きもちいいあな

松田カエン

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王国崩壊編

155.リンデンベルガーの兄弟。

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 任務と言うにはずいぶんと穏やかに日々が過ぎていった。
 バルタザールの報告を聞くに、他の貴族の元にはカインザートが現れては残虐非道な行いをしていくという。目標とされた貴族は惨たらしく殺害され、警護しようとした騎士も深手を負うと聞く。ただそれが群青騎士の場合には違っていた。

 どうも、言葉には言い表せないようなことをされて放置されるらしい。救助に入った騎士には箝口令が敷かれ、バルタザールの口は重かった。
 やんわりとした言い回しをされるので私にはよくわからなかったが、別で話を聞いていたディー先輩が青ざめた顔をしていたというし、ユストゥスが顔を顰めていたのでろくなことにはならないらしい。

 まあカインザートを捕まえるか討伐すれば良いだけの話だ。
 そう思うと自主練にも力が篭るというもの。

「ふっ……ふっ……」

 仏頂面のディー先輩に仕事の引継ぎをしたのちに、私は睡眠を取るまでのわずかな時間を利用して訓練をすることにした。今のところザイグレンター卿の警護は、色のある侍女たちの嬌声を聞きながら部屋の前で立ち尽くして終わることが多い。身体を動かすことはこういった時にしかできなかった。
 木々が生い茂る人通りのない裏庭なら良いと、きちんと許可も取ってある。
 日差しが遮られていて薄暗いがそれなりの広さがあるので、私が剣をぶん投げたりしなければ振り回しても余裕があるので助かった。バルタザールにお願いして訓練服を送ってもらったので動きやすい。
 途中襲撃がないとは限らないが、いつまでも警備だけでは息が詰まるし運動不足にもなるので許可が取れてよかった。

「すごーいこっちまで風がくるぅ」
「寒いぐらいだわ」

 大剣を振るうたびに起こる風に、私とほぼ同時に仕事を終えた侍女たちが屋敷の窓から顔を覗かせては、きゃっきゃと話しかけてくる。肉体強化の魔法を使って大きく振りかぶってやれば、それはそれで面白そうに声を上げた。
 手を叩いて褒めてくれるので、私もなんだか気分がいい。だがそのうち一人が身を乗り出すようにして私に存在をアピールしたかと思えば、すらりとした腕を差し出して私の視界の外を指さした。

「クーちゃん、お兄さん」
「む?」

 言われた通りの方向に視線を向ければ、そこには近衛騎士服を身に着けた兄弟が立っていた。白と金を基調としたそれをまばゆく見えて目を細めると、「がんばってね」と声を投げかけた彼女たちはぱたんと窓を閉めて去っていった。
 彼女たちはあまり私の兄とは仲が良くないらしい。足早に廊下を立ち去る彼女らの背を見送っていると、足音が近づいてきた。
 振り返ってみれば、無言でフィンリーが私を見つめてくる。身長は私の方が高いが、その存在感と圧は私以上に強い。年上の兄弟たちは大抵身体を損なっているか記憶の欠落から精神を病んでいることが多いが、見た限り理性もしっかりありそうだし怪我や欠損も見当たらない。

 だが私はこの兄弟が少しばかり苦手だった。

 いくら考えても、その苦手になるきっかけになったことは出てこない。多分昔に何かあったのだろうとは思う。私も結構記憶がないようだからな。
 視線の鋭さに居心地の悪さを感じていると、フィンリーはそれ以上私に近づいてくることなく背を向けて立ち去ってしまった。間違ってこっちに来てしまった、ということはないだろう。この裏庭の端には庭の手入れや薪を切るための斧や台座があるだけで、王族を守る近衛騎士がこちらに来る用事などないはず。

「なんなのだ?」

 嫌みでも言われるかと構えていた分、肩透かしを食らった気分で私は首を傾げた。
 私も含め兄弟たちはあまり裏表がなく、思っていることが口をついて出てくる性質だ。もしくは感情を言い表せずに癇癪を起こすかのどちらかが多い。あのように意味深な視線を向けて立ち去るような兄弟はあまりいない。
 追いかけて尋ねる気にもなれず、私は自主練に戻った。
 それからまた数日間。
 また時間を作って身体を鍛えているところに視線が飛んでくる。魔力を探ればそこにいるのは紛れもなく兄弟だ。

「クーちゃん、またお兄さん見てるよぉ?」
「いいのだっ、どうせっ、はなし、かけて、こない……っ」
「そんなもの~?」

 腕立て伏せをする私の背に乗った侍女たちが、不思議そうに首を傾げている。
 下働きの者たちとはずいぶん打ち解けた私だが、よく仕事場が一緒になる、はだけた服装の侍女たちには特に好かれていた。今もふざけて乗ってきた一人に重さが足りないとぼやいたところ、面白がって残りの二人が乗ってきている。
 細いとはいえ成人女性三人はさすがに重いが、私でもそれを口には出せない。そっと強化魔法を使って黙々と身体を鍛えているところにこれだ。
 ひっそりとこちらを覗いているわけではなく、堂々と姿を現してなんなら腕組みまでしてこちらに視線を投げかけてくるのだ。私の方から用件を尋ねに行けば良いのだろうか。……何となく負けた気がしていやだ。

 ということで一日に何度か姿を見せる兄弟に対して私も声を掛けず、向こうも声を掛けてこないという不思議な時間が生じるようになっていた。
 私やディー先輩とは勤務形態が違うらしく、私が職務中、卿の部屋の前で立っていた時に目の前を通り過ぎられたこともある。仕事をしているときの方がやや距離が近いが、それこそ勤務時間内に何用か問いかけるわけにもいかない。
 今の方がよほど話しかけるには悪くないタイミングだと思うが……ああまた。

「行っちゃったねぇ」
「クーちゃん、喧嘩でもした?」
「仲直りしてあげたら~?」
「けんか、などして、ない……っ」

 そろそろ腕がぷるぷると震えてきた。強化魔法は使っているが、元々の筋力に強化をしているだけで実力以上の負荷をかければそれは単なる負担だ。
 見動きすら取れなくなった私が「おりてくれ……」と小さく頼み込むと、彼女たちは笑って下りてくれた。
 せっかくなので、井戸水で軽く水浴びをしてから部屋に戻る。このあと寝る前にはユストゥスからの『食事』が待っていた。ぐうぐう自己主張の激しい腹を撫でながら自室に向かっていると、そこにまたフィンリーの姿があった。
 私が割り当てられた部屋は、下働きの者たちが割り当てられた部屋の一角だ。そこに普段いない近衛騎士が堂々と立っているせいで、休憩時間に部屋に戻ってきた者たちが戸惑いを隠せないでいる。私には笑みを向けてくれる者も、兄弟には頭を下げてそそくさと通り過ぎていた。
 さすがの私も、ドアの前に立たれていては無視などできない。

「なにか、私に用だろうか?」

 仕方なしに目の前に立って問いかければ、じっと無表情のまま見つめられた。
 実の兄ではあるが、実家に帰った時でもお互いに話をすることはない。特にこの兄弟は成人してすぐに近衛騎士へと任命されていたので、話をする機会に恵まれなかった。私から話しかけることは会っても、有象無象の兄弟のうちの一人である私に彼から話しかけることなど、そうそうないのではないだろうか。

 しばし待つが、何も答えてもらえない。

「……何も用がないのなら、そこを通してもらえないだろうか。今夜の任務のために睡眠を取らなければならないのだ」
「睡眠」

 ようやく言葉を発したかと思えば、私の言葉を繰り返しただけだった。そしてさらに退く気配は微塵もない。

 いったい何なのだ?

 訝しげに見つめ返していると、フィンリーの視線が私から逸れた。それと同時に軽く肩を叩かれる。

<兄弟で歓談って感じでもなさそうだが、どうした?>
「ユストゥス」

 にっと笑った奴隷の笑みにどくんと心が跳ねる。頬が上気するのが自分でも分かった。間近で男の顔を見ていることができずに視線を下げると、少しばかりユストゥスの態度が柔らかくなった気がする。行為の前の甘やかさをうっすらと感じた。
 くいっと袖を引っ張られて視線を戻せば、<何でもないなら部屋に入ろうぜ>と手話で伝えてくる。

 こ、このあと私はまたこの男と……。

 起きた時も抱かれたというのに、少しその肌が離れただけですぐに私の心臓は高鳴ってしまう。行為の終わりころには慣れたと思っていても、いつもそうだ。

「そ、そうだな。部屋に……、…………そこに立たれると部屋に入れないのだが」

 そばにいてほしい反面、私にその手で触れないで……と葛藤を持ったままユストゥスを伴なって部屋に入ろうと進めば、ずんと立ったままの兄弟は微動だにしない。
 廊下で近距離で向かい合う私たち兄弟に、なにやら事件かと人がざわざわしている。卿に報告が上がるのもあまり良くないだろう。私が眉間に皺を寄せたのと、ユストゥスが私とフィンリーの肩を叩いたのはほぼ同時だった。

<ここで話すのもなんだから、部屋の中に入ったらどうだ>
「……もてなしもなにもないが、とりあえず部屋に」

 そう私が嫌々ながら口にするとようやく兄弟は半歩隣にずれ、ドアの前を明け渡した。
 部屋に入りたいなら初めからそう言えばいいものを……!!

 苛立ったまま部屋に入ると、すぐ後ろを兄がついてくる。最後に入ったユストゥスはドアと鍵を閉め、持ってきていた荷物から防音魔具を取り出して部屋の四方隅に置いた。その間に兄弟は勝手に部屋にあった椅子の向きを変え、私とユストゥスに向かい合いながら進めもしないのに腰を下ろして足を組む。
 顎をあげて腕を組みこちらを睥睨する様は尊大で、私はまたむすりと唇を歪める。ユストゥスは呼びもしない来訪者を見つめて少しばかり嬉しそうな表情を見せた。

「それで、いったいなん「どうしてお前たちは口づけを、またそれ以上のことをしている?」」

 遮って問いかけられ、私とユストゥスは無言で視線を絡めた。群青騎士の最大の秘密である『魔肛持ち』のことをこの兄弟は知らないのだ。ユストゥスの身体が緊張感に包まれ、ぶわりと汗が噴き出したのが見えた。

<クンツ、群青騎士の掟を覚えているな?魔肛の話を知らない人に話すのは駄目だ。悪いがなんとか誤魔化してくれ>

 念を押すようにユストゥスが手を動かす。無論、わかっている。ユストゥスの手話を見つめたフィンリーは目を細めた。

「群青騎士の奴隷は独自言語のような手話を使うと聞いていたが、本当に聾唖者が使うものとは違うのだな。今、この者は何といった?」

 前半は呟きに近いが、後半は確実に私に向けての言葉だった。
 なんだかわからないがこの兄弟は私がユストゥスとせっ、せっ、……『食事』をしていることを知っている。ユストゥスが毎回こまめに防音魔法を使っているはずだから、気付かれているとは思っていなかった。
 だが、何らかの方法でせっ……っからだを重ねていることを知ったのだ。私とユストゥスのことを兄弟が気にしたということは少しばかり気にかかる。何しろ私たちは単純で……兄弟のことであろうとも、他人のことなどそこまで気になることはないのだ。

 だがバレてしまったことは仕方がないが、何とか誤魔化さないといけない。喋れないし魔力を持たない奴隷のユストゥスを守れるのは、私だけなのだ。
 だが…………なんと答えればよいのだろう。

 こ、婚約者だから、とでもいえばいいだろうか。ユストゥスからのきゅ、求婚を、私は受けたわけだし、それに毎日身体も委ねて……婚前交渉など、はしたないと言われるだろうか。いやでもリンデンベルガーに、そのあたりの事情はあまり関係ないはず。ああでもフィンリーは『種馬』予定だったから、多少は房中術についても知識があるかもしれない。キス以外のことも知っていると言ったのだし……。ふ、ふふ。少しばかり照れるな。私とユストゥスの関係をそんな、知らぬ者に伝えることになろうとは。わ、わたしの、旦那様だと紹介しないといけないのだものな!あ、あい……っしてもらっているし、私自身とて、その、その……。

 考えているうちに頭に熱が回ってぐるぐるし始める。あわあわと落ち着かない素振りを見せ始めた私に、ユストゥスは少しばかり訝しそうに私を見やった。フィンリーは黙ったまま私の答えを待っている。
 ユストゥスの<なんか言え。とりあえずなんか言え>という催促に、もじもじしたまま早10分。

「っこ、こ、この男は、っわ、わたしの、わたしの、いとしい、だんなさま、っなのだ!」

 言った……ふはははは!言ってやったぞ!偉いぞ私!すごいぞ私!どうだ褒めろユストゥス!

 誤魔化せと言われたことはすっかり頭から抜け落ち、ユストゥスの紹介がちゃんと出来たことで晴れやかな気持ちになった私は、褒めてもらおうとふすーっと鼻息荒く拳を握ったまま、勢いよくユストゥスを振り返った。

<ああ……もう、あー……ああー……うん、クンツに、クウに任せようとした、俺が間違ってた……うん……>

 顔を赤らめさせながらわきわきと手を動かしたユストゥスは、眉尻は下げながら口元には笑みを浮かべるというよくわからない微妙な表情をしていた。

「だんなさま?……伴侶、ということか?」
 フィンリーの首が僅かに傾く。
「そうだ!」
 ぐりんっと勢いよく振り返った私は大きく頷いた。アドレナリンが脳からどばどば出るのを感じる。興奮しすぎて少しばかり目の前がちかちかした。

「伴侶だから口付けも共寝もする、と?」
「そうだ」
 私が認めると、ゆっくりとフィンリーが頷いた。

「そうか……では、オズは私の旦那様ということか」

 少しばかり近衛騎士の兄弟の尊大な態度が薄れ、珍しく口元が緩んだ。私は軽く瞬きをしてその様子を見つめる。

「オズ?誰のことだ?」
「私の同僚の近衛騎士だ。最近口付けが多いうえ、最近。私はマリアベリル様の監視役でもあるから、なにか隠し事のために、気をやらせているのかと思ったのだが」
「勘違いではないのか。あれは愛し愛される行為だ。好いた者同士でなければしないだろう」
「そうか……私はオズを好いているのか?」
「好いてもいない者と共寝をするのか?なんのために?同性だろう、子も出来ないぞ」
「さあ……?」

 兄弟と顔を見合わせて首を傾げ合う。フィンリーはふいに視線を外すと、口元を抑えて思案する素振りを見せた。

「だが私はオズを覚えているぞ。……さて、私はすでに忘れたことがあったのだろうか」
「最近知ったが相手がリンデンベルガーの特性を知っている者なら、素知らぬふりは容易いかもしれないぞ」

 ユストゥスは、私がユストゥスを忘れたことをきちんと知った上で知り合いだったと教えてくれたが、その振る舞いは堂々としたものだった。聡い者であれば、態度の違いから気付くのだろう。

「そう、そうか……」
「知りたいのはそれだけか?ならもう今日は帰ってもらえないか。私はこれから少々……いやそれなりに、を旦那様とするのだ」

 どやぁと胸を張って答えると、兄弟はカツンとかかとを鳴らして立ち上がった。

「お前は変わったリンデンベルガーだな。好いているというならその男を忘れるかもしれないのに、怖くはないのか」
「考えたことがなかったな。だが私が忘れても旦那様が覚えてくれているのだ、何も問題はない」
「……そうか。邪魔をした」

 軽く頷いて見せた兄は、そう短く答えるとまっすぐ部屋を出ていった。

 ふむ?魔肛のことがバレずに済んだし、なにやら密かに持っていた疑問が解消できたようで何よりだ。もしかしてずっとそれが聞きたくて私に付きまとっていたのか。あの兄弟も少し変わっている。

 自分のことを棚に上げてそんなことを考えた私は、ユストゥスが静かなことに気付いた。

「ユストゥス?」
 振り返れば思いの外真剣な眼差しのユストゥスとぶつかった。

<……マリアベリルの監視役っつったな、あのリンデンベルガー……近衛騎士でカインザートの姉の監視……そして同僚の近衛騎士はオズ。オズワルドか……娼館にもいたな。クンツのにーちゃんにキスしようとしてた近衛騎士。……隠し事のために気を逸らそうと……?そもそもあの娼館に、あの二人だけいたのはおかしい。マリアベリルいたはずだ。誰と会ってた?カインザート……いや、違う。あのあと普通に寮にいた。無断で出てたらエリーアスが気付かないわけがない>
「ユストゥス」
<ここに来た時もあの姫さんは不在だった。今の時期、カインザートの暗殺騒ぎで貴族は移動を皆取りやめてんのになんで。姉だから狙われない?いやそれとも……>
「ユストゥス!」

 自分の思考をまとめるためにかユストゥスが手を動かしているのを眺めていたが、手話は理解っても、内容がわからない。
 そんなことより私とおまんこする方が大事だろう!そう言おうとして、私は口を噤んだ。

 ま、まだユストゥスとするのは、はず、はずかしい……。

 くいくいっとユストゥスの奴隷服の裾をひっぱり、そっと私はユストゥスを見上げた。

「キス。……きす、してく……っ」

 ぐうぐう鳴る腹を宥めて、私が出来たのは、精液のおねだりではない口づけの誘いだった。
 くっ、群青騎士ともあろう者がなんたる体たらく……!
 それでもユストゥスは途端に情欲を目に宿らせて、私をベッドに押し倒した。

 起きた時の情事よりもさらに少しだけ、ユストゥスの愛撫を受けることに慣れた私は、たらふく腹に精液を受けてすやぁっと夢の世界に旅立ち、後始末を終えたユストゥスがなにやら忙しなく、バルタザールやイェオリに連絡を取ったことすら気付かなかった。


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