愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

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30.長い年月

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 この三十年色々なことがあった。ありすぎた。
 自らの執務室でジョセフは背伸びをしながらそう思った。

 明日は恩師と友人、そして妹にとって大切な日だ。
 マリュン協会。その活動範囲は今や他国に及ぶまでに成長を遂げた団体で、その名の通り創立者はマリュン公爵である。

 オデットは現在その副会長の座に就いている。

 三十年前、マリュン公爵がカミーユたちの被害者の保護や支援を始めていると知ると、自分も協力したいと公爵に手紙を送ったのだ。公爵もそれを了承し、近々協会を発足させる旨を打ち明けた。
 恋人や夫からの性被害、暴力に苦しむ女性は貴族だけではなく、平民にも多く存在する。階級など関係なく救うべきではないかと、マリュン公爵夫人が発した言葉がきっかけらしい。

 オデットも協会の一員となり、協会本部で住み込みで働くようになった。
 縁談も自らが直接相手と話し合い、全て跳ね除けていた。こんなことで家族の手を借りるわけにはいかないというのがオデットの主張だった。

 流石にカミーユを超える者はいなかったものの、しつこい男は当然いた。「君に人に愛されることの素晴らしさを教えてあげよう」と言って屋敷に押しかけて来た時もあったのだ。
 だがオデットは臆することなく、冷静に応対して男を諦めさせた。カミーユとの一件で男性全般に恐怖を抱くようになったら、というジョセフの不安は杞憂に終わった。

 恐らくロジェの存在が大きかったのだろう。
 彼の優しさに触れることで、カミーユのような男ばかりではないと感じることが出来ていたのかもしれない。

 オデットが本部に行くことになった時、ロジェも本部の食堂で働かせてくれとマリュン公爵にこっそり頼んだのはジョセフだ。ロジェがオデットに密かに想いを寄せていると気付いていたからである。当然その逆も知っていた。
 どちらも自分の恋心を隠し通すつもりでいたようだが、双方の気持ちを知っているジョセフは何もせずにはいられなかった。余計なお節介だとは自覚していた。

 けれどそれから十年後、二人は無事に結ばれた。どちらが先にプロポーズしたかは定かではない。オデットもロジェも恥ずかしがって教えてくれなかったのだ。
 その二年後には可愛い娘にも恵まれた。若い頃のオデット瓜二つの顔立ちだが、性格は両親のどちらにも似なかった。一番近いのは祖母だろうか。

 そのアデルは現在も健康で、現在は昔から働いているメイドたちを連れて旅行を満喫している。
 ジョセフの妻に、「息子が何かやらかしたら、すぐに私に報告してちょうだい」と言っているのを聞いて少し怖かった。

 ちなみに元父のコンスタンは悲惨な最期を遂げていた。
 何も知らず薬師協会の治験者となったものの、薬の副作用で内臓が機能障害を起こしたらしい。それからも投薬は続けられ、血の泡を吐きながら絶命したと聞いている。
 アデルはその話を聞いても、顔色一つ変えなかった。ただ思うところがあったのか、小さく溜め息を一つだけ。

(あの男はどれだけ生き残ったのだろうか)

 カミーユも随分前に治験者となったと聞いている。兄の足が使えなくなったのを聞いたリオンが指示を出したらしい。残酷なことをすると思ったが、ファルス家も他人のことは言えなかった。
 治験者の中には稀に運よく長生きできる者がいる。そうであってくれるなとジョセフは願った。

 しかしその願いは叶わなかった。
 カミーユを名乗る男が屋敷に押し入ろうとし、その翌日にはオデットの娘エミリーが襲われる事件が起きてしまったのだ。
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