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第18話:揺れる心、変わらぬ背中
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翌日。
朝の庭は澄んだ空気に包まれていたが、リリアの胸の内には、昨日までとは違うざわつきがあった。
(あの仕草……触れてくれた、手)
夢ではなかった。
グレイヴァンが、あの無口な彼が、自分の手にそっと触れてくれた。
ほんの一瞬。でも確かに、そこに温もりがあった。
(……あれは、どういう意味だったんだろう)
答えのない問いが、リリアの胸を何度も往復する。
それでも、今日はいつも通り。
お客様が来れば笑顔を見せ、紅茶を丁寧に淹れ、庭の手入れを怠らずに過ごす——
そう思っていた。けれど。
「ちょっと見ぬ間にずいぶん有名になったものね」
その声に、リリアの動きが止まった。
門の前に立っていたのは、以前レティシアが連れていた知り合いの貴族令嬢。
装飾過多なドレスと、冷ややかな視線。レティシアほどの押しはないものの、同じような空気をまとっていた。
「グレイヴァン様が通う庭として、ずいぶん噂になってるのよ。王都でも。
“無口な騎士団長を虜にした庶民の娘”ってね」
「……私は、そんなつもりで……」
「ふふ、でも貴族社会って、噂がすべてなの。あなたにその覚悟があるかしら?」
そう言い残して、彼女は紅茶も飲まずに立ち去った。
リリアはしばらく、固まったまま動けなかった。
(……覚悟、か)
彼女が残した言葉は、まるで鋭い刃物のようだった。
(私が……あの人の“足を引っ張ってる”んじゃないかって、考えたこと、なかったわけじゃない)
騎士団長として、王族にも名を知られる立場。
そして自分は、ただの村の娘。
手を伸ばすことすら、身の程知らずなのかもしれない——
そんな思いが、心の奥に黒い影を落とした。
その日の夕方、グレイヴァンはいつものように現れた。
でもリリアは、いつもどおりに笑うことができなかった。
「……今日のお茶は、ラベンダーとセージを少し。頭がすっきりする香りです」
ポットを置く手が、ほんの少しだけ震えていた。
グレイヴァンはそれに気づいたのか、黙ったまま、しばらく彼女を見つめていた。
「……何かあったか?」
その問いに、リリアは迷った。けれど、嘘はつけなかった。
「……今日、お客様に言われたんです。
“あなたに覚悟があるのか”って……。
グレイヴァンさんと関わることは、簡単なことじゃないって。
……わかってはいるつもりでした。でも、改めて言葉にされると……怖くなって」
唇が震える。情けなくて、目を伏せた。
でも次の瞬間、静かな声が頭上から降ってきた。
「お前は、もう十分“覚悟のある人間”だ」
リリアは顔を上げた。
グレイヴァンは紅茶に口をつけることなく、リリアをまっすぐに見ていた。
「お前は……この庭を、自分の手でつくった。誰かのために、笑って、茶を淹れて、守ろうとしてきた」
「……」
「それを“覚悟”と言わず、何を言う」
その一言に、胸の奥がほどけた。
グレイヴァンは口数が少ない人だ。
けれど彼の言葉は、いつもまっすぐで、嘘がない。
「……ありがとうございます」
その言葉は、涙の一歩手前の声だった。
日が暮れる頃、グレイヴァンはいつもより少し長く庭にとどまっていた。
そして、帰り際。ふと立ち止まって、振り返る。
「……俺は“自分が見てきたお前”しか信じない」
リリアは、小さく、でも確かに微笑んだ。
「私も……あなたの言葉を、信じます」
その瞬間、ふたりの間にあった不安の靄が、静かに晴れていくのを感じた。
朝の庭は澄んだ空気に包まれていたが、リリアの胸の内には、昨日までとは違うざわつきがあった。
(あの仕草……触れてくれた、手)
夢ではなかった。
グレイヴァンが、あの無口な彼が、自分の手にそっと触れてくれた。
ほんの一瞬。でも確かに、そこに温もりがあった。
(……あれは、どういう意味だったんだろう)
答えのない問いが、リリアの胸を何度も往復する。
それでも、今日はいつも通り。
お客様が来れば笑顔を見せ、紅茶を丁寧に淹れ、庭の手入れを怠らずに過ごす——
そう思っていた。けれど。
「ちょっと見ぬ間にずいぶん有名になったものね」
その声に、リリアの動きが止まった。
門の前に立っていたのは、以前レティシアが連れていた知り合いの貴族令嬢。
装飾過多なドレスと、冷ややかな視線。レティシアほどの押しはないものの、同じような空気をまとっていた。
「グレイヴァン様が通う庭として、ずいぶん噂になってるのよ。王都でも。
“無口な騎士団長を虜にした庶民の娘”ってね」
「……私は、そんなつもりで……」
「ふふ、でも貴族社会って、噂がすべてなの。あなたにその覚悟があるかしら?」
そう言い残して、彼女は紅茶も飲まずに立ち去った。
リリアはしばらく、固まったまま動けなかった。
(……覚悟、か)
彼女が残した言葉は、まるで鋭い刃物のようだった。
(私が……あの人の“足を引っ張ってる”んじゃないかって、考えたこと、なかったわけじゃない)
騎士団長として、王族にも名を知られる立場。
そして自分は、ただの村の娘。
手を伸ばすことすら、身の程知らずなのかもしれない——
そんな思いが、心の奥に黒い影を落とした。
その日の夕方、グレイヴァンはいつものように現れた。
でもリリアは、いつもどおりに笑うことができなかった。
「……今日のお茶は、ラベンダーとセージを少し。頭がすっきりする香りです」
ポットを置く手が、ほんの少しだけ震えていた。
グレイヴァンはそれに気づいたのか、黙ったまま、しばらく彼女を見つめていた。
「……何かあったか?」
その問いに、リリアは迷った。けれど、嘘はつけなかった。
「……今日、お客様に言われたんです。
“あなたに覚悟があるのか”って……。
グレイヴァンさんと関わることは、簡単なことじゃないって。
……わかってはいるつもりでした。でも、改めて言葉にされると……怖くなって」
唇が震える。情けなくて、目を伏せた。
でも次の瞬間、静かな声が頭上から降ってきた。
「お前は、もう十分“覚悟のある人間”だ」
リリアは顔を上げた。
グレイヴァンは紅茶に口をつけることなく、リリアをまっすぐに見ていた。
「お前は……この庭を、自分の手でつくった。誰かのために、笑って、茶を淹れて、守ろうとしてきた」
「……」
「それを“覚悟”と言わず、何を言う」
その一言に、胸の奥がほどけた。
グレイヴァンは口数が少ない人だ。
けれど彼の言葉は、いつもまっすぐで、嘘がない。
「……ありがとうございます」
その言葉は、涙の一歩手前の声だった。
日が暮れる頃、グレイヴァンはいつもより少し長く庭にとどまっていた。
そして、帰り際。ふと立ち止まって、振り返る。
「……俺は“自分が見てきたお前”しか信じない」
リリアは、小さく、でも確かに微笑んだ。
「私も……あなたの言葉を、信じます」
その瞬間、ふたりの間にあった不安の靄が、静かに晴れていくのを感じた。
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