愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

文字の大きさ
31 / 33

31.変貌

しおりを挟む
 エミリーを襲った男は既へ城に突き出され、牢屋に入っているということだった。ジョセフは昼間の予定をキャンセルし、城へと急いだ。妙な胸騒ぎがしたのである。

「あっ、ジョセフ伯父様!」

 城に到着すると、エミリーはにこやかに手を振ってみせた。見知らぬ男に手を出されて恐ろしかったろうに、おくびにも出さない。母と妹に似て本当に気丈な姪だとジョセフは苦笑した。

「エミリー、怪我はしていないかい?」
「私はしていませんよ」
「私は?」

 では男を取り押さえてくれた街の住民が怪我を……?
 ジョセフが眉を顰めていると、エミリーに付き添っていた兵士が笑いながら教えてくれた。

「怒りの収まらなかったエミリーさんがね、男の股間に蹴りを入れてやったんですよ」
「ああ、なるほど……」
「やりすぎだとは言いません。何せそいつ、拘束から抜け出してエミリーさんをもう一度押し倒そうとしたんです。正当防衛ですね」

 想像しただけで怒りと嫌悪が沸き上がる。ジョセフが言葉を失っていると、エミリーが目を吊り上げながら信じられないことを言った。

「ジョセフ伯父様、その男自分はカミーユだって名乗って、私をお母様と勘違いしていました」
「……何だって」
「だから私も頭に血が上っちゃって……」

 エミリーには一度だけカミーユのことを話したことがある。この先、姪の人生に関わることはないだろうが、一応知らせるべきだと思ったのだ。
 それは正解だったのかもしれない。恐怖より怒りが勝って、カミーユに抵抗することが出来たのだから。

「……君、その男に会うことは出来るかい?」

 兵士に尋ねると、彼は「うーん……」と難色を示した。

「や、面会するのは問題ないんですが、話が通じるか分からないですよ。ずっと『オデットは私のものだ』って喚いているんで」
「話が通じないのは昔から変わらないよ。奴のところに案内してくれ、頼む」

 会ってどうこうしたいわけではない。ただ昨夜門番が追い払った男と同一人物か確かめておきたかった。
 兵士に案内されたのは、一番奥の牢屋。見ればベッドの上で魚のように跳ねる男の姿があった。
 縄で手足を縛られ、口には布が巻かれている。随分と酷い扱いを受けているなとジョセフは驚いた。

「あまりにもうるさいし、格子に体当たりを繰り返すものだから無理矢理大人しくさせたんですよ。酒に酔っ払っているのか、薬でもキメてるのか……どちらにせよ、他の囚人の迷惑になられちゃ困りますからね」

 兵士が呆れた口調で語る。
 するとこちらに気付いたのか、男が唸り声を上げた。自分へ殺気が向けられていると自覚し、ジョセフは男がカミーユであると確信する。昨夜も見た顔だ。
 だが……。

「君は本当にカミーユか?」

 カミーユ本人だと思いつつも、口ではそんな疑問を投げかける。
 何故なら、それほどまでにカミーユは変貌を遂げていたのだ。

 顔は浮腫み、切り傷や吹き出物の痕まみれ。目は病人のように窪み、唇は皮が破れて血が滲んでいる。
 銀糸のような美しかった毛髪もごっそり抜け、真っ赤に炎症した頭皮が剥き出しだ。
 ジョセフは思わず身震いをする。あの美しすぎた男がここまで。
 恐らくは薬の影響だろうが、こんな姿になるくらいなら早々と死んだ方が彼にとって幸せだったかもしれない。
しおりを挟む
感想 310

あなたにおすすめの小説

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

〖完結〗あんなに旦那様に愛されたかったはずなのに…

藍川みいな
恋愛
借金を肩代わりする事を条件に、スチュワート・デブリン侯爵と契約結婚をしたマリアンヌだったが、契約結婚を受け入れた本当の理由はスチュワートを愛していたからだった。 契約結婚の最後の日、スチュワートに「俺には愛する人がいる。」と告げられ、ショックを受ける。 そして契約期間が終わり、離婚するが…数ヶ月後、何故かスチュワートはマリアンヌを愛してるからやり直したいと言ってきた。 設定はゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全9話で完結になります。

存在感と取り柄のない私のことを必要ないと思っている人は、母だけではないはずです。でも、兄たちに大事にされているのに気づきませんでした

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれた5人兄弟の真ん中に生まれたルクレツィア・オルランディ。彼女は、存在感と取り柄がないことが悩みの女の子だった。 そんなルクレツィアを必要ないと思っているのは母だけで、父と他の兄弟姉妹は全くそんなことを思っていないのを勘違いして、すれ違い続けることになるとは、誰も思いもしなかった。

【完結】呪言《ことほぎ》あなたがそうおっしゃったから。

友坂 悠
恋愛
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」  あなたがそうおっしゃったから。  わたくしは今までお飾りの妻でがまんしてきたのに。  あなたがそうおっしゃったから。  好きでもない商会のお仕事を頑張ってこなしてきたのに。  全部全部、嘘だったというの?  そしたらわたくしはこれからどうすればいいっていうの?  子供の頃から将来の伴侶として約束された二人。  貴族らしく、外あたりが良く温厚に見えるように育ったラインハルト。  貞淑な令嬢、夫を支えるべき存在になるようにと育てられたアリーシア。  二人は両家に祝福され結婚したはず、だった。  しかし。  結婚したのはラインハルトが18になった歳、アリーシアはまだ14歳だった。  だから、彼のその言葉を疑いもせず信じたアリーシア。  それがまさか、三年後にこんなことになるなんて。  三年間白い結婚を継続した夫婦は子を残す意思が無いものと認められ、政略的な両家のしがらみや契約を破棄し離縁できる。  それがこの国の貴族の婚姻の決まりだった。  元は親同士の契約に逆らって離縁しやり直すための決まり事。  もちろん、そんな肉体的繋がりなど無くても婚姻を継続する夫婦は存在する。  いや、貴族であれば政略結婚が当たり前、愛はなくても結婚生活は続いていく。  貴族の結婚なんて所詮そんなもの。  家同士のつながりさえあれば問題ないのであれば、そこに愛なんてものがなくってもしょうがないのかも、知れない。  けれど。  まさかそんなラインハルトから離婚を言い出されるとは思ってもいなかったアリーシア。  自分は傾いた家を立て直すまでのかりそめの妻だったのか。  家業が上手くいくようになったらもう用無しなのか。  だまされていたのかと傷心のまま実家に戻る彼女を待っていたのは、まさかのラインハルトと妹マリアーナの婚約披露。  悲しみのまま心が虚になったまま領地に逃げ引き篭もるアリーシアだったが……  夫と妹に、いや、家族全てから裏切られたお飾り妻のアリーシア。  彼女が心の平穏を取り戻し幸せになるまでの物語。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

(完結)婚約解消は当然でした

青空一夏
恋愛
エヴァリン・シャー子爵令嬢とイライジャ・メソン伯爵は婚約者同士。レイテ・イラ伯爵令嬢とは従姉妹。 シャー子爵家は大富豪でエヴァリンのお母様は他界。 お父様に溺愛されたエヴァリンの恋の物語。 エヴァリンは婚約者が従姉妹とキスをしているのを見てしまいますが、それは・・・・・・

処理中です...