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出発
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ばたばたする王宮とは対照的に、私はひたすら祈りを捧げるだけの日々を送っていました。新しく大司教に任命されたメイルという人物は朴訥な老人で誠実な仕事ぶりを見せているので、神殿の立て直しは彼に任せていました。
神官の上層部は前大司教のロナルドとともに去っていってしまい、ロナルドによると残った神官の中から比較的年齢が高く温厚そうな人物を選んだとのことでした。私は神官たちがどんな人物か知らないので人事はメイルに任せることしか出来ません。
一方のオーウェン様も素早く大臣や将軍、そしてオルスト公爵らとともにてきぱきと王国の立て直しを行い、対帝国軍の編成を行っていました。
そんなある日、神殿で話していた私とメイルの元をオーウェン様が訪れます。
「オーウェン様、お久しぶりです」
元々伯爵家の跡継ぎとして十分な風格があったオーウェン様ですが、王国の中心として獅子奮迅の働きを見せ、たった数日見ない間に大臣や摂政のような貫禄を身につけていました。
そんなオーウェン様も私を見るとほっとしたように表情を緩ませます。
「どうだイレーネ、いや今はイレーネ殿と呼ぶべきか。うまくいっているか?」
「はい。と言っても実務の方はほぼ全てメイルに任せていますが」
「メイルと申します。以後お見知りおきを」
そう言ってメイルはオーウェン様にぺこりと頭を下げます。
「オーウェンだ。よろしく……といっても、俺は明日出発することになったからその挨拶に来たのだがな」
「え、明日ですか!?」
私もメイルもあまりに突然のことに驚愕してしまいます。
「そんな急にですか?」
「とはいえ帝国軍はこちらが王都でごたごたしていると分かればすぐにでも攻め入ってくるかもしれない。だから俺は一日も早く領地に戻らざるを得ないんだ」
それは私にも分かるのですが、あまりに急です。そして何より、オーウェン様の言い方だと私はこのまま王都に残るということになりそうです。確かに私は聖女という立場に戻った以上、王都で祈りを捧げる必要があるのかもしれません。
とはいえ、急造の軍勢を率いて万全の準備を整えている帝国軍と戦うのはいくらオーウェン様と言えども難しい戦いになるでしょう。そう思うと王都でじっとしているのは身を割かれるような思いです。
そんな私の葛藤を察したようにオーウェン様は優しい口調で言ってくださいます。
「心配してくれてありがとう。だから俺たちのためにも王都で祈りを捧げてくれ」
「は、はい」
そう言われてしまえば私も頷くしかありませんでした。
その晩、私はいつものように“聖女の間”にこもって祈りを捧げます。しかしオーウェン様が明日旅立つということが気になってしまい、完全に上の空になってしまいました。こんなことは今までなかったので自分でも驚いてしまいます。今は聖女に戻って日が浅く、大事な時期なのにこんなことではだめだ、と思うのですがそんな気持ちとは裏腹に集中出来ません。
“今日は上の空のようだな。そんなにあの男が心配か?”
不意にそんな私の脳裏に声が響きます。
「も、申し訳ありません!」
突然のことに、声を出しても意味がないと知りつつも思わず謝ってしまいます。神様の声が聞こえてくるのは戻って来た日に続いて二回目です。そこまで私は上の空だったのか、と愕然としてしまいます。
“まあ良い。歴代の聖女も別に予のことが好きで祈りを捧げていた訳ではなかったからな。大体、国を守るため、家族を守るため、愛する人を守るためなどそういう理由で祈っていた”
「そうだったのですか!?」
どうも神様は私を叱責するために話しかけた訳ではなさそうです。
とはいえ、確かに神様は姿は一回も見せたことがありませんし、声が聞こえることもあまりありません。史書によると王国の後継争いが激化した際にどちらかを指名したり、王族の失態が相次いだ時に叱責したり、王位継承の際に祝意を示したりなど、限られた場面でしか声が聞こえることはなかったようです。
そのため、こんな個人的な会話を私にしてきたことも驚きでした。
“そうだ。何というか、お主は他の聖女よりも予にとって『合う』存在であったからついいらぬことまで話してしまった”
「そ、それはありがたきお言葉でございます」
『合う』というのはおそらく相性がいいということなのでしょう。どの辺りがそうなのかは自分でも分かりませんが。
“そんなに心配ならおぬしも軍勢に同行するがいい”
「え、祈りを捧げる必要はないのですか!?」
“別にこの地で祈りを捧げる必要はない。予の目と耳は広い。人間が勝手に場所を決めているだけで、どこで祈ろうがその姿と声は予に届くだろう”
「あ、ありがとうございます」
私がお礼を言うとそれっきり神様の声は聞こえなくなってしまいました。まさか私の都合を優先するためにそこまで言っていただけるとは思わなかったので、ありがたいと同時に恐縮してしまいました。
とはいえこれで私の問題は解決しました。どこで祈っても問題がないのであればついていく方がいいに決まっています。
翌朝、私は早く起きるとすぐに旅支度を整えました。そこへ出発の挨拶にオーウェン様がやってきます。そこで私は新大司教のメイルも一緒に呼び出しました。
「イレーネ殿、どうした、その恰好は」
やってきたオーウェン様は私の旅装を見て困惑した声をあげます。
「実は昨日祈りを捧げていた時、神様から対帝国軍に同行しても良いというお告げが降ったのです」
「何だと!?」
それを聞いたオーウェン様、そしてメイルも同時に驚きます。
「と言う訳で私もご一緒させていただきたいのです。領地での戦いの折のように、帝国との戦いでも私が祈りを捧げれば力になれるはずです」
あのような奇跡が思いの強さによって起こるのであれば、私が戦場にいた方がいいに決まっています。
「そ、それは確かに……だが万一のことがあっては……」
私の言葉にオーウェン様の表情が揺れます。
「ですが、オーウェン様が敗れて帝国軍が王都に攻め込んできても私は生かしておかれることはないでしょう。そう考えれば、どこにいても同じです」
「そんなことは……」
「もう決めたことです」
オーウェン様はなおも悩んでいましたが、こればかりはどれだけ言われても決意を変えるつもりはありません。それを見たオーウェン様は諦めたようにため息をつきます。
「分かった。だが絶対に本陣からは離れるな。そして俺が退けと言ったら素直に退くのだ。それだけは守ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
例え拒否されてもどうにかしてついていくつもりでしたが、許可が出てほっとしました。
そんな私にメイルも心配そうに声をかけてくれます。
「イレーネ殿。どうかお気を付けて」
「メイルも、就任したばかりなのに全部丸投げしてすみません」
「いえ、微力ながら精いっぱい勤めさせていただきます。お元気で」
こうして私は急遽軍勢に同行することが決まったのです。
神官の上層部は前大司教のロナルドとともに去っていってしまい、ロナルドによると残った神官の中から比較的年齢が高く温厚そうな人物を選んだとのことでした。私は神官たちがどんな人物か知らないので人事はメイルに任せることしか出来ません。
一方のオーウェン様も素早く大臣や将軍、そしてオルスト公爵らとともにてきぱきと王国の立て直しを行い、対帝国軍の編成を行っていました。
そんなある日、神殿で話していた私とメイルの元をオーウェン様が訪れます。
「オーウェン様、お久しぶりです」
元々伯爵家の跡継ぎとして十分な風格があったオーウェン様ですが、王国の中心として獅子奮迅の働きを見せ、たった数日見ない間に大臣や摂政のような貫禄を身につけていました。
そんなオーウェン様も私を見るとほっとしたように表情を緩ませます。
「どうだイレーネ、いや今はイレーネ殿と呼ぶべきか。うまくいっているか?」
「はい。と言っても実務の方はほぼ全てメイルに任せていますが」
「メイルと申します。以後お見知りおきを」
そう言ってメイルはオーウェン様にぺこりと頭を下げます。
「オーウェンだ。よろしく……といっても、俺は明日出発することになったからその挨拶に来たのだがな」
「え、明日ですか!?」
私もメイルもあまりに突然のことに驚愕してしまいます。
「そんな急にですか?」
「とはいえ帝国軍はこちらが王都でごたごたしていると分かればすぐにでも攻め入ってくるかもしれない。だから俺は一日も早く領地に戻らざるを得ないんだ」
それは私にも分かるのですが、あまりに急です。そして何より、オーウェン様の言い方だと私はこのまま王都に残るということになりそうです。確かに私は聖女という立場に戻った以上、王都で祈りを捧げる必要があるのかもしれません。
とはいえ、急造の軍勢を率いて万全の準備を整えている帝国軍と戦うのはいくらオーウェン様と言えども難しい戦いになるでしょう。そう思うと王都でじっとしているのは身を割かれるような思いです。
そんな私の葛藤を察したようにオーウェン様は優しい口調で言ってくださいます。
「心配してくれてありがとう。だから俺たちのためにも王都で祈りを捧げてくれ」
「は、はい」
そう言われてしまえば私も頷くしかありませんでした。
その晩、私はいつものように“聖女の間”にこもって祈りを捧げます。しかしオーウェン様が明日旅立つということが気になってしまい、完全に上の空になってしまいました。こんなことは今までなかったので自分でも驚いてしまいます。今は聖女に戻って日が浅く、大事な時期なのにこんなことではだめだ、と思うのですがそんな気持ちとは裏腹に集中出来ません。
“今日は上の空のようだな。そんなにあの男が心配か?”
不意にそんな私の脳裏に声が響きます。
「も、申し訳ありません!」
突然のことに、声を出しても意味がないと知りつつも思わず謝ってしまいます。神様の声が聞こえてくるのは戻って来た日に続いて二回目です。そこまで私は上の空だったのか、と愕然としてしまいます。
“まあ良い。歴代の聖女も別に予のことが好きで祈りを捧げていた訳ではなかったからな。大体、国を守るため、家族を守るため、愛する人を守るためなどそういう理由で祈っていた”
「そうだったのですか!?」
どうも神様は私を叱責するために話しかけた訳ではなさそうです。
とはいえ、確かに神様は姿は一回も見せたことがありませんし、声が聞こえることもあまりありません。史書によると王国の後継争いが激化した際にどちらかを指名したり、王族の失態が相次いだ時に叱責したり、王位継承の際に祝意を示したりなど、限られた場面でしか声が聞こえることはなかったようです。
そのため、こんな個人的な会話を私にしてきたことも驚きでした。
“そうだ。何というか、お主は他の聖女よりも予にとって『合う』存在であったからついいらぬことまで話してしまった”
「そ、それはありがたきお言葉でございます」
『合う』というのはおそらく相性がいいということなのでしょう。どの辺りがそうなのかは自分でも分かりませんが。
“そんなに心配ならおぬしも軍勢に同行するがいい”
「え、祈りを捧げる必要はないのですか!?」
“別にこの地で祈りを捧げる必要はない。予の目と耳は広い。人間が勝手に場所を決めているだけで、どこで祈ろうがその姿と声は予に届くだろう”
「あ、ありがとうございます」
私がお礼を言うとそれっきり神様の声は聞こえなくなってしまいました。まさか私の都合を優先するためにそこまで言っていただけるとは思わなかったので、ありがたいと同時に恐縮してしまいました。
とはいえこれで私の問題は解決しました。どこで祈っても問題がないのであればついていく方がいいに決まっています。
翌朝、私は早く起きるとすぐに旅支度を整えました。そこへ出発の挨拶にオーウェン様がやってきます。そこで私は新大司教のメイルも一緒に呼び出しました。
「イレーネ殿、どうした、その恰好は」
やってきたオーウェン様は私の旅装を見て困惑した声をあげます。
「実は昨日祈りを捧げていた時、神様から対帝国軍に同行しても良いというお告げが降ったのです」
「何だと!?」
それを聞いたオーウェン様、そしてメイルも同時に驚きます。
「と言う訳で私もご一緒させていただきたいのです。領地での戦いの折のように、帝国との戦いでも私が祈りを捧げれば力になれるはずです」
あのような奇跡が思いの強さによって起こるのであれば、私が戦場にいた方がいいに決まっています。
「そ、それは確かに……だが万一のことがあっては……」
私の言葉にオーウェン様の表情が揺れます。
「ですが、オーウェン様が敗れて帝国軍が王都に攻め込んできても私は生かしておかれることはないでしょう。そう考えれば、どこにいても同じです」
「そんなことは……」
「もう決めたことです」
オーウェン様はなおも悩んでいましたが、こればかりはどれだけ言われても決意を変えるつもりはありません。それを見たオーウェン様は諦めたようにため息をつきます。
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「はい、ありがとうございます」
例え拒否されてもどうにかしてついていくつもりでしたが、許可が出てほっとしました。
そんな私にメイルも心配そうに声をかけてくれます。
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