愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

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21.かつての当主

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 オデットとロジェがパン作りを行っている間、執務室にはファルス家の当主であるアデルと嫡子のジョセフ。
 そして青ざめた顔で立ち尽くしているコンスタンの姿があった。

「う、嘘だろアデル……?」
「私がそんな嘘をつくわけがないでしょ? コンスタン、あなたには今日中にこのファルス家から出て行ってもらうわ。そして二度と帰って来ないで」
「今日中って……どうしてそんな酷いことを言うんだ。私には行く当ても就職先もないんだぞ?」
「酷い? 一応この一ヶ月あなたを庭師として働かせて、その給金もさっき渡したじゃない。結構な金額だと思うけど」

 呆れ切った表情で反論するアデルにコンスタンは「いや……その……」と視線を彷徨わせている。
 何も言い返せないだろうなと、側で眺めていたジョセフは思った。
 当初、アデルや祖父母たちはコンスタンをすぐに追い出そうとしたのだ。もうすぐオデットを戻らせるのに、汚物をいつまでも置いておけないとして。

 それを全力で拒否したのはコンスタン本人だ。
 金も持たず着の身着のまま追い出されてしまえば、犯罪を起こしてでも生き延びるしかない。この男は半笑いでそう言ったのだ。そうなれば、その責任はファルス家が背負うことになるとも。
「そんなこと、私も望んでいない」と白々しく言うコンスタンに、それならと一月だけこの屋敷で働き、直近の生活費だけでも稼がせることにしたのだ。
 そのことはコンスタンも快諾して、契約書にサインまでしている。

 アデルは契約通り、一か月間コンスタンを住み込みの使用人として労働させた。食費も家賃も無償とした。寝床は離れにある小屋だったが。
 ファルスの名に泥を塗り、令嬢を商売道具として扱った男に対するものとは思えない破格の待遇だった。
 これ以上不平不満を言える立場ではないことは、コンスタン自身も分かっているのだろう。だから咄嗟に言い返せなかったのだ。

「ア、アデル、私の聞いてくれ」

 けれど何を思い付いたのか、にやけ顔でそう切り出した。

「この一ヶ月間、私が真面目に頑張って来たのを見ていてくれただろう?」
「ええ。三日で音を上げると思っていたけれど、案外頑張っていたわね」
「それだけ私も自分の行いを反省しているんだ。だからその……私たち、やり直せないか?」

 何を言い出すかと思えば。まさかの提案にジョセフは遠い目をした。

「父上と母上、それとお前のご両親への説得にはお前とジョセフも協力してくれ。私だけでは門前払いを喰らってしまうだろうから……」
「説得? あらあら、仕事を頑張り過ぎて頭がおかしくなってしまったのかしらね」
「一月分の給金だけでこの先やっていくのはやはり難しいと思うんだ。それが尽きてしまったら……分かるだろ?」

 ああ、やっぱりこうなるか。ジョセフの口から溜め息が漏れる。
 アデルが言っていたのだ。「どうせ一ヶ月後に復縁を迫って来る」と。それを的中させた母に驚けばいいのか、予想通りの言動をした父に嘆けばいいのやら。
 そしてアデルが予め用意しておいた策も実行に移されることになるようだ。

「就職先ならこちらで決めてあげたわ。感謝なさい」
「そ、そうなのか? だが鉱山のような場所では働けないぞ。生憎私には体力がなくて……」
「薬師協会で長期的な治験者を募集しているみたいだから、話を通しておいたの。ただ薬を飲んで、検査に協力するだけで給金が発生するのよ。いいお仕事だと思うけど、どうかしら?」
「う、うむ……だが、私が急にいなくなったらオデットが悲しむと思う。離婚して傷心の娘に父親がついてやらなければ……」
「父親? あの子と同じ年頃の令嬢の体を売り物にしていた男が? ……本当にあなたという人は」

 アデルは目を細め、元夫を睨み付けた。

「早く死んでしまえばいいのに」





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