! 国王陛下に報告したら世迷い言を、と仲良く切り捨てられて人生が即終わりますよ。……危なかった」
カッとなりやすい国王のことだ。
即座に首をはねられていたに違いない。早めに気づいてよかった。
「なーんか安心しているところ悪いけどさ。確かに、男子の制服を着ているよ。でもね、僕は正真正銘、女だよ」
「ははは。またまたご冗談を。レディは男物の服を着たりいたしません。おちょくらないでください」
「そういえば、まだ名乗っていなかったね。僕は九十九谷(つくもだに)千影(ちかげ)。男子高校生とは仮の姿。僕の家はちょっと変わっていて、小さいときから誘拐事件が多くてね。自衛も兼ねて、普段から男装させられているわけ。女の子の姿をした僕は、それはそれは可愛いんだからね」
千影は可愛くウインクしてみせた。
とても似合っていた。惚れっぽい男がいたら、イチコロだっただろう。
彼女の申告どおり、昔から男のふりをしていたなら、言動や仕草が男っぽいのは当然だ。男を演じるのは息を吸うのと同じことだろうから。
少年と少女の狭間のような曖昧な存在など、初めて見た。何を信じていいのか、正直わからなくなった。
イェレミアスは困惑を隠せないまま、なんとか口を開いた。
「…………本当に女性、なのですか?」
「そうだよ。普段から僕って言っているし、長いこと男の子のふりしているから、すぐには信じられないかもしれないけどさ。女装も男装もどっちでもいけるよ」
「性別が女性なら、女装ではないのでは?」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない」
気にしてほしい。
本人には些末な問題かもしれないが、大きく違うのだ。
そこまで考えて、ふっと頭からスッコーンと抜けていた問題点に気づいた。
「……ああっ!」
「ど、どうしたの。この世の終わりみたいな顔をして」
「実は俺、聖女召喚の儀式を失敗して国王陛下の怒りに触れ、王宮から追い出された身なんです。宮廷魔術師長の役目も解かれていますし、王宮に出入り禁止となった俺は門前払いされるでしょう。国王へ謁見できる信頼できる方に、聖女様を預けるしかありませんが……宮廷魔術師長でなくなった俺の評価は地に落ちています。知り合いに頼んでも、快く引き受けてくれるとは思えません」
「ちょい待ち! 君、王宮から追い出されたの?」
手を突き出して話を止めた千影は、すっと目を細めた。
おそらくだが、咎められている気配がする。
(だが、なぜだ? 俺が追い出されたことは聖女様には関係ないのに……)
腑に落ちないながらも、とりあえず質問されたことに答えた。
「え、ええ。そうですが」
「ふぅん……。じゃあさ、これは僕からの提案なんだけど」
「なんでしょう?」
「偉そうな王様には微塵も興味ないから、正体は隠したまま、僕と旅をするっていうのはどう?」
「はい?」
首を傾げていると、千影は悪い笑みを浮かべていた。
「宮廷魔術師長だったってことは当然、魔法が得意なんだよね?」
「ええ、まあ……。攻撃や防御結界は割と得意です。専門ではありませんが、初級治癒術なら少しは扱えます」
「十分だ」
「……あ、あの……?」
話の方向が読めない。
目の前の彼女から、どことなく不穏なオーラが放たれているように見えるのは気のせいだろうか。気のせいだといいなと思う。
だが、そんな淡い期待を木っ端微塵に砕くように、千影は両腰に手を当てて胸を張った。とてつもなく嫌な予感がする。
「いいかい? これから、僕は聖女じゃなくて、ただの冒険者になる。君は魔術師だ。冒険のパートナーにぴったりでしょ。……ああ、君の正体を知っている人に勘づかれるのは面倒だな。よし、君は女装して」
「──い、意味がわかりません!」
「君、体の線は細いし、顔はきれいで中性的だし。女装しても問題ないよ。むしろ似合うって。この僕が言うんだから間違いない。それとも、僕の目が信じられないとでも?」
美人が凄むと迫力が違う。
やはり、彼女は正真正銘の女性だ。たった今、確信した。
なぜなら、圧のかけ方が無慈悲で容赦ない姉たちと同じだったから。
「うっ……いやでも、そんな……第一したことがないですし。似合うとも思えませんし、そもそも女装をする必要性はあるのでしょうか。変装でよいのでは……」
「ふっふっふ。何事もチャレンジあるのみ。やる前から逃げるなんて許さないよ」
果たして、この人は本当に聖女なのだろうか。
魔方陣は判断を誤ったのではないか。そんな疑問が浮かんでは消えていく。
(なぜだろう。常に穏やかに微笑む聖女のイメージが、ガラガラと崩れていくような……)
目の前にいるのは、ただの少女ではない。
獰猛なライオンを手懐ける調教師のような気迫すら感じる。
(……ああ。これは……すでに退路は断たれたやつだ)
イェレミアスはゴクリと息を呑んだ。千影は細い指先を頬に添わせる。そして、誰もが見惚れて足を止めるような笑みのまま言葉を続ける。
「初めては皆、同じことを思うものだよ。大丈夫、僕を信じなって。君をとびきり可愛い女の子にしてあげる。任せて」
「…………ほ、ほどほどでお願いします」
「ふっ、善処はしよう」
千影はどこにそんな力を隠していたのかと思う握力で、イェレミアスのフードをがっちりつかみ、ブティックへと連れ込んだ。
着せ替え人形と化した結果、ほとんど自分の魂は抜けていたが、どうにか千影が満足するコーディネートができたらしい。
どこがよかったのか悪かったのか、もはやわからないが。
考えることを半ば放棄したイェレミアスを引っ張りながら、当の本人は自分の装備品を楽しげに物色していた。男物を手にしていたから、異世界でも男装を貫くのだろう。
かくして、ここに元気いっぱいの冒険者(中身は聖女)と、背の高いクールビューティー魔術師(中身は成人男性)のパーティーが結成された。
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