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第7話 王妃は、すべてを見抜いて微笑んだ
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第7話 王妃は、すべてを見抜いて微笑んだ
翌朝、ルビー・エルヴェールは来賓用屋敷を訪れた一人の女性を前に、自然と背筋を正した。
年齢は四十代半ばだろうか。
派手な装飾はないが、身に着けている衣装は上質で、立ち姿には揺るぎない威厳がある。
――一目で分かった。
(この方が……)
「初めまして、ルビー・エルヴェール嬢」
穏やかな声で名乗ったその人は、にこやかに微笑んだ。
「私はカミラ。アレグランツ王国の王妃です」 「……お目にかかれて光栄です、王妃様」
ルビーは深く一礼した。
胸の奥が、わずかに緊張する。
王太子レオニードとは違う。
この人は、“国そのもの”を見てきた存在だ。
「そんなに畏まらなくてもいいわ」 カミラ王妃は、柔らかく手を振った。
「今日は正式な場ではありませんし、あなたを“測りに”来たわけでもありませんから」 「……そう、ですか?」
ルビーが控えめに問い返すと、王妃は楽しそうに目を細めた。
「いいえ、正確には――もう測り終わっているの」
その言葉に、ルビーは一瞬だけ息を止めた。
(……やはり)
王妃は、すでに知っている。
自分がどういう人間で、なぜここに来たのかを。
二人は庭に面した小さな応接室に通された。
窓から差し込む朝の光が、穏やかな空気を作っている。
「あなた、ベルヴェルでは“優秀すぎた”のでしょう?」
唐突な一言だった。
だが、ルビーは否定しなかった。
「……王妃候補としては、不出来だったかもしれませんわ」 「ふふ、言い回しが上手ね」
カミラ王妃は紅茶を一口含み、続ける。
「でも、王妃候補というのは“役割”にすぎない。
本当に必要なのは、王の隣で“国を見る目”を持つこと」
ルビーは、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。
「あなたは、王太子妃の座を失ったことで、自分の価値まで失ったと思った?」 「……いいえ」
少しだけ考えてから、はっきりと答える。
「価値は、元から私の中にありました。ただ……使わせてもらえなかっただけです」 「その答えが聞きたかったの」
王妃は満足そうに微笑んだ。
「正直に言うわね、ルビー」 カミラ王妃は、静かに視線を向ける。
「あなたの存在は、王宮に波紋を呼ぶ。
貴族の中には、あなたを快く思わない者も必ず出るでしょう」
「存じております」 「怖くはない?」
その問いに、ルビーは一瞬だけ沈黙した。
――怖い。
敵意も、孤立も、もう一度失うかもしれない未来も。
それでも。
「怖いですわ。ですが……」
ルビーは顔を上げ、真っ直ぐに答えた。
「怖いからこそ、ここに立っています。
逃げて得られる安心より、進んで得る後悔を選びました」
その言葉を聞いた瞬間、カミラ王妃ははっきりと笑った。
「ええ、やっぱり」
王妃は立ち上がり、ルビーの前に歩み寄る。
「あなたは、“守られる器”ではない。
“支える側の人間”よ」
そこへ、扉がノックされた。
「失礼します、母上」
入ってきたのは、レオニードだった。
二人の様子を見て、少しだけ驚いた表情を浮かべる。
「どうやら、もう答えは出たようね」 「……そうみたいだな」
王妃は、ルビーに向き直った。
「ルビー・エルヴェール。
私はあなたを、王太子の“側に置く”ことを許可します」
それは、単なる滞在許可ではない。
王妃としての、事実上の承認だった。
「ただし――」
王妃は、あえて一拍置いた。
「結果で示しなさい。
情ではなく、能力で」
ルビーは、静かに一礼する。
「望むところですわ」
王妃が去った後、レオニードは小さく息を吐いた。
「……あれで認められたなら、大したものだ」 「光栄ですわ」
そう答えながら、ルビーは内心で理解していた。
(これは“保護”ではない)
これは、
戦場への正式な招待だ。
王宮という名の盤上で、
自分はこれから――駒ではなく、打ち手として立つ。
そう確信しながら、ルビーは静かに微笑んだ。
翌朝、ルビー・エルヴェールは来賓用屋敷を訪れた一人の女性を前に、自然と背筋を正した。
年齢は四十代半ばだろうか。
派手な装飾はないが、身に着けている衣装は上質で、立ち姿には揺るぎない威厳がある。
――一目で分かった。
(この方が……)
「初めまして、ルビー・エルヴェール嬢」
穏やかな声で名乗ったその人は、にこやかに微笑んだ。
「私はカミラ。アレグランツ王国の王妃です」 「……お目にかかれて光栄です、王妃様」
ルビーは深く一礼した。
胸の奥が、わずかに緊張する。
王太子レオニードとは違う。
この人は、“国そのもの”を見てきた存在だ。
「そんなに畏まらなくてもいいわ」 カミラ王妃は、柔らかく手を振った。
「今日は正式な場ではありませんし、あなたを“測りに”来たわけでもありませんから」 「……そう、ですか?」
ルビーが控えめに問い返すと、王妃は楽しそうに目を細めた。
「いいえ、正確には――もう測り終わっているの」
その言葉に、ルビーは一瞬だけ息を止めた。
(……やはり)
王妃は、すでに知っている。
自分がどういう人間で、なぜここに来たのかを。
二人は庭に面した小さな応接室に通された。
窓から差し込む朝の光が、穏やかな空気を作っている。
「あなた、ベルヴェルでは“優秀すぎた”のでしょう?」
唐突な一言だった。
だが、ルビーは否定しなかった。
「……王妃候補としては、不出来だったかもしれませんわ」 「ふふ、言い回しが上手ね」
カミラ王妃は紅茶を一口含み、続ける。
「でも、王妃候補というのは“役割”にすぎない。
本当に必要なのは、王の隣で“国を見る目”を持つこと」
ルビーは、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。
「あなたは、王太子妃の座を失ったことで、自分の価値まで失ったと思った?」 「……いいえ」
少しだけ考えてから、はっきりと答える。
「価値は、元から私の中にありました。ただ……使わせてもらえなかっただけです」 「その答えが聞きたかったの」
王妃は満足そうに微笑んだ。
「正直に言うわね、ルビー」 カミラ王妃は、静かに視線を向ける。
「あなたの存在は、王宮に波紋を呼ぶ。
貴族の中には、あなたを快く思わない者も必ず出るでしょう」
「存じております」 「怖くはない?」
その問いに、ルビーは一瞬だけ沈黙した。
――怖い。
敵意も、孤立も、もう一度失うかもしれない未来も。
それでも。
「怖いですわ。ですが……」
ルビーは顔を上げ、真っ直ぐに答えた。
「怖いからこそ、ここに立っています。
逃げて得られる安心より、進んで得る後悔を選びました」
その言葉を聞いた瞬間、カミラ王妃ははっきりと笑った。
「ええ、やっぱり」
王妃は立ち上がり、ルビーの前に歩み寄る。
「あなたは、“守られる器”ではない。
“支える側の人間”よ」
そこへ、扉がノックされた。
「失礼します、母上」
入ってきたのは、レオニードだった。
二人の様子を見て、少しだけ驚いた表情を浮かべる。
「どうやら、もう答えは出たようね」 「……そうみたいだな」
王妃は、ルビーに向き直った。
「ルビー・エルヴェール。
私はあなたを、王太子の“側に置く”ことを許可します」
それは、単なる滞在許可ではない。
王妃としての、事実上の承認だった。
「ただし――」
王妃は、あえて一拍置いた。
「結果で示しなさい。
情ではなく、能力で」
ルビーは、静かに一礼する。
「望むところですわ」
王妃が去った後、レオニードは小さく息を吐いた。
「……あれで認められたなら、大したものだ」 「光栄ですわ」
そう答えながら、ルビーは内心で理解していた。
(これは“保護”ではない)
これは、
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王宮という名の盤上で、
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そう確信しながら、ルビーは静かに微笑んだ。
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