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第5話 その男は、隣国の王太子だった
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第5話 その男は、隣国の王太子だった
翌朝、国境の街リュナスは、昨日とはまるで別の顔を見せていた。
朝靄の中、市場には商人の呼び声が響き、馬車や荷車が行き交う。
宿の窓からその様子を眺めながら、ルビー・エルヴェールは身支度を整えていた。
(……不思議な夜でしたわね)
昨夜出会った旅人――レオ。
軽い調子で話しながらも、妙に核心を突く言葉を投げてきた男。
(もう二度と会わない相手、のはずですけれど)
そう思いながら階下へ降りた、そのときだった。
「おはよう、ルビー」
聞き覚えのある声が、あまりにも自然に響いた。
振り向いた瞬間、ルビーは一瞬、言葉を失う。
そこにいたのは、昨夜と同じ青年。
だが、装いがまるで違っていた。
簡素な旅装ではなく、上質な外套。
無駄のない所作。
そして、周囲に控える数名の男たち――明らかに鍛えられた護衛。
(……あら)
理解するより先に、直感が答えを出していた。
「……ずいぶんと、雰囲気が変わりましたのね」 「はは、そう見えるか」
青年――レオは、困ったように笑う。
「昨夜は“ただの旅人”だったけど、今朝は少し事情が違う」
彼は一歩前に出て、軽く胸に手を当てた。
「改めて名乗ろう。
アレグランツ王国第一王子――レオニード・ヴァレンタインだ」
その瞬間、宿の空気が凍りついた。
周囲にいた者たちは一斉に膝をつき、頭を垂れる。
宿の主人は顔面蒼白になり、言葉を失っている。
――だが。
「……やはり、そうでしたのね」
ルビーは、驚きながらも取り乱さなかった。
「昨夜の時点で、ただの旅人ではないと感じていましたわ」 「ほう?」
レオニードは、少しだけ目を見開いた。
「怖くなかったのか? 正体を知った今も」 「ええ。だって――」
ルビーは静かに言葉を選ぶ。
「あなたは、私を見下しませんでしたもの」
その答えに、レオニードは一瞬、言葉を失った。
そして、ふっと笑う。
「なるほど。やはり君は面白い」
彼は周囲の護衛に目配せし、少し距離を取らせた。
「昨夜、君は仕事を探していると言ったね」 「ええ。嘘ではありませんわ」 「だろうと思った」
レオニードの視線が、真剣なものに変わる。
「ベルヴェル王国で、君は正当に評価されていなかった。違うか?」 「……よくご存じで」
「噂くらいは入ってくる。
婚約破棄された侯爵令嬢が、泣き崩れもせず王宮を去った、とね」
ルビーは、ほんの少しだけ視線を逸らした。
(ずいぶんと、早く広まるものですこと)
「君の態度は、強がりではない。
自分の価値を知っている者の振る舞いだ」
レオニードは、はっきりと言った。
「だから――」
一拍置いて、続ける。
「アレグランツ王国に来ないか。
王太子としてではなく、“人材を求める者”として、君を迎えたい」
あまりにも率直な言葉に、ルビーは一瞬、息を呑んだ。
「……それは、随分と大胆なお誘いですわね」 「そうかな。必要なものを、必要だと言っているだけだ」
彼の目に、打算はない。
あるのは、期待と評価――そして、ほんのわずかな興味。
(この人は……)
昨夜、初めて会った時から感じていた。
彼は、自分を「王妃候補」でも「捨てられた令嬢」でもなく、
“一人の能力ある人間”として見ている。
「すぐに答えを出す必要はない」 レオニードは穏やかに言った。
「だが、覚えておいてほしい。
アレグランツでは、結果を出す者が正当に評価される」
ルビーは、しばらく黙っていた。
そして――ゆっくりと微笑む。
「……でしたら」
顔を上げ、まっすぐに彼を見る。
「一つだけ、条件がございます」 「聞こう」
「私は、誰かの“飾り”になるつもりはありません。
与えられる立場ではなく、自分で立場を築きたい」
その言葉に、レオニードは声を立てて笑った。
「ははっ、最高だ。
まさに、そういう人間を探していた」
彼は手を差し出した。
「来てくれ、ルビー・エルヴェール。
君の力が、どこまで通用するのか――この国で試してみないか?」
ルビーは、その手を見つめた。
かつて差し出された手は、鎖だった。
だが今、目の前にあるのは――
(……選べる手)
彼女は、静かにその手を取った。
「喜んで。
ただし――簡単にはいきませんわよ?」
「望むところだ」
こうして。
追放された侯爵令嬢は、
隣国の王太子に“拾われた”のではない。
“必要とされた”のだ。
それが、彼女の人生を大きく変える転機になることを、
まだ誰も知らなかった。
翌朝、国境の街リュナスは、昨日とはまるで別の顔を見せていた。
朝靄の中、市場には商人の呼び声が響き、馬車や荷車が行き交う。
宿の窓からその様子を眺めながら、ルビー・エルヴェールは身支度を整えていた。
(……不思議な夜でしたわね)
昨夜出会った旅人――レオ。
軽い調子で話しながらも、妙に核心を突く言葉を投げてきた男。
(もう二度と会わない相手、のはずですけれど)
そう思いながら階下へ降りた、そのときだった。
「おはよう、ルビー」
聞き覚えのある声が、あまりにも自然に響いた。
振り向いた瞬間、ルビーは一瞬、言葉を失う。
そこにいたのは、昨夜と同じ青年。
だが、装いがまるで違っていた。
簡素な旅装ではなく、上質な外套。
無駄のない所作。
そして、周囲に控える数名の男たち――明らかに鍛えられた護衛。
(……あら)
理解するより先に、直感が答えを出していた。
「……ずいぶんと、雰囲気が変わりましたのね」 「はは、そう見えるか」
青年――レオは、困ったように笑う。
「昨夜は“ただの旅人”だったけど、今朝は少し事情が違う」
彼は一歩前に出て、軽く胸に手を当てた。
「改めて名乗ろう。
アレグランツ王国第一王子――レオニード・ヴァレンタインだ」
その瞬間、宿の空気が凍りついた。
周囲にいた者たちは一斉に膝をつき、頭を垂れる。
宿の主人は顔面蒼白になり、言葉を失っている。
――だが。
「……やはり、そうでしたのね」
ルビーは、驚きながらも取り乱さなかった。
「昨夜の時点で、ただの旅人ではないと感じていましたわ」 「ほう?」
レオニードは、少しだけ目を見開いた。
「怖くなかったのか? 正体を知った今も」 「ええ。だって――」
ルビーは静かに言葉を選ぶ。
「あなたは、私を見下しませんでしたもの」
その答えに、レオニードは一瞬、言葉を失った。
そして、ふっと笑う。
「なるほど。やはり君は面白い」
彼は周囲の護衛に目配せし、少し距離を取らせた。
「昨夜、君は仕事を探していると言ったね」 「ええ。嘘ではありませんわ」 「だろうと思った」
レオニードの視線が、真剣なものに変わる。
「ベルヴェル王国で、君は正当に評価されていなかった。違うか?」 「……よくご存じで」
「噂くらいは入ってくる。
婚約破棄された侯爵令嬢が、泣き崩れもせず王宮を去った、とね」
ルビーは、ほんの少しだけ視線を逸らした。
(ずいぶんと、早く広まるものですこと)
「君の態度は、強がりではない。
自分の価値を知っている者の振る舞いだ」
レオニードは、はっきりと言った。
「だから――」
一拍置いて、続ける。
「アレグランツ王国に来ないか。
王太子としてではなく、“人材を求める者”として、君を迎えたい」
あまりにも率直な言葉に、ルビーは一瞬、息を呑んだ。
「……それは、随分と大胆なお誘いですわね」 「そうかな。必要なものを、必要だと言っているだけだ」
彼の目に、打算はない。
あるのは、期待と評価――そして、ほんのわずかな興味。
(この人は……)
昨夜、初めて会った時から感じていた。
彼は、自分を「王妃候補」でも「捨てられた令嬢」でもなく、
“一人の能力ある人間”として見ている。
「すぐに答えを出す必要はない」 レオニードは穏やかに言った。
「だが、覚えておいてほしい。
アレグランツでは、結果を出す者が正当に評価される」
ルビーは、しばらく黙っていた。
そして――ゆっくりと微笑む。
「……でしたら」
顔を上げ、まっすぐに彼を見る。
「一つだけ、条件がございます」 「聞こう」
「私は、誰かの“飾り”になるつもりはありません。
与えられる立場ではなく、自分で立場を築きたい」
その言葉に、レオニードは声を立てて笑った。
「ははっ、最高だ。
まさに、そういう人間を探していた」
彼は手を差し出した。
「来てくれ、ルビー・エルヴェール。
君の力が、どこまで通用するのか――この国で試してみないか?」
ルビーは、その手を見つめた。
かつて差し出された手は、鎖だった。
だが今、目の前にあるのは――
(……選べる手)
彼女は、静かにその手を取った。
「喜んで。
ただし――簡単にはいきませんわよ?」
「望むところだ」
こうして。
追放された侯爵令嬢は、
隣国の王太子に“拾われた”のではない。
“必要とされた”のだ。
それが、彼女の人生を大きく変える転機になることを、
まだ誰も知らなかった。
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