私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀

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「私たちも食事会に?」
「ああ。アリシアが王太子殿下に頼み込んだらしい」
「先月の件のお詫びのつもりかしら? ですけど殿下とお食事なんて、とっても楽しみですわ……」

 ポーラは頬に両手を添えて喜びを噛み締めていたが、こうしていられないと、本棚からカタログを引き抜いた。食事会に着ていくためのドレスを選ぶのだろう。
 無邪気に微笑む妻の姿に、ダミアンは頬を緩ませる。だがすぐに、アリシアに自分たちも連れて行くように強要した理由を思い出し、表情を引き締める。この計画は、ポーラの協力が必要不可欠なのだ。

「いいかい、ポーラ。殿下の前でアリシアがいかに性悪女なのかをアピールするんだ」
「アピール?」

 ポーラはカタログをめくる手を止めて、きょとんとした顔でダミアンを見上げた。

「殿下はあの女を気に入っているらしい。今回の食事会も、向こうから誘ってきたそうだ」
「えぇ~~……王族の方って意外と見る目がありませんのね!」

 歯に衣着せぬ物言いをするポーラに、ダミアンは深く頷く。貴族女性は慎ましさが美徳とされているが、本音を言わない女なんて何を考えているか分からず、信用出来ない。ポーラのように素直な女性のほうが、よほど気が休まる。

「だがアリシアがどのような女なのかを知ったら、きっと幻滅するだろう。奴が家督を継ぐことに賛同していた両陛下も、考えを改めるかもしれない」
「名案ですわ、ダミアン様! 王族を味方につければ、こっちのものですものね!」

 ポーラなら理解してくれると信じていた。やはり正妻に相応しいのは彼女だ。ダミアンはそう確信する一方で、かつての友人からの言葉がふっと脳裏に蘇る。
 彼とは十年来の付き合いで、互いの屋敷に訪れることも多々あった。当然、学園に入学してからも一番仲が良かったし、卒業後も親交が続いていた。

 あの男の友情に亀裂が生じたのは、ポーラを正妻にするつもりだとダミアンが報告した時だった。

『ポーラ嬢と? 悪いことは言わない。今すぐ彼女と縁を切れ』
『何故だ。アリシアや父上は了承してくれた。他の奴らも祝福してくれたそ』
『了承した? 見限るつもりでいるんじゃないのか?』
『馬鹿を言うな。父上には子供が僕しかいないんだ。僕がいなくなったら、誰が跡を継ぐと言うんだ』

 オデットはダミアンを産んですぐに病に罹り、二度と子を作れない体になったという。若い女を側室として娶ればよかったのに、公爵はそれをしなかった。おかげで、幼い頃から自分が公爵家を継ぐとダミアンは信じて疑わなかった。

『それでも、ポーラだけはやめておけ。学園にいた頃、あの女の悪評は散々聞いた。ろくなことにならないぞ』
『嫉妬か? 見苦しいぞ』
『親友として忠告しているんだ』

 悪評など馬鹿馬鹿しい。そんな話、聞いたことがなかった。大方、結婚を諦めさせるための作り話だろう。

 ダミアンは友情ではなく愛を選んだ。
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