「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?

今川幸乃

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ウィラード伯爵領の戦い レイシャ視点

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 イレーネとの戦いに敗れた私は爆炎が目くらましになっている中、無様に王都へ逃げていった。せっかく帝国からわざわざ特注の杖を取り寄せてもらったのにそれでもイレーネには及ばなかった。その事実が私に何よりもの屈辱を与えた。そしてその屈辱が怒りに変わるのにそんなに時間はかからなかった。

「イレーネめ……お前だけは絶対に道連れにしてやるわ」

 幸い、私が聖女になれなかったことを除けば状況はまだ悪くなかった。
 イレーネが正しい聖女であることが示され、オーウェンの軍勢が王都に入るとはいえ、王都は滅茶苦茶だ。国王は私の色仕掛けに引っ掛かっていたし、大司教も金で沈黙していた。王都をここまで攪乱させた以上、帝国は非常に有利な状況にあると言えるだろう。

 とはいえこのまま帰ってしまっては所詮は元娼婦。賞金をもらって終わるだけだ。表舞台に居続けるためには何か鍵が必要だ。そこで私はふとひらめく。
 今回の当事者であるボルグ王子はオーウェンとイレーネが戻ってこれば相当王都には居づらいはずだ。そんな彼を焚きつけて帝国に連れていくことが出来れば、大手柄だろう。
 このままでは帝国は王国に攻め入る大義名分がない。しかしボルグが逃げていけば、ボルグを王位につけるため、と主張することが出来る。その上、帝国の力でボルグが王位につけばボルグは帝国の言いなりになるだろう。そしてボルグが帝国軍に参加すれば私もボルグについて軍勢に同行することが出来る。そうなれば帝国軍を利用してイレーネに復讐する機会が訪れる。

 そう考えた私は王都に戻ると、王宮を目指した。しかも幸運なことに、ボルグは一人でとぼとぼと王宮を離れて歩いて来る。それを見てまだ自分にはツキが残っている、と思い直す。ボルグは適当なことを言うとすぐに納得してくれた。
 そこで私はボルグを連れて(実際はボルグの馬の背に乗せられていたが)帝国に戻ったのである。

 その後私たちは王国のど真ん中をつっきって帝国へと戻った。なぜ途中で捕まらなかったかと言えば、主要な貴族たちは王都に軍勢を率いて出向いていて留守だったこと、そしてボルグはまだ王子であり王都の外ではそこまで顔を知られていなかったことが原因だろう。

 どうにか帝国の国境を跨いだ私たちは、すでに国境付近に帝国軍が集結しているという話を耳にし、帝都ではなくそちらに出向くことにする。

「本当に大丈夫だろうか?」

 前日になってボルグが不安げな表情で尋ねてくる。
 私は出来るだけ彼を安心させるよう、落ち着いた声色で言う。

「はい、今回の件について殿下には何の落ち度もありません。帝国も必ずや殿下と手を結ぶことを選ぶでしょう」
「ありがとう、レイシャ。それなら僕は明日に備えて寝よう」

 ボルグが寝静まってから宿を出た私は密かに帝国軍に向かって歩いた。すでに集まっている軍勢は三万ほど。いつ王国に雪崩こむか機を窺っているのだろう。
 見張りの兵士に呼び止められた私はニコラスの名前を出す。彼は例の私を見つけた高官だ。すぐに兵士が報告に戻り、私は通される。

 久しぶりに出会ったニコラスは戦いが近いせいか緊張の面持ちであったが、私を見ると懐かしいような驚いたような顔をする。

「いやあ、まさか君がここまでの活躍をするとは思わなかった」
「お褒めいただき光栄です。私も全く同じ気持ちでございます」
「とはいえ君にまた会えて嬉しいよ」

 あはは、と私は愛想笑いを浮かべる。ニコラスのことは出世の道具ぐらいにしか思っていなかった。
 ニコラスがまた会えて嬉しい、と言ったのも私が成功して自分が出世出来るのが嬉しい、というぐらいの意味だろう。

「大体の王国の情勢は報告した通りですが、実は私はこのたびボルグ王子をお連れしました」
「何だと!?」

 その言葉を聞いてニコラスの表情が変わる。
 そんな彼に私は王都を出る時の経緯を話す。強張った表情で聞いていたニコラスは次第に興奮の面持ちになっていく。

「大手柄ではないか、レイシャ!」

 その言葉を聞いて私はほっとする。ないとは思うがいきなり殺されでもしたら努力が水の泡になるからだ。

「ありがとうございます。そこで恩賞とは別に二つほどお願いがあるのです。一つ目はボルグ王子を帝国が表面上だけでも礼遇していただきたいということ。二つ目は今後も私をボルグ王子の側に置いて欲しいということです」
「分かった。そうなるように上層部に報告しておこう」
「では明日、改めてボルグ王子と参上しますので今日はこれにて」
「分かった。ご苦労だったな」

 そう言って彼はうきうきした表情で本陣に向かう。私の手柄はほとんどニコラスの手柄になるだろうし、彼は大出世を遂げるのだろう。もっとも、もはや私の興味は栄達よりも復讐に移っていたが。



 翌日、私はボルグ王子とともに帝国軍に参上した。
 私たちを出迎えたのは帝国の大将軍のグラッドである。私たちはグラッドとその部下たちが並ぶ帝国軍の本陣に通され、ニコラスは複数人いる参謀の一人として何も知らない風でその横に控えていた。

「わしは帝国大将軍のグラッドだ。遠路はるばる帝国までお越しいただきまことに感謝している」

 グラッドは五十過ぎの歴戦の軍人で、ボルグなど剣術でも軍略でも一ひねりに出来る人物であったが、今は好々爺のようにボルグに優しく語り掛けている。

「聞いてくださいグラッド殿。我が国ではオーウェン・ウィラードという辺境伯が前聖女と手を組んで反乱を起こし、存亡の危機に陥っているのです」
「おお、それは大変だ!」

 私から見ると白々しいことこの上ないが、グラッドは大袈裟に驚いてみせる。

「そしてこの僕は力及ばず彼らに敗れてしまいました。しかし第一王子の僕に刃を向けるなど奴らは間違っている! ここは是非帝国のお力添えをいただけないでしょうか」
「もちろんでございます。実は我ら辺境伯が内乱を起こすという噂を聞き、討伐を手助けするため軍勢の用意をしておいたのです」

 もちろん真の理由は王国を侵略するためなのだが、グラッドは適当にボルグに調子を合わせて話している。それを聞いてボルグは感激の声をあげる。

「おお、さすがグラッド大将軍! ありがとうございます!」
「いやいや。我ら隣国同士、困ったことがあれば力を合わせましょう」

 そんな会話を聞いている帝国の者の中にはあまりの滑稽さに口元を抑えて失笑している者すらいた。私も自分で仕組んだことでなければそうしていたかもしれない。
 その後もボルグはひたすら自分の正しさとオーウェンの悪辣さを並べ立て、グラッドがいちいちそれに同調するという会話が続いた。

 そして。

「……分かりました。こうなっては一刻も早くオーウェン殿を王宮に戻さなくては。そのために暴虐非道のウィラード家を打倒するぞ!」
「おおおおおおおおおお!」

 大将軍の号令に武将や参謀たちも大声で同調する。彼らはボルグには何の興味もなかったが、王国との戦いで活躍して昇進しようと血気盛んであった。
 こうして帝国軍は伯爵領に大挙して攻め込んだのである。
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