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第6話 異国の王都は、想像以上に現実的だった
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第6話 異国の王都は、想像以上に現実的だった
アレグランツ王国の王都グランツェンが視界に入ったとき、ルビー・エルヴェールは思わず息を呑んだ。
「……活気がありますのね」
高い城壁の向こうに広がる街並みは、整然としていながらも生き生きとしている。
往来する馬車の数、行き交う人々の多さ、露店から漂う香ばしい匂い――
どれもが、王都ベルヴェルとはどこか違っていた。
「無駄が少ないだろう?」
隣で馬車の窓外を眺めていたレオニードが、軽い調子で言った。
「アレグランツは、見栄より実利を優先する国だ。
その分、居心地は人によって分かれるがね」
「ええ……よく分かりますわ」
ルビーは静かに頷いた。
ベルヴェルの王都は、確かに美しかった。
だが、そこには「王家にふさわしいか」「格式に合うか」という基準が常につきまとっていた。
(ここは……息がしやすい)
それが、彼女の率直な感想だった。
王都に入ると、馬車は王宮へと向かわず、街の一角で止まった。
「……あら? 王宮ではないのですか?」 「いきなり連れて行ったら、余計な注目を浴びる」
レオニードは肩をすくめる。
「まずは、ここで数日過ごしてもらう。
形式より、君自身の目で国を見てほしい」
案内されたのは、王家が管理する来賓用の屋敷だった。
過度に豪奢ではないが、手入れが行き届き、実用性を重視した造り。
「……気遣い、感謝いたしますわ」 「気遣いというより、観察だよ」
レオニードは悪びれずに言った。
「君がこの国をどう見るか。
それも、判断材料の一つだからね」
(やはり……甘くはありませんわね)
だが、ルビーはその態度を不快には感じなかった。
評価されるということは、同時に試されるということだ。
その日の午後。
ルビーは一人、屋敷の書斎に案内された。
そこには、アレグランツ王国の法制度、税制、交易記録をまとめた資料が整然と並んでいる。
「……最初から、こう来ましたか」
思わず、くすりと笑う。
王妃教育の一環として触れてきた内容と重なる部分も多いが、
記載の仕方がまるで違っていた。
(理想論が少ない……数字が、正直ですわ)
税率、流通量、失敗した政策の記録。
“成功例だけを並べない”姿勢が、はっきりと見て取れる。
そこへ、控えめなノックが響いた。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
現れたのは、年配の女性使用人だった。
無駄な愛想はないが、動きは丁寧で落ち着いている。
「ありがとうございます」 「……お嬢様は、資料をご覧になるのがお好きなのですね」
その言葉に、ルビーは少し驚いた。
「ええ。こうしている方が、落ち着きますの」 「そうですか」
女性は微かに微笑んだ。
「この国では、“何もせずに座っている貴族”は、あまり評価されませんから」 「……それは、安心いたしましたわ」
本音だった。
夕方、レオニードが屋敷を訪れた。
「どうだい、初日の感想は?」 「率直に申し上げてよろしいですか?」 「もちろん」
「この国は、優しくはありませんわ。でも――誠実です」
レオニードは一瞬、意外そうな顔をした後、満足げに頷いた。
「的確だ。
ここでは、立場より“何ができるか”が問われる」
「でしたら……」
ルビーは、静かに彼を見据えた。
「私も、遠慮なく“できること”を示させていただきますわ」 「その言葉を待っていた」
レオニードは微笑んだ。
夜。
来賓用の部屋で一人、ルビーは窓から王都の灯りを眺めていた。
(ここは、逃げ場ではない)
だが同時に。
(ここなら……私の価値を、証明できる)
婚約者でも、令嬢でもない。
ただの「ルビー・エルヴェール」として。
異国の王都で迎えた最初の夜は、
不安よりも――静かな闘志に満ちていた。
――ここからが、本当の再出発だった。
アレグランツ王国の王都グランツェンが視界に入ったとき、ルビー・エルヴェールは思わず息を呑んだ。
「……活気がありますのね」
高い城壁の向こうに広がる街並みは、整然としていながらも生き生きとしている。
往来する馬車の数、行き交う人々の多さ、露店から漂う香ばしい匂い――
どれもが、王都ベルヴェルとはどこか違っていた。
「無駄が少ないだろう?」
隣で馬車の窓外を眺めていたレオニードが、軽い調子で言った。
「アレグランツは、見栄より実利を優先する国だ。
その分、居心地は人によって分かれるがね」
「ええ……よく分かりますわ」
ルビーは静かに頷いた。
ベルヴェルの王都は、確かに美しかった。
だが、そこには「王家にふさわしいか」「格式に合うか」という基準が常につきまとっていた。
(ここは……息がしやすい)
それが、彼女の率直な感想だった。
王都に入ると、馬車は王宮へと向かわず、街の一角で止まった。
「……あら? 王宮ではないのですか?」 「いきなり連れて行ったら、余計な注目を浴びる」
レオニードは肩をすくめる。
「まずは、ここで数日過ごしてもらう。
形式より、君自身の目で国を見てほしい」
案内されたのは、王家が管理する来賓用の屋敷だった。
過度に豪奢ではないが、手入れが行き届き、実用性を重視した造り。
「……気遣い、感謝いたしますわ」 「気遣いというより、観察だよ」
レオニードは悪びれずに言った。
「君がこの国をどう見るか。
それも、判断材料の一つだからね」
(やはり……甘くはありませんわね)
だが、ルビーはその態度を不快には感じなかった。
評価されるということは、同時に試されるということだ。
その日の午後。
ルビーは一人、屋敷の書斎に案内された。
そこには、アレグランツ王国の法制度、税制、交易記録をまとめた資料が整然と並んでいる。
「……最初から、こう来ましたか」
思わず、くすりと笑う。
王妃教育の一環として触れてきた内容と重なる部分も多いが、
記載の仕方がまるで違っていた。
(理想論が少ない……数字が、正直ですわ)
税率、流通量、失敗した政策の記録。
“成功例だけを並べない”姿勢が、はっきりと見て取れる。
そこへ、控えめなノックが響いた。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
現れたのは、年配の女性使用人だった。
無駄な愛想はないが、動きは丁寧で落ち着いている。
「ありがとうございます」 「……お嬢様は、資料をご覧になるのがお好きなのですね」
その言葉に、ルビーは少し驚いた。
「ええ。こうしている方が、落ち着きますの」 「そうですか」
女性は微かに微笑んだ。
「この国では、“何もせずに座っている貴族”は、あまり評価されませんから」 「……それは、安心いたしましたわ」
本音だった。
夕方、レオニードが屋敷を訪れた。
「どうだい、初日の感想は?」 「率直に申し上げてよろしいですか?」 「もちろん」
「この国は、優しくはありませんわ。でも――誠実です」
レオニードは一瞬、意外そうな顔をした後、満足げに頷いた。
「的確だ。
ここでは、立場より“何ができるか”が問われる」
「でしたら……」
ルビーは、静かに彼を見据えた。
「私も、遠慮なく“できること”を示させていただきますわ」 「その言葉を待っていた」
レオニードは微笑んだ。
夜。
来賓用の部屋で一人、ルビーは窓から王都の灯りを眺めていた。
(ここは、逃げ場ではない)
だが同時に。
(ここなら……私の価値を、証明できる)
婚約者でも、令嬢でもない。
ただの「ルビー・エルヴェール」として。
異国の王都で迎えた最初の夜は、
不安よりも――静かな闘志に満ちていた。
――ここからが、本当の再出発だった。
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